表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/71

#054 「再起の夜と旅立ちの朝」

 夜の宿は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓の外では、街灯の光が濡れた路面に淡く反射している。

 それでも、六人の胸の奥は、まだ熱を帯びていた。今日という一日は、確かにこの街に何かを残したのだ。


「——失礼します」

 控えめなノックのあと、扉が静かに開いた。年配の女性を先頭に、数人の市民が部屋に入ってくる。

 女性は一歩前に出て、深く頭を下げた。

「私たちは……“ともり”を、もう一度この街に迎え入れたいと思います。すべてを元に戻すわけではありません。でも、前に進むために——必要だと、そう思いました」

 一瞬、誰も言葉を発せなかった。

 隼人が、先に小さく笑みをこぼす。

 要は肩の力を抜き、「……やっと、だな」と低く呟いた。

 想太は深く頭を下げ、「ありがとうございます」とだけ答える。

 いちかは、感情を隠しきれず、目を潤ませていた。


 市民たちを見送り、扉が閉まる。その途端、張り詰めていた空気が一気にほどけた。


「はるなー! 本当によかったね!」

 美弥が両腕を広げ、勢いよく抱きつく。

「ちょ、ちょっと……近いってば!」

 抗議する声に、いちかまで加わった。

「私も!」

「ちょ、二人とも——」

 結局、はるなは抵抗をやめ、そのまま身を預けた。笑い声が、夜の部屋に柔らかく響く。

 やがて、美弥といちかは、はるなの両腕を抱えたまま眠ってしまった。はるなは天井を見上げ、そっと目を閉じる。

  ——そのとき。

 やさしい声が、彼女の意識の奥に静かに届いた。


『……うん。ありがとう、はるな』

 唇が、自然とほころぶ。

「……おやすみ、“ともり”」

 静かな夜が、確かに終わっていった。


 朝。街は、昨日までとは違う息遣いで目を覚ましていた。

 通りの角に掲げられていた「AI禁止」の古い看板が、一枚、また一枚と外されていく。

 祠の前では、人々が落ち葉を払い、新しい布を丁寧にかけていた。


「……変わったな」

 バス停のベンチから、その様子を眺めながら隼人が呟く。


要は静かに頷く。

「いや。変わり始めただけだ」


 そのとき——小さな足音が、舗道を駆けてきた。

 花束を抱えた少女が、こちらに向かって走ってくる。色とりどりの花が、朝の光を受けて揺れていた。

 はるなは、思わず一歩前に出る。

  ——この子だ。昨日、話の中で何度も聞いた“祠の少女”。

 少女は立ち止まり、はるなを見上げた。少しだけ息を整え、それから、まっすぐに言う。

「……はじめまして」

 その声は小さいが、はっきりしていた。

「ありがとう。あなたたちを信じて、よかった」


 はるなは一瞬、言葉を失い、すぐにしゃがみ込む。視線を同じ高さに合わせて、微笑んだ。

「……こちらこそ、ありがとう。私、あなたに会えてよかった」


 少女は少し驚いたように目を瞬かせる。

「ほんとに?」


「うん」

 はるなは、ゆっくりと頷いた。

「あなたがいたから、ここまで来られた」


 少女は照れたように視線を逸らし、それから、花束をそっとはるなの腕に抱かせた。

「……約束して」

「約束?」

「私、大きくなったら——“ともり”の声、ちゃんと聞ける人になる」


 はるなは、息を呑んだ。そして、迷いなく答える。

「うん。じゃあ私も約束する」

 花束を胸に抱き、少女をまっすぐ見つめる。

「あなたがその場所に立つとき、私は、必ず会いに来る」


 少女の目が、きらりと光った。

「……絶対だよ」

「絶対」

 二人は、小さく指を重ねた。それは、誰にも見えない約束だった。


 やがて、未来的なデザインの路線バスが静かに停まる。低い電子音が、出発を告げた。

「行こうか」

 想太の声に、六人は頷き、バスへと乗り込む。窓の外では、街の人々が手を振っていた。昨日まで険しい表情だった顔も、今はどこか柔らかい。

 そして——祠の前に立つ、小さなモニュメントが朝日に照らされている。

 はるなは花束を胸に抱き、心の中でそっと呟いた。

  ——また来るよ。バスが静かに動き出す。再起の街と、始まりの約束を乗せて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