#027 「夜、すれ違う心」
この街の公共施設の一角が、仮設の宿舎として用意された。必要最低限の寝具と小さなランプ、音の少ない夜。“歓迎されていない”という感触は残るけれど、はるなたちはここで一晩を過ごすことになった。
眠っていたはずなのに、ふと目が覚めた。
時計は、深夜を少し過ぎたところを指していた。隣で寝息を立てている美弥の背中を確認してから、私はそっと立ち上がった。廊下には冷たい空気が流れていた。歩くたび、床板が小さくきしむ音がする。共用スペースの窓辺に、誰かの背中が見えた。肩幅の感じで、すぐに誰か分かった。
「……想太くん?」
声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
「起こしちゃった?」
「ううん。勝手に目が覚めちゃって……」
私は彼の隣に腰を下ろした。
窓の外には、街灯に照らされた廃ビルの屋上と、遠くの空が見えていた。
「この街……眠ってるね。いろんな意味で」
ぽつりと、想太が言った。
私は頷いた。言葉の代わりに。
「昼間、美弥ちゃんが見つけた“祠”、壊されてたって聞いた」
「うん……すごく、悲しそうだった」
「いちかは図書館で何かを感じたって言ってたし、俺もログに不自然な空白を見つけた」
想太の言葉は、どこか他人事のように聞こえた。私の中に、少しだけ寂しさが生まれる。
「ねえ、想太くん。“ともり”のこと、どう思ってる?」
静かに問いかけた。想太は少し黙って、それから曖昧に笑った。
「……難しい質問だね」
少しの沈黙。
「でも、あの声は……ちゃんと覚えてる」
「え?」
「忘れられるはずがない。初めて“ともり”と話したときのことも、ずっと」
彼は、窓の外を見つめたまま続けた。
「でもね、それが“信じる”ってことなのか、まだ分からないんだ。僕は……あの声に救われたけど、それを“信仰”って呼ぶのは、なんか……こわくて」
私は、彼の横顔をそっと見つめた。
「……それでも、想太くんが忘れてないって知れて、よかった」
「はるなは?」
「私は……あの声に導かれてきた。“信じる”って言葉じゃ足りないくらい、今でも胸の中にあるよ」
想太は小さく笑った。
「やっぱり、すごいな。はるなは」
「そうかな? すごくなんて、ないよ」
「あるよ。俺にはないものを、ちゃんと持ってる」
どちらからともなく、ほんの少しだけ沈黙が訪れた。でもそれは、居心地の悪いものじゃなかった。
「もう少しだけ、ここにいようかな」
彼がそう言うと、私は静かに立ち上がった。
「おやすみ、想太くん」
「……うん。おやすみ、はるな」
部屋に戻る途中、胸の中が少しだけざわついていた。でもそのざわめきに、まだ名前はつけたくなかった。
——明日は、もっと話せるといいな。そう思いながら、私は布団に戻った。




