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六、『またあの忌々しい満月か』

俺はベッドに横たわり、見知らぬ天井をじっと見つめていた。


眠れない。


満月の月明かりが客間の窓から差し込み、部屋全体を照らしていた。たかが客間なのに、この上質なダブルベッドが標準装備だなんて。滑らかなシーツと掛け布団は、俺が泊まっていた宿では到底比べ物にならない。


あれだけ疲れていたはずなのに、それでも眠れない。


『ねぇ、アスランくん……お願いがあるんだけど……』


『うん?アリシア、もちろんいいよ。俺にしてほしいことは?』


彼女が言い終わる前に、俺は反射的にアリシアの頼みを引き受けていた。


『今夜は……うちに泊まって?』


その瞬間、心臓が口から飛び出しそうになった!まさか『泊まっていって』って意味だったなんて!?でももう了承しちゃったし、今さら断れないじゃないか!


でも、彼女の気持ちも分かっている。今の彼女の心はまだ脆くて、ルミと一緒にそばにいて支えることが、今できる唯一のことなんだ。俺がここにいることで、何かあった時にすぐ手助けできるしな。


そういえばルミは……ルミは隣の部屋で寝ている。この時間なら、能天気なルミはもうぐっすり夢の中だろう。……孤児院時代を思い出すな。隣で寝るどころか、皆一緒に雑魚寝なんて当たり前だった。……あれ?そういえば?女の子ってルリだけだったか?うーん……まあ、昔のことはどうでもいいか。まだ子どもだったしな。


……それでも、眠れない。


ここは、まさにアリシアが育ち、日常を過ごしてきた家……アリシアの部屋は……廊下を挟んですぐ向かい側。こんなに近い距離だ、どうしたって落ち着かない。


それに、今一番の問題はあの『求婚の脅迫』をどうするかだ。


ベッド脇の小さな机の上に置いてあるのは、さっきまで読み返していた『戦術とゲーム心理』の本。この本は内容が多くて難解で、じっくり咀嚼しないと理解できない。アリシアがこの一週間、迷宮の核心を調査している間、俺はこの本を読んでいた。


アリシアが言っていた。この本は初心者向けだけど、内容が網羅的で、入門書としては非常におすすめだと。


……しかし、これで初心者向けだなんて、本当に信じられない。専門レベルの本って、どれだけ難しいんだよ。


再び『戦術とゲーム心理』を手に取り、しばらく読んでいると、ようやく意識がぼんやりしてきた。俺は本を置き、再びベッドに横になる。


……ん?今のは足音か?


廊下から、とても微かな足音が聞こえてきた。高強度の戦闘訓練で鍛えた俺の感知力でも、まるで存在しないかのようなほどに微かな音だった。


半分眠りながらも警戒する……だめだ、意識がぼやけてきた……


なんだ……?足音が客間の前で止まった。


……


……


……


「お嬢様、流星さんのお泊まりの手配をいたしましょうか?問題ありません、客間の用意をします」


「お泊まり!?そ、それは……お願いできますか、ヴィルマさん」


「ちなみに、邸宅のすべての部屋には感知妨害の魔導具が設置されております。音声を除き、廊下の外からは一切部屋内の様子は察知できません。プライバシーは百パーセント保証されます」


音声を除く?まあ、それはそうだ。じゃないと、どうやって呼びかけに応じるんだ。でも……これは……どういう意図の説明だ?


「ええっ!?」


アリシア、どうしたんだ?突然叫んで?


「えっと……すみません、ちょっとよくわからないんですが……それはつまり……?」


「つまり、部屋の中で何をしても外からは分からない、でも音量には気をつけてねって意味です」


「ええっ!?」


アリシア、また叫んだ?


「……わ、分かりました。皆さんの睡眠を妨げるような騒音は出しません!」


「ちなみに、すでに深夜なので、すべての使用人は退勤しました。今、邸宅の中にいるのは二階の三人と、女中長控室にいる俺のみです。でもご心配なく、俺は朝までぐっすり眠るタイプですので、本当に騒音で起こされる心配はありません」


「う……了解しました」


無理やり返事はしたけれど、いったい何が言いたいんだ?一つ一つの言葉は分かるけど、組み合わさると意味が分からない!混乱してきた……


アリシアは隣で顔をそむけ、沈黙していた。横顔しか見えないが、耳が真っ赤に染まっているように見える……どうしたんだ?


「どうしたの?アリシア、まだ具合悪いの?どんな感じ?」


「あ、あああ、あたしは平気!だ、だだだから話しかけないで……い、いや違う!ちちち違うの、つまりもう遅いから、おふ、お風呂に入って、や、やや休んでね!ルミィ!あ、あなたはあたしの浴室を使って!アスランくんはゲスト用のを!」


「ヴィルマおば……じゃなくて、ヴィルマさん、部屋の準備を……準備が終わったら、はや、早く休んでくださいね!」


「了解です。準備が終わったら、私は朝までぐっすりです」


「わ、わかりました!!!あ、ありがとう!!」


「な、なんなんだよ、アリシア、どもりすぎじゃない?俺までつられてどもりそうだったよ」


「ふ、ふ、ふざけないで!!も、もう遅いのよ!は、は、早く行きなさい!!」


「本当に大丈夫なの?」


「ルミィ!!!ルミィがそばにいてくれれば大丈夫!あ、あ、あなたは先に行って!」


「了解!お兄ちゃん、早く行って!!」


……え?な、何が起きてるんだ??


