#021 「共に行こう」
朝の空気は、透き通るように冷たかった。夜のあいだに降った雪が、町の輪郭をやわらかく塗り替えている。昨日までの足跡はすっかり消え、まるで、彼らがここに滞在していたことさえ、町が静かに包み隠してしまったかのようだった。はるなは立ち止まり、記録館の方角を振り返る。白くなった屋根に朝日が差し込み、そこだけ、光が淡く揺れているように見えた。胸の奥に残っている感覚を、そっと確かめる。あの場所で、触れたもの。言葉にならないまま、残っているもの。
「はるなー! バス、出ちゃうぞー!」
隼人の声が、少し弾んで届く。振り返ると、皆がすでにバスの前に集まっていた。分厚いコートに身を包みながらも、どこか表情は軽やかだった。
「ちょっと、お姉ちゃん!それ、荷物じゃなくて……はるなの写真集じゃないの!?」
「え!? ち、違うよ!」
美弥が慌てて抱え直す。
「資料! ただの資料!」
「今ちょっと間があったよね!?」
いちかの鋭いツッコミに、思わず皆が吹き出した。そのやり取りが、なぜだか少しだけ懐かしく感じられて、はるなは小さく笑う。
「……よし、準備はいいか」
要が周囲を見渡すと、全員が頷く。そのとき、想太がそっとはるなの隣に来た。
「次の場所でも……何か見つかるといいな」
「うん」
はるなは、静かに頷く。言葉にはしなかったけれど、胸の奥に、かすかな感覚が残っていた。バスのドアが、静かに開く。それぞれが、町に最後の視線を向けていた。感傷ではなく、ただ、何かを受け取ったあとの静けさで。
「……じゃあ、行こう」
誰かの言葉に、誰かが小さく応える。モーター音が強くなり、バスは雪の道をゆっくりと進み出した。遠ざかっていく町を見ながら、はるなはふと目を閉じる。
何かが、あった気がした。風かもしれない。それとも——確かめることは、しなかった。
——その夜。
暖房の効いた部屋で、はるなは毛布にくるまりながら、静かに息を吐いた。久しぶりの、自分の部屋。
「……ただいま、だね」
端末から聞こえた美弥の声に、はるなは小さく笑って答える
「うん。ただいま」
しばらくして、ベッドの上で、ごそごそと音がした。
「……美弥?」
「へっ!? な、なんでもないよっ!」
——その声が、あまりにも怪しい。はるなは、少し身を乗り出した。画面越しに覗き込む。
「……それ、なに?」
「あ、あのね、これは……記録! 記録用で……」
そこには、見覚えのある自分の写真が、びっしりと並んでいた。
「……全部、わたし?」
「ち、違うよ!? 資料! 観測用!」
「……観測?」
「……ぐっ」
はるなはじっと美弥を見つめ、それから、くすっと笑った。
「ありがとう」
「え?」
「なんか……ちょっと嬉しい」
「は、はるなぁぁぁぁ……!」
「ちょっと、甘えないの!」
——翌朝。想太といちかに説明する羽目になったのは、言うまでもなかった。
「だから言ったじゃん! 絶対コレクションだって!」
いちかの真顔に、要と隼人は顔を見合わせて苦笑する。
「……まあ、予想はしてたけどな」
その日、はるなは少しだけ頬を赤らめながら、笑っていた。それで、よかった。




