十八、あのドレス
今日の任務を終えて、私たちは『フローラ城』へ帰る道を歩いていた。
「はぁぁ~、つっかれたぁ~」
どうやら今日の行程は、ドロシーちゃんにはちょっときつかったみたい。
「文句ばっか言わないの~? 誰が言ったんだっけ、『この派遣任務の報酬、けっこういいじゃない! やってみたい!』って?」
ルーカスは相変わらずの調子。でもそう言いながら、ちゃっかりドロシーちゃんの荷物と杖を全部背負ってるんだから、本当は優しいんだよね。
今日は『フローラ城』から少し離れた森に行っていた。
「だ、だって間違ってないもん! でももう、疲れたの! 歩けないの! ダメなの!?」
『東の森』の探索とはまったく違って、これは魔物の出没報告に基づいてギルドが出した派遣任務。主に近隣住民の安全確保が目的だった。
「もうすぐ城門だよ。あとちょっと我慢。これ以上わがまま言ったら荷物返すぞ~」
距離はあったけど、魔物の強さは大したことなくて、ギルドからの追加報酬もあったから、全体的には楽な仕事だった──ただし、サポート役のドロシーちゃんにはちょっときつかったかも。体力は前衛組の私たちとは比べものにならないからね。
「うぅ……」
最近、うちの小隊の息もどんどん合ってきて、私とヨナさんの連携もすっごくスムーズになってきた。
うん……正直、ちょっと嬉しい。
「ドロシーちゃん、本当にもう歩けない? 俺が背負ってやろうか?」
へっ!? せ、背負う!? 帰るまで!?
「わ、わぁ~ヨナさん、優しすぎます~! で、でも大丈夫! 歩けます! 歩けますから!」
……変なこと考えなければ、こういう仲間同士のやり取りって、本当にあったかいよね。
「じゃ、あと少し頑張ろう。もうすぐ着くから」
ヨナさん……私にとって、どんな人なんだろう。
「ヨナ兄貴、甘やかしすぎだぞ」
確かに、アリシアお嬢様やルミ嬢の言う通り、最初の印象はすごく良かった。
「じゃあ俺が代わりに荷物持つよ」
彼はいつも落ち着いてて冷静で、でもさりげなく周りに気を配る人。一緒にいると、なんだか安心する。
「そ、そんな……ありがとう、ヨナ兄貴!」
もし“友達”って言うなら、本当にすごく良い友達になれると思う。
でも、もし“そういう関係”だとしたら……?
「イシャ、明日の午後、街に一緒に行かないか?」
ギルド報告を済ませて、夕食を終えたあと、突然そんなふうに言われた。
「えっ!? あ、うん! い、いいですよ! いえ、大丈夫です!」
最近……“まずは友達から、お互いをもっと知ろう”って話したあとで、ヨナさんが、はじめて正式に私を街へ誘ってくれた……そ、それってつまり、デ、デート!?
しかも、そのあとから彼は私のことを“イシャ”って呼ぶようになった──友達の証として。
わ、私としては、もちろん全然構わないよ!? うん! だって、私たちは“友達”だから! うん、うん!
……
……
……
というわけで、今日は街に来ている。
「イシャ、どこか見たい店ある?」
「私? えっと……」
見たいお店なら、通りに出ればいくらでもあるんだけど……あ、そうだ。
「ヨナさんは? 行きたいお店ありますか?」
「俺? うーん……ふふ、別にいいよ。ぶらぶら見て回ろうか」
「はい!」
二人並んで街を歩く。なんだかちょっとだけドキドキして……いや、本当に“ちょっとだけ”ね? あはは。
……
「うーん……」
私は鏡の前で、手に持った二着のドレスを順番に体に当ててみる。
このお店のドレス、どれもすごく可愛い。私の好みにぴったり。でも、新人冒険者にはちょっと高いんだよね。
前からずっとショーウィンドウ越しに眺めてて、最近ようやく手持ちに少し余裕ができたから、今日は思い切って中まで見に来てみた。
実際、部屋着を除けば、冒険用の戦闘服と、家から持ってきた二着のワンピースしか持ってないんだよね。
うーん……私たち『白羽族』の服と『フローラ』の流行って、やっぱり違うんだなぁ。
今日は、そのうちの一着を着てきた。
このままだと、今後のデー……じゃなくて! お出かけのたびに着られる服が二着しかないことになる。
それって……ちょっとまずいかも?
ううん、別にまずくはない……はず?
まぁ、今日は“見るだけ”だから! 見るのと買うのは違うもんね?
