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三、農地の賢者

「ルミナスさん!ちょっと待ってください!わ、私、お願いがあります!」


「えっ!?イシャさんからお願い!?嬉しい!聞かせて!」


……言えた!ほんとに言えた!よかったぁ……。でも、時間を改めたほうがいいかな?いや、まずは確認しないと……。


「そ、それが……話すと長くなりますし……お帰りの邪魔になりませんか?」


「大丈夫!夕食まではまだ時間があるし、もし遅くなりすぎたらそのときはまた日にちを改めましょう。アリネー、それでいい?」


……よかった。ルミナスさんって、本当に親切なのに、余計な遠慮もしなくて……接しやすい人だなぁ……。


「いいわよ。じゃああたしはヘレンさんのところで待ってればいい?」


ヘレンさん?あっ、昨日受付にいた優しいあの方!?……ってことは、アリシアさん、公會でもお友達がいるんだ!?


「ううん、アリネーも一緒に聞いて。たぶん必要なのはあなたのほうだから。」


えっ?


「イシャさん、まずは簡単に事情を話して?」


あっ!?は、はい!もちろんです!助かったぁ……!


「私は……ルミナスさんにお願いしたいんです。ギルドを通じて専門家の診断を……私の『魔力付与』について……」


「なるほど。アリネー、あなたはどう思う?」


「そうね……まずは会議室に行きましょう。」


えっ?





私たちはギルドの会議室に入って腰を下ろした。閉ざされた空間の中で……分かった。さっきからふわっと漂っていた、あの清らかで柔らかな香り……それ、アリシアさんからなんだ……。


「アリネー、改めて紹介するね。こちらはイサベリアンナさん。昨日新人指導プログラムに参加した冒険者。イシャさん、こちらはアリシアさん……見ての通り、今は農家の女の子で、『みんなのアリシアちゃん』って呼ばれてるの。」


紹、紹介……?どうして?……でもこの距離でよく見ると、やっぱりすごく綺麗……いや、綺麗どころじゃない!高貴で、端正で……でも農家の子なんだよね!?さっきまで畑仕事してたはずじゃ……?そ、そんな人が、私の魔法の悩みに役立つのかな……?あっ、やばい!またぼーっとしてた!ち、違う違う!今は考えてる場合じゃない!ちゃんと返事しなきゃ!今は私がお願いする番なんだから!


「アリシアさん!は、はじめまして!」


「ふふっ、はじめまして!もっと気楽にいきましょう。よかったらルミィと同じように、イシャさんって呼んでもいい?」


「も、もちろんです!」


あっ!?……な、なんて親しみやすい……いや、もうこれ魅力だよ。深紅の瞳を見てると、なんだかどうでもよくなっちゃう……言葉もスラスラ出てくるし!


「じゃあまず……ルミィ、冗談はやめてね。『今は』農家の娘なのは事実だけど、それだとイシャさんが困るでしょ?」


『今は』……?


「やっはは、ごめんごめん!でもアリネーの身分をちゃんと説明すると複雑になるから、『みんなのアリシアちゃん』って言ったほうが早いじゃん?」


……そういえば、さっきもルミナスさん、そう呼んでた。けど……『みんな』って誰のこと!?


「はいはい、悪かったわよ。……じゃあこうしよっか。」


アリシアさんが私のほうに手を差し出して──瞬間、手のひらに金色の光がまとわりついた!こ、これはっ!?


「イシャさん、ごめんなさいね。これで分かったでしょ?」


「わ、分かりました!どうやって!?詠唱なし!?瞬間発動の『雷光付与』!?しかも強度を精密に制御してる!?」


「わー!イシャさん、すっごく流暢にしゃべってる!本音ダダ漏れだね!アリネーの一動作でコミュ障治っちゃったんじゃない!?」


「ルミィ、からかわないの。指導員なんだから真面目にして。そんな調子だとイシャさんがびっくりするわよ。」


「ごめんごめん……でもアリネーの前だと、つい……」


「ふふっ、あなたらしいけどね、もちろん元々のルミィが一番好きだよ。でも今は真面目に話をしないと。」


「了解!」


……あのルミナスさんまで、こんなふうになっちゃうの!?アリシアさんって……しかも今の無詠唱『雷光付与』……これ、どれだけの存在なの!?見た目は私と同じ十代の女の子にしか見えないのに……もしかして私より年下!?


「さてイシャさん、私は有名な専門家ってわけじゃないけれど……魔法の知識はそれなりに研究してるつもり。魔法関連の悩みなら、初歩的な相談くらいなら応じられると思うわ。」


「それなり」ってレベルで、あんな瞬発の『雷光付与』!?……謙虚すぎるでしょ!?


「ほ、本当ですか!?よ、よかった!それじゃ、えっと……料金は!?」


「料金?」


「はい!相談料です!わ、私いまお金あんまりないですけど……分割で払います!一生懸命働きますから!」


「いらない……ううん……」


アリシアさんが小首をかしげて、ぱっと笑顔になった。


「……これは新人支援プログラムの一環だから、費用は『エレナガード伯爵』に請求すればいいわ。私から連絡しておく。」


「ぷっ!あはは!」


えっ、ルミナスさん!?


