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三、不速の客

今日も俺たちは『迷宮の心』の部屋に来ていた。


『迷宮の王』を倒した翌日から、俺たちは毎日ここに来ている。気づけば、今日はもう四日目だ。


アリシアは一日中『迷宮の心』を操作している。


俺は、アリシアから借りた戦術書を引き続き読んでいる。


ルミはというと……面白すぎることに、あのジジイに魔法を教わっているのだ。そして、あのジジイも真面目に魔法文字を教えているから驚きだ。


あのジジイ、どう形容すればいいのか……敵じゃなければ、なかなかいい年配者なのかもしれない。


ただし──


数日前のことだった。


「お嬢様!見てください!これはわしが一生をかけて独自にまとめ上げた魔法ノートです!自信作ですよ!」


「ふぅん?爺さん、案外真面目なのね。見せてちょうだい。」


アリシアは興味津々といった様子だった。


「うむ……あれ?……」


「爺さん……あんた、どの時代の人間なの?」


「何?どの時代?今って何時代だったっけ?わしは……」


「え!?それって六百年前くらいじゃない?まあまあ昔ね?でも……惜しいわね。」


「お嬢様、どうかされましたか?」


「ざっと見たけど、あなたが書いた内容は当時ならすごく革新的だったわ。でも今となっては、ほとんど研究論文で扱われてるわよ。」


アリシアは、さらにゆっくりノートの続きをめくっていた。


「そ、それってどういうことだい?」


「つまりね、あなたの考え方はすごく先を行ってた。数百年も。でも結局、それを超える人が現れたってことよ。」


「な、ならつまり、わしは超・超・超強力な大・大・大魔導士ってことだな!?!?!」


……ん?このジジイ、自分に都合のいい部分しか聞いてないんじゃ……?


「ふふ、そう言っても間違いではないわね。あなたと戦ったときも、かなり手強かったわ。大体互角だったもの。」


「お嬢様!あなたは本当に尊敬に値するご主人様ですな!ところで、あのでかいヤツはどうやって倒したんです?」


「あのでかいヤツ?」


アリシアは魔法ノートにますます集中しながら答える。


「ほら、『迷宮の王』──『魔晶骸骨竜』のことですよ!」


「ああ?あれね──そ・れ・は・秘・密。」


アリシアの顔に妙な表情が浮かび始める。


「『秘密』?ふむふむ、この言葉、昔もよく聞きましたよ。なるほど、そういうことですか。」


昔?何がどういうことなんだ?


「まさか……あたしのご先祖様をご存じだったとはね。でもいいわ。わかってくれたなら。」


ご先祖様?ああ、そういえばそんな話もあったっけ。


「!?」


突然……アリシアの表情が完全に固まった……しかも真っ赤な顔で怒ってる……どうした?


「おおお!?お嬢様!やっぱりこの部分、興味ありますよね!」


「……あ、あんた────何書いてんのよ!?こんな魔法、何に使うつもりだったのよ!?」


「お嬢様!これはわしの誇る秘伝シリーズですよ!あなたも学びたいんですよね!わかりますとも!あの小僧は幸運者だ!この『房中術(ぼうちゅうじゅつ)』魔法は……ぶふっ!!!!」


アリシアは『鬥氣纏身』を発動し、問答無用であのジジイの魔晶骷髏頭を拳一発で吹き飛ばした!!! ……って、今のジジイ、何言ったんだ!?


「……あ、あんた、いい加減にしなさいよ!!!このエロジジイ!!!」


いったい、何が書いてあったんだ……?


「ま、まずはいいわ。そ、その魔法ノートは預かっておくから!!あんたの『発明品』は家でゆっくり処理させてもらうわ!ありがと!」


アリシアは魔法ノートを丁寧に袋にしまい込んだ。


ジジイの体は、吹き飛ばされた骷髏頭を拾い、首に戻す。


「ひひひ、だから言ったでしょう、乙女心とは……」


「……ふんっ!?」


アリシアの目が光り、凄まじい殺気が空気に溢れ出した。


「はいはいはい、おとなしくしてます!」


……


詳細はよくわからないけど、とにかくこのジジイ、ちょっと不謹慎なところがあるらしい。でも『迷宮の心』の支配下にある以上、『主人』であるルミに対して変なことは教えられないはず。しかも、ルミ……本当に初歩的な魔法、使えるようになってきてる?すごすぎないか?


