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二十七、『フローラの祈りの間』

夜、お風呂を済ませて自室に戻りました。


ベッドに仰向けになり、天井を見つめます。


お腹が二回ほどグーと鳴りましたが、構う気になれません。


今朝聞いたアリネーの話は、正直に言って、かなりの衝撃でした。


それでも、午後はイシャっちと有意義な時間を過ごしました。私たちは六大迷宮の一つ『通天の塔』へ向かい、三人パーティーで浅層入り口から一気に中層まで攻略しました。さらに中層の階層主を撃破し、『討伐の証』を手に入れました。つまり、『通天の塔』の深層への入場資格を得たということです。


アリネーは改革計画のことで忙しく、私たちが『地下城』を攻略して以来、他の迷宮を真剣に攻略していませんでした。だから彼女の進度は中層止まりだったのです。


イシャっちは自分のパーティーに合わせていたため、浅層の階層主に挑戦したことがなく、進度は浅層でした。


しかし、彼女たちの実力があれば――アリネーは相変わらず一日中魔法使いに徹していましたが――イシャっちの『魔力付与』を全開にすれば、中層の階層主など敵ではありませんでした。


私に関しては、以前お兄ちゃんと一緒に深層まで到達していたので、今回は付き添いのようなものです。そういえばあの時、高級魔晶石を急いで集めるために、私はお兄ちゃんに直接『霊魂鼓舞』を使いました。彼は五倍の『闘氣精煉』を叩き込み、中層の階層主を瞬殺してしまったのです。凄すぎます、流石は私のお兄ちゃん。


私の『霊魂鼓舞』はイシャっちにもかなりの効果があったようです。彼女は戦士タイプなので、身体強化の効果による戦闘力の上昇は目を見張るものがありました。


「ルミ嬢、ありがとうございます! あなたの支援奇跡があると、まるで別人に生まれ変わったみたいです! まさに次元が違います!」


「いいんですよ。私は支援奇跡をかけたり、回復したりすることしかできませんから。」


「そんなわけないでしょう? 『新人冒険者指導』の時のことを忘れたのですか?」


「忘れてはいませんけど、今のイシャっちはもう脱皮した後のように強いですから。私が指導する余地なんてありませんよ。」


「ルミ嬢から受けた恩恵は一生忘れません。たとえ何が変わろうと、私の中の敬意が消えることはありません。それに、私たちはもう親友でしょう?」


「もちろんです! 私たちは親友です! ええ、間違いありません!」


ふふっ……。


「もう、ルミィ、何を言っているの? パーティーにおける支援役の重要性は、あなたが一番よく分かっているはずでしょう? あなたの支援能力は世界一級品よ。もし戦士だったら、英雄級……いえ、神話級だわ。」


「神話級だなんて、大げさですよ……」


ん? どうしたんだろう……。


「ルミィ? どうしたの? 今日はあまり元気がないみたい。今朝の話のせいかしら?」


あ……やっぱりバレていましたか。


「はい、なんだか少し変な感じです。きっと疲れているだけだと思います。一晩眠れば治りますよ。」


たぶん、そうですよね?





そう、私はおそらく自己不信の真っ只中にありました。はた目にも消沈しているように見えたのでしょう。アリネーたちに悟られるほどに。


「どうすればいいんだろう。」


私は手に持った『レモンお兄ちゃん』を持ち上げ、その可愛らしい顔を見つめながら、長く会っていないお兄ちゃんに思いを馳せました。


お兄ちゃんなら、こんな時どうするでしょうか。


コン、コンコン、コンコンコン……。


ん? ヴィルマさん?


