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#029 「消された“ともり”」

 市の中心部にある資料館は、かつて観光客で賑わっていた建物らしい。今は、その名残だけが静かに残っている。

 廃墟とまでは言わないが、照明は落とされ、空気はどこか澱んでいた。

 想太たち六人は、建物の奥へと進み、重厚な金属製の扉の前で足を止めた。


「……ここだな」

 隼人が低く言い、扉を押し開ける。ギィ、と鈍い音を立てて、ドアが開いた。

 中は意外にも整っていた。最低限の設備。光量を抑えた記録端末。人の気配はないが、放置された空間ではない。


「要、端末を頼む」

「うん」

 要が先にログイン作業を始め、想太は隣の端末の前に腰を下ろした。

 画面が静かに光を放ち、過去のデータベースが姿を現す。

 記録資料室の空気は、静かというより、重たかった。

 想太は深く息を吐き、キーボードに指を置く。——自分の手で、確かめなければならない。そんな感覚が、胸の奥にあった。

 中央部から与えられたアクセス権限でログインすると、市民には開示されていない“過去の記録”が表示された。

 行政の流れ。生活の変遷。市民の声。

 だが——


「……あるには、あるんだ」

 想太は、思わずそう呟いていた。確かに記録は存在する。だが、そこに刻まれるはずの言葉が、欠けている。

「……おかしい」

 文体は整いすぎていた。段落と段落の間に、不自然な空白がある。まるで、最初から“そこに何も書かれていなかった”かのように。

「……“ともり”の名前が……一つも、出てこない」


 要が、隣で息を呑む。

「え……?」


「ここを見て」

 想太は画面を示した。

「明らかに、以前は何かが記載されていた形跡がある。でも、痕跡が残らないように……完全に整形されてる」


「削除、というより……」

 美弥が、画面を覗き込みながら言葉を探す。

「“消去”だね。なかったことにするための」


「……精巧だな」

 隼人が低く呟いた。

「跡が残らないように、意図的に加工されてる。これは偶然じゃない」


「故意、だよね」

 要の声は、わずかに震えていた。


「“ともり”だけを狙って、消してる」

 室内に、沈黙が落ちる。


 いちかが、腕を組んだまま言った。

「つまり……この街では、“ともり”は最初から存在しなかったことにされてる」


「そんなの……」

 美弥が、唇を噛んだ。

「祠を壊して、記録も消して……それで全部終わったつもり?」


「終わってない」

 はるなが、静かに言った。

 全員の視線が、彼女に向く。

「消されたってことは……“残っていた”ってことだから」

 その言葉に、誰もすぐには返せなかった。


 想太は、画面から目を離さずに言う。

「これは、事故でも、管理ミスでもない。“ともり”を、歴史から、人の記憶から、消そうとした誰かがいる」


「……許せないな」

 隼人の声には、はっきりとした怒りがあった。


「だから」

 いちかが、きっぱりと言った。

「私たちが見つける。消されたなら、もう一度、残す」


 想太は、ゆっくりと端末の電源を落とした。記録は、無くなったわけじゃない。誰かが、消したのだ。

 ならば——

「僕たちの役目は、それをもう一度“見つけて”、そして“伝える”ことだ」

 その声は小さかったが、確かだった。


 六人は、静かにうなずく。この街で消されたものは、まだ終わっていない。

 それを照らす光は、これから、彼ら自身が持つのだと——誰も言葉にせず、理解していた。

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