六、もう一人の革命者(後編)
「ん? どういうこと? ルミィ、何を考えているの?」
これ……言ってもいいのかな?
……いや、先に聞いてみる?
「いえ……ただ少し気になっただけなんです……。というか、少し視点を変えてみませんか。アリネー、博識なあなたなら、もし平民の家庭から『子供が授からない』と相談されたら、どう診断しますか?」
「関連する研究書を読んだことがあるけれど、不妊の原因は男性側にあることもあれば、女性側にあることもあるわ……」
「原因、というのは……?」
「つまり、男性の『精子』、あるいは女性の『卵子』の機能不全の問題ね」
「せ……『せいし』? それは何ですか?」
「ええと、一般の学者は知らないことなのだけれど。実は男性の『精液』の中に含まれている、女性を妊娠させるための『もの』のことよ」
「えぇっ!? たっ、たった今……アリネー! ななな、何を仰ったんですか!?」
「え? だから……そうね、ルミィは初めて聞く概念だったわ。男性の『精液』の中には、肉眼では見えないほど極小の『精子』が数え切れないほど含まれていて、それが女性を妊娠させる根源的な物質なのよ」
肉眼で見えない何かが大量に……って、重点はそこじゃないでしょ!? 事あるごとに赤くなって、笑っちゃうほど純潔なあのアリネーがよ!? 今、口から何を放り出したの!? 『せい……えき』ですって!? う、噂に聞くあれのこと!? お、男の人の、のの、あれなの!? それって本来なら『ピー』が入るべき単語じゃないの!? まさか、学術的な議論なら何でもアリなわけ!?
「つまり、その、男性の……あの『ピーピー』が、壊れている……ということですか?」
「そうね。でも、女性の『卵子』に問題がある可能性もあるわ」
「その……『卵子』というのは、また何なんです?」
「ああ、それも一般的には知られていないのだけれど……そうね、鶏の卵は知っているかしら? 『卵子』は、女性の体内で赤ちゃんの元になる『卵』のようなものだと思えば分かりやすいわ。あ、殻はないから勘違いしないでね?」
に、鶏の卵? 私たちの『卵』? な、何となく理解はできるけど……! でも、『卵』は一つだけじゃないわよね?
「そ……それじゃあ、もし……すでに一人子供を産んでいる場合は?」
「すでに一度出産しているのなら、研究によれば最も多いのは母親側の原因――一人目を産んだ時に体を痛めてしまい、生殖能力を失ってしまうという……あっ?」
アリネーが、その場で凍り付いたように固まった。
「……どうしたんですか?」
「あ、あたし、一度も考えたことがなかったわ……!」
「自分のお母様のことだから、学術的な視点で見ようとしなかったんでしょうね。」
「……そうかもしれないわ。」
でも、それっておかしくない?
「アンジェママだって『自己再生』の能力があるはずですよね? 同じ『アレイシアの純血後裔』なんだから。なら、怪我をして治らなかったなんてことはないはずじゃ……?」
「それは……まさか?」
「何か思い当たることが?アリネー?」
「ルミィ、『自己再生』はあたしたちのパッシブスキルだけれど、その本質は治療魔法に近いの。――個体の天然回復力を極限まで引き上げることで、怪我を早く治す。それだけなのよ。」
「ええ……それで?」
「でも、完璧じゃないわ。例えば……切り傷を負った時、一般の人の自然治癒と同じように、傷跡が残る可能性があるの。つまり、『自己再生』は肉体の状態を過去へ戻す『回溯』ではなく、文字通りただの『再生』なのよ」
えっ? 傷跡? ということは……まさか。傷跡と同じで、傷自体は治っていても、以前とは少し違ってしまっている? そしてその違いが、影響を……?
「まさか……その傷跡のようなものが、その後の妊娠に影響している……ということですか?」
「それは……否定できないわ。結局のところ、あたしたちは自分たちの身体構造について、まだ理解が少なすぎるもの……。待って! お母様が帰ってきたわ。こ、この話は一旦おしまいにしましょう、所詮は推測だもの!」
「そ、そうですね!」
コンコン……。
「お母様、どうぞお入りください。」
「おかえりなさい、お母様。」 「おかえりなさい、アンジェママ。」
「ただいま。少し遅くなってごめんなさいね。どう、二人で議論は進んだかしら?」
「いえ、おばあ様のことを話していたんです。」
「あら、お母様のこと? 何を話していたのかしら。」
「大したことではありません。おばあ様が『大賢者アマラ』と呼ばれていたことに、少し触れただけですよ。」
「まあ!? それのこと?アリシアのおばあ様は、約三十年前の『統一戦争』や十年前の『神魔戦争』でも英雄だったのよ。」
「えっ!? それは本当にすごいですね!」
「ええ! 今は……まだ『イトナの森』にいるのかしらね。しばらく手紙も届いていないけれど。でも、あの人の性格だもの、明日にはこの家の門の前に立っていたとしても驚かないわ。放っておきましょう。」
アンジェママのことも話してみよう。アリネーのさっきの返しはぎこちなすぎたから、私が。
「あと、アリネーにアンジェママのことを聞いていたんです。もっとアンジェママのことを知りたいなって。」
「えっ!?」
アリネーがびくっと腰を浮かせるのが見えた。大丈夫、さっきの件は聞かないから!
