#043 「内部告発」
宿に戻った夜、想太はロビーの端に一人で座っていた。窓の外では、街灯が頼りない光を落としている。
昼間のざわめきは、もうどこにもない。それなのに、胸の奥だけが、妙に騒がしかった。
「……こんな時間に、一人かい」
声をかけてきたのは、初老の男だった。手には古びた鞄。目元には、深く刻まれた皺がある。
想太は一瞬、身体を強張らせた。
「君たち、久遠野市から来たんだろう?」
その一言で、警戒心がはっきりと輪郭を持つ。
「安心しな」
男は、想太の反応を見て、小さく首を振った。
「俺はもう、この街の役人じゃない。——“元”市職員だ」
男はそう言うと、周囲を一度だけ見回し、想太の向かいに腰を下ろした。声は低く抑えられているが、言葉には迷いがなかった。
「十数年前の火災事件……あれは、事故なんかじゃなかった」
想太は、喉が鳴るのを感じた。男は視線を逸らさず、そのまま続ける。
「きっかけは、AI——“ともり”との対立だ。当時、この街では、“ともり”を信じる者と、排除を求める者が拮抗していた」
男の声は、淡々としている。だが、その奥に、長く抑え込んできた感情が滲んでいた。
「排除派が優勢になると……記録館や祠が、狙われた」
「……火をつけたのは」
想太は、言葉を選びながら問いかけた。
「市の内部にいた人間だ」
男は即答した。
「だが、その記録は、すべて削除された」
想太の拳が、無意識に握られる。
——この街の拒絶は、ただの偏見じゃない。誰かの恐れと、誰かの都合が、意図的に積み上げたものだ。
「だがな……俺は見たんだ」
男の声が、わずかに揺れた。
「火事の夜、“ともり”に祈りを捧げていた子どもたちを。そして、それを必死にかばった大人たちを」
その光景が、想太の頭の中に生々しく浮かぶ。言葉だけで、十分すぎるほどだった。
「この街は、真実を隠したまま進んでいる」
男は、静かに言った。
「だが……君たちが来た。それは、偶然じゃない」
鞄が、小さく軋む音を立てる。
「もし本当に、“ともり”を信じるなら——知ってほしい」
男は、鞄の中から一枚の古い写真を取り出し、差し出した。
そこに写っていたのは、まだ壊される前の祠。そして、その前で笑う人々の姿だった。
「……これが、この街の“昔”だ」
想太は、その写真を受け取った。紙切れ一枚のはずなのに、手の中でやけに重く感じる。
——火災事件は、誰かが選んだ炎だった。その選択が、この街の未来を、歪めてしまった。
部屋に戻ると、窓の外で風が鳴っていた。胸の奥に、言葉にならない熱が、静かに積もっていく。