「アリネー、私、あのジジイを連れて帰って魔法を教えてもらってもいい?」


おい、ルミさん、もうちょっと常識を持ってくれませんか?


「うーん…ダメじゃないけど、ちょっと面倒かもね…魔物を家に連れて帰るってこと?」


ま、待て…「ちょっと面倒」だけなのか?


「でも、方法がないわけじゃないよ。例えば、手のひらサイズの小型ボディを作ってあげるとか?」


おいおいおい…


「ええ!?そんなことできるの!?めっちゃ面白そうじゃん!?ペットにしようよ!」


「神官ちゃん、わしのことを何だと思ってるの?わしは先生だぞ?」


すみません、うちのルミはこういう子なんです。


「ストップストップ!あれは魔物だぞ!今は主人がいるからおとなしくしてるけど、外に出たら破壊行動とかする可能性もあるんだぞ!」


「うーん…それもそうね。あたしたちも『迷宮の心』から離れた時に支配力がどうなるか分からないし。」


「じゃあ、実験しようよ!『迷宮の心』の支配力を試すの!まずは壊れやすいボディを作って、反逆したらその場で潰しちゃえばいいじゃん。」


「それもアリだね!考えてみよう!」


「ま、待て…あいつは魔法使いだぞ。身体が脆くても反撃できる。実験するなら、小型のスケルトン兵士を作る方が安全じゃないか?」


「うーん…それもそうだね。もう少し考えてみる。」


「……」


ジジイ、不満そう?ルミの態度が気に食わないのか、外に出られないのが嫌なのか、それとも他の理由か?そうだ、俺も『主人』だったな。


「ジジイ、何が不満だ?全部正直に話してくれ。」


「別に不満なんて…ちょっと感慨深くなっただけだよ。昔の仲間を思い出してただけだ。」


正直でよろしい。やはり『迷宮の心』の支配力は侮れない。


「他には?外に出たいとか、ルミの態度が気に入らないとかは?正直に言え。」


「ないよ、もうここに何年もいるし、外に出たいとも思わない。それに神官ちゃんは…孫みたいで案外好きだよ。…ほら、だからもうこんな恥ずかしいことを言わせないでくれよ。」


「そ、そうか、ごめん。」


このジジイ、正直になると案外いい人なんだな。



「ふぅ、完成っ!」


アリシアが歓声を上げた?完成したって?あの「作業」とやらか。そういえば、何を作ってたのか俺はよく知らないかも。


「どうしたの?完成したの?アリネー?何を設計してたの?」


「うん、みんなも見てみて!」


俺たちは『迷宮の心』の操作パネルの前に集まった。


「見て見て、『地下城』の深層に配置されてる魔物たちの再設計をしたのよ!」


「え!?それをずっとやってたの!?」


「そうよ!『迷宮の心』の所有権を守らなきゃいけないのに、持ち運べないんだから、地下城の構成を作り直すしかないでしょ?」


「作り直すって…じゃあ、めっちゃ強くしちゃえばいいじゃん?魔物を山ほど最初の部屋に詰め込めばさ。」


ルミの発想、まるで冒険者側の視点がゼロだな。


「まあ確かにそうだけど、それはできないの。『迷宮の心』の仕組みによって、各部屋で使える魔晶石のリソースは決まっているから、魔物の設計を変えることはできても数を無限に増やすことはできないのよ。」


