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#038 「言葉の壁」

 この街に足を踏み入れてから、空気はずっと冷たかった。舗装は荒れていない。それでも、街全体がどこか色褪せて見える。

 道端に立つ看板には、

《AI不干渉区域》

《無許可記録禁止》

といった文字が並び、古い貼り紙の端が風にめくれていた。


「……なんか、視線が痛くない?」

 いちかが、小さな声で言った。


 はるなも、同じことを感じていた。行き交う人々は、ちらりと六人の姿を見ると、すぐに視線を逸らす。子どもが興味を示そうとすると、親が慌てて手を引き、背を向けさせていた。

 広場の一角では、小さな青空市が開かれている。新鮮な野菜や、焼き立てのパンの香りが漂っていた。

 はるなたちは、自己紹介を兼ねて、何軒かの店に声をかけてみる。


「こんにちは。私たちは——」

 言い終わる前に、店主の女性は無言で首を横に振った。その目に浮かんでいたのは、露骨な拒絶というより、「関わってはいけない」という警告だった。

 それでも、はるなは一歩引き下がれなかった。胸の奥に、小さな緊張が走るのを感じながら、言葉を続ける。


「“ともり”の記録を——」

 空気が、止まった。通りのざわめきが、一瞬だけ消えたように感じられる。女性の指先が、カウンターにかけられた布をぎゅっと握りしめた。


「……ここでは、その名前は出さない方がいい」

 低く、押し殺した声だった。それは忠告であり、同時に恐怖の告白にも聞こえた。すぐ近くにいた別の客が、はるなたちを睨みつけ、何も言わずに店を出ていく。

 想太が何か言いかけたが、その前に隼人が軽く肩に手を置いて制した。


「……今のは」

「分かってる」

 想太の声は短く、低かった。怒りを抑え込んでいるのが、はるなにも分かった。

 美弥は険しい目で通りを見回し、いちかは不安そうに、はるなの袖をそっと掴む。要は何も言わず、ただ歩く速度を落とした。


 そのあとの道では、誰も口を開かなかった。市庁舎の白い建物が遠くに見えても、この重たい空気は消えない。

 ——ここでは、“ともり”の名前すら、許されないのかもしれない。

 はるなはそう感じながら、無意識に唇を噛みしめていた。

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