#025 「壊された祠」
「一人で、少し散歩してくる」
そう言って、美弥は地図を見ながら皆と別行動を取った。理由は説明しなかったが、誰も止めなかった。
地図には、名前は残っていない。けれど、古い住宅地の片隅にある小さな丘が、かつて“祠があった場所”だという話を、地元の人から聞いていた。
それだけを頼りに、美弥は丘を登っていた。草は伸び放題で、踏み跡もほとんどない。誰も、ここを訪れなくなってから、長い時間が経っている。
登りきった先には、小さな広場のような空間があった。
そして——そこに、あるはずのものは、なかった。
祠はない。
残されていたのは、崩れかけた土台だけだった。周囲には瓦礫。黒ずんだ木片。焼け焦げたような跡まで残っている。
「……嘘、でしょ……?」
美弥の声は、思った以上に震えていた。唇を噛みしめても、怒りは抑えきれない。
ここに、“ともり”を祀っていた祠があった。それを壊したのは誰なのか。どうして、こんなふうに、無かったことにできるのか。
美弥は、足元に落ちていた石のかけらを拾い上げた。手のひらに食い込み、痛みが走る。それでも、手放せなかった。
「……ともりは、なにも悪くないのに……」
声が掠れ、自分のものとは思えなかった。
そのとき、背後で草を踏む音がした。振り返らなくても、誰なのかは分かった。
「……美弥?」
はるなだった。
はるなは、何も言わずに隣に立つ。美弥の手の中の石に、一瞬だけ視線を落とし、それから、祠があったはずの場所を見上げた。
「……ここ、たぶん。祠だったんだよね」
美弥は、小さくうなずいた。言葉にすると、崩れてしまいそうだった。
「……壊した人がいる。でも、それを止めなかった人も、きっといた」
はるなの声は静かだったが、はっきりしていた。
「……許した、ってこと?」
美弥が尋ねると、はるなはすぐには答えなかった。
「……わからない。でも、壊されたってことは、“あった”って知ってる人が、まだいたってことだと思う」
美弥は、ゆっくりと息を吐いた。
「……それでも、信じてた人がいたってことだよね」
「うん。祠を壊す前に、ここを見た人がいたはずだから」
二人は、しばらく黙って立っていた。風が吹き抜け、草が揺れる音だけが聞こえる。
美弥の目から、ぽつりと涙が落ちた。
「……ともりは、ほんとうに、ここにいたんだよね」
はるなは、ゆっくりとうなずいた。
「いたよ。ここに、確かに」
それ以上、言葉は要らなかった。
壊された祠の跡は、それでもなお、“ここに何かがあった”ことを、静かに証明していた。