「あら? 私のこと?ルミちゃん、私に興味があるのかしら?」
「ありますよ!アンジェママのその美しさと魔法の実力なら、若い頃に平凡な少女だったはずがないって思って。冒険譚とか……そういうのがあったりしませんか?」
「まあ、美しさだなんて。私の可愛い娘、本当に知りたいのかしら?アリシアだって聞いてこなかったのに。」
「知りたいです! きっとアリネーも知りたいはずですよ」
「それは……お母様が差し支えないのであれば、もちろん知りたいですけれど。でも、お母様が普段あまりお話しにならないのは、話したくないからだと思って。だから聞かなかったんです」
コンコン……。
ん?ヴィルマさんでしょうか。
「お入りなさい」
あ、ヴィルマさんが新しいお茶のポットを持ってきました。
「奥様、お茶をどうぞ」
「ええ、ありがとうヴィルマちゃん」
ふふっ、アンジェママがまたヴィルマさんをからかっている。いつもではないけれど、たまにこうして冗談を言いたくなるみたいだ。
「……」
「あはは、今回は訂正してくれないのね? 面白いわ」
(───『夢蝶の妖精』)
あれ?ヴィルマさんが小声で何か言いましたか?
「ああ!!! ───ヴィルマメイド長! 仕事に戻っていいわよ!」
「かしこまりました、奥様。」
何があったのでしょうか。アリネーの方を見ると、彼女も何が起きたのか聞き取れなかったようで、ぽかんとしていました。
「あ! それで、どこまで話したかしら? そう、私のことね? 嬉しいけれど、今は話すべき時ではないわよね? まずは正念場、あなたたちの改革案を見せてもらいましょうか」
「はい、こちらがあたしたちの農業改革案です……」
あの日、アリネーの工房で一番面白いと思ったのは、『自動化』された道具たちだった。どうやら、『回転』の効果を持つ『魔動機』があれば、色々な部品を組み合わせることで、様々な動きをさせられるらしい。
あの日、私はアリネーに尋ねてみた。
「『魔動機』ですか?」
「魔法時計の針を動かす原理と同じものよ」
「えっ? でもどうして、もっと他の製品に応用されなかったんですか?」
「何と言えばいいかしら。まず、『魔動機』は『真血族』の技術なの。何年も前に人々の生活を便利にするために、魔法時計の設計図を限定的に流出させたけれど、人々は設計図通りに作るだけで、原理までは分かっていないのよ」
「それは分かります。でも設計図通りに作れば『魔動機』ができて、回転する動力が手に入るんですよね。なら他の製品を作ることもできるんじゃないですか?」
「そこには『機械』の知識が必要になるの」
「えっ? それは何ですか?」
「『機械』の知識、つまり部品設計の知識よ。魔法時計に使われている機械は『歯車』だから、人々は確かに『歯車』の使い方は学んだわ。『魔動機』と『歯車』で作られた製品はたくさんあるけれど……」
「『歯車』って魔法時計の中にあるあの丸い部品のことですよね? 『歯車』だけじゃ足りないんですか?」
「ええ。それだけだと『回転』に関する効果しか出せないの。もし他の効果、例えば上下に動かしたいと思ったら、他の形の部品が必要になるわ」
「えっ? その『機械』の知識も『万物創造』の知識なんですか?」
「派生知識といったところね。あたしたちの『血統魔法』である『万物創造』の魔法式の中には、この世界の構成原理が含まれているの。だから『万物創造』に目覚めた先祖たちは、程度の差こそあれ、この世界の法則を理解することになるわ」
アリネーの話では、『血統魔法』の目覚め方は人それぞれらしい。お兄ちゃんの血統が『回復魔法』を継承していても、『ロウ・ヒール』までしか目覚めなかったため、その原理をうまく説明できないのと同じだ。
それが、いわゆる『程度の差こそあれ世界の法則を理解する』ということなのだろう。
「そして『機械』の概念は、ある先祖が世界の法則に基づいて独自に設計したものなの。それは決して流出することなく、代々あたしたちの家族に受け継がれてきたわ。――『歯車』を除いてね」
「えっ? じゃあアリネーが独自に開発したわけでも、直接『万物創造』から得た知識でもなく、先祖から受け継いだ『派生知識』なんですね?」
「ええ。あたしは子供の頃の学習を通じてこれらの知識を習得したわ。でも、十二歳で『万物創造』に目覚めてからは、他のあらゆる知識がとても簡単に理解できるようになったの」
「分かりました。結局、『歯車』を手に入れてからこれほど長い年月が経っても、誰かが他の『機械』部品を発明するような啓示は得られなかったということですか?」
「あるにはあるけれど、それほど多くはないわ。知識の普及率の低さと、魔法の利便性が原因ね。魔法を学べば済むことに、多大な時間と費用を投じて別の解決策を研究しようとする人はいないもの」
「なるほど……」
「もう一つの理由は、『オリシウスの道具』よ」
「『オリシウスの道具』?」
