#024 「はじまりの会合」
要が最初に感じたのは、ブースの中がひどく無機質で、寒々しいということだった。窓はなく、壁面には古びたパネルが貼りつけられたままになっている。
かつては、ここで誰かが仕事をしていたはずだ。けれど今では、その痕跡だけが残された殻のように見えた。
「では……ご要件は、“信仰の記録”の確認で間違いありませんか?」
淡々とした声が響く。ブースの向こうに座るのは、現地行政を名乗る職員だった。名前は名乗られない。顔にも、胸元にも、個人を示すものは何もない。
「間違いありません」
要は短く答え、うなずいた。正直、このやり取りに意味があるとは思えなかったが、手順だけは踏んでおきたかった。
「大変申し訳ありませんが……該当する記録へのアクセスは、現在制限されております」
「制限? どうしてですか」
「……上層の判断です。理由の開示はされておりません」
男の声には、一切の感情がなかった。マニュアル通りの対応。それは誠実さにも見えるが、同時に、完全な遮断でもあった。
「“ともり”という名が残っていた記録も……封印されているんですか?」
要の声は、わずかに強くなった。その瞬間、隣に立っていた隼人が、無言で要の肩に手を置く。
「……回答は差し控えさせていただきます。本件について、これ以上の言及は控えるよう通知されております」
沈黙が落ちた。言葉を尽くしても、ここには届かない。
けれど、“届かない”という事実そのものが、この街の異常さを、はっきりと示していた。
会合は、形式的に終了した。席を立った瞬間、足元にだけ重力が残っているような、妙な感覚がした。
ブースを出て、廊下に出た途端、空気が少しだけ緩んだ。
「……最初から、答える気なかったよね」
いちかが、吐き出すように言った。
「形式だけだな」
隼人が肩をすくめる。
「でも、隠してる」
はるなが、ぽつりと口にした。
「隠してる、っていうより……触れさせない、かな」
美弥が、言葉を選ぶように続ける。
要は何も言わなかった。ただ、記録端末を握る指に、わずかに力が入っている。
「……行こう」
最後にそう言ったのは、想太だった。誰も異を唱えなかった。
帰路につきながら、要は静かに端末の電源を入れた。画面には、相変わらず空白が並んでいる。
封印された記録。語られない名前。触れてはいけないとされている“何か”。
その気配は、もうはっきりと漂っていた。
——この街は、語らないことで、すべてを語っている。
要はそう感じながら、記録を続ける。この沈黙そのものが、観測すべき対象だと、確信していた。