「どうぞ、入ってください。」


「ルミ嬢、大丈夫ですか?」


「私ですか? だ、大丈夫ですよ。ヴィルマさんはまだお休みにならないんですか?」


「水差しとお菓子を持ってきました。もしお腹が空いたら、食べてください。机の上に置いておきますね、いいですか?」


「えぇ!? ありがとうございます、ヴィルマさん! でも、どうして……」


「さっきの夕食、あまり食べていなかったでしょう?」


「そうでしたっけ……。でも……。いえ、流石は私たちのヴィルマさんです! ありがとうございます!」


やはり、ヴィルマさんの観察力と気配りはいつも通り完璧です。


「ふふ……本分ですから。それでは、お邪魔いたしました。」


あの……。


「ヴィルマさん! 今はもう仕事上がりですよね!?」


「ええ、そうです。どうしましたか、ルミ嬢?」


「私……一つ聞いてもいいですか?」


「いいですよ。何なりと。」


「私……知りたいんです。ヴィルマさんは、どうしてずっとここでメイドをしているんですか? あなたの実力なら、他にもたくさんの選択肢があったはずですよね?」


「あらあら、ルミ嬢、私のことに興味があるんですか?」


「あります! ヴィルマさんが嫌でなければ……」


「へへっ、私が正直に話すとでも思います?」


「……思えませんね。すみません、不躾なことを聞きました。」


そうです、ヴィルマさんの性格からして、本音を易々と口にするはずがありません。


「でも、あなたは私のことを結構よく理解している。そうでしょう?」


「……そうかもしれません。」


「なら、テストをしましょう。あなたがどれだけ私を知っているか。」


「えっ……? はい!」


「あなたたち三人の関係について、私がどう思っているか……当ててみてください。」


「私たち三人?」


「もちろん、お嬢様、あなた、そしてアシランさんのことですよ。」


「見物するため……アリネーをからかうために、裏で巧妙なアシストをしていること、ですか?」


「あはは、それも事実ですね。では、私は一体なぜそんなことをするのでしょう? 私がお嬢様をえこひいきしているからだと思いますか?」


「いいえ、違います。あなたから敵意を感じたことは一度もありません。だから、きっと……あなたは……」


「ん?」


「アリネーに……いいえ、私たち三人に、それぞれの本心に向き合ってほしいから、ではないですか? 『みんなが本心に従って行動した結果、どうなるのか見てみたい。面白そうだから』という考え、ですよね?」


「正解です。あなたたちが『本心』をぶつけ合うのを見ているのは、本当に楽しいですから。ね、言ったでしょう? ルミ嬢は私のことをよく分かっている、と。」


さらりと、なんて腹黒いことを言うんでしょう。……いえ、ヴィルマさんが腹黒いのは今に始まったことではありませんでした。


「それで……」


「ですからね、私は『おもむくまま派』なんです。自分が好きだと思い、正しいと信じたことを全力でやるだけ。どんな仕事か、前途があるか、どれだけリスクがあるか、果ては方法が正々堂々としているかどうかなんて、重要ではありません。」


まさにヴィルマさんらしいスタイルです。アリネーの掲げる『大義』をサポートしていながら、どこか邪悪な雰囲気を漂わせているのは、そういうことだったんですね。


「だから、今のあなたたちの状況はとても面白い。もし、もっとエッチな要素が加われば最高なのですが。」


「『エッチな要素』!?」


「ふふ、冗談ですよ。それでは、今度こそ失礼します。ルミ嬢、ゆっくり考えてみてくださいね。」


「……はい、そうしてみます。」


ヴィルマさんは去っていきました。


『ルミ嬢、ゆっくり考えてみてくださいね。』


またしても、私の悩みを見透かされてしまいました。





『なら、まだ猶予はあるじゃない。もう少し考えなさい。あなた自身の心の中にある本当の想いを。……どうあるべきかではなく、あなたがどうしたいか、をね』


『だからね、ルミちゃん。自分の才能を、簡単に投げ出したりしてはダメよ』


これらはすべて、アマラお祖母様が私に言った言葉です。


『ですからね、私は『おもむくまま派』なんです。自分が好きだと思い、正しいと信じたことを全力でやるだけ。どんな仕事か、前途があるか、どれだけリスクがあるか、果ては方法が正々堂々としているかどうかなんて、重要ではありません。』


