#037 「分断された街へ」
夜の久遠野は、昼間のざわめきが嘘のように静かだった。宿舎の窓から見える街灯の光が、雪解けの道に淡く反射している。
「おーい、いちか、そこ俺の布団!」
「だってこっちの方が暖かそうだったんだもん!」
「お前の体温で暖める前提やめろ!」
向かいの部屋から、隼人といちかの言い合いが筒抜けに聞こえてくる。それを聞いていた美弥が、にやにやとした表情で、はるなの方を見た。
「ねぇ、はるな。ああいうの、ほっとくとそのまま兄妹漫才にならない?」
「……すでになってる気がする」
短く返したはるなの声には、わずかな笑いが混じっていた。
廊下の向こう側からは、要の低い声と、それにやけに素直に相槌を打つ隼人の声が混ざって聞こえてくる。何を話しているのかまでは分からないが、明日の移動ルートの確認だろう。――あるいは、要の長い分析に、隼人が捕まっているだけかもしれない。
はるなは、そのやり取りを聞きながら、ふっと夜空を見上げた。雲の切れ間から、いくつかの星がのぞいている。
“ともり”の声は、今は聞こえない。けれど、その沈黙さえも、不思議と落ち着くものに感じられた。
翌朝。中央部の会議室は、相変わらず冷たく整えられていた。
正面のスクリーンに映し出された報告資料をもとに、六人は前任務の成果を簡潔に説明していく。官僚たちの表情は終始淡々としており、そこから温度らしいものは感じ取れない。
「次の任務地は、こちらになります」
画面が切り替わり、地図上に赤いマーカーが点った瞬間、会議室の空気がわずかに重くなった。
「……この町って」
美弥が小さく息を呑む。いちかの表情から、いつもの無邪気な笑みが消えた。
要は目を細め、隼人は短く息を吐く。想太の眉間には、はっきりとした皺が刻まれていた。
「拒絶区域に指定され、長期間閉鎖されていた街です。現地では、AI関連の活動は厳しく制限されています」
淡々とした説明に、想太の口元がわずかに動いた。何か言いかけて、結局その言葉は飲み込まれる。
はるなは横目でその様子を見たが、何も言わなかった。
昼過ぎ。六人は中央部を出発した。
出発ゲートを抜ける直前、いちかが小声で言う。
「また、重たい空気になるのやだな〜」
「なら、軽口でごまかす担当は任せたわ」
美弥がそう返すと、隼人は苦笑しながら荷物を担い直した。
要は黙々とチェックリストを確認し、想太は窓の外へ視線を向けている。
車窓の外では、都市部のビル群が徐々に途切れ、景色は乾いた色合いの郊外へと変わっていった。やがて、舗装の荒れた道路沿いに、古びた看板が立っているのが見える。
《AI関連行為禁止》
その下には、色あせた貼り紙が何枚も重ねられていた。街に到着した瞬間、空気が一変した。行き交う人々の視線は冷たく、どこか測るようでもある。歩道の端には、検問のような小さな詰所が設けられ、制服姿の係員がこちらをじっと見ていた。
はるなは、無意識のうちに息を詰めていた。
――これが、「拒絶された未来」の入口なのだと。そう、はるなは直感していた。




