#045 「誰の未来を守るのか」
翌朝、宿を出ると、空気はひんやりとしていた。それでも、通りを行き交う視線は、昨日と変わらず冷たい。
朝の光の中で、想太とはるなは、いつもどおりに言葉を交わしている。傍目には、何も変わっていないように見える。
けれど、美弥には分かった。二人の間に、ほんのわずかな“間”が生まれていることを。
——近いからこそ、ぶつかる夜もある。
今日は情報収集のため、美弥は単独で市場や路地を回ることになった。人混みの中に混ざると、耳に入ってくるのは商売の声だけではない。
「……中央部の人間に、また好き勝手される」
「もう二度と、あんなことを起こさせない」
“あんなこと”が、何を指しているのか。聞き返すまでもなかった。
火災事件は、この街にとって過去ではない。今もなお、判断の基準として息づいている。
古道具屋の主人に話を向けると、返ってきたのは、迷いのない言葉だった。
「俺たちは、未来を守らなきゃならん。中央部がどう言おうと、関係ない」
「未来……って、この街だけの未来ですか?」
そう尋ねると、主人は首を横に振った。
「いや、人間の未来だ。AIが関われば、人間は人間じゃなくなる」
その断言は、理屈というより、長い時間をかけて固まった呪文のようだった。
——この街は、火災事件を境に、“AIが悪である”という物語を選んだ。
そして、その物語を信じ続けることで、自分たちの未来を守っているつもりでいる。けれど、その物語が真実かどうかを、もう確かめようとする人は、ほとんど残っていない。
真実よりも、**「そうであったほうが安心できる記憶」**が、街全体を覆っている。
宿へ戻る途中、美弥は足を止めずに祠の前を通り過ぎた。
昨日、あの場所に立っていた少女の姿はない。代わりに、小さな花が新しく供えられていた。
——彼女にとっての未来は、この祠と共に、静かに続いていくのかもしれない。
美弥は、歩きながら考える。街の人々が守ろうとしている未来。そして、自分たちが信じている未来。その二つが、いつか同じ場所を向く日は来るのだろうか。
答えは、まだ見えない。だが、問いだけは、確かにこの街に残っていた。




