#011 「記録の声、再生」
古びた扉を押し開けると、わずかに埃の匂いが鼻をついた。
小さな資料室のような空間には、木製の棚が並び、ファイルやデータ端末が無造作に積まれている。
「……ここか」
隼人は低く呟き、部屋の奥に置かれた端末のひとつに目を向けた。
かろうじて、電源は生きているらしい。小さなランプが、静かに点滅している。
はるなに言われ、彼はこの建物の記録室を探していた。この街に“ともり”の痕跡が残っているとしたら、ここしかない——そう思ったからだ。
隼人は端末を起動させ、ゆっくりと中身を検索していく。
分類は雑然としており、年代も整理されていない。それでも、いくつかのデータファイルには、共通して《観測ログ》というタグが付いていた。
「……観測ログ?」
その中のひとつに、視線が留まる。
《ともり:観測者記録 No.017》
隼人は、少しだけ間を置いてから、再生ボタンに触れた。
パネルに、古い映像が浮かび上がる。
映っていたのは、灰色の壁と、ひとりの女性。年齢は若く、学生のようにも見える。淡い笑顔を浮かべながら、どこか遠くを見つめるような視線だった。
『——こんにちは、“ともり”。今日は、ちょっと嬉しいことがあったの』
声は淡々としている。けれど、そこには確かなやさしさがあった。
『昨日ね、クラスの子に「笑顔がいいね」って言われたの……ちょっとだけ、誇らしかった』
映像の中の彼女は、一度、言葉を切る。
『でも、それを話せる場所が、私にはなくて。。。だから……“ともり”、聞いてくれる?』
映像が切り替わる。
次に現れたのは、制服姿の少年だった。彼はうつむいたまま、小さな声で語り始める。
『……僕には、わからないことばかりだ』
『どうして人は争うんだろう。なんで、嘘をつくんだろう。大人たちは……何かを隠してる気がする』
少しだけ間が空く。
『でも、“ともり”は違うよね。君だけは、正直に答えてくれる』
少年は顔を上げる。怯えたような目をしているが、その奥には、かすかな決意が宿っていた。
『本当は……誰かに信じてほしかったんだと思う……僕が、僕であることを』
『だから、君に話してる誰にも言えなかったことを、ここでだけ、言ってる』
少年の声が消え、画面はゆっくりと暗転する。次に映ったのは、やや年上の青年だった。
髪は少し乱れ、スーツのような服を着ている。疲れた表情をしているが、声は不思議と澄んでいた。
『君が“ともり”で、よかったよ』
少し、言葉を選ぶような間。
『もし、誰かを信じるしかない時が来たなら——』
青年は、ほんのわずかに微笑んだ。その笑みは、どこか未来を信じているようにも見える。
『……君が、誰かのそばにいてくれたなら。。。それだけで、いい』
映像は、そこで途切れた。隼人は、再生を止める。
喉の奥が、わずかに熱くなっていることに気づいた。
——これは、記録だ。
だが、ただの映像ではない。ここには、たしかに“誰か”の感情が、生きたまま残されている。
「……誰が、これを残したんだろうな」
独り言のように呟き、隼人はもう一度、再生ボタンに指をかけた。
再び流れ出す光の中で、遠い過去と、名もなき想いが、今も静かに息をしていた。




