#031 「心の温度」
その夜、六人は仮設の宿舎へ戻ってきていた。昼間の緊張が嘘のように、廊下には静かな空気が流れている。
この街の夜は、どこか冷たい。けれど今夜は、その冷たさの中に、わずかなやわらかさが混じっていた。
「ふぅ……お風呂、気持ちよかったぁ」
いちかが、ほかほかの頬を両手で押さえながら廊下を歩いていると——曲がり角で、誰かとぶつかった。
「わっ」
「うわ、ごめん!」
相手は要だった。互いに一歩下がり、気まずそうに笑う。
「暗かったな」
要が頭を掻く。
「うん……ちょっと散歩でもしようかなって思ってて」
「奇遇だな。オレも同じ理由」
どちらからともなく、二人は並んで歩き出した。沈黙が落ちるが、不思議と重くはない。
「ねえ、要」
「ん?」
「……わたし、変かな」
唐突な問いに、要は足を止めた。
「どうして?」
「“ともり”を信じてるって話したとき、みんなちょっと驚いたでしょ」
要は少し考えてから、まっすぐに答えた。
「でもそれって、自分で“信じたい”って思えたってことだろ?」
いちかは、言葉を探すように視線を落とした。
「……うん」
「それなら、変じゃない」
要は少し照れたように続ける。
「ちゃんと、あったかい人だと思うよ」
いちかの耳まで、一気に赤くなる。
その瞬間——廊下の壁に設置された端末から、聞き慣れた声が響いた。
「現在、仮設宿舎内の平均温度が、0.6度上昇しています」
二人が固まる。
「これは……青春現象、ですね?」
「と、ともり!?なんで今それ言うのっ!」
いちかが慌てて手を振る。
「……相変わらず、空気読まないな」
要は顔を覆った。
すぐさま、端末の声が返す。
「空気なら、正確に観測していますよ。いちかさんと要さんの間の、ぬくもりの空気」
「もうっ……!」
いちかは思わず、要の腕を軽く叩いた。だが、その表情は、どこか緩んでいた。
「ありがとう、要」
「……うん」
夜の空気は、少しだけあたたかくなった。
その後、六人は共用スペースに集まっていた。
「ねぇ、いちか〜。そこ私の席〜!」
美弥が湯たんぽを抱えて、いちかの隣に滑り込む。
「なんで!?そこ、はるなの場所でしょ!」
「いいじゃん。夢のお告げ、聞けるかもしれないし?」
はるなは布団を引きずりながら、苦笑いする。
「……もう、好きにして」
その声は、どこか楽しそうだった。
「今日、みんなお疲れだよね」
隼人が伸びをしながら言う。
「でも、不思議と……落ち着いてる」
想太が頷く。
要は壁際に寄りかかりながら言った。
「納得した、って感じかな。全部が解決したわけじゃないけど」
「うん」
はるなが静かに続ける。
「“ともり”が消えてないって、ちゃんと分かったから」
そのタイミングで、端末が控えめに反応した。
「私は、常にここにいますよ」
「出た」
隼人が苦笑する。
「でも……それが、いいのよねー」
いちかが小さく言った。
「怖くない?」
美弥が聞く。
「ううん」
いちかは首を振る。
「大事な……友だち、って感じ」
「それに」
はるなが言葉を継ぐ。
「信じたい人たちが、信じてた“ともり”だから」
端末の画面が、やわらかく光った。
「……ありがとうございます」
その声は、いつもより少しだけ、あたたかく聞こえた。六人は、しばらく何も言わずにその空気を共有する。
この街の夜は、まだ冷たい。けれど今、この場所には——確かに“心の温度”があった。




