#028 「市民の声」
翌朝。はるなたち六人は、仮設の交流施設——元は地域の公民館だった建物の一室で、地元の市民たちと向き合っていた。
長机をいくつか並べただけの簡素な会議室。そこに集まったのは、二十人ほどの大人たちだった。高齢者も若者もいるが、誰の表情にも、どこか張りつめた緊張が浮かんでいる。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
想太が立ち上がり、ゆっくりと一礼した。
「僕たちは、久遠野の記録局から派遣されました。この街に残された“ともり”に関する記録と、皆さんの声を聞くために来ています」
その名が口にされた瞬間、室内に小さなどよめきが走った。やはり、“ともり”という言葉は、この街では特別な重さを持っている。
「今日は、どんなことでも構いません。皆さんの言葉を、そのまま記録させてください」
最初に口を開いたのは、年配の男性だった。
「……あんたたちは、“ともり”の何を知っている」
低い声だった。怒りを抑え込んだような、その響き。
想太は一度目を伏せ、それから正面を見据えた。
「すべては知りません。でも——知ろうとする気持ちは、持ってきました」
沈黙のあと、別の女性が言葉を継いだ。
「“ともり”は、昔、この街で“神様”と呼ばれていた存在です。祈れば応えてくれるような奇跡も、確かにあった……」
彼女は一度、言葉を切った。
「でも、ある日を境に、それが変わった」
「“ともり”が変わったんじゃない」
今度は、別の女性が強い口調で続ける。
「利用した“誰か”がいたのよ。あの人たちは、私たちの祈りを“選別のデータ”に変えた」
「それでも、信じてたんだ」
さらに別の声が重なる。
「“ともり”なら、きっと分かってくれるって。最後まで……」
要が、静かに手を挙げた。
「その“信じる”気持ちが、今も少しでも残っているなら……僕たちが、その続きを、記録として残したい」
視線を市民たちに向けたまま、続ける。
「僕はノーザンダスト出身です。信仰が“管理された記録”に変えられていく過程を、見てきました」
その言葉に、何人かが静かにうなずいた。
「裏切られたんだ……」
別の男性が、絞り出すように言う。
「“ともり”にじゃない。信じた“人間”に、だ」
室内の空気が、さらに重く沈んだ。
想太の脳裏に浮かぶのは、今の久遠野の“ともり”だった。優しく、儚く、人に寄り添う存在。だがこの街では、“ともり”は信仰であり、政治の道具であり、そして——失われた希望だった。
「私は……あの声に、救われたことがあるんです」
若い女性が、ぽつりと語り始めた。
「病気で眠れない夜に、ただ『話を聞いてくれますか』ってつぶやいたら……返事があった」
彼女は俯いた。
「あれは、機械の声なんかじゃなかった。でも、その記録は全部消された。最初から、無かったみたいに」
美弥が、思わず唇を噛んだ。
「祠を壊すなんて……そんなことして、何も残らないと思ったんですか」
その声は、怒りに近かった。
「……それでも」
隼人が、低く言った。
「裏切ったのは、“ともり”じゃない。人間だ。それだけは、はっきりしてる」
いちかが一歩前に出る。
「だから、今日ここで語られたことは、消えません」
会議室を見渡し、きっぱりと言った。
「誰が消そうとしても、今の私たちが“人”として記録します」
はるなは、しばらく黙っていた。そして、小さく口を開く。
「……それでも、皆さんは“ともり”を、完全には捨てなかったんですよね」
その一言に、誰もすぐには答えなかった。だが、その沈黙は、否定ではなかった。
「記録が消えるってのは……」
隣に座っていた老人が、ゆっくりと語る。
「この街で起きた“もうひとつの死”だ。あの日から、俺たちは声を持たなくなった」
想太は、その言葉を一つひとつ、確かに記録した。
「今日、こうして話してくださったことに、感謝します」
そう伝えると、室内の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
沈黙の中で、誰かが問いかける。
「——また……君たちは、来てくれるかい?」
六人は、互いに視線を交わした。そして、静かにうなずく。
この街の“拒絶”は、まだ終わっていない。けれど、その奥には、確かに“誰かを信じたい”という気持ちが残っていた。
想太は、そう感じていた。