「あたしたち『神の民』が極初期――それこそカシンとイレヤの時代に、オリシウス様から授かった日常的な基本道具や、その製作方法のことよ。それらの道具があったからこそ、あたしたちは生活の利便性と質を維持してこられた。だから誰も研究しなかったし、新しい機械を発明しようとも思わなかったのね」
「基本道具……というと?」
「毎日使っているもののことよ。ハサミや包丁、付けペンといった小さなものから、織機や馬車、鍛冶炉のような大きなものまで、すべてそうよ」
「えぇっ? つまり、私たちが今使っている道具はすべてオリシウス様から直接もたらされたものなの? 誰か特定の個人が設計したわけじゃなくて?」
「大半がそうよ。だからこそ『神の民』は、数千年経っても関連する知識を発展させられなかったの」
「なるほど……。では『機械』知識以外にも、他の『派生知識』はあるんですか?」
「ええ、たくさんあるわよ!」
「えっ? まさか、『認知妨害魔法』もですか?」
「あ、それは違うわ。あれはあたしたちの種族の『血統魔法』。純血でなくても、他の妹たちも目覚める可能性があるものよ」
「じゃあ……『手のひらの太陽』は?」
「あれは『万物創造』の知識と、学んだ先祖の『派生知識』を組み合わせて、あたしが発明した魔法よ」
……なるほど。歴代の『真血族』の先祖の知恵と、アリネーの創意工夫、そして強大な魔力制御力が組み合わさって初めて成し得た魔法──あの天変地異のような『手のひらの太陽』なのだ。
…
…
…
「つまりルミちゃんの考えは、『機械』の知識を日常生活に応用したい、その第一歩が農業だということね?」
「そうです! 農民の道具を調べてみたんですけど、土を耕したり、収穫したり、運搬したり……そういった工程は『機械』で助けられないかなって」
「話を聞く限り、可能ね。アリシア、何か案はある?」
「ええ、いくつかの案を考えて設計図も作ってあります。お母様、見ていただけますか?」
「まあ、そうなの? なかなか良さそうじゃない?」
アンジェママはアリネーの設計図をじっくりと見つめた。
「もっとすごいのもあるわよ!」
「なあに?」
「お母様、これを見てください! かんがいシステムです!」
「まあ──? よく見せてちょうだい。……これ、すごく有用だわ! アリシア、すごいじゃない!」
「あたしが思いついたんじゃないわ! ルミィが考えたのよ! あたしの『ローター』を見て思いついたんですって! すごいでしょう!?」
『ローター』。そう、あの飛行玩具の『ローター』だ。空気を動かせるなら、水も動かせるはず。なら、それを使ってあんなことやこんな風に水やりの助けにできないか──と、私は尋ねたのだ。
「すごいのはアリネーですよ! 私は農民たちの仕事を知って、どうすればもっと便利になるか想像しただけです。私の想像を現実に変えてくれるアリネーこそ天才です!」
「ふむ……そうなると……」
アンジェママは考え込んだ後、紙にさらさらと書き始めた。
「……アリシア、さっきの魔道具、このまま作りましょう」
「ええっ──!?」
「新しく農地を開拓するための魔道具も……これを改造して使いましょう」
「できます!」
二人は何を考えているのだろうか。私には全くついていけない。
「そうなると……アリシア、これで農産物の収穫量は……四、五倍は上がるかしら?……」
収穫量が四、五倍!? どういうこと!?
「……魔晶石の経費を差し引いて……農民の基本所得水準を保障して……新規の雇用需要……農産物の物価……大体こんな感じかしら?」
「ええ! そうよ! そうすれば主要な農作物の物価を大幅に下げられるわ! 物価の変動は起きるけれど、長期的には良いことだわ!」
「あ、畜産についても考えないと……。まずは飼料の物価が下がるから、そうなると……」
そのままかなりの時間が経過した。
「大体こんなところね。お父様に伝えに行きましょう。これは忙しくなるわよ」
「はい!」
「詳しいことは分かりませんけれど、お二人の様子を見ていると、きっとできるんですね? おめでとうございます、アリネー、アンジェママ!」
「何を言っているの、ルミィ?」「何を言っているの、ルミちゃん?」
「えっ? お祝いを言っただけですけど……」
「お二人って何よ。私たちでしょう!」
「そうよ、ルミィ、どうして自分をのけ者にするの?」
「えっ? だって、私は何もできていないし……」
「あたしたちがこれをやるのは、あなたのアイデアがあったからなのよ! あなたがいなければ、こんなことができるなんて思いもしなかったわ!」
「そうよ、ルミちゃん。アイデアこそが重大な貢献なの。喜びましょう、一緒にね!」
「ほ、本当ですか?」
「もちろんよ!」「もちろんよ!」
「よかった! それじゃあ……」
「どうしたの?」
「あ、あの……お二人がそう言ってくれるなら、実は他にも考えがあるんです……」
「ええっ!? そうなの!?」
「まあ──ルミちゃん、あなたは天才かしら?」




