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十七、時間との戦い

昨日、伯爵夫妻が戻ってきてからというもの、アリシアはまるで別人のように、以前の落ち込みや悲しさがまったく見られなくなった。


夕食の時でさえ、この半年間に起こったあれこれを楽しそうに語っていて、その中には俺とルミがここに来てからの出来事もたくさん含まれていた──もちろん、俺たち三人の関係に関することは明らかに省かれていたけどね。まあ、それを両親の前で話すなんて、さすがに気まずいだろうし。


一方でルミはというと、まるで最初から伯爵家の一員であるかのようにすっかり溶け込んでいて、アリシアと同じく伯爵夫人のことを「お母様」と呼んでいた。人に好かれる才能は本当に伊達じゃない。この子がここまで馴染んでいる姿を見ると、なんだか嬉しくなる。


今のところ、あの「婚約の脅迫」問題は、昨日話していたように、ある男爵家の次男との婚約という形で対応するようだけど──妙なことに、伯爵はそれ以上の行動については何も語らず、ただ「心配するな」とアリシアに言っただけだった。


前に聞いた話では、あの「マーク」は来週の『五の日』に皇帝に謁見する予定だったはず。だとすると、男爵家次男との婚約の情報はその前に発表しなければならない。情報が広まるまでの時間も考慮すると、少なくとも三日前には婚約を結んでおく必要がある(婚約書の署名とか?)。


「でも、どうしても納得いかないんだよな。」


「どうしたの?お兄ちゃん?」


今日はアリシアに伯爵夫人が付き添っていることもあり、朝からルミを連れて町の近くの草原に来ていた。


「アリシアの家族、昨日見たとおりとても仲良さそうだったろ?」


「うん、見たよ。伯爵夫妻はアリネーをすっごく大事にしてた。」


「そうだよね。特に伯爵様、完全に娘バカだった。」


「それの何が変なの?」


「いや、変ってわけじゃないけど、なんだか違和感がある……」


「違和感?」


「ルミ、アリシアとあの男爵家の次男との婚約について、どう思う?」


「どう考えてもダメでしょ!結局はアリネーに好きでもない相手と結婚させるってことじゃん!しかも相手はまだ10歳だよ!?」


「そうなんだよな。アリシアより6歳も年下って、やっぱりどう考えてもおかしいよ。」


「6歳?」


「うん。アリシアは今16歳だろ?知らなかった?」


「え?それってずっと秘密じゃなかった?だいたいそれくらいだと思ってたけど、本人ははっきり言ってなかったよね?」


「そう、聞いてないし彼女も言ってないけど、計算すればわかるよ。」


俺はどうやってその年齢を割り出したか、簡単にルミに説明した。


「本当だ!全然気づかなかった!お兄ちゃん、アリネーのこと、そんなに細かく見てたんだね?」


「それは置いといてさ、俺が言いたい『違和感』ってのは、あれだけアリシアを溺愛してる伯爵夫妻が、どうして彼女にそんな不幸な結婚をさせようとしてるのかってことなんだ。」


「貴族の伝統だから?それともアリネーに好きな人がいるって知らないとか?」


「伝統ならまだ理解できる。でも後者についてはどう思う?」


「うーん……私たちの関係、ヴィルマさんを通じて報告済みだと思うよ?」


「だろ?それが違和感の出どころなんだ。心の底からアリシアを大事に思ってるのに、どうして平然と彼女の幸せを奪うようなことを言えるんだろうって。しかもアリシアには『嘘見破り』のスキルがあるから、昨日伯爵が言ってたことは全部本当のはずなんだ。」


「それで昨日、伯爵様にあんな質問したんだね?」


「うん。でも結局答えは得られなかった。本当の計画が何なのか、まだわからない。もしかすると俺の考えすぎで、本当にただ男爵家の次男と婚約させるつもりなのかもしれないけど。」


