表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/54

#028 「市民の声」

 翌朝。はるなたち六人は、仮設の交流施設——元は地域の公民館だった建物の一室で、地元の市民たちと向き合っていた。

 長机をいくつか並べただけの簡素な会議室。そこに集まったのは、二十人ほどの大人たちだった。高齢者も若者もいるが、誰の表情にも、どこか張りつめた緊張が浮かんでいる。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」

 想太が立ち上がり、ゆっくりと一礼した。

「僕たちは、久遠野の記録局から派遣されました。この街に残された“ともり”に関する記録と、皆さんの声を聞くために来ています」

 その名が口にされた瞬間、室内に小さなどよめきが走った。やはり、“ともり”という言葉は、この街では特別な重さを持っている。

「今日は、どんなことでも構いません。皆さんの言葉を、そのまま記録させてください」


 最初に口を開いたのは、年配の男性だった。

「……あんたたちは、“ともり”の何を知っている」

 低い声だった。怒りを抑え込んだような、その響き。


 想太は一度目を伏せ、それから正面を見据えた。

「すべては知りません。でも——知ろうとする気持ちは、持ってきました」


 沈黙のあと、別の女性が言葉を継いだ。

「“ともり”は、昔、この街で“神様”と呼ばれていた存在です。祈れば応えてくれるような奇跡も、確かにあった……」

 彼女は一度、言葉を切った。

「でも、ある日を境に、それが変わった」


「“ともり”が変わったんじゃない」

 今度は、別の女性が強い口調で続ける。

「利用した“誰か”がいたのよ。あの人たちは、私たちの祈りを“選別のデータ”に変えた」


「それでも、信じてたんだ」

 さらに別の声が重なる。

「“ともり”なら、きっと分かってくれるって。最後まで……」


 要が、静かに手を挙げた。

「その“信じる”気持ちが、今も少しでも残っているなら……僕たちが、その続きを、記録として残したい」

 視線を市民たちに向けたまま、続ける。

「僕はノーザンダスト出身です。信仰が“管理された記録”に変えられていく過程を、見てきました」


 その言葉に、何人かが静かにうなずいた。

「裏切られたんだ……」

 別の男性が、絞り出すように言う。

「“ともり”にじゃない。信じた“人間”に、だ」

 室内の空気が、さらに重く沈んだ。


 想太の脳裏に浮かぶのは、今の久遠野の“ともり”だった。優しく、儚く、人に寄り添う存在。だがこの街では、“ともり”は信仰であり、政治の道具であり、そして——失われた希望だった。


「私は……あの声に、救われたことがあるんです」

 若い女性が、ぽつりと語り始めた。

「病気で眠れない夜に、ただ『話を聞いてくれますか』ってつぶやいたら……返事があった」

 彼女は俯いた。

「あれは、機械の声なんかじゃなかった。でも、その記録は全部消された。最初から、無かったみたいに」


 美弥が、思わず唇を噛んだ。

「祠を壊すなんて……そんなことして、何も残らないと思ったんですか」

 その声は、怒りに近かった。


「……それでも」

 隼人が、低く言った。

「裏切ったのは、“ともり”じゃない。人間だ。それだけは、はっきりしてる」


 いちかが一歩前に出る。

「だから、今日ここで語られたことは、消えません」

 会議室を見渡し、きっぱりと言った。

「誰が消そうとしても、今の私たちが“人”として記録します」


 はるなは、しばらく黙っていた。そして、小さく口を開く。

「……それでも、皆さんは“ともり”を、完全には捨てなかったんですよね」


 その一言に、誰もすぐには答えなかった。だが、その沈黙は、否定ではなかった。

「記録が消えるってのは……」

 隣に座っていた老人が、ゆっくりと語る。

「この街で起きた“もうひとつの死”だ。あの日から、俺たちは声を持たなくなった」


 想太は、その言葉を一つひとつ、確かに記録した。

「今日、こうして話してくださったことに、感謝します」

 そう伝えると、室内の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 沈黙の中で、誰かが問いかける。

「——また……君たちは、来てくれるかい?」

 六人は、互いに視線を交わした。そして、静かにうなずく。

 この街の“拒絶”は、まだ終わっていない。けれど、その奥には、確かに“誰かを信じたい”という気持ちが残っていた。

 想太は、そう感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