そして、ヴィルマさんの言葉。


「うーん……」


『聖教会の御命』。


すでに破棄し、今は私の脳内にしか存在しない『聖教会の御命』。当初の期限は二週間でしたが、より重要なことを優先して後回しにしていたため、今日で残り一週間となりました。


私にとって、それは不可能な任務です。最初から決まっていたことで、妥協の余地などありません。


残されたのは、私がどう対処するか、だけ。


『聖教会からの追放』。


大神官オーランディに直接、「私にはできません。クビにしてください!」と言う……。うん、悪くないですね。潔くていいかもしれません。


そうなれば、私はもう『オリシウス中央聖教会』の神官ではなくなります。名残惜しいかと言われれば……うーん、やはりあの場所で育ち、人生の大半を過ごしてきたのですから、情はあります。


中央聖教会には、心から信頼できる友達なんて一人もいませんでしたけれど。


「私はルミナス! 『オリシウス中央聖教会』から来た神官です!」


私は独り言を言ってみました。


なかなか格好いいですよね? 実は、皆の前でそう名乗る時、少しだけ得意げな気持ちになっていたんです。つまり、私はこの身分に、まだ少しだけ誇りを感じていたのでしょう。


でも、それもほんの少しだけ。いつかお兄ちゃんが帰ってきたら、一刻も早く神官なんて辞めてお嫁に行きたいと思っているくらいですから!


というわけで、神官の身分──放棄!


私はお菓子を一口かじり、ノートに書いた『神官』の二文字の上に、思いっきり大きなバツ印をつけました!


──神官の身分なんて、大したことではありません。


問題は──


『奇跡権能の剥奪』。


もし私が破門され、聖教会を脱退すれば、彼らは私の奇跡の権能を剥奪するでしょう。


その方法は知らされていません──聖教会が私たちに教えないからです。


『オリシウスの四大奇跡』──実際には「四大」なんて大層なものではありません。私たち『オリシウス聖教会』の神官を除けば、オリシウスの奇跡を召喚できる神官は他の教会には存在しないのですから。


人族の地方教会や、他の『神の民』の種族の教会には、奇跡を召喚する能力はありません──少なくとも現代においては。


他の教会の聖職者たちは、『治療魔法』を学ぶことで、助けを必要とする人々を癒しています。対して私たちは、本物の『奇跡』をもって治療を行う。それが私たちの特別な点です。


この独自の『オリシウスの四大奇跡』があるからこそ、『オリシウス聖教会』は歴史上、比類なき最大級の教会であり続けてきました。


そして、『オリシウスの四大奇跡』のすべては謎に包まれています。


大神官だけが、その伝承を掌握しているのです。


けれど、アリネーはすでに見抜いていました。私たち『オリシウス聖教会』の神官が、なぜ奇跡を行使できるのかという理由を。


──『奇跡回路』。


私はすでにアリネーに実験してもらいました。私の背中にあり、奇跡を召喚する時にだけ現れるもの──奇跡召喚の根本──。アリネーはそれを『奇跡回路』と呼びました。


大神官はそれを「神託を授かる儀式」だと言いましたが、実際には私たちの背中に『奇跡回路』を刻印するプロセスだったのです。


ただ、アリネー曰く、その『奇跡回路』には解読不能な暗号化が施されているとのこと。あの実験はあくまで初歩的な確認に過ぎず、特別な成果はありませんでした。


「『自分の才能を、簡単に投げ出したりしてはダメよ』、ですか……」


ええ。できることなら、もちろん奇跡の能力を保持して、より多くの人々を助けたいです。


でも、それは聖教会の持ち物。神官を辞めながら奇跡の能力だけ持ち続けたいなんて、少し厚かましすぎる気もします。


「『……果ては方法が正々堂々としているかどうかなんて、重要ではありません』、ですか……」


厚かましくいきましょうか? 死んでも奇跡の権能は渡さない、と。どうやって剥奪するのかも分かりませんけれど。まさか、物理的な方法じゃないですよね?


