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#018 「旅の意味」

 街は、夜の静けさに包まれていた。宿舎の一室。電気ストーブの赤い光が、壁の時計をぼんやりと照らしている。窓の向こうでは、粉雪が舞うように降り続いていた。その白さは、どこか儚く、それでいてやさしい。

 美弥は、カーテンを半分だけ開けたまま、窓辺に腰かけていた。外は暗い。けれど、遠くに点る街の灯りが、雪越しに滲んで見える。

 クリスマスの夜だというのに、この街に華やかな飾りはない。それでも、空気の奥に、何かが静かに満ちているような気がした。


「……きれい」

 声は小さく、すぐに部屋の中へ溶けていく。返事はない。今夜は、それでよかった。

  ——今夜ばかりは、誰の声も聞きたくなかった。

 いちかが、告白した。要が、それに応えた。二人の距離が一気に縮まったことは、遠くからでも、はっきりとわかった。

 それは、きっと、祝福されるべき出来事だ。喜ばしいこと。正しい選択。

 それなのに——美弥の胸の奥は、わずかにざわついていた。

 はるなが“鍵”であること。ともりの声が聞こえること。そして、想太の視線が、自然と彼女へ向いていること。

 それら一つ一つが、小さな棘のように、胸に引っかかる。

  ——嫉妬。

 その言葉を、美弥はすぐに打ち消した。

 違う。そうじゃない。

 自分は、あの子たちが好きだ。本当に、大切に思っている。だからこそ、この気持ちを、ただの羨望や妬みにはしたくなかった。

 視線を落とすと、机の上に、使い込まれたノートが開かれていた。いつの間にか、ページはびっしりと埋まっている。

 ともりのこと。久遠野のこと。この街で出会った人たちのこと。


  ……そして、はるなのこと。


 美弥は、ペンを取り、ページの端に小さく書き足した。

「旅の意味、ってなんだろう」

 その瞬間、窓に映った自分の顔が、ふと目に入る。雪明かりのせいか、どこか泣き出しそうな表情をしていた。

「……ほんと、やだな」

 小さく笑ってみる。けれど、その笑みは、少しぎこちない。

 そのとき——部屋の中を、風がすり抜けたような感覚があった。

 実際に風が吹いたわけではない。窓は閉まっている。ストーブの音も、変わらない。

 それでも。耳の奥ではなく、胸の奥で——やさしい“気配”が、触れた気がした。


  ——ありがとう。

  ——見てくれて。


 美弥は、はっとして顔を上げる。

「……今の……?」

 問いかけるように呟くが、もちろん、答えは返らない。

 それでも、その言葉だけが、静かに、心の底に残っていた。


「……ともり、だったのかな」

 断定はしない。ただ、そう感じてしまったことを、美弥は否定しなかった。

 カーテンを閉め、ベッドに身を沈める。ストーブが、じりじりと音を立てている。

 毛布の中で、美弥は小さく呟いた。


「……明日から、ちゃんと歩こう」

 誰かの後ろではなく。比べるためでもなく。

 自分の足で。自分の目で。

  ——この旅の意味を、自分で見つけるために。

 その夜。夢の中で、誰かに手を引かれるような感覚があった。

 その手は、あたたかく、どこか懐かしかった。


  ——この旅の意味は、自分で見つける。


 眠りの底で、美弥は、かすかに微笑んでいた。雪は、まだ、静かに降り続いている。

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