五、もう一人の革命者(前編)
「アリネー、私も世界を変えたいんです」
私は知恵を絞り、何日もかけて色々な人から情報を集め、ようやく『それら』の構想をまとめた。そして今日、アリネーの書斎を訪れ、単刀直入にこの言葉をぶつけたのだ。
「えっ? ルミィ、急にどうしたの!? ちょっと説明してくれるかしら? どうやって世界を変えるつもりなのよ」
「アリネーにはその時間がありません。だから、私にやらせてください」
「いえいえ、そういう問題じゃなくて……一体何を言っているの?」
「決めました。あなたの発明品を、あんな風に工房の中に放っておくわけにはいきません」
「こ、工房に置いておけない? た、確かにあそこは散らかっているけれど! でも! じゃあどこに置けばいいの? 倉庫? それが世界を変えることとどう関係があるのよ?」
アリネーがどこまで天然ボケなのか、私には計り知れない。
「私の意味は、あなたの発明品はとても有用だということです。領民の中へ普及させて、彼らの生活を改善すべきなんです!」
「それが? そうかしら?あたしが作ったのは、どれも大した使い道のない遊び道具よ! それに『万物創造』の秘密は公開できないわ。世間の世界認識を不用意に変えてしまったら、いつ取り返しのつかない事態になるか分からないもの!」
ええ、おっしゃる通り。――『不用意』に変えるのがダメなら、『用意』して変えればいいのだ。
「それなら、しっかり管理すればいいんです。発明を実際に活用しつつ、流出する知識の量をコントロールすればいいんですよ!」
「ええっ? そ、それは……考えたこともなかったわ。そんなことが可能なのかしら?」
「以前、お兄ちゃんから各地の転移魔法陣についての知識を聞いた時、ずっと不思議に思っていたんです!」
転移魔法陣――巨石と正体不明の複雑な魔法術式で構成された大型施設。冒険者が異なる迷宮地域へ手軽に移動できるようにするための巨大な転送型魔法陣だ。六大迷宮の付近にはそれぞれ一つずつ設置されているが、その中で『東の森』に近い『フローラ城』――つまり私たちの領地の主城にだけは、他の五つの迷宮に対応する五つの転移魔法陣が設置されている。
なぜ私たちの『フローラ城』が転移魔法陣の交通の要衝となったのか。理由は、魔法使いを雇ってこれらの魔法陣を発明・設置させたのが他でもない、『フローラ城』の領主である『エレナガード伯爵』本人――お父様だからだ。十年前の大戦の後に建設されたものだという。
転移魔法陣ができてから、大陸全体の冒険者産業には革命的な変化がもたらされた。しかし、素材不足の問題から、これ以上増設することはできない。
――それが世間に流布している説明だ。
「て、転移魔法陣!?」
アリネーの反応を見る限り、私の推測は当たっていたようだ。
「そう! あれはアンジェママが『万物創造』の知識を使って作ったものですよね?」
「そ、それは……ルミィ、あなたの言う通りよ……」
「だったら考えてみてください! 『転移魔法陣』なんて代物まで作って人々に使わせているじゃないですか! まさに革命的な、世界の仕組みを変えるような代物ですよ!」
「それは……お父様が、魔法陣の鍵となる素材は希少で、もう使い果たしたと宣言しているからよ。それに、製作した魔法使いも『企業秘密』として正体や術式の公開を拒否しているし……」
「そうですよ! それでいいじゃないですか。素材の魔導鉱が、実はすべてアンジェママが『万物創造』で直接生み出したものだなんて、誰も知らないんでしょう?」
「ええっ!? そんなことまで見抜いていたの?」
「今は状況が違うことは分かっています。アンジェママは自分がその魔法使いであることを隠し通したから、安全だった。でも私が言いたいのは、たとえその魔道具があなたの発明だと知られたとしても、内容さえしっかり吟味すれば、現代の常識にかなった説明が必ず見つかるはずだということです!」
「それは……」
「特にあなたが言っていた、『万物創造』からの派生知識による発明なら、あなた自身が発見したものだと言い張れます! あとは『企業秘密』や『希少な魔導鉱』といった言葉で飾り立てれば、活用できるものはもうたくさんあるはずです!」
「あなたの言う通りかもしれないけれど……でも……」
アリネーがまだ躊躇することは分かっていた。なら、あの言葉を使うしかない。
「ノブレス・オブリージュ』!」
「なんですって!?」
「『ノブレス・オブリージュ』です! 能力が大きければ、責任も大きくなるはずです!」
「そんなの分かっているわ。でもそれが今言っていることと……」
「アリネー! あなたは時代を先取りした知識を持ちながら、平民の生活の質を向上させる責任を放棄しているんですか! それは職務怠慢ではありませんか?」
「ええええ────!?」
「そうです! あなたが目立ちたいかどうかの問題ではありません! あなたには人々の生活を良くする力があるのに、それをやっていないことが問題なんです!」
「それは……ちょっと待って……」
アリネーは沈黙した。彼女の頭脳が猛烈な勢いで回転し――おそらく『思考加速』のスキルも発動しているのだろう――この件について繰り返し計算しているのが伝わってくる。
「……ええ、分かったわ。それはあたしの責任ね。危険性を、逃避――つまり怠惰の言い訳にしてはいけなかった。安全な運用方法を見つけ出す努力をすべきだったわ」
「その通りです!」
成功だ! やはりこの切り札を出すしかなかった。
「ルミィ、気付かせてくれてありがとう。……それで、あなたにはどんな考えがあるのかしら? じっくり話し合いましょう」
「やった! やっぱり私のアリネーです!」
…
…
…
「お父様。あたしたち、相談したいことがあるんです」
昼食の時間、伯爵家の食堂にて。
「おや? 娘たちが揃ってどうしたんだい?」
「お父様、お母様、今日 ルミィとお話しして、一つ気づかされたことがあるんです」
「ルミちゃんがか?」
アリネーは、自分の発明品を領地で活用したいという考えを、お父様とアンジェママに伝えた。
「ふむ……領民の生活水準が上がるのなら確かに良いことだが。しかし……アンジェ、君はどう思う?」
「それはあなた次第よ、あなた。だって、あの時私に『あんなもの』を作らせたのはあなたじゃない。反対する理由なんてあるのかしら?」
『あんなもの』……きっと転移魔法陣のことだろう。
「それは……あの時は状況が違っただろう? 領民の福祉や社会の進歩に比べれば、娘の安全の方が重要だ……」
「あら、私の安全は重要じゃなかったの? 悲しいわ。」
「そんなこと言わないでくれ! 二人とも同じくらい大切だよ! ただ、ただ……人は年を取ると考えが保守的になってしまうものなんだ……」
お父様の気持ちも分からないではない。だからこそ、私とアリネーはこうして正式にこの案を提案したのだ。
「ううっ──悲しいわ、アリシア。あなたのお父様は、今はあなたのことしか考えていないみたいよ」
あはは。アンジェママってば、そうやってお父様をからかうのが好きなのだ。結構意地悪というか……面白い。ん? そういえばヴィルマさんもそんな感じだったような? どういうことだろう。もしかして『真血族』の特性には腹黒さも含まれているのだろうか。幸い、アリネーにはその点は遺伝しなかったみたいだけれど。
「ち、違う! そんなことはない! 二人とも大切だと言っているだろう! 私は、私は……」
お父様がまた頭を掻いている。彼は困った時、いつもこの仕草をするのだ。ちょっと助け舟を出してあげよう。
「お父様がアンジェママを一番愛しているのは、新しい娘である私にだって分かりますよ。でも、成功した父親としての責任上、子供を守ることを第一に考えなきゃいけなくて、自分の感情を犠牲にしているんですよね。わあ、お父様って本当に大変なんですね」
「そうそうそう!ルミちゃんの言う通りだよ! 責任なんだ! そうだ! 大人になったら、まず責任を果たしてから自分の感情を考えるものなんだ!」
「じゃあ、私のことはもう愛していないの?」
「まさか! 愛していないはずがないだろう! 君を一番愛している! 大好きだよ、アンジェ!」
「えっ!?」
わ──お父様、顔が真っ赤だわ!? 娘たちの前でそんなセリフを! 面白すぎる! あれ? 腹黒なアンジェママまで顔を赤くしている。あはは、面白い! 面白すぎる! お二人とも一体おいくつなんですか!
アリネーは……どんな表情をしているのかしら? 全く動じない、いつものことだと言いたげな顔? もしかして、これが伯爵家の日常なのだろうか。
「お熱いところお邪魔します、お父様、お母様。それで、さっきの件はどうしましょうか?」
「それは……」
もう一度、試してみよう。
「『ノブレス・オブリージュ』……」
…
…
…
「分かった……君たちの思う通りに進めるがいい……」
やはり、この父にしてこの娘あり。同じ理屈をぶつければ一発だった。
「ただし、秘匿工作は慎重に行うこと。普段の外出も安全には十分気をつけるんだ……。もっとも、それは既にやっていることだから、大きな問題はないだろうがね」
そうなのだ。アリネーは前回の「求婚の脅迫」で、あの『ヴァンダーホルト家』に反旗を翻し、クズな次男を牢屋にぶち込んだばかりか、裏では革命まで企てている。報復や次の攻勢に備えて、領地内の警備や対スパイ行動は既に強化されているのだ。
「ありがとうございます、お父様」
「アリシア、時間は大丈夫? 私も手伝いましょうか?」
「大丈夫よ。改革の計画はもう決まっているし、今は実行段階だから。お父様や部下の方たちは忙しくなるけれど、あたしの時間はむしろ増えるわ。でも、お母様が手伝ってくれたら百人力だわ!」
「ふふ、もちろんだわ。少し後で、外出から戻ったらあなたたちの計画を聞かせてちょうだい」
これで、この計画には二人の『アレイシアの純血後裔』が関わることになった。ちょっと豪華すぎやしないだろうか。
…
…
…
伯爵邸、アリネーの書斎。私とアリネー、そしてアンジェママはここで新製品の打ち合わせをすることになっていた。
「お母様、まだ戻られませんね」
「ええ、外出先からまだみたいね。ここで待ちましょうか」
「はい」
適当に話をして時間を潰そう。ええと……。
「アリネー、アンジェママもすごい魔法使いなんですよね? 魔法は全部ママに教わったんですか?」
「うーん……全部じゃないわね。小さい頃はお母様が教えてくれたし、分からないことがあれば指導してくれたけれど。でも、あたしの魔法の大部分はおばあ様が残してくれた魔導書での独学なのよ」
おばあ様の魔導書? おばあ様? ちょっと待って! おばあ様? アンジェママのお母さん? ということは、また……。
「アリネーのおばあ様も『万物創造』の継承者だったんですよね? その人が残した魔導書って、また公にできない魔法が山ほど載っているんじゃ……?」
「あはは、その通りよ。」
「それで、おばあ様はどうされているんですか? まだ、お元気なんですか?」
計算すれば、年齢はまだ五十代か六十代くらいのはず。
「それがね、もう数年もお会いしていないけれど、きっとお元気だと思うわ。」
「えっ? どういう意味ですか? 連絡は取っていないんですか?」
「ええ。おばあ様は数年前に旅に出られたと聞いているわ。」
『旅』? 本当に旅行のことですよね? 他の意味じゃないですよね?
「最後に手紙をもらったのは一年以上前ね。その時はエルフの『イトナの森』に住んでいるって書いてあったわ。」
「エルフの『イトナの森』? 『人族』が勝手に入れるような場所なんですか?」
「もちろん無理よ。でも、おばあ様は『大賢者アマラ』だもの。」
「えっ? 大賢者!?」
「ええ、『大賢者アマラ』。ルミィは聞いたことがないかしら? でも、おばあ様は二十、三十年前にはとても有名だったのよ」
「二十、三十年前どころか、現代の有名な魔法使いだって誰一人知りませんよ。知っているのは『赤薔薇』っていう人くらいで」
「赤……ルミィ、あなたは……。ええと、とにかくそういうことなの」
まさか……いや、あり得ない話じゃないけれど、アリネーのおばあ様が有名人だったなんて。『真血族』の秘密はどうなっているのだろう。目立たないように暮らすんじゃなかったのか。
「でも、『大賢者アマラ』なんて呼ばれて……おばあ様は『真血族』だとバレる心配はしなかったんですか?」
「そのあたりはあたしも詳しくないけれど、お母様の話では、おばあ様は元素魔法の精通と実戦能力で名を馳せたらしいわ。時代を変えるような新発明はほとんど公開しなかったみたい」
「ああ、なるほど。それで公開できない魔法はこっそり子孫に伝えたわけですね。」
「そういうことね。」
「じゃあアンジェママは? 彼女も有名な魔法使いなんですか?」
「お母様? 有名というほどではないと思うわ。あたしを産んでからはずっとお父様の傍にいたみたいだし。少なくとも、二つ名があるなんて話は聞いたことがないわね」
「ヴィルマさんなら知っているでしょうか?」
「うーん……どうかしらね。ヴィルマおば様だってあたしより四歳年上なだけだし、若かりし頃のお母様のことはあまり知らないんじゃないかしら?」
うーん……アンジェママのあの容姿と実力だ、若い頃に平凡な少女だったなんてことはあり得ない。何と言っても『大賢者アマラ』の娘なのだから。
『真血族』──『神人イレヤ』の長女『アレイシア』の末裔。嫡系の長女である『アレイシアの純血後裔』だけが『万物創造』の魔法を継承できる。それは理解したけれど、少し疑問に思うことがあった。
「アリネー、『アレイシア』の血脈が今までずっと途絶えずに続いてきたなんて。まさか、代々必ず女の子が生まれるんですか?」
「ええ、それがあたしたちの種族特性なの。『アレイシアの純血後裔』の第一子は必ず女の子で、必ず『万物創造』の『血統魔法』を継承するのよ」
「第一子が必ず女の子……。じゃあ、他にも子供が生まれることはあるんですか?」
「あるわよ、女の子も男の子も。女の子なら、基本的には程度の差こそあれ『万物創造』以外の種族特性を継承するわ。『自我再生』、『竜之翼』、『魔力の手』とかね」
『魔力の手』──アリネーのあの超絶的な魔力制御力の正式名称だ。
「えっ?アリネーの『自我再生』能力って、魔法術式じゃなくて種族特性だったんですか?」
「そうよ。自然に発動する治療術式なの。あたしたちが意識を失っている状態でも、勝手に発動するわ」
「わあ、本当にすごいですね。『竜之翼』は……知っていますけど……あれ?ヴィルマさんは? 彼女も『真血族』ですよね?」
「ええ。ヴィルマおば様 なら……あたしが知っているのは『竜之翼』を持っていることくらいね。他はよく分からないわ、彼女、教えてくれないもの」
「なるほど。さっき男の子の話が出ましたけど、男の子も生まれるんですね?」
「もちろんよ! でも、男の子は必ずもう一方の種族――父親の種族になるわ。『真血族』としての種族特性は一切受け継がないの」
「そうなんですね。アリネー、気を悪くしないでほしいんですけど……前にお父様たちにはまだ弟がいないって聞いて、それも『真血族』の特性なのかなって思っていたんです。」
「気にしないで。ただ、どうしてこの何年もの間、弟や妹ができなかったのかは、あたしにも分からないわ」
「あ、あの……私もずっと不思議だったんです。普通の家庭なら子供が三、四人いるのは珍しくないですよね? 爵位を継ぐための男の子が必要なのに、どうしてこれほど長く弟妹がいないのかなって。女の子ばかり生まれるなら仕方ないですけど、一人も生まれていないなんて」
「ん? どういうこと? ルミィ、何を考えているの?」
これ……言ってもいいのかな?




