8話 魔道士ギルドと魔法の先生の野望
そろそろ春の足音が聞こえ始めた頃。ギルとテッドに再会したレオディーナは、彼から「安否確認」や「定期連絡」という名目で短い手紙のやり取りをしていた。
(なんだか、交換日記みたい。……正体を隠して日々の出来事を書くのが、地味に面倒なんだけど)
本名も姿も、そして性別も偽っている彼女は、ギルに書く手紙の内容にも注意が必要だった。
(まあ、悪くないかな)
それでも魔法が使えることがばれていたと分かったおかげで、魔法について書けるので楽しかった。
(それにしてもギル坊ちゃん、魔法の家庭教師と上手くいってないのか)
そのやり取りで知ったが、ギルは魔法の家庭教師の指導方針が気に入らないらしい。基礎ばかりで退屈なのだと愚痴が書かれていた。
(バンクレット先生の授業も基礎ばかりだけど、退屈したことはないな)
主に、というか螺旋訓練法以外教えてくれないバンクレット先生だが、彼の授業は工夫されていた。
『では、これから螺旋訓練法を続けながら社交ダンスの練習をしよう。魔力も高められて授業の復習も出来る。効率的だ』
『これから私が指示するたびに、魔力を循環させる向きを逆にしなさい。はい、逆!』
『今日は魔法を唱えている間も螺旋訓練法を行う練習だ』
ただ、面白いというより退屈する暇がないという意味の工夫だったが。しかし、充実した授業であることに変わりはない。
(先生をギルに紹介できたらいいんだけど……無理だよねぇ。
とりあえず、螺旋訓練法について書いておこう。『俺は出来るようになったよ。試してみれば』って)
そんなある日、一週間ぶりに帰って来たアルベルトから驚くべきことを告げられる。
「明日、ギュスタン先生と一緒に魔道士ギルドに行って彼の弟子として登録してきなさい。『変色』の魔法で男装して。ただ、登録するときは書類に本名を書くんだよ」
「えっ? 男装するのに偽名じゃなくて本名で登録するの?」
魔道士ギルド。ラドグリン王国を含めた複数の国に跨る、魔法を使う者達の互助組織。魔法の研究機関であり、魔道士の育成機関でもある。
魔法使いにとって登録は必須ではないが、仕事の斡旋やそれで得た報酬にかかる税金の納付手続き。望めば見合い相手の斡旋まで、様々なサービスを受けることが出来る。
ただ、以前までレオディーナは魔道士ギルドに登録する必要はなかったし、年齢的な問題でできなかった。
「ギルド内では『レオ』として振る舞い、私のことを師匠と呼ぶように。ただ、書類に記入するときだけ『レオディーナ』と書くのだ。分かったかね、レオ?」
「分かりました、師匠」
しかし、パウルとアルベルトが相談した結果事情が変わった。パウルとレオディーナのビジネスには、彼女が魔道士ギルドに登録していた方が都合よく、そうすることで彼女自身の権利も守られるからだ。
そのため、レオディーナはただの家庭教師と生徒の関係でしかないバンクレットに正式に弟子入りしたことにして、ギルドに登録することになった。
ただ、各ギルドは組合員に本名で登録するよう規約で義務付けている。当然だが。だから、偽名の『レオ』で登録するのは拙い。
しかし、ギルドの規約には登録するとき変装や男装をしてはならないとは定めていない。なので、他人の目を欺くために『レオ少年』の格好をしてギルドを訪れることになった。
(また坊ちゃんたちに秘密にしなきゃいけないことが増えるなぁ。でもギルドに登録すると、組合員に公開されている文献を読めるんだよね)
少し憂鬱だが、それ以上に楽しみでもあった。
魔道士ギルドのラドグリン王国本部は王都の中心部ではなく、郊外にあった。乗合馬車に乗り、広い敷地の中をバンクレットに続いて歩く。弟子らしく見えるよう、彼の鞄を持って。
(なんだか前世の大学に雰囲気が似てる)
好奇心に駆られてついつい辺りを見回してしまうが、バンクレットが歩みを緩めないため速足でついてく。
「さっさと登録を済ませて帰るぞ、レオ。色々と仕事が立て込んでいるからな」
とってつけたような理由でレオディーナを急かすバンクレット。どうやら、ここは彼にとって居心地のいい場所ではないらしい。