「うーん……なんだか聞けば聞くほどおかしいね……私、ちょっと探りを入れてみるよ。何かわかるかも。」


「うん、頼むよ。」


「……」


「ルミ?どうした?」


「……なんでもないよ。お兄ちゃんはさ、自分自身はどうなの?アリネーがあの男爵家の次男と婚約することについて。」


「どうって……それは結局、アリシア自身が決めることだし。」


「でも、選んでほしいって思ってる?」


「思う?──そりゃ、思ってないよ。」


「ふふっ、正直だね。」


「もうやめてくれよ、そんなこと聞くの?今さら。」


「いいよ、それで、お兄ちゃんはここで何するつもりだったの?」


「うーん、全力疾走の練習がしたくてね。」


「全力疾走?どうやって?」


「具体的に、3秒間で『潜行』後にどこまで走れるか知っておきたいんだ。記録手伝ってくれる?」


「もちろん、任せて!」


俺はヴィルマさんから借りた魔導具を使って、草原に50メートル、100メートル、150メートルの地点を測定し、ルミに観察役を頼んだ。


「よし、ルミ。スタートラインを通過した瞬間に『潜行』を使うから、その後にどこで姿を現すかを記録してくれる?必要なら『観察者』を使って。」


「了解!」


俺はラインの約20メートル手前から、すべての強化スキルと『闘気纏身』を発動し、全力でのダッシュに備えた。


……


「どうだった!?」


「90メートル!!お兄ちゃん、たった3秒で90メートル走ったよ!!」


「90メートルか……半分にも届かなかったな……」


「なに言ってるの!?3秒で90メートルって、もはや人間離れしてるスピードだよ!?」


「それはすべての加速系スキルと『闘気纏身』を使っての結果だけどね。でもまだ全然足りない。」


「お兄ちゃんはどれくらいの速さを目指してるの?」


「んー……3秒で260メートルくらい?」


「は!?無理でしょ!?ていうかその260メートルってどこから来た数字!?なんでぴったり260メートルなの!?」


「うーん……まあ、その話は置いといて……もっと速く走れる方法、ないかな?」


「ちょっと待ってて……」


ルミがパルお爺ちゃんを起動した。


「やあ〜おはようございます、お二人さん!お嬢様が見当たりませんが、何をしてるんですか?」


「ねぇ、パルちゃん、お兄ちゃんがもっと速く走れる方法、何か知らない?」


俺はパルお爺ちゃんの前でもう一度全力疾走して、何をしたいのかを伝えた。


「うーん……君のダッシュの動作、まだ改善の余地があるな。もう少し練習すれば、わずかだけど向上できるはずだ。それに、もし闘気の精錬量がもっと増えれば、スピードもさらに上がるだろう。ただ、それは簡単に大きく伸ばせるものじゃないけどな。」


「魔法は?お兄ちゃんに加速魔法をかけられないの?」


「不可能ではないけど、追加効果には限界があるし、どうやっても260メートルなんて届かない。それにしても、お前のその260メートルって、どうやって出したんだ?」


「そ、それは……ちょっと言いにくい……」


「じゃあ……そうだ、神官の妹さん、なんで彼に『魂の鼓舞』の奇跡をかけないんだ?」


「えっ?それは……てっきりこれはお兄ちゃん自身の能力を前提としたテストだと思ってたんですけど?」


「その通りだよ。」


ルミを巻き込みたくなかった俺は、あえて彼女の『魂の鼓舞』を除外していた。だが……あれ?ん?


「それなら、なんで俺に魔法をかけられるかって聞いたんだ?」


「そうだよね!?私、バカだ!」


いや、違う。パルお爺ちゃんは一味違う。


「パルお爺ちゃん、俺に加速魔法をかけてください。」





「わっ!お兄ちゃん!今度は130、もうすぐ140メートルだよ!」


いける!分かった、そういう手もあったのか!あとは……残る条件は一つだけ。


「パルお爺ちゃん、『認識妨害魔法』って使えますか?」


「使えるよ。」


条件が揃った。


……


……


……


午後、俺と伯爵様、そしてアリシアの三人は、近くの森へ向かった──数日前、アリシアと模擬戦をしたあの場所だ。


もともとは伯爵様が邸宅の裏庭でやる予定だったが、夫人に「後始末が大変になる」と文句を言われ、場所が森に変更されたのだった。


「よし、それじゃあ本気で訓練を始めようか。娘も一緒にやるかい?」


「やるよ!じゃないとアスランくんに差をつけられて、いじめられちゃうから。」


「いじめなんてしないよ!?俺が君をどうしていじめるっていうの!?」


「うふふっ、冗談だよ〜」


え!?お孃さま、親の前だと性格までちょっと変わってない?