……


……


……


「アリネー、お兄ちゃんが行っちゃったよ。ねぇ、一体どうしたの?」


「あ、あたし……あたし、一体なにをやっちゃったの?あたし……今夜が満月だって、忘れてたのよ!!!」


「満月?あ~、この前言ってたやつ?魔力共鳴っていうか、感情が高ぶるとかいう?」


「そうよ!あ、あ、あたし、口に出しちゃったの!アスランくんに、うちに住んでって言っちゃったのよ!あたし、正気じゃないの!?うわああ~!」


……


……


……


たぶん、あまりにも疲れていたせいで、部屋の外の足音に反応する余裕もなかった……問いかけるべきか?警戒すべきか?いや、そもそも誰だ?邸宅の中の人間なら、あの三人のうちの誰かか?


カチャ。


……あれ?ドアが開いた?なんで?ちゃんと鍵をかけたはず……それに、鍵を差し込む音もなかったぞ?……あ、魔法か。さっき、微かな魔力の波動があった。


ってことは侵入者!?一人だけっぽいな……様子を見るか?


俺は寝たふりをして、機をうかがう。


侵入者がゆっくりと近づいてくる……いや、この香り……ほんとに侵入者か?いや、魔法でこっそりドアを開けたんだから、定義上は侵入者!でも、どうしてお前なんだよ!?


侵入者はゆっくりとベッドに上ってくる……俺はじっと動かずに横になっていたが、わずかに目を開けて月明かりに照らされた室内を見れば、その侵入者は俺のそばに正座していた。空気に揺れる棕金色の髪、頬はほんのり紅潮し、瞳は淡い血のような赤にきらめいて、黙って俺を見つめていた……


な、なんだこれ!?やばい、誰か今の状況を説明してくれない!?どうするのが正解なんだ!?


俺は静かに様子を見ていたが、彼女も無表情のまま、静かにそこに正座しているだけ……なんだ?も、もしかして『夢遊病』か!?それなら知ってる!孤児院にも『夢遊病』の子がいた。夜中に寝たまま立ち上がって、話しかけても反応せず、勝手に歩き回って、ドアを開けたり、階段を登ったりしてた!


ど、どうすればいい?この侵入者を起こすべきか?起こすにはちょっと荒っぽいやり方が必要かも……でも違う、ここで起こしたら、自分が俺のベッドの上にいるって気づいたら、もっとヤバいだろ!?


心臓がまた飛び出そうだ。今日もう二回目だぞ!?でも動かない方がいい……のか?このままで本当に大丈夫か!?


ドクン、ドクン……


この静かな部屋で、俺の心臓の激しい音がはっきり聞こえる……


ドクン、ドクン……


ドクン、ドクン……


えっ!?ち、違う……心音が二つある!?そ、それって彼女の……心臓の音?


「アスランくん……」


しゃ、しゃべった!?小さな声だけど、確かに言葉を発した!夢遊病か!そうだ、夢遊病のあの子も独り言を言ってた!


「なんで、あなたなの?」


なに?どういう意味だ?


「なんで、あたしにあなたを会わせたの?」


ドクン、ドクン……


彼女の心臓の音がさらに速くなる。


「あたしはとっくに……受け入れてたのに……」


受け入れた?なにを?


「……政略結婚の宿命を……」


……


「もう……戻れないのに……」


……


「苦しいよ……」


……


「全部あなたのせい……責任を取りなさいよ!責任を取りなさいよ!」


彼女……泣いてる……


「あたし……」


彼女の手が、突然俺の胸元に伸びて、服の襟を掴む……そして……


「ずっと……」


彼女はもう、全身を俺に預けてきた。彼女は一体……


「……あなたのそばにいたい……好き◎○●……」


顔を俺の胸にうずめて、最後の言葉は聞き取れなかった。


困惑が胸いっぱいに広がる……それは、彼女に押しつぶされてるからじゃない。曖昧な言葉の断片からくる、どうしようもない混乱だ。


……俺には、彼女が何を言いたかったのか、なんとなく分かる。これまでのことを思えば、俺が『鈍い』」だとか『気づかない』なんて言い訳は通らない。それはさすがに非現実的すぎる。


でも……今、それをどうこうするタイミングじゃない。今日の出来事で……アリシアは心がとても弱っている。今この状態で、俺がなにかしたら、それはただの卑怯者だ。……すべては、この危機を乗り越えて、彼女が落ち着いたときに、答えを出そう。


……それまで、どうすれば?


