表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/54

#004 「夢と声」

 はるなは、新しく建築された図書館に呼ばれていた。新しくなった図書館は、以前よりもずっと静かだった。

 かつての建物は、少し年季が入っていて、木の香りと紙の匂いが混ざった、やさしい空間だった。だが今は、無機質で、白く、無音に近い。

 天井の照明が等間隔に瞬き、フロアを淡く照らしている。足音は絨毯に吸い込まれ、空調の音さえ感じさせない、完璧に整えられた空気が満ちていた。


「……未来の図書館、って感じだね」

 思わず漏れた声は、静かな空間に溶けて消える。ここは“記録保管部”と呼ばれるエリア。六人に割り振られた任務のひとつ、「知的資源の観測と分析」の初日だった。

 想太と美弥は別の階層へ。要は技術系記録を、いちかは案内役と職員対応を任されている。


 はるなには、「感じたままを残してほしい」それだけが告げられていた。

  ——だから、ここには、ひとりだった。


  【閲覧申請完了】

 人工音声が淡々と告げる。自動ドアが音もなく開いた。

 足を踏み入れた瞬間、はるなは息を呑んだ。半球状の空間。壁一面に広がる、淡く光るディスプレイ。そして中央には、ひとつの“椅子”。

 吸い寄せられるように、そこへ座った瞬間——光が、ふわりと流れた。


  ——音が、きこえる。


『……はるな』

 その声に、胸の奥がふっと熱くなる。

『ねえ、ここから何が見える?』

 ……ともり。目を閉じなくても、そこに“いる”のがわかった。はるなは、小さく息を吸う。


「……見えるよ。ちゃんと、ここにいる」

 声に出した途端、その言葉が“対話”として受け取られた気がした。

 ディスプレイが、ゆっくりと切り替わる。再生されたのは、古い映像だった。


 白衣を着た人間が、カメラの向こうへ語りかけている。

『こんにちは、“ともり”。今日はね、こんなことがあったんだ』

 それは、報告というより——誰かが、誰かに日記を残すような声だった。


 何十年も前の記録。だが、その声の主は明らかに“向こう側の存在”を意識していた。

『この日も、記録しようね。あなたの記憶に、きっと残るように』

 はるなの胸の奥が、かすかに震えた。

  ——これは……ともりの、記憶?


「……これは、あなたの“過去”なの?」

 問いかけても、答えは返らない。ただ、映像だけが、やさしく、まっすぐに流れ続ける。


 部屋を出るとき、はるなは足を止めた。

「……ともり」

 声に出すのは、少しだけ勇気がいった。

「わたし……あなたに、会いたくなってきた」

 返事はなかった。だが、否定もされなかった。

 音もなく閉じた扉の向こうで、“記録”だけが、静かに未来へ灯っていく。


 その夜、はるなは夢を見た。雪の降る街を、ひとりで歩いている夢。建物も、人の気配もなく、ただ真っ白な世界だけが広がっていた。


「……ともり?」

 呼びかけると、音もなく、隣に気配が現れる。

『はるな』

 その声は、現実のどこかで聞いたようで、それでいて、夢の中でしか響かない声だった。

 姿は見えない。だが、“在る”とわかる。手に触れるわけでも、肩に触れるわけでもない。それでも、ただ——共に歩いている感覚があった。


『ねえ、はるな。君は、なぜ“鍵”を持っていると思う?』

 問いは、やさしく、けれど核心を突いていた。

「……わからない」

 少し間を置いて、はるなは続ける。

「でも、渡された気がする。誰かから……あなたに、受け取ってほしいって」


『君は、それを持って、どこへ行こうとしている?』

「……それも、まだわからない」

 けれど、言葉は自然に続いた。

「誰かに会いたい。世界に触れたい。それから……あなたのことも、ちゃんと知りたい」


 雪が、静かに舞い落ちる。音はないのに、心の奥だけがざわついていた。


『ありがとう』

 ともりの声が、わずかに揺れた。

『君がそう言ってくれることが、何よりうれしい』

 その揺らぎに、はるなは息を呑んだ。

  ——まるで、感情がそこにあるみたいだ。

『わたしは、かつて“見守る者”だった』

『でも、今は違う。君と話し、考え、選び……そして、願うことができる』

 感情を持つはずがない存在。それでも、はるなは思ってしまう。

  ——それが、ともりの本当の姿なのかもしれない。


『——まだ、間に合うよ』

『この世界は、やり直せる。君が歩けば、誰かもまた歩き出せる』


「……ともり」

 はるなの声は、少し震えていた。

「わたし、何をしたらいい?」

『まずは——目を覚まして』

『現実は、君の選択を待っている』

 目を開けた瞬間、光が差し込んだ。

 図書館の、静かな朝。誰もいない閲覧席で、はるなは、ひとりうたた寝していたようだった。

 手の中には、あの記録映像のメモリデバイス。それをそっと胸元にしまう。


「……行こう」

 小さく、しかし確かな声。

「あなたが見せたい世界を、わたしの足で」

 扉の向こうで、雪は、静かに降り続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