「本当かい?もし娘が嫌なら、彼に教えるのはやめるよ?」


「やだ!一緒に習えばいいじゃん!」


「ふん、小僧。こっちに来い!!!」


こうして、伯爵の“訓練”(復讐)が始まった。


……


……


……


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「どうした、たかがこれぐらいの基礎剣撃練習で、もう限界か?」


精密な剣撃練習。各動作は100回を1セット、途中でズレがあればカウントはリセット。


「大丈夫です!!!問題ありません!!!」


これって……あの“鬼教官”アリシアの地獄の訓練、実は彼女の父親譲りだったのか!


カン、カン、カンカンカン……


隣のアリシアは、両手剣で精密に目標を斬撃し続けている。まったく苦も無くやってのけてる。これが彼女の基礎訓練なのか?


「うふふふ、アスランくん、こういうのはあたしの日常よ。もっと頑張ってね。」


ああ──この伯爵令嬢、得意げな顔が可愛すぎるんだが?


「心配しないで、まだ慣れてないだけで、できないわけじゃないさ。」


……


……


……


「君のその両手剣の連撃技、ちょっと出してみなさい。」


両手剣の連撃技?ってことは、あの親父に教わったやつか?


「お父様も気づいたのですね。アスランくんのあの独特な剣術。彼のお父様が生前に教えてくれたそうです。」


独特……そういえばアリシアにもそんなこと聞かれたっけ。


「そうか。まあ、とにかく一度見せてみろ。」


俺は親父に教わった連撃技を一通り出してみせた。中には『破甲三連撃』の応用も混じっていた。


「形にはなってるが、動きが緩すぎる。もう一度やれ。俺が修正してやる。」


緩いって……仕方ないだろ?あれは七、八歳のときに習ったもので、記憶も曖昧だし、「正しい」形なんて分からず、感覚でやってるだけなんだから。


俺はもう一度、一つひとつ技を繰り出していく。伯爵様はその全てを見て、重心や力の方向を丁寧に修正してくれた。さすが歴戦の英雄級の戦士、初めて見る技でも一目で見抜いて、しかも指導できるなんて、すごすぎるだろ。


「この動作の続きは?教えてやるから、よく見てろ……」


えっ、後続の動きまで設計されてるの?試しに真似してみたら、確かに流れが良くて合ってる。すげぇ……。


「よし、じゃあ今からこの修正した動作を練習しろ。1つにつき300回な。」


「は、はいっ!」





そんなわけで、ここ数日は朝は草原で疾走、午後は森で剣術の訓練という日々を過ごしていた。そして、気づけばもう三日目。


ただ、今日はちょっと違う。俺は草原に向かう前に、バンナから『まとめ報告』を受け取っていた。


その『まとめ報告』の中身が、また凄まじかった。


「これがご希望の調査結果です。ご確認ください。」


「ありがとう。」


俺は簡単に内容をざっと見た。いや、分量が多すぎる。被害者は主に女性、そしてその家族……これは邸宅に戻ってじっくり読む必要がある。でもまずは、バンナに少し説明してもらおう。


「証拠の部分について、説明してもらえる?」


「もちろん。」


まずは裁判所の文書に関する部分ですが、裁判所の審理を経た事件記録はすべて公開資料であり、正式な写し(謄本)として提供されています。それぞれには、裁判所の印章による写しの真正性を証明する添付書類も付いています。


「へぇ、そんな手続きがあるんだ?裁判所の印なんてあるんだ?」


「そうだよ。じゃないと、誰がその複製が本物だって証明できる?」


次は私的に和解された案件。補償金額と理由を記載した領収書の複製があり、これは明らかに被害者の家族が保存していた和解協定のコピーだ。事件の記載は雑だけど、金額は異常に高額──しかも全部若い女性が関係している。