建物に入ると、レオディーナの大学という印象はますます強くなった。制服を着た学生や魔法使い達が行き交い、壁のボードには予定表やレポートの提出期限等を知らせる紙が張り出されている。
バンクレットは入り口に比較的近い受付窓口に向かって行こうとして――
「ギュスタン? もしかして、バンクレット・ギュスタンじゃないか?」
一目で上等とわかるローブを着た人物に名前を呼ばれ、立ち止まった。
バンクレット・ギュスタンは、とある町に暮らす職人の三男として生まれた。そう、彼は平民だったのだ。
この世界の多くの国で魔力を持つのは王侯貴族の血縁者だ。だが、所詮は人間のやることだ。完全な管理など出来るはずがない。
どんな家に生まれても没落すればただの人になるし、敗戦の混乱に紛れて逃げ出し平民として生き延びた王侯貴族もいる。
子供の頃、自身が魔力を持つことを自覚したバンクレットは「私はそんな特別な血を引いているに違いない!」と信じていた。そして自分には才能があり、将来は魔道士として大成するのだと信じて疑わなかった。
父親が取引をしているピッタリア商会の仲介で、バンクレットはある男爵家の養子となって王立学校へ入学した。そこで魔法を学び、ゆくゆくは魔道士ギルドの育成と研究を行う機関、通称魔道大学へ進むことを目指していた。
しかし、彼の才能や魔力は自分で思っているほど特別なものではなかった。
バンクレットの当時の魔力量は小の上。平民出身としては珍しい多さだが、貴族ならさして珍しくない程度。そして魔道士を目指す若者の中では平均以下だった。彼より魔力量が多い者は、王立学校にはいくらでもいたのだ。
だが、彼は自身の才能を信じ続けた。魔力は後天的に増やせる、そして魔力の制御力を磨き、より巧みな魔法式を編めるようになれば魔法使いとしての腕も上がる。
研鑽を積めば、夢は叶う。そう信じてバンクレットは努力した。
魔力量は魔力を使えば使うほど増やせる。つまり、生まれ持った魔力量が少ないと使える魔力も限られる。結果、増やせる割合も少なくなる。
それを克服するために先人が編み出したのが、螺旋訓練法だ。体内の魔力を循環させることで、魔力を消費せずに使うことが出来る。ただし、その習得難易度は高い。さらに習得できても、訓練を続けるには高い制御力、そして何より精神力が必要である過酷な訓練法だ。
それをバンクレットは習得した。当時、彼以外の王立学校の生徒は誰も習得できなかったため、一度は注目された。しかし、そこまでだった。
螺旋訓練法を続けても、バンクレットの魔力は中の中までしか増えなかったのだ。そう、魔力量の増えるペースにも素質によって差があったのだ。
その当時知ってしまった、自身が魔力を持つに至ったルーツもバンクレットにとってショックだった。
彼の曾祖母は曾祖父と結婚する前、ある貴族の家で共に使用人として働いていた。主人である貴族かその子息が曾祖母に手を付け、妊娠した彼女を同じ使用人だった曾祖父に押し付けた。そんなところだろう。
似たような話はいくらでもある。少し珍しいが、特別と評せるほどの生まれではなかった。
その後のバンクレットは王立学校を卒業後、魔道大学に入ることは出来た。だが、自己評価を改めることが出来なかった彼は人間関係でトラブルを起こし大学を辞めた。それからは、世話になった商家が斡旋する家庭教師の仕事で生計を立てるようになる。
主な生徒は貴族令嬢や良家の子女。その目的は、政略結婚での彼女たちの価値を高めることだ。
先天的な魔力量は遺伝的な、特に母親側の要素が大きい。魔物や国同士の争いに明け暮れた昔ほどではないが、貴族令嬢にとって魔力量は今の時代でもステータスになる。それは後天的に増やしたとしても同様だ。
そんな生徒達に対して、バンクレットは「王立学校を卒業した一流の魔道士」を演じて自身のプライドを満足させていた。彼が教えられるのは螺旋訓練法以外には、魔道士ならだれでも使える程度の魔法ばかりなのに。
それでもバンクレットの私生活は、それなりに充実していた。
