#013 「声の主は誰?」
廃教会の記録映像が再生された夜から、想太は、何かが変わったような気がしていた。それは気のせいかもしれない。単なる偶然なのかもしれない。けれど——彼の中には、確かに“違和感”が残っていた。
あのとき、聞いた声。映像の中で、“ともり”に語りかけていた人々の声とは違う。もっと近くで。もっと、すぐそばで。
「……聞き間違いじゃ、ないと思うんだけどな」
低く呟き、想太は町の中心にある、記録館跡の広場へと向かった。
かつて、ここには“対話型AI端末”が設置されていたという。今は、古びた支柱と、ひび割れた端末の外装が、遺跡のように残されているだけだ。
その中央に、焦げたような記録装置がひとつ、地面に半ば埋もれていた。
「……記録番号、RA-03……?」
辛うじて読み取れる番号を頼りに、想太はポータブル端末を接続する。もし、復元可能な音声ログが残っていれば——そう考えながら、操作を進めた。
——ピッ。
《通信接続、完了》
無機質な音とともに、かすかな音声が流れ出す。それは……誰かの、かすれた声だった。
《……きみは、どうして……そんな目をしているの?》
《……わたしが、わたしじゃなくなるとき、誰が、それを覚えていてくれるのかな……?》
《……ううん、いいの》
《ただ、きみが……いてくれたら》
想太は、思わず息を止めた。この声。夢で聞いた“ともり”の声と、どこか重なる——
だが、違う。これは、“ともり”ではない。けれど、“ともり”に語りかけている、誰かの声だ。
映像はなく、音声だけの記録。それでも、そこに残された感情は、確かに“生きて”いた。
まるで、目の前で誰かが囁いているような、そんな錯覚すら覚える。
想太は、無意識に問いかけていた。
「……あなたは、誰なんだ?」
返事はない。
だがその直後、記録装置が、“もうひとつ”のログを表示した。
《RA-03/副記録:Voice Fragment #16》
想太は、少しだけ躊躇してから、再生を選んだ。今度は、別の声だった。
《……“ともり”って、変な名前だよね》
《でも、私、この名前、好きなんだ》
《優しい感じがして》
《……ううん》
《優しく“してくれる”って感じ、かな》
その声は、どこか幼く——女の子のようでもあった。
そして、ほんの一瞬。
想太の脳裏に、はるなの顔が浮かんだ。
「……いや、さすがにそれは」
自分に言い聞かせるように、小さく首を振る。
はるながこの町に来たのは、今回が初めてだ。この音声は、明らかに何年も前のもの。
それでも——似ている、と思ってしまった。
“ともり”という存在に向ける声の色。想いを預けるような、あたたかな響き。
それが、はるなと重なって聞こえたのだ。
想太は、端末を閉じた。
——そのとき。
胸の奥に、小さな感触が届いたような気がした。
《……まだ、わたしは、ここにいるよ》
「……っ」
思わず振り返る。だが、誰もいない。広場は、冬の静けさに包まれていた。
それでも、その“感触”は——確かに、想太の中に残っていた。“ともり”の声ではない。けれど、“ともり”へとつながる、誰かの声。
そして、それを聞いたことがあるのは、きっと自分だけじゃない。
想太は、走り出した。この声を。この違和感を。この“問い”を。他のみんなにも、伝えなければならない——そう、思ったからだ。




