表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/54

#026 「眠る記録の番人」

 朝の出来事のあと、美弥もはるなも、どこか浮かない表情をしていた。言葉にするわけではないが、二人とも胸の奥に何かを抱えていることは、周囲にも伝わってくる。

 その様子を見て、いちかは静かに立ち上がった。

「ちょっと……あの建物、見てくる。気になるから」

 そう言い残し、いちかは一人、図書館へ向かった。


 町の中心部にあるはずの公共施設は、思っていた以上に静かだった。訪れる人の気配はほとんどなく、建物全体が時間から切り離されたように感じられる。

 扉を開けると、カウンターの奥から顔を上げたのは、初老の男性がひとりだけだった。


「……こんにちは」

 いちかの声に、老人はゆっくりとうなずく。

「どうぞ。ご自由にご覧ください」

 抑揚のない、だがどこか柔らかい声だった。受付には、紙の貸し出しノートが一冊だけ置かれている。端末らしきものは、見当たらなかった。

 いちかは足音を抑えながら、閲覧スペースへ進んだ。本棚は整然としており、埃もほとんどない。それがかえって、不自然だった。


  ——使われていないのに、手入れされている。


 棚を一つひとつ確認していくが、AI関連の資料は見当たらない。それどころか、それらしき分類の棚そのものが、ごっそり抜け落ちていた。

 不自然な空白。整いすぎた静寂。まるで、何かが“最初から存在しなかった”かのようだ。


「……お困りですか?」

 背後から、老人の声がかかった。いちかはわずかに肩を震わせて振り返る。


「AIに関する記録を、探していたんです。この街の過去と……“ともり”について」


 老人の表情が、一瞬だけ曇った。だが、すぐに首を横に振る。

「それは……この街では、扱わないことになっておりまして」

「……禁忌、ですか?」

 問いかけに、老人はほんの少し、口元を歪めた。

「そうとも言えます。過去に起きた“ある出来事”以降、その名は口にされなくなりました」

「その“出来事”とは?」

 問いは、静かな壁に当たるように、返ってこなかった。

「記録には、残されておりません。誰も語らない。だから、なにも知らない。そういうことになっております」

 まるで、それが当然の秩序であるかのように。


 いちかは、老人の手元に視線を落とした。彼の指先が、机の上を微かに叩いている。一定のリズム。それだけが、言葉の裏にある何かを示しているように思えた。


「……でも、この建物が今も手入れされてるのは、誰かが“大事にしている”からですよね?」

 老人は答えなかった。ただ、ほんの少しだけ、微笑んだ。

 それ以上、問いを重ねることはできなかった。


「ありがとうございました」

 いちかは軽く頭を下げ、ゆっくりと館内を後にする。扉を閉めかけた、そのとき——背後から、低く押し殺したような声が聞こえた。


「——この街の“本当の記録”が、どこにあるか……若い人には、もうわからんでしょうな」

 いちかは立ち止まり、その言葉を胸に刻む。

 この街には、何かが眠っている。まだ、誰にも掘り起こされていない記憶が。それを確かめるために、自分たちはここに来たのだと、改めて思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