やっている仕事は、魔道士ギルドでは「魔道士崩れ」と揶揄される類のものだ。だが、魔道士には変わりないため他の家庭教師と比べると高い給料を受け取ることが出来た。また、魔道士ギルドとも距離を置いているため彼を馬鹿にする同期とも遭遇しない。
そしてピッタリア商会の勧めで受けた見合いで今の妻と結婚し、子供も出来た。
バンクレットが執念で続けていた魔法の訓練や研究も、いつの間にか趣味……余暇で行う程度のものに落ち着いた。彼が教えた生徒たちも、魔道士を目指すことなく嫁入りするか婿を取っていく。
子供達は幸い魔法の素質を引き継ぎ、興味も持っている。上手くいけば、バンクレットのコネでどこかの貴族のお抱え魔道士として、就職できるだろう。
いずれにしても、バンクレット・ギュスタンの名は後世に残らない。魔道士ギルドの会員名簿にのみ記録され、埋没し忘れ去られるだろう。
それも悪くない。いつの間にかバンクレットはそう考えるようになった。
それから数年過ぎた頃、世話になっているピッタリア商会の新しい会長……パウルから依頼を受けた。とある貴族の愛人の娘の家庭教師を担当してほしいというのだ。
「その娘、レオディーナは魔法のことは門外漢の私でも分かるほどの才能の持ち主です。しっかり頼みますよ」
「そんな才能の持ち主なら私のような二流ではなく、一流の魔道士に教師を頼むべきでは?」
「そういう魔道士は、家庭教師の依頼を受けてくれませんよ」
パウルが言うように、一流の魔道士にとって家庭教師は不人気な仕事だ。プロを目指す弟子ならともかく、魔法を嗜み程度にしか考えていない者に教えるくらいなら、自身の研究に打ち込みたい。そう考えるからだ。
特に、政略結婚の駒としての価値を高めるために魔法を学ぶ貴族の子女の家庭教師は。
「それにギュスタン殿、あなたは私が知る中で最も優秀な魔法の家庭教師です。どんな生徒にも螺旋訓練法を習得させると評判じゃありませんか」
「馬鹿の一つ覚えだよ、パウル殿」
それぐらいなら生徒の不安とやる気を煽り、時間をかけて教え込めば誰だって習得させられる。しかし、そう言われると悪い気がしないのは事実だった。
流石は先代よりもやり手だと評判の男だ。相手が言ってほしい言葉が何なのか、よく分かっている。
「分かった。受け持とう」
こうしてバンクレットはレオディーナの家庭教師に就任した。
初めて会った彼女の印象は今までの生徒とそう変わらなかった。母親まで教えることになったのと、肌の色が他の令嬢と比べると珍しいというぐらいだった。
(愛人の娘まで魔法を教え込んで政略結婚の駒にするとは、どこの貴族か知らないが父親もエグイことを。それとも貴族なりの親心か? ……いや、私にできるのはこの娘の魔力を磨いて価値を高めることだけ。それがこの娘の為でもある)
だが、その印象はレオディーナの魔法を見ていくうちに劇的に変わった。
(パウル殿の言葉は間違っていなかった。この子は才能がある。本物の天才だ!)
レオディーナは、全属性への高い適性を持っている。その適性のおかげで、レオディーナは複数の属性に跨るユニークな魔法を操ることが出来ているので、彼女の才能を支える要因としては小さくないが、それ以上に大きいのが彼女の魔力量だ。
レオディーナの魔力は、規格外だった。携帯型の測定器を使ったら、測定器が壊れかねない程の量。最低でも、上の中。三十年以上修行を続けているバンクレットを圧倒的に上回る量の魔力が、まだ八歳になる前の幼い少女に宿っている。
しかも、バンクレットと違って伸び代も広大だ。螺旋訓練法を始めて、たった一か月で三割も魔力量が増えたのだ。彼女が王立学校に、そして魔道大学に入学する頃にはどれほど増えているか想像もできない。
だが、バンクレットがレオディーナに才能を感じたもっとも大きな理由は、魔力量の多さではない。彼女が魔法式を編む天性のセンスだ。
(まるで天才画家が奔放に絵筆を握るように、思うままに魔法式を操っている! 生活に必要だから編み出した? そんな馬鹿なことが可能なのか!? 可能なのだろうな、彼女には!)