アリシアの体温が、密着した体を通じて伝わってくる……もしかして、彼女は体温が高めなのか?いや、そんな話聞いたことないし、今までの接触でも感じたことなかった……よく見ると、俺の胸に顔を埋めていた彼女の頭がそっと横にずれて、その整った哀しげな顔がはっきり見えた……それに今の服装……うわ、やばい……こ、これは……このネグリジェ、あの日見たやつより、も、もっと……セクシーなんだけど!?!?!?


『ちなみに、邸宅のすべての部屋には感知妨害の魔導具が設置されております。音声を除き、廊下の外からは一切部屋内の様子は察知できません。プライバシーは百パーセント保証されます』


やめろ!!!なぜ今その情報が思い出される!?引っ込め!引っ込め!!!


あぁ、まずい!見ちゃいけなかったんだ!顔をちょっと見たせいで、油断したら……あれこれ勝手に浮かんできた!?な……頼む、頼むから反応するなよ!?うわあ、俺どうすればいいんだ!?これはもう、精神への拷問だろ!


「くすん……」


アリシアが小さくすすり泣いた……。


……どうしようどうしようどうしよう!?そうだ!『戦術とゲーム理論』!!!……そんなの役に立つわけないだろうが!!!!


また服の襟を引っ張られた……


落ち着け!!!落ち着くんだ!!!深呼吸、よし!ちゃんと考えろ…どうすれば…


アリシアが体を動かした。香りと肌触りが再び押し寄せてくる…


無視だ!無視!!お願いだから一秒くらい冷静にさせてくれよ!さっきどこまで考えたっけ?そうだ!ちゃんと考えなきゃ…どうすれば、体面を保ちつつ、アリシアの潔白も守れるか…


「アスランくん…」


全身がビクッと震えた。おおお前、その恥じらいを帯びた声の破壊力、分かってるのか!?普段どれだけ耐えてると思ってるんだよ…!


この場を逃げるか?いや、でも彼女は俺の襟をしっかり掴んでるんだ!!!無理に起こしたらどうなる!?


「お願い……」


何もなかったフリをするしか…!お、お、俺はそのまま寝るんだ!俺は受け身なんだ、被害者だぞ!?そう……


「そばにいて……」


待て…さっき何を考えてた?たしか潔白どうこう…そうだ、何もなかったフリ???無理だろ!!!このままだと、俺が何もしなくても、朝になったら絶対に言い訳できない状況になるぞ!!!


やるもやらぬも同じなら、いっそやったほうが──やああああ!!!何を考えてるんだ俺は!!!目の前のアリシア……あまりに魅力的だ!見たい!触れたい!抱きしめたい!……って


くたばれ!!!俺の欲望!!!


自分で自分の頬を叩いた。いや、まだ足りない、もう一発。気がつけば何発もビンタをくらわせて、ようやく冷静になれた。





もう、仕方がない!ちょっと乱暴でもやるしかない!





「おい、あんた何やってんの?」


ゆっくり目を開けた。あ、朝の光……ああ、生き延びたんだ。


「お兄ちゃん?返事してよ?なにやってたの?」


周りを見回すと、俺はリビングのソファに座っていた。目の前にはルミがいる。リビングの隅では二人のメイドがひそひそ話していて、こっそり笑っている。


「お兄ちゃん?大丈夫?『魂の鼓舞』かけようか?」


「うん…ルミか…い、いや、大丈夫…ちょっと寝不足なだけだよ。」


「そう?ならよかった。今朝、客間に行ったらいなかったから、ここで寝てたの?ソファの方が客間のベッドより快適なの?」


「俺…もう聞かないでくれ…まだ頭が回らない…」


「じゃあ、ダイニングルームに行って朝ごはん食べよう?さあ、顔を洗って早く来て!アリネーがもう待ってるよ!」


「アリシア?彼女に会ったのか?」


「どうしたの?アリネーはいつも一番に起きるんだよ?私が起きたときにはもう身支度を済ませてて、いつもの領主令嬢モードだったよ。さあさあ、早く!はぁ、しょうがないなぁ。『魂の鼓舞』!」


「うおっ!もう大丈夫!」





ルミの『魂の鼓舞』の奇跡を受けて、急に元気が湧いてきた俺は、身支度を整えてダッシュでダイニングルームへ向かった。


そこには、いつものように気品と優雅さを備えたアリシアと、待ちきれずにいら立っているルミがいた。


「おはよう、アスランくん。元気そうね?さあ、座って食べましょう。」


よかった、いつものアリシアだ。もう回復してるといいけど。


「お兄ちゃん、早く〜。お腹ペコペコだよ〜。でもアリネー、あんたを待つって言い張ってるんだよ!早く早く〜!」


「うん!おはよう!アリシア!おはよう!ルミ!」


俺は急いで挨拶してから席についた。


朝食が始まった。ルミはいつも通り、変なことを言って俺たちを笑わせる。アリシアはいつものように優雅で静かに、太陽のような笑顔を見せてくれる。


まるで、昨夜の出来事がなかったかのように──



「アスランくん、朝食のあと、書斎に来て。個人的に相談したいことがあるの。」


アリシアが笑顔でそう言った。


「えっ???お兄ちゃん、なにかやったの?」


やばい。




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