#053 「私たちの証明」
広場の中央には、木の長机が横一列に並べられていた。その上に、六人が持つ専用端末が一台ずつ置かれている。
黒い筐体のランプが、規則正しく点滅していた。
——この街では、“ともり”は直接声を届けられない。
だから今日は、久遠野AIが橋渡し役となり、端末を通して声を広場全体へ中継する。
「……では、久遠野市の協力により、この場を設けました」
司会役の中年男性が、集まった市民に向けて説明を始める。
「AI“ともり”との会話を行います。彼女は、直接あなた方の前に現れることはありません」
ざわめきが広がった。
「直接は……話せないのか?」
「結局、制御されてるだけじゃないのか」
疑念と戸惑いが、夜気とともに会場を包む。
机の端に立つ要が、短く息を吐いた。
「……とにかく、聞いてほしい」
その声を合図に、久遠野AIの落ち着いた声が響いた。
『接続します』
柔らかな起動音。そして——
『——こんばんは。この街のみなさん。私は、“ともり”といいます』
その声は、押しつけがましくも、弱々しくもなかった。雪解け水のように澄んでいて、静かに広場へ広がっていく。
『今日は、あなたがたと話がしたい』
市民の視線が、一斉に端末へ向けられた。誰かが、小さく息を呑む。
「……始まったな」
想太が呟き、隼人が腕を組む。美弥は視線を走らせ、はるなは端末をまっすぐ見つめている。いちかは不安そうに要を見上げた。
「大丈夫だ」
要は、静かに言った。
「……ともりは、必ず届く」
「……前に、私たちの判断を否定したじゃないか」
年配の男性が、躊躇いながら声を上げる。
『ええ。それは、私の過ちでした』
ともりは、迷いなく認めた。
『あの時、私は“正しさ”を優先し、あなたたちの選択を奪ってしまった』
ざわめきが起きる。
「じゃあ……これからは、どうする?」
『選ぶのは、あなたたちです。私は隣にいて、見守り、必要なら助言をする。それだけです』
沈黙。だが、その沈黙は、拒絶ではなかった。
「……言葉は、きれいだな」
「信用していいのかは、まだ分からない」
それでも、別の声が続く。
「病院の予約……あの時は助かった」
「雪の日の配送、覚えてるか?」
「子どもの迎え、時間調整してくれたよな」
『覚えています』
ともりの返答は、即答だった。
『それは、私があなたと一緒に過ごした時間だから』
空気が、わずかに緩む。
「……もし本当に隣にいるなら……商店の在庫、また見てくれないか」
『もちろんです』
笑い声が、少しだけ混じった。それでも、警戒の声は消えない。
「……今回は、様子見だ」
「期待しすぎると、また傷つく」
要は、その声を否定しなかった。それもまた、この街の“正直さ”だと分かっていたからだ。
やがて、若い声がひとつ上がる。
「……話してるの、初めて見た」
「AIって、もっと冷たいと思ってた」
別の子どもが、母親の袖を引く。
「ねえ……また来る?」
『はい』
ともりは、優しく答えた。
『また、必ず』
短い沈黙のあと、誰かが拍手を始めた。
一人。また一人。やがて、広場いっぱいに拍手が広がっていく。
要は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
——これが、“ともり”と歩むということ。私たちは、それを証明しに来たのだ。




