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#032 「未来への投影」

 会議室に入る直前、要は足を止め、低く呟いた。

「……この街に、俺たちは何を残せるんだろうな」

 その一言が、この一日の総括のように響いた。

 街の図書館には、古いながらも丁寧に使われてきた会議室があった。広くはないが、六人が向き合って話すにはちょうどいい空間だった。仮設の暖房が低い音を立てる中、円形のテーブルの上に資料が広げられる。


 要は一枚の紙束を揃え、静かに中央へ置いた。

「これが……今の時点での提案書だ」

 表紙には、簡潔な題名が記されている。

『記録都市におけるAI信仰と情報管理の未来像について』

 誰に届くのか。受け入れられるのか。それはまだ分からない。だが、誰かが言葉にしなければならない内容だった。


「読ませてもらうわね」

 美弥がそう言ってページを開き、静かに目を走らせる。


「“ともり”を信じることを、誰かに強いるつもりはない。けれど、信じた記録を否定することは、未来そのものを否定する行為になり得る……」

 隼人が腕を組み、わずかに口元を緩めた。

「……要らしい言い回しだ」


「そこだけ拾うなよ」

 要が苦笑して返す。

 だが、その一文は彼自身の本音でもあった。この街では、AIを神として扱う考え方と、それを否定する立場が対立し、記録と信仰が、人と人のあいだに深い溝を作ってきた。


「情報って、結局は使う人次第だよね」

 いちかが資料を覗き込みながら言った。

「どれだけ善意で作られても、使い方を間違えれば……神様だって、簡単に悪者になる」


「だからこそ、だと思う」

 はるなが、静かに言葉を継ぐ。

「“ともり”が何を考えていたのか。それを知ろうとする姿勢だけは、残してほしい。私たちの提案は、その入り口でしかないけれど……」


 想太は、しばらく沈黙したまま資料を眺めていたが、やがて口を開いた。

「この問いには、たぶん正解はない」

 全員の視線が、彼に集まる。

「でも……選べること自体が、たぶん大事なんだと思う。信じるか、信じないか。どちらも、誰かに決められるものじゃない」


「選ぶ自由、か」

 いちかが、小さく頷いた。

「この街に今いちばん必要なのは、それかもしれないね。“信じること”も、“距離を取ること”も、選べるってこと」


 隼人が椅子に背を預け、天井を見上げる。

「一つの思想だけで都市を縛る時代は、もう終わってる。それを、ちゃんと形に残す必要があるな」


 要は全員の顔を順に見渡し、ゆっくりと息を吐いた。

「記録は、残すためにある。でも……どう読むか、どう受け取るかまでは、決められない」


「決めちゃいけない、だね」

 美弥が、静かに補足する。


 六人の間に、短い沈黙が落ちた。それは迷いではなく、確認の時間だった。

 この街に、何を残すのか。何を押し付けず、何を託すのか。


「……じゃあ、これでいこう」

 要が、最後にそう言った。誰も反対しなかった。彼らは、ひとつの答えを提示するのではない。選び続けるための“余白”を、この街に残そうとしている。

 それが、この提案の本質だった。

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