「へぇ?そんな制限があるの?」


「それだけじゃないよ、ほかにもいろんな制約があるの。全部『迷宮の心』が自動で運用できるようにするための制限なの。」


「なるほどね〜」


「じゃあ…見てみようか……」


うーん……俺たちは1時間くらいかけてアリシアの設計を確認したけど、正直に言って、「鬼教官」は嘘じゃなかった。今後の冒険者たち、ごめんな。頑張れよ。


「じゃあ…この作業を終わらせるね!10分でいけるわ!」


「うん?大丈夫だよ、俺はもうちょっと本を読んでるから。」



アリシアの迷宮設計が予定より早く終わったおかげで、午後の少し早い時間帯に、『フローラ城』の領主邸に戻ってきた。


けれども、今日は戻ってきたときに、ちょっとした異変が起きていた。


「!」


アリシアが、邸宅に向かう道の途中で突然立ち止まった。


「みんな、ちょっと待って。しゃべらないで。」


ん?どうした?


俺とルミは視線を交わした。そして、メイド長のヴィルマさんが俺たちの前に姿を現した。


ヴィルマさんは俺たちに軽く会釈し、その後、アリシアに何かの合図を送った。


「…」


すると突然、アリシアを中心に空間が歪み、異常な気配が俺たち四人を包み込んだ。


「こんにちは、お嬢様、ルミさん、流星さん。お帰りなさいませ。」


ヴィルマさんが口を開いた。


「ありがとうございます、ヴィルマさん。アスランくん、ルミィ、説明しますね。」


アスラン──アリシアにも名前をヴィルマさんに伝えてもらった。アリシアとこれほど親しい家族なのだから当然だ。しかし彼女は今、俺のことを『流星さん』と呼んでいる。そして、自分のことは「ヴィルマさん」と呼べと言ってきた。


「先ほど、あたしは『感知遮断』の魔法を使いました。盗聴されない空間を作り出したのです。本来はこの邸宅に常設されている魔法なのですが、今日は、防がなければならない相手がすでに邸宅内にいます。」


「うん。」


「では、ここからは私が説明いたします。」


ヴィルマさんが補足した。


「お嬢様、お客様がお見えです。客人は『マクシミリアン・ヴァンダーホルト』、『ヴァンダーホルト家』の次男です。随行者は『ヴァンダーホルト家』の執事兼参謀、『ヴィンセント・マスクマン』と、二人の護衛──中年で、戦士タイプのようです。」


「『ヴァンダーホルト』!?なぜ彼らが!?」


「アリネー?それってなに?」


「『ヴァンダーホルト家』は、親皇派の筆頭貴族。その長である『ヴァンダーホルト公爵』は、あたしたち『エレナガード家』を長年敵視している派閥の人物よ。」


「え?そんな人がここに何しに来たの?」


「まだ来意は告げられていません。ただし、重臣である『ヴィンセント・マスクマン』まで同行していることから、簡単な話ではないようです。」


「そのヴィンセ何とかって人は一体誰なの?」


「ルミィ、『ヴィンセント・マスクマン』は『ヴァンダーホルト公爵』に最も近い重臣であり、参謀的な存在。さらに、博識で策略にも長けた魔法使いでもあるわ。」


「わあ、すごそうな人!」


「さらに問題なのは、彼らが大量の荷物を持ち込んでいること。私の見る限り、贈り物のようです、お嬢様。」


贈り物?敵対派閥に贈り物を?……これは不吉だ。


「うん、大体分かったよ。あたし──」


「アリネー、嫌な予感がする。さっき『次男』って言ったよね?」


「うん、それがどうかした?」


「『次男』だよね?贈り物?まさか……アリネーに──いや、そんな馬鹿な!考えすぎだよね、きっと。」


「ルミ、はっきり言って。」


「お兄ちゃん、これって……」


「まさか!?ヴィルマおばさん!!」


アリシアが突然驚いた声をあげた!しかも「ヴィルマおばさん」って呼んじゃった!?アリシアでさえ無意識に恐れていることなのか。


「わかりました。可能性は否定できませんね。でも仕方ありません、お嬢様、冷静に慎重に、臨機応変に動いてください。ご主人様が不在の今、あなたが決断する必要はありません。」


「そうね……大丈夫、あたし、対処できるわ。」


いったい何だ?ルミまで黙り込んでるなんて。


「それから、流星さん。護衛としてお嬢様に同行してください……後ほど剣をお渡ししますので、それを腰に差してください。ルミさんは、今日は神官の衣を着ていませんね……いえ、むしろ好都合です!お嬢様の親友として、また『オリシウス聖教会』の神官として同行をお願いします。よろしいですか?」


「了解です。」


「はいっ!」


そして俺たちは通常通り邸内に入った。客間の扉は固く閉ざされ、二人のメイドが外で待機していた。アリシアは落ち着いた様子でホールを通り、二階の自室へと上がって着替えに向かった。俺たちは荷物をメイドに預け、ホールで待機した。


しばらくして、豪華なドレスに身を包んだアリシアが二階に姿を現した。鮮やかな赤と白の配色のドレス、ほんのりと施された化粧は、華やかさの中にも気品と清廉さを引き立てていた。


……美しい。見惚れて、思わず声を出しそうになった。


ルミが俺の肘を小突いた。ああ、そうだ、今は見惚れてる場合じゃない。


我に返ると、アリシアはすでに俺たちの前に立っていた。その神眼は、決意の中にわずかな不安を秘めていたが……それでも俺たちに柔らかな微笑みを見せてくれた。


どうか、何事も起きませんように。


アリシアが合図を送り、扉が開いた……見えない戦争の始まりだった。





「お客様、お待たせいたしました。これより伯爵令嬢『アリシア・エレナガード』がお目にかかります。」


俺たちは客間へと入った。鋭く、悪意すら帯びた視線が、中年男性の目から放たれた。彼はソファから立ち上がり、横に歩み出て、俺たちを一人ひとり値踏みするように見た。


そして、ソファに座ったまま動かない男──彼が『マクシミリアン・ヴァンダーホルト』だろう。その視線は最初から最後までアリシアから離れることはなかった。嫌悪感を覚えるような目つきで、アリシアの身体を舐め回すように見ている。……こいつ、殺していいか?


ソファの後ろには無表情の護衛剣士が二人。異様な威圧感を放っている。


そのとき、ルミの様子がおかしいのに気づいた。そっと目を向ける……どうした?ルミ、驚きと疑念に満ちた表情……お前は何を見たんだ?


「我は『ヴァンダーホルト公爵家』家臣『ヴィンセント・マスクマン』。こちらにおられるのは、『ヴァンダーホルト公爵家』の第二継承者、『マクシミリアン・ヴァンダーホルト』様でございます。突然の訪問、失礼をお許しください。」


最初に口を開いたのはそのヴィンセントだった。


「わたくしこそが『エレナガード伯爵家』の長女、『アリシア・エレナガード』です。ごきげんよう。『マクシミリアン・ヴァンダーホルト』卿、『ヴィンセント・マスクマン』卿。」


アリシアはスカートの裾を左右に広げ、上体を少し下げるという、正式な貴族の挨拶を見せた。


俺たち二人は、ヴィルマさんに倣って簡単な礼をした。貴族の交流において、下俺が特別な礼儀を取る必要はない。軽く頭を下げるだけで良い。貴族たちは下俺を目に入れてすらいないからだ。


あの貴族は立ち上がりもせず、本来の礼を取ることすらしなかった。ただ座っていた。それに対し、ヴィンセントは……


「これは正式な会見ではありません。どうぞ楽にして、伯爵令嬢もお掛けください。」


「……」


アリシアはその貴族の正面に腰を下ろした。俺とルミはその後ろに立ち、ヴィルマさんは脇に立った。


そして……


「久しぶりだね!我が麗しの美人よ!」


「ひゃぁぁぁ────!!!!!!」


ルミが大声をあげた!?ルミさん!?あなたの礼儀はどこへ行った!?


「この声っ!!やっぱりアンタか!?クズ野郎!!!!!」


ルミ!?お前、どうしたってんだよ!?




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