それから、私はこの二着のドレスに目を奪われていた……。値段はお店の中では一番安いランクだけど……それでも、本気で買うなら一着しか無理……。
だから、どっちを買うか――じゃなくて、どっちがいいか迷ってる。いや、そもそも本当に買うかどうかも、まだ考え中で……。
「ごきげんよう、美しい白羽族のお嬢さん。ようこそ当店へ。なにかお手伝いできることはございますか?」
どうやら店員さんが声をかけてきたらしい。
「ありがとう、でも自分で少し見てみますので……」
「もしかして、その二着が気になっているんですか? よかったら試着してみませんか?」
「し、試着!? そ、それは……わ、私はまだ考え中で……」
「もしどちらも気に入らなければ、背中のあいたデザインもたくさんございますよ! 白羽族のお嬢さんにぴったりのもの、きっと見つかります! それに、お嬢さんの身長とスタイルなら、どんな服でもお似合いになります! おすすめしてもいいですか!?」
「お、おすすめ!?」
や、やばい……な、なんか緊張してきた……コミュ障発動!?
ち、違うってば!? 試したいのは本当! 特にあの一着! でも……お、お願いだから察して! そんなにお金ないの! 一着買うのだってギリギリなんだから! わざわざ対応してくれなくてもいいのに~!
「はは、大丈夫ですよ。彼女、まずはその二着を試すだけですから。イシャ、とりあえずそれ着てみたら?」
「えっ、あっ、う、うん! と、とりあえず試してみます!」
「じゃあ、外で待ってるよ。ゆっくりどうぞ。」
「う、うん……って、え!? ま、待って、それは……」
「やだぁ、彼氏さん、見届けないんですか? 女の子の服は、やっぱり彼氏に見てもらわないとねぇ?」
か、か、か、彼氏ぃぃぃぃ!!!!!!
ち、ちがうちがうちがう!? それは誤解です! 誤解が過ぎるぅぅ!?!?
「えっと……イシャ、見てほしいなら、俺でよければ手伝うけど? 服のことはあんまり詳しくないけどな。」
な、な、否定しないのぉぉぉ!?!?!?
い、いや、そこじゃない! でも……ヨナさんに見てもらうのも悪くないかも……好みがわかるかもしれないし……!
「お、お願い! 見てください!」
……え?
えっ!?
えええええええええええっ!?!?!?!?!?
な、なに言ってるの私!?!?!?!?
「お嬢さん、こちらが試着室になります……」
「は、はいっ、ありがとうございます……」
よしっ、試着だ! ただヨナさんに見てもらうだけ! な、なにも恥ずかしいことなんてない! 見られて困るわけじゃないし! わ、私たち、友、友達だし!!
最初の一着を着てみる……鏡の中の自分を見つめながら……うん……見せてみよう。
「こ、これ……どう、ですか? に、似合ってます?」
やっぱりちょっと恥ずかしい。
「うん、かわいいよ。」
「えっ!? あっ、あ、ありがとう! 次の着てみますね……」
はぁ……考える間もなく即答!?
次の一着に着替える。
「こっちは、どう……?」
「似合ってる。きれいだよ。」
「あ、あ、ありがと……」
ま、また即答!? いや、見てもなかったよね!? 二秒も見てなかったよね!?
ほんとに見てる!?
「じゃあ、比べてどっちがいいと思いますか?」
迷ってるから、アドバイスが欲しいだけなのに。
「うーん、どっちも似合ってると思うよ。たぶん、さっき店員さんが言ってた通りだな。イシャの身長とスタイルなら、何着ても似合うんじゃないかな?」
うん、それ……社交辞令っぽい。でもね、それじゃわかんないの。あなたの“本音”が聞きたいのに。
「じゃあ、ヨナさんの個人的な意見は?」
「最初のは若くて可愛らしい印象だね。イシャにはあまりないタイプの服で、新鮮に見える。今のは上品で落ち着いた感じ。いつもの君らしい雰囲気だ。うーん……俺の個人的な好みなら、二着目かな。」
……つまり、ヨナさんって成熟してて上品なタイプが好みってこと?おかしいな、さっきまで全然見てなかったのに、急に分析始めた!?
「でも、これも試してみない?」
ヨナさんの隣のカゴに、三着目のドレス――『あのドレス』が入っていた。なんで!?
「えっ……そ、それは……」
「試すだけならいいだろ? 店員さんにも準備してもらったし。」
「わ、私……」
返事する前に、もうそのカゴを渡されていた。断れない……。
「う、うん、試してみます! ありがとう。」
そのドレスを手に取って試着室へ。
心臓がどくどく鳴ってる……。
こ、これは……私がずっとショーウィンドウ越しに見てたドレス……!もう何度も何度も眺めた、憧れの一着……!
さっきも、目が離せなかった。けど、値段が高くて諦めた。
そのドレスが、今、私の手の中に……!
