#050 「街のざわめき」
会場を出ると、夜気が思ったよりも冷たかった。昼間の乾いた空気とは違い、街の匂いがはっきりと感じられる。
金属と、わずかにオゾンを含んだような匂い。AI制御の街にありがちな、人工的な空気だった。
人通りはまばらだが、耳を澄ますと、あちこちで小さな声が交わされているのが分かる。
「久遠野市から来たって」
「……“ともり”の話だろ?」
どれも囁き声だ。歓迎とは言い難い。むしろ、警戒や戸惑いの方が多い。
要は足を止め、通りの反対側を歩く二人組に視線を向けた。一瞬、目が合う。次の瞬間、相手はすぐに顔を逸らした。
だが、それは露骨な拒絶ではなかった。何かを測るような、探るような目。
「要、どうしたの?」
隣に並んだいちかが、小声で尋ねる。要は視線を戻さずに答えた。
「……警戒じゃない。様子を見てる目だ」
いちかは、少し考え込むように眉を寄せた。
“ともり”という存在は、この街ではまだ危険物扱いだ。久遠野市から来た六人が何者なのか。誰が味方で、誰が敵なのか。市民は、それを見極めようとしている。
けれど、要には分かった。その視線の奥に、ほんのわずかだが、別の感情が混じっている。好奇心。そして、まだ形にならない期待。
拒絶と興味が、同時に存在している。それが、この街の“今”だった。
歩きながら、要は小さく息を吐いた。
変わるには、時間がかかる。今日の対話だけで、何もかもが覆るはずはない。
それでも——可能性が、完全にゼロではないことは、確かだった。
少し後ろを歩くいちかは、夜風を受けながら街を見回していた。
会場の中よりも、今の方が声が近い。生々しく、人の感情がそのまま漂っている。
「様子を見てる目」
要の言葉が、頭の中で反芻される。
確かに、怖さはある。でも、それだけじゃない。
いちかは、胸の奥に浮かんだ感覚を、そっと確かめる。
——期待している人も、いる。
それを口にしたら、まだ早いと言われるかもしれない。けれど、確かにそう感じてしまった。
いちかは歩きながら、夜空を見上げた。雲の隙間から、星が一つだけ瞬いている。この街が変わる日は、本当に来るのだろうか。
答えは分からない。けれど、今夜のざわめきは、確かに何かが動き始めた証だった。




