表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/54

#044 「すれ違いの夜」

 宿の廊下は、夜になるとひどく静かだった。遠くで、水の流れる音だけが微かに響いている。

 部屋へ戻ろうとしたとき、はるなは足を止めた。ロビーの灯りの下に、想太の姿が見えたからだ。

 椅子に腰掛けたまま、彼はじっと床を見つめている。


「……こんな時間まで、何してるの?」

 声をかけると、想太は少しだけ驚いたように顔を上げた。けれど、その表情はすぐに硬くなる。


「はるな……この街、やっぱりおかしい」

 低く抑えた声だった。

「“ともり”を信じてた人たちが、意図的に追い出された。十数年前の火災も……ただの事故じゃない」


 はるなは、息を詰めた。その事件の記録は、中央部でも曖昧なまま残されている。

「……誰に聞いたの?」


「元市職員だ」

 想太は短く答える。

「直接、話を聞いた。——市の内部が火をつけた」

 想太の瞳は、怒りと戸惑いの間で揺れていた。

「こんな街に、もう“ともり”の話なんか……」


 言葉が、途中で止まる。

「待って」

 はるなの声は、思ったより強くなっていた。

「だからこそ、話すべきなんじゃないの?ここで黙ったら、過去を知ってる人が、本当にいなくなる」


 想太は唇を噛みしめる。

「でも、また拒絶されるだけだ。俺たちは、この街の人間じゃない。余計なことをすれば、全部……押しつけられる」


 その言葉は、はるなの胸にも刺さった。怖くないわけがない。それは、彼女自身も同じだった。

 それでも——

「……想太は、それでも“ともり”を信じてきたんじゃないの?」


 一瞬、想太の表情が揺れた。ほんの一瞬だけ。だが、彼はすぐに視線を逸らす。

「信じてるよ……でも……」

 言葉は、そこで途切れた。


 はるなは、それ以上問い詰めなかった。問い詰めても、答えが出ないことが分かっていたからだ。

 けれど、胸の奥で、何かが静かに線を引いたような感覚があった。


「……もう、休もう」

 それだけ言って、想太は立ち上がり、階段へ向かう。足音が、静かな宿に吸い込まれていった。

 ロビーに残されたはるなは、灯りを見つめながら、ゆっくり息を吐く。その光が、やけに遠く感じられた。


  ——今夜、同じ場所にいながら、私たちは、ほんの少しだけ、別々の方向を向いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