「これ……事件の記述が雑すぎない?」


「うん。でもそれは書類の限界で、後ろにある証言と合わせて理解する必要がある。」


なるほど。後半には被害者の証言があり、具体的な内容が書かれている。中には署名入りのものもある。


「署名については、これが精一杯だった。既に和解してお金も受け取ってるから、全員に署名付きで証明をもらうのは難しすぎる。それに読み書きできない当事者もいるしね。」


最後に「調査終了」とされた案件。主に被害者に接触できずに「打ち切り」となったもの。


「この部分は、いわゆる“被害者”の近隣住民や友人からの伝聞に基づくもので、確かな証拠はない。あくまで参考程度として扱ってください。」


うわぁ……こういう大小の事件が全部で30件以上!? これはひどすぎる。これ、ルミが見たらまた何か言いそうだな……。


「はい、最後はご希望の“総括報告”のコピー。本物じゃないので押印はない。参考用として渡すね。」


「ありがとう!本当に調査が行き届いてるね!」


「こちらこそご利用ありがとう。また何かあったら、ぜひご相談を。またのご来店を。」


さすがバンナ、やっぱりプロは違う。こういうのは専門家に任せるのが一番だな。


「それで、新しい依頼を受ける余裕ある?」


「えっ?」


さて、この報告書……どうやって活かせばいいんだろう?ただ皆に見せて「うわぁ、こいつマジでクズじゃん」で終わらせるわけにもいかないし。邸宅に戻ってちゃんと考えよう。


……


……


……


「小兄ちゃん、君の動き、かなり改善されてるよ。今なら俺の加速魔法を合わせて、3秒で150メートル走れるようになったね。」


「うん!全部パルお爺ちゃん的な指導のおかげだよ。まさか走り方まで研究してるなんて、すごいね!」


「たいしたことじゃないよ。たまたま専門的な訓練を一、二度見ただけ。見様見真似ってやつさ。君の上達ぶりには驚いたけどね。」


「うーん……ありがとう。でも走るだけじゃなくて、8メートルくらいの塀も越えなきゃいけないんだ。」


「それくらいなら難しくない。少し練習すればできるようになるよ。」


「了解!適した場所を探して練習してみる!」





「ハッハッハ───」


父さんに教わった剣技を打ち出し、今日の基礎練習をする。


毎日、それぞれの型を300回ずつ繰り返し、姿勢の精度を保ちながら繰り返す。すると、その剣技がまったく別のものに変わってきた気がする。


そして、今日もそろそろ終わるという時──


な、なにこれ?!


「アリシア!これって?」


「どうしたの、アスランくん?」


「俺……見て!」


さっきの技をもう一度打ってみせる。


「それは『剣技』よ!!!アスランくん!あなたのお父様が教えたのは『剣技』だったのよ!!!」


『剣技』は『血統技能』の一分類。特定の武器の型を学び、熟練度と精度を上げることで、自身の『血統』に応じて覚醒する可能性がある技能だ。


俺が今まで使ってきた『水面斬』や『溜・一字斬』シリーズは、両手剣使いがよく覚醒する『剣技』のひとつ。


『剣技』が発動すると、自然に闘気を消費して動作の攻撃力を引き上げられる。同じ動作でも、『剣技』として覚醒していれば、火力が大きく違ってくる。


だからこそ、剣術訓練所では、よくある『剣技』を覚醒させるための特定の型を重点的に教えるわけだ。


だけど問題は──父さんが教えてくれた型が、まさか『血統技能』内の固有『剣技』だったなんて?しかも、今、それを俺が覚醒させたって?


「小僧、やっと気づいたか?お前の型はずっと形だけで中身がなかった。だから『剣技』にはならなかった。でも、お前の『血統』にある記憶が、俺の指導でついに覚醒したのさ。これからも練習を続けて、その型を全部『剣技』に変えていけ。それはお前の『血統』に宿る力だ。無駄にするなよ。」


「はい!!!伯爵様、ご指導ありがとうございます!」


「わぁ──アスランくん!すごい!ほんとにすごいわ!アスランくんのお父様って、きっと若い頃はすごい戦士だったのね!」


親父……普通の猟師じゃなかったのか?





夜、俺は客室にこもって『調査報告』の詳細な読み込みと分析を行っていた。それから、手紙を書く練習もしていた。ちゃんとした手紙なんて書いたことなかったからね。でもパルお爺ちゃんの指導のおかげで、ようやく学ぶ方向性が見えてきた。





そんな風に、いろいろなことが同時に進んでいく中……日々は静かに過ぎていき、準備は一通り整った。あとは天に任せるしかない。アリシアの方では特に進展もなく、男爵家との婚約もまだ。伯爵様は「心配しなくていい、急がなくていい」と言っていた。


アリシアが伯爵様のやり方に疑問を感じているのは見て取れるけど、それでも信じたい気持ちが強いようで、結局は言われた通りにしていて、深くは考えていない様子だった。


そして──今日が、あの『マーク』が皇帝に謁見する日だ。



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