でも、思い出しました。アリネーは言っていました。「もしかしたら神託は、本当にオリシウスからのメッセージなのかもしれない」と。それは何を意味するのでしょう? つまり、『オリシウス聖教会』が、オリシウスが私たち『神の民』全体に与えた奇跡の能力を独占しているということではないでしょうか?


オリシウスが、特定の誰かを私腹を肥やすために「神託」を送ったなんて、あり得ません。


神話では、『イレヤ』、『カシン』、『ドアッミン』とその使徒たちを下界へ送り込み、『神魔戦争』が勃発したのを最後に、オリシウスに関する記述は一切途絶えているのですから。


もちろん、オリシウスの奇跡が公開されれば、悪用されるリスクはあります。


ですが、『オリシウス聖教会』、あるいは主教神官や大神官が奇跡を独占することに、十分な正当性はあるのでしょうか?


これは……状況次第ですね。可能であれば、奇跡の能力を保持する方法を全力を尽くして考えましょう。対話で解決できるでしょうか? それとも逃走? うーん……。


私はノートの二項目め──『奇跡』に丸をつけ、後ろに自分の考えを書き加えました。


「……」


そして、最後の項目。


「中央聖教会が簒奪に加担した理由……」


これこそが、私が最も気にしていることです。


アリネーは、あくまで推論であり証拠はないと言いました。


私は再び『聖教会の御命』の封筒を見つめました。


「証拠はない、ですか……」


ふむ……。


どうやら、私がすべきことが見えてきたようです。





いつの間にか一週間が過ぎ、また休息日がやってきました。今日は『フローラの祈りの間』の開幕式当日です。


この日のために、私は持てる知恵を絞り尽くして計画を練り上げました。お兄ちゃんが魔境へ行く時に作った計画書を見習って、目標設定、シチュエーション別のシミュレーション、予備の第二、第三プランの策定……。およそ私らしくないことまでしてしまいました。


でも、たまには一生懸命にあがいてみるのも悪くないですよね?


「ようこそ、大神官オーランディ閣下。お迎えに上がりました」


約束の時間、私は清潔なオリシウス聖教会の神官服に身を包み、街の東にある転移門へと向かいました。


大神官オーランディと、彼に随行する四人の聖騎士を乗せた馬車が現れ、その後ろには数名の上級神官たちが続いていました。フェニャさんとニーラさんも一緒で、ニーラさんは後ろの方でこっそり私に手を振ってくれました。


アリネーはパレード用の背の高い馬車を用意してくれました。オープンタイプの、縁に彫刻が施された車体には、鮮やかな花々がふんだんに飾られていて、とても華やかです。もちろん、数名のスタッフもサポートについています。


「苦労をかけるな。……お前一人か、神官ルミナス?」


「はい。伯爵令嬢は後ほど行われる『祈りの間開幕礼』の準備に追われておりますが、オーランディ閣下にふさわしい、このパレード用の馬車を特別に手配いたしました」


「パレード用の馬車だと?」


「左様でございます。街の信徒たちは今か今かと待ちわびております。オーランディ閣下、どうか馬車へお上がりください。皆様にその雄姿をお見せするのです」


「ほう! それはご丁寧に。恐縮、恐縮。後で伯爵令嬢には厚く礼を言わねばならんな」


……。


これが大神官オーランディです。私のことを目障りだと決めつけ、わざわざここへ『外派冒険者』として飛ばした張本人。まあ、結果論から言えば私の恩人なのですけれど。


「ルミナス、お前も乗れ」


えっ? 私もですか? 本当に!? ……予想シチュエーションその二が発生しました。第二プランを適用します。


「はい。御命に従います」


大神官オーランディは強引な人です。彼の前ではどんな言い訳も通用しません。そもそも聞き入れないのですから、真意は不明ですが素直に従っておくのが上策です。


私と四人の聖騎士もパレード馬車に乗り込みました。聖騎士たちはいつものように馬車の四隅に陣取り、護衛の任務につきます。私は大神官オーランディの後ろに立ちました。彼らが元々乗ってきた馬車は、その後ろをついてきます。





パレード馬車はゆっくりと街の東にある農業区を抜けていきます。正午の陽光を浴びて、山一面に広がる農作物が眩しく輝いています。しかし、見たところオーランディ閣下は農地にはあまり興味がないようでした。


そして街の中に入ると、大勢の信徒と見物目的の領民たちが待ち構えていました。


「見ろよ! あれが大神官オーランディ閣下だ!」


「大神官オーランディ閣下! 感謝します、オリシウス様! まさか閣下をこの目で見られるなんて!」


沿道では多くの信徒たちが色とりどりの花びらを撒き、放送から流れる音楽も相まって、お祭り騒ぎのような賑わいです。オーランディ閣下は親しみやすく慈愛に満ちた笑みを浮かべ、絶えず信徒たちに手を振っています。どうやらかなりご満足の様子です。


「大神官オーランディ? 誰だそれ?」


「『オリシウス中央聖教会』の偉い人だよ。主教神官に次ぐ大神官! 四大神官の一人なんだぞ!」


「四大神官? なんだか凄そうだ!」


「そうそう!」


「なんだ、大神官って凄いの? あの真ん中の男か?」


「そのようね。でも、私たちの聖女様よりも凄いの?」


「そうなんじゃない? ほら、聖女様だって隣に大人しく立っているじゃない」


出ました、『聖女様』。私がこの馬車に乗れば、群眾の中から必ずこの禁句が飛び出すと分かっていました!


私はこっそりオーランディ閣下の横顔を盗み見ました。眉がピクピクと二回動きました……来ましたね、彼にも聞こえたようです。


「わあ……聖女様が可哀想。私たちのためにあんなに尽くしてくださっているのに。手柄を横取りする上司に押さえつけられているのかしら?」


「聖女様はあんなに頑張っているんだ。私たちもしっかり称賛してあげようよ」


「そうね、そうね。聖女様を応援して、上司の人に彼女がいかに愛されているか分からせてあげましょうよ!」


「いい考えだ!」


えっ? ちょっと今の皆……なんて言ったんですか?


「聖女様! 応援しています!」


「聖女様!」


あああ! 本当に来ちゃいました。どうして皆、そんなに『聖女様』と叫ぶのが大好きなんですか!


……あの、オーランディ閣下の口元まで引き攣っています!!!


「聖女様! 聖女様!」


ああ……もう……。


パレード馬車は進み続け、先ほどの人混みから少し離れました。


「神官ルミナス! 今のは一体どういうことだ? 『聖女様』だと? 貴様のことか?」


オーランディ閣下が低い声で尋ねてきました。


「はい! 左様でございます! 私は群衆の言うところの『聖女様』でございます!」


「不敵なことを! 聖女を自称しているのか?」


怒りました――でも想定内です!


「滅相もございません! 本人は聖女などと自称しておりません! それは群衆が勝手に付けた通り名でございます!」


「受け身だと言うのか? 苦労しているのだな? ……本当は嬉しいのではないか? 悦に浸っているのではないか?」


「いいえ! 本人は深く困惑しております!」


「困惑だと? ならばなぜ否定しない!?」


「しております! ですが、皆様が聞き入れてくださらないのです!」


「それはさぞかし無念だろうな。貴様、本当に真剣に否定したのか?」


「本人はしておりません!」


「何だと!?」


「はい! 本人はしておりません! なぜなら! 気がついたのです! 皆様の私への崇拝を利用すれば、道に迷える多くの人々を我が『オリシウス聖教会』へと導けるのだと!」


「何を言っている!?」


「『オリシウス聖教会』の教徒を増やすことこそ、何よりも重要です! 私が誤解されることなど些細なことに過ぎません!」


「貴、貴様……何を……」


「『オリシウス聖教会』の教徒を増やすことこそ、何よりも重要なのです! そうですよね、オーランディ閣下!」


「重要……いや……待て。……貴様、嘘を言っているのではないな? 逃げ口上ではないな?」


「いいえ! 『オリシウス聖教会』の教徒を増やすことこそ、何よりも重要でございます! オーランディ閣下! 私は間違ったことを申しておりますでしょうか!?」


ふふん。三回も言ってやりました。我ながら惚れ惚れする演技です。


「……間違っては……いない……。よ、よかろう。教徒の増加に繋がるのであれば……その呼び名を利用することも、やぶさかではない」


オーランディ閣下は眉間にしわを寄せ、死ぬほど私を睨みつけていましたが、長い沈黙の末にそう口を開きました。


「御意!」


やった! 第二作戦成功です!




私たちの馬車の列は中央広場を通り抜け、左に曲がって城南新区の方向へと進んでいきました。道中、やはり多くの信徒たちから歓声が上がり、『聖女様』と呼ぶ声も少なくありませんでした。ですが、問題ありません!


ついに、私たちは城南新区の『フローラの祈りの間』に到着しました。


手配しておいたスタッフに、会場内にいるアリネーへ到着を知らせに行かせました。するとすぐに、アリネーが私たちを迎えに出てきてくれました。


「ごきげんよう。あたくしは『アリシア・エレナガード』と申します。お父様の名代として皆様をお迎えに上がりました。大神官オーランディ閣下、ご多忙の折、あたくしたちの『祈りの間の開幕式』にご光臨賜り、誠にありがとうございます。行き届かぬ点もあるかと存じますが、何卒ご容赦くださいませ」


ふぅーー。今日のアリネーもなんて綺麗なんでしょう! なんて気品があるのでしょう!


「いやいや、丁寧な。伯爵令嬢の手配は実に見事だ、満足しているよ!」


「それは何よりでございます。オーランディ閣下、式典の開始までまだお時間がございますので、まずはお休みください。こちらへどうぞ」


「うむ、うむ」


アリネーの恭しい態度を見て、このオーランディ閣下はすこぶる機嫌が良さそうです。満面の笑みを浮かべています。


――その笑顔を見ていると、彼が私に下した『聖教会の御命』の内容を忘れそうになってしまいます。


人間、これほどまでに厚顔無恥になれるものなのでしょうか。





「……それでは……ゲストの皆様による『フローラの祈りの間』のテープカットを行います」


アリネーの簡潔な説明の後、数名のゲストが同時にハサミを手に取り、『フローラの祈りの間』のゲート前に張られたリボンを切り離しました。


パチパチパチパチパチパチ――――


見守っていた群衆から激しい拍手が沸き起こります。


ゲストの中にはもちろんオーランディ閣下が含まれており、他にも商業区の代表や市役所の代表、そして近隣の地方教会の代表二名が名を連ねていました。


幸いなことに、皆が気を利かせて中央のポジションをオーランディ閣下に譲ってくれました。さもなければ、あの人はその場で不機嫌な顔をしたに違いありません。


アリネーは『フローラの祈りの間』の企画者であり、今日の主役であるはずなのに、自分は進行役に徹してテープカットの栄誉をゲストに譲りました。いかにも彼女らしい振る舞いですね。


「ゲストの皆様、ありがとうございました! それでは、ゲストの皆様は先にご入場の上、お席へお着きください。続いて信徒の皆様も、順序よく祈りの間内へお入りください」


アリネーの誘導に従い、人々が次々と着席していきます。見物していた信徒たちもゆっくりと祈りの間へと足を踏み入れました。


(あああ――)


祈りの間の内部を目にした信徒たちから、驚きの声が漏れます。


私たちの神官たちはといえば……オーランディ閣下を除いて、誰もが王都の中央聖教会の施設にも匹敵するこの祈りの間をあちこち見渡し、感嘆の声を上げていました。


私たちの『フローラの祈りの間』は、王都の中央聖教会の聖堂と比べれば、決して華美ではありません。むしろ質素と言えるほどです。ですが、ここにある幽玄で静謐な空気感は、独特の荘厳さを醸し出しています。私が初めて見学した時も、この雰囲気にすっかり魅了されてしまいました。





「皆様、ようこそお越しくださいました……」


全員が着席した後、アリネーの挨拶が始まりました。


「……皆様ご存知の通り、この『フローラの祈りの間』はいかなる教会にも属さず、制限もなく、誰もが自由に立ち入り、オリシウス様へ祈りを捧げることができる場所です」


「……あたくしたちは地方教会を設立しようとしているのではありません。皆様に自由な『祈りの間』を提供したいのです! 皆様が互いに尊重し、認め合う心を持って、ここで信仰の交流を深められることを願っております。ありがとうございました」


パチパチパチパチパチパチパチ――――


信徒たちから再び激しい拍手が送られました。


アリネーが言っていた通り、私たちの『フローラ』には世界各地から冒険者とその家族が集まっており、その中には異なる教派のオリシウス信徒がたくさんいます。だからこそ、この『フローラの祈りの間』を建てるというアイデアが生まれたのです。ここにはメインホールの他に数室の多目的ルームがあり、異なる教会が宗教活動のためにレンタルできるようになっています。


もちろん、信徒数が最も多いのは我が『オリシウス聖教会』ですけれど。


「それでは……光栄なことに、『オリシウス聖教会』よりお越しいただいた大神官・オーランディ閣下より、皆様へお言葉を頂戴したく存じます。皆様、盛大な拍手でオーランディ閣下をお迎えください」


オーランディ閣下がステージに上がりました。


「信徒の諸君……」


オーランディ閣下の挨拶が始まりました。まずは『聖典』の一節を朗読し、その教えを説き……そして『オリシウス聖教会』の活動について語りました……。


誰が聞いても正統派で、儀式的な重厚さを感じさせる、流石は大神官級の演説でした。


「……私たちは信じています。オリシウス様を崇める者は皆、家族であると。この『フローラの祈りの間』の存在こそが、オリシウス信徒が垣根を越え、調和して共生する精神の象徴なのです……」


ふむ……。


「……いつの日か、私たちが本当に教会の枠組みを超え、オリシウス様の栄光の下で真に一つの家族として統合される日が来ると信じております。ありがとうございました」


ええと……これは……何を言っているのでしょう? いえ、実になんというか、オーランディらしい言葉ですね。


パチパチパチパチ……


まず最前列の――我が教会の神官や聖騎士たちから拍手が起こり、それから……後方の信徒たち――主に我が聖教会の教徒たち――からもまばらな拍手が聞こえ、最後に他の信徒たちからも短い拍手が送られました。


「オーランディ閣下、ありがとうございました。最後に、『オリシウス聖教会』の神官、ルミナス様による献歌がございます」


はい、最後は私の出番です。


あの日、アリネーから「開幕式で聖詠を歌ってくれないか」と聞かれ、私は二つ返事で引き受けました。


こうした儀式で聖詠を歌うのはよくあることですし、だからこそアリネーも思いついたのでしょう。


「えぇ!? ルミィ、歌ってくれるのは本当に嬉しいけれど、全く検討しなくていいの?」


「何を検討するんですか?」


「……『聖女』の問題よ。皆から大声で『聖女』と呼ばれるのを怖がるかと思ったのだけれど」


「それなら心配いりませんよ」





私はステージに立ちました。以前の『開幕公演』で歌った『祈り』ではなく、中央で学んだ三つの『聖詠』を歌うために。


元々は、聖詠を歌う時にうっかり前回のような超広域奇跡を召喚してしまい、居合わせた神官たちにバレたら大変だと心配していました。ですが、練習中に何度も試した結果、私がこれらの『聖詠』を歌っても、無意識に奇跡召喚が発動することはないと確認できました。


ですから、全く問題ありません。


その理由については、自分の中でなんとなく察しがついています。やはり、いかにも「私」らしい理由です。





歌い終えると、客席から熱烈な拍手が送られ、『聖女様』という声も飛び交いました。


今日は全力を出し切るわけにはいきませんでしたが、それでも皆さんがこうして支持してくださるのは、少し申し訳ない気持ちになります。でも大丈夫です。いつかまた、皆さんに歌を聴かせます――心を込めて、精一杯に。


とにかく……今日の開幕式は無事に終了しました。



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