「アリネー、お小遣い足りないの!?なにそれ、面白すぎ!」


「あら?私、今なんて言った?」


「ごめんごめん、ちゃんとする!」


……でも、まだ笑ってるよね!?この二人の掛け合い……なんかもう……。それに……近くで見えちゃった。二人の指輪……!? い、いや、今はそれどころじゃないっ……!


「とにかく……ルミィ、ちょっと黙ってて。イシャさん、費用のことは心配しなくていいわ。具体的な状況を教えてくれる?」


……は、始まった!? 本当に無料の相談が!? 私って、どれだけ幸運なの!? あ、違う違う! 今そんなこと考えてる場合じゃない! 返事、返事しなきゃ!


「は、はい! わ、私……『魔力付与』が使えなくなったんです……」


『魔力付与』──それは魔法式を媒介に魔力を物体や個体に纏わせ、武器に適切な魔法効果を付与する魔法。魔法式の強度によっては一時的なものから、永続的に武器の性能を変化させることもできる。さらに個体に付与すれば、身体能力を大幅に強化することも可能。


そして『魔力付与』は、私たち『白羽族』の特長。多くの族人が『魔力付与精通』の魔法式を受け継ぎ、いわば『白羽族』特有の『血統魔法』だ。


飛行と同じく、自分自身に『魔力付与』を行えば、常に少量の魔力を消費することになる。だが『白羽族』の戦い方は、まさにそれで近接戦闘において高位の強化スキル、あるいは『闘気纏身』に匹敵する力を得て、さらに通常攻撃に魔法属性を付与することで、中・近距離で瞬時に元素魔法を放つ──唱える必要のある魔術師を完全に代替できるのだ。


「……わ、私……子供の頃、9歳のときに、他の子と同じようにちゃんと『魔力付与精通』を覚醒しました。それからは『魔力付与戦士』を目指す子供たちと一緒に、故郷の学院へ進みました。……でも、学院での日々が過ぎるごとに……だんだん、私は『魔力付与』をまったく発動できなくなって……高位どころか、やがては基礎的なものすら……ぜんぜん……うう……」


え……?な、なに?私、今……頬を触ったら……涙?泣いてるの……?どうして……?こんなに昔のことなのに……もう泣かないって……決めてたのに……どうして?


「ごめんなさい……わ、私……今どこまで話しましたっけ?」


「イシャさん……可哀想に……」


「……なるほど。イシャさん、傷は相当深そうですね。大丈夫。無理しないで、落ち着いてから続きを話してください。」


……アリシアさん……やっぱり優しい……。そうだ、私もこの厚意に甘えるわけにはいかない……!


「だ、大丈夫です……話せます……」


「そう。じゃあ教えてくれる? 最後に『魔力付与』を成功させたのはいつ?」


「十一歳のときです……今は十八歳だから……もう七年前ですね。」


「ふむ……その頃はまだ学院にいたのよね?」


「はい。」


「それからは?」


「わ、私は……『魔力付与』が使えなくなってしまったので、関連の授業には参加できませんでした。学院も私に配慮して、例外的に『空戦槍術』の訓練だけを受けさせてくれました。でも……最後には、どれだけ努力しても正式に卒業することはできませんでした。でも……退学にならなかっただけでも幸運でした。」


「なるほど……じゃあ、イシャさんは純粋に『空戦槍術』だけで冒険者試験を突破したのね?」


「はい。」


「戦士評価を教えてもらえる? 戦士評価だけでいいわ。」


「C級です。」


「悪くないわね。新人冒険者にしては基礎がしっかりしてる。イシャさん、とても努力してきたのね。」


「そうだよ!アリネー!イシャさんの戦いぶりは本当にすごいんだ!ゴブリン・チャンピオンを一人で相手にしても、全然問題ないと思う!」


……さっき涙を拭ったばかりなのに……また……目が潤んで……。私、私だって……ちゃんと努力してきたんだよね?


「ありがとうございます……」


「礼はいらないわ。……うん、一つ気になったんだけど。さっきルミィが言ってた『コミュ障』ってどういうこと? もし『対人恐怖症』のことなら……あたしはそんなふうには感じなかったけど?」


「えっと……はい、わ、私実際に『対人恐怖症』なんです。でも……自分でも不思議で……どうしてこんなにアリシアさんの前だと……こんなに饒舌になれるのか……。多分どうしても助けてほしいっていう気持ちが強いから……それに……アリシアさんの魅力……安心して、信じられるっていう感覚があるから……だと思います……」


「……なるほど。安心して話せるならそれでいいわ。──ルミィ、二日間一緒に過ごしてきて、あなたはどう思う?」


「イシャさんは、確かに『対人恐怖症』だよ。後ろに隠れることが多いし、会話ではよく結巴してたし、私たちのやりとりを過剰に気にしてるし、すぐ『ごめんなさい』って言っちゃう。今朝、挨拶の第一声も『ごめんなさい』だったしね。でも……」


でも……?