魔法は、魔力というエネルギーを魔法式に流して発動する技術だ。現代日本の技術に例えると魔力は電気、魔法式は家電だ。
だから、新しい魔法式を一から独学自力で描くのは簡単ではない。狂気の沙汰だ。
常識的な魔法使いが新しく魔法を習得する場合、師から学ぶか文献を読む。先人の知識に頼るのだ。間違っても独学で編み出そうとはしない。
レオディーナは、それをやってのけたのだ。それも一度だけでなく何度も。
(この子は魔法式を編む天性のセンスの持ち主だ。だからこそ、魔力制御を学べばどれだけ伸ばせるか分からんぞ!)
レオディーナに足りないものは、魔力制御の技術だった。彼女の魔法は唱える段階で無駄が多く、魔力を過剰に消費してしまう。彼女の魔力量が多く、唱えている魔法は生活魔法が中心で今までは規模も小さかったので、本人は自覚していないだけだ。
もしレオディーナに魔力の制御力が身に付けば、魔力消費量が抑えられるだけではない。彼女の魔法はより洗練され効率的になるだろう。
今は屋敷とは呼べない程度の家の裏庭を菜園にする程度だが、将来は草木一本生えない荒野や砂漠を豊かな農地や果樹園に変えられるようになるはずだ。
(そうすれば私の名も、稀代の大魔道士の師として歴史に残る。……これは私の人生最大にして最後のチャンスだ!)
バンクレットはレオディーナの指導に打ち込んだ。彼女は螺旋訓練法をすぐ習得したが、それを続けさせるために慣れて飽きないよう注意する。
信頼を得るために、彼女の母親の指導も手を抜かなった。
おかげでレオディーナの魔力量、そして制御力はメキメキと上達した。雇い主であるパウルや彼女の親のアルベルトからのバンクレットに対する評価もうなぎ上りだ。
それは良かったが、お蔭でこうして魔道士ギルドに足を運ぶ羽目になったのは予想外だった。
「ギュスタン? もしかして、バンクレット・ギュスタンじゃないか?」
忘れがたい声に、思わず背筋が強張る。しかも、名を呼ばれた以上立ち止まらないわけにはいかない。
(私のことなど忘れてくれればいいものを! 貴様にとって私は、大勢の同期の一人でしかあるまいに!)
そう胸中で罵りながら振り返った先にいたのは、記憶にある姿より幾分老けた元クラスメイトだった。
「お久しぶりです、レスタト・ヒルゼン宮廷魔術師殿」
貴族的な優雅さと理知的さを併せ持つ顔つきに、加齢による皴によって柔和さが加わった人物。彼こそ、ラドグリン王国に認められた十三人の宮廷魔道士の一人。魔力量は学生時代の段階で大の中に達し、各属性の適性も高く、魔法式を編むセンスもある。おまけに、ヒルゼン侯爵家の出身と血筋もいい。
バンクレットと同世代の魔道士のトップに立っているのは、間違いなく彼だ。
それだけに、バンクレットはレスタトに強い劣等感を覚えていた。
「ああ、本当に久しぶりだ。君は魔道大学を辞めてから、ギルドになかなか顔を出してくれないからね」
「今は、後進を育てる事に力を注いでいるので」
「そうか。たしかに、最近君の名をよく聞くよ」
「そう言ってもらえると、誇らしいよ」
宮廷魔道士ともなれば社交も必要なのか、世辞が上手いなとバンクレットは思った。
ただのリップサービスだ。バンクレットの生徒たちの貴族令嬢の声が、宮廷魔道士のレスタトの耳に入るはずがない。
だが、それでも同世代一の天才に褒められるのは快感で、それを抑えられない自分に苛立つのを抑えられない。
「そんな君を見込んで、相談したいことが――おや、君は?」
レスタトはこの時、初めてバンクレットの後ろで鞄を持ったまま畏まっているレオディーナに気が付いたようだ。
「師匠の弟子のレオと申します」
鞄を抱えたまま一礼するレオディーナ。バンクレットと会話している様子から、レスタトがかなり高い地位にある人物だと察して緊張しているようだ。
「よろしく、レオ。ギュスタンにはいつ弟子入りを?」
「半年と、少し前です」
「では、もしかして螺旋訓練法は習得しているのかい?」
「はいっ、今は起きているときはいつも螺旋訓練法をしています」
「それは凄い。魔力が漏れず上手く纏まっていると思ったが、道理で」
レスタトとレオディーナが言葉を交わす様子を見たバンクレットは、ふと「この子の将来を想うなら今ここですべてをぶちまけ、彼女をレスタトに弟子入りさせるべきなのだろうな」と思った。
天才の弟子だ。師も天才の方が上手く教えられるだろう。少なくとも、レスタトなら自分では手が届かなかった魔法の奥義の数々を彼女に教えられるはずだ。
「レオ、そこまでにしておきなさい。ヒルゼン殿も多忙な方だ、我々に時間を割かせるのはご迷惑だろう」
だが、彼女の師匠は私だ。書類の上だけだとしても、魔法一つ教えられなかったとしても、それは変わらない。自分が欲しかったものを全て持ち、立ちたかった地位に在るレスタトに有望な弟子まで取られてたまるか!