もう我慢できない。すぐに服を脱いで、そのドレスを身につける。
ここを……もう少し締めて……リボンを整えて……
きゃっ……かわいい! 本当にかわいい! わぁ……!うしろ姿はどうかな?
試着室の鏡の前で、くるりと回ってみる。その繊細な刺繍、しなやかなウエストライン、ふわりと揺れる裾……!
気づけば、白羽族の少女は――試着室でそっと浮かび上がっていた。
思わず、宙でポーズをとってしまう。
か、かわいいっ!!! あれ、私!? 本当に私!?
「お客様、大丈夫ですか? お手伝いが必要ですか?」
えっ!? すっかり忘れてた! 私、ここにどれくらい居たの!?
「だ、大丈夫です! ありがとうございます!」
私はゆっくりとドアを押し開け、そっと外を覗いた――
「ほらほら、彼氏さんに見せてあげて!」
えっ!? か、彼氏じゃないです!!!
「こ、これ……どうかな……?」
私は静かにヨナさんの前へ歩み寄る。彼は目を閉じて休んでいるみたい……まさか、着替えが遅いって怒ってる?
私の声を聞いた途端、彼はゆっくりと目を開けた。
「と、とっても可愛い……本当に、まるで天使のようだ。」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
な、な、何を言ってるの!? えっ!? だって、ちゃんと見てなかったんじゃ……!?
「本当だよ。このドレス、さっきのよりずっと似合ってる。君が今まで着てきたどの服よりも……!!!」
う、嬉しい……! うん、このドレス、たしかに今までのよりも……え?
ヨナさんの言葉が急に途切れ、顔をそむけてしまった。
え、なんで? なんで話をやめたの? もしかしてこのドレス……どこか変なの? 見えてるとか!? ま、まさか!? 鏡でちゃんと確認したのに……!
私は思わずもう一度鏡の前でくるりと回ってみた。――うん、問題なし!
「えっと……ど、どこか変ですか? ヨナさん?」
「い、いや! すごく似合ってる、完璧だよ! とても綺麗だ。そ、それで、イシャ! 君自身はどう思う? このドレスが一番気に入ったんじゃないか?」
ちょっと……まだ顔そらしたままだよ!? 怪しすぎる!!
「あなた……」
えっ!? 今、なんて?
し、知ってたの!? 私がこのドレスを気に入ってたのを!? 私が最初の二枚で迷ってたのも全部見抜いてたってこと!?
そして、こっそり店員さんにお願いして、この一枚を出してくれたの!?
そ、そういうこと!? どうして今まで気づかなかったの!?
「う、うん!! 本当に気に入ってる! 前からすごく好きだったし、実際に着てみるともっと好きになっちゃった! ただ……」
「ただ?」
「うぅ……高すぎるの。」
お金が足りないってわけじゃない。問題は――こんな「普段着のワンピース」にしては値段が高すぎるってこと。
このスカートを買うお金、もっと有効に使える気がするな。武器を強化したり、防具をアップグレードしたりする方が、ずっと役に立ちそうだ。
私なんかに、贅沢品はいらない。
「そうだね、確かにちょっと高いかも。」
「だから、買うつもりなんて……なかったの。」
「ふむ……もう一度、見せてもらってもいい?」
「うん……いいよ。」
今度のヨナさんは、真剣な目で私を――ドレスを――見つめている。
なんだかこっちが恥ずかしくなってきちゃった。
もう一度くるりと回って、鏡に映る自分を見た。――うん、満足したし、もう脱ごうかな。
きっと、私とこのドレスは思ったほど似合ってないんだ。
私は冒険者で、戦士。こんなドレス、私には似合わない。
でも、もしこれをアリシアお嬢様が着たら……絶対に似合う!あの優雅な仕草と可愛らしい笑顔、彼女ならこのドレスの魅力を最大限に引き出せる。
私が買っても、きっと無駄になるだけ。
「だから……」
「うん……何度見ても、イシャ、君にすごく似合ってると思う。でも確かに値段は高いね。どうしてこんなに? 裁断のせいかな、それとも素材?」
もういいよ……そんな優しい言葉、聞いてると余計に……
「買っちゃおうか。」
「わかった、買わない……えっ!? い、今なんて!? 買う!? 私が!?」
「もちろん君の判断に任せるよ。俺は、ただの提案だ。」
「ち、違うの! 私、このドレスには似合わないって言ってるの!」
「どうしてそんなこと言うの?」
「だって……私には贅沢すぎるもん。私はただの普通の人だよ? 貴族のお嬢様でもないのに、私なんかが着たらもったいないだけ!」
「何を言ってるんだい? もしお金のことなら理解できるけど、君が似合わないなんて誰が言った? 俺から見れば、これ以上ないくらい似合ってる。」
「……」
「でも、本当に気に入らないなら買わない方がいい。無理に買っても、幸せじゃなきゃ意味がないからね。」
「わ、私は……」
「ちょっと待ってて。」
え? ヨナさんが立ち上がった!? 店員さんのところへ行った!? な、何するつもり!?まさか値引き交渉!? そ、そんなのされたら余計に恥ずかしいよ……!
すると、店員さんがハサミを置いて、こっちへやってきた。
「えっと……お嬢さん、こちらを一周してもらえますか?」
「えっ? あ、はい!」
な、なにこの展開!?
「じゃあ……少し浮いてみてくれる?」
「う、浮く!? わ、わかりました!」
「回ってみて。」
ど、どういうことなの!?
「うん……」
「ね、お客さん。おっしゃる通りです。これは、完璧に似合ってますね。」
「え?」
「イシャ、こちらの店員さん――実はこのお店の仕立て職人なんだ。君の着ているドレスは、彼女の作品だよ。」
「えっ!?」
な、なんでヨナさん、そんなことまで知ってるの!?
「お嬢さん、言わせてもらいますけどね。私のプロの目から見ても、このドレスはまさにあなたのために作られた一着ですよ。他の誰が着てもどうかはわかりませんが、あなたが着ると本当にぴったりなんです!」
「えっ!? 本当ですか?」
ま、まさか営業トークじゃないよね?
「ほらね、イシャ。専門家までそう言ってるんだ。『自分には似合わない』なんて考えはもうやめようよ。」
「ほ、ほんとに……? だとしても……私……このドレスを買うお金なんてないよ……ごめんなさい……店主さん……やっぱり買えません……」
「大丈夫ですよ、お嬢さん! 私のデザインした服を気に入ってもらえただけで嬉しいんです。それにね、本当にあなたに似合っているんですよ。まるで……そう、私がデザインしたときに思い描いていた理想そのままです。服って、着る人によって本当の魅力が引き出されるんです。あなたが着てくれたおかげで、このドレスの完成形を見ることができました。本当に嬉しいです!」
「うん、そう言ってもらえるならよかった……それじゃ、着替えてきますね……」
…
…
…
「それで、どうだったの? イシャっち、そのドレスは?」
その日のことを、私はアリシアお嬢様とルミ嬢に話していた。
「まだお店にあるよ。」
「え〜〜残念〜。超かわいいイシャっちが見られると思ったのに〜。」
「そ、そんな……私なんかが可愛いなんてありえないよ……」
「私の目には、イシャっちはめちゃくちゃ可愛いけどね?」
「うん。イシャはどう見ても可愛いよ。」
「えっ!? ま、まさか……でも……と、とにかく、まだ買う決心がついてないだけだから……」
「ふふっ、ドレスは買わなかったけど……どうやら他の収穫はあったみたいね?」
「アリネーの言う通りです。イシャっち、なんだかとっても嬉しそうに見えます。」
「えっ、そ、そうかな? 他の収穫って、何のこと?」
「ふふっ、まさか『巨人族』の狂戦士であるあのヨナさんが、あんなに素敵な人だったなんてね。」
「そうそう、アリネーは彼とあまり話したことないもんね。ヨナさん、すっごくいい人だし、絶対に将来有望だよ!」
「なるほど、そういうことね。」
「ちょっと待ってよ、二人とも! 勝手に盛り上がらないで! 何よ『素敵な人』とか『将来有望』って!」
「そのままの意味よ、イシャっち。もしかして……あなた、すっごく鈍感なタイプ?」
「な、なによそれ!? わ、私は鈍感なんかじゃないもん! わ、私だって……なんかちょっと違うって感じたし!」
「ぷっ! アリネー、今の聞いた!?」
「ふふっ、聞いたわよ。」
「はははっ、『なんかちょっと違う』って! 可愛い~!」
ルミ嬢が立ち上がって、私の頭を軽く撫でてきた。――な、なにその意味深な撫で方!?
「イシャっち、頑張ってね。先はまだ長いんだから。」
「あ、ああああ! もうっ! 何の話してるのよ!!!」
…
…
…
「アリネー、さっきイシャっちの話を聞いてて、ちょっと違和感を覚えたんだけど……本人の前じゃ言いづらくて。気づいた?」
「もしかして……ヨナさんが言ってた『今まで着てきたどの服よりも……』ってところ?」
「そうなの! やっぱりアリネーも気づいた!?」
「うん……でも、これはさすがに言いづらいわね。イシャ本人ももう忘れてるみたいだし、今はそっとしておきましょう。……まあ、もし二人が本当に付き合うようになったら、いずれその『あの日』の話題も出るでしょうしね?」
「やはは、それもそうだね!」
二人は顔を見合わせ、まるで共犯者のように微笑み合った。
――まるで、小さな秘密を守るように。