「……イシャさんは、とても気配りができる人。ずっと周りの会話を聞いてて、必要な時ははっきり自分の考えを伝えられる。きっと人と関わりたいって思ってるんだよ。でも、怖いんだ。人に迷惑をかけるのが怖い。だから嫌われて、遠ざけられるんじゃないかって。」


……ルミナスさん……すごい……。どうして私よりも、私のことがわかるの……?


「イシャさん、ご自身もそう思いますか?」


「……はい、思います。」


「なるほどね。やっぱりルミィの社会的センスは高いわ。あたしよりずっと優れてる。有難いわね。」


「えへへ、アリネーに褒められると嬉しいなぁ。」


「それで、イシャさん。あなたはいつ頃から『対人恐怖症』になったのか覚えてますか?」


……え? いつから? 私がこうなったのは……いつ……? あの出来事のあと……? それとも、その前……?


「そ、それは……よくわかりません……」


「学院に入ってからのこと?入学前に友達はいましたか?一人以上の友達は?」


「いました……何人も……え……?」


ま、また……涙……?な、なんで……?


「友達と接するのは難しかった?」


「……思い出しました……ごめんなさい……」


「ゆっくりでいいから……」


「わ、私は……子供の頃はちょっと内気で……母も人見知り気味だって友達に話してました。でも『対人恐怖症』ってほどではなくて……普通に仲良くできる友達もいました。だから多分……『対人恐怖症』になったのは……『空戦槍術』の訓練だけを受けるようになってから……。だんだん孤独になって……人と関わるのがどんどん怖くなって……」


「なるほど……じゃあ『魔力付与』を失ったあと……いや、もしかすると同時に起きたことかもしれないわね。」


えっ!? ど、同時に……?


「アリシアさん!ま、まさか私の魔法障害と『対人恐怖症』が関係あるんですか!?」


「必ずしもそうとは限らない。でも、無関係とも言い切れない。……少し背景を聞かせてもらえる?答えたくないことは無理しなくていいから。」


「は、はい!」


「あなた、恋愛経験はある?片思いも含めて。」


えっ!?違う……直感が告げている。アリシアさんは信頼できる人だ……それに、診てもらっているのは私!少しくらいの個人情報なんて大したことじゃない!


「……かつて片思いをしたことがあります。」


「今、心を許せる同族の友達はいる?」


「もういません。」


「ご両親はご健在?」


「父上も母上も健在です。」


「ご両親の年齢層は?」


「父上も母上も四十歳前後です。」


「ご両親は『魔力付与戦士』?」


「父上だけです。」


「……」


どうしたの?アリシアさんは何か思い当たることがあるの?


「発動障害以外に、身体に既知の問題はある?」


「今のところはありません。」


「分かりました。それでは次に……魔力診断をしてもいいですか?過程で少し変な感覚があったり、不快に感じるかもしれません。でも、もし辛いとか、喉の渇きや動悸、痛みを感じたら、大きな声で伝えて、すぐに手を引っ込めてください。いいですか?」


魔力診断!?それって高度な魔力感知の応用じゃない!?アリシアさんがそんなことまでできるの!?


「はい!いや、お願いします!」


私は指示に従って手を机の上に平らに置き、リラックスを試みた。


「では始めます。」


アリシアさんがそっと私の手首に手を置いた……魔力の流れを感じる……少量……いや、少量だけど密度の高い魔力がゆっくりと染み込んでくる……そして私の魔力と共鳴している……どうしてそんなことができるの!?人それぞれ魔力波動は全く違うのに、彼女はどうやって自分の魔力波動を調整して私の魔力と共鳴させているの!?


「イシャさん、少しリラックスして大丈夫……」


「うん……」


「痛みはありますか?」


「全くありません……」


「それでは続けます……」


アリシアさんの視線が張りつめた……集中しているのかな?


「……」


「不調は?水を飲みますか?」


「大丈夫です。」


「うん……それじゃあ続けます……」


アリシアさんの瞳が一瞬だけ険しくなったが、すぐに元に戻った。





「終わりました。イシャさん、どう感じますか?」


「特に問題ありません。」


「よかった。では次の質問ですが、イシャさん、あなたの最大連続飛行時間はどのくらいですか?」


最大連続飛行時間?どうしてそれを……?


「言いたくなければ無理に答えなくても……」


「いえ!言います、言います!……だいたい10分です!」


そう……私は落ちこぼれだ……『魔力付与』を失っただけでなく、飛行能力も一族の中で最悪の部類。ほかの人たちは無制限に飛べるのに、私は最長10分で着陸し、最低1分休憩しないとまた飛べない。


「分かりました……では……あれ?もう夕食の時間ですね……」


あっ!?そうだ……本当は彼女たち、帰るつもりだったのに、私が引き止めてしまった……。もう十分だよね……今日はここまでで……。


「イシャさん、ごめんなさい。明日あたしは仕事があるんです。ルミィも。だから、もしよければ……」


うん……分かってる……私の問題は何年も引きずっているんだから、数日待つくらい……。


「……あたしの家に来ませんか?」


「えっ!?」


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