「あ、はい。すみません、ヒルゼン様」
「では、我々はこれで失礼します」
レオディーナを連れて足早にこの場を去り、さっさと要件を済ませるために受付に向かおうとするバンクレット。予期せぬ元クラスメイトとの遭遇も、これで終わった。
「待ってくれ、ギュスタン。君に相談したいことがある。今、私が受け持っている生徒についてだ!」
しかし、ヒルゼンはバンクレットを呼び止めた。
「家庭教師としての君に協力を依頼したい。私の生徒に螺旋訓練法を教授してくれないか?」
「私が、ヒルゼン殿の生徒に?」
その必死な様子に、疑問を覚えたバンクレットは再度足を止めた。
宮廷魔道士の主な仕事は、魔法のプロとしてのもの以外にも多岐にわたる。その一つが、王族や公爵家等王族に準ずる者への魔法の教授だ。
「私のような養子縁組で一時的に貴族になっただけの平民に、ヒルゼン殿の生徒を教えるのは身に余ることです」
当然、そんな立場の生徒に在野の魔道士を近づけるわけにはいかない。暗殺や工作を仕掛けるには、絶好の機会だからだ。
「私が君を推薦し、了解を得れば問題ない。もちろん、授業には私も同席させてもらうが邪魔はしないと誓おう」
その常識を曲げてもバンクレットの手を借りたいらしい。
しかし、手を貸してやる義理はない。それに、螺旋訓練法ならレスタトも教えられるはずだ。
「私は今、ピッタリア商会と契約している。商会を通さず仕事を受けるわけにはいかない。それに、レオや他の生徒の指導もある。王都から離れることは出来ないし、君の生徒につきっきりになるのも無理だ」
だから面倒毎は御免だと、条件を口にしてそれとなく断ろうとする。
「ピッタリア商会か。分かった、商会には私から話を通す。君に教えてほしい生徒は王都にいるし、教えるのは君の時間が空いた時で構わない。
頼む」
「そこまで言われては仕方がないな。分かった、ピッタリア商会に話が通ったら時間を作ろう」
しかし、レスタトが頭を下げその頭部を見たバンクレットは思わず頷いていた。
「本当か? ありがとう、ギュスタン。助かるよ」
「あ、ああ。それでは我々は今度こそ失礼させてもらう。行くぞ、レオ」
内心「しまった!」と思うが、もう遅い。時間を戻すことは魔法にも不可能だ。パウルが断ってくれることを願いながらその場を後にして、今度こそ受付に向かう。
「師匠、すごい人と知り合いなんですね」
「フッ、彼とは学生時代お互いに切磋琢磨した仲でね。彼に螺旋訓練法について助言したのも私だ」
本当にただの知り合いでしかなく、同じ教室で切磋琢磨した者は他に二十人ぐらいいる。しかし、自身の権威を高める機会は見逃せない。
「おぉ~」
狙い通りレオディーナの瞳に師に対する尊敬の色が浮かぶ。それは良かったのだが……。
(しかし、レスタトが手を焼くとはどんな問題児だ? 噂の第三王子か? それともどこかの公爵家のワガママ娘か? はぁ、パウル殿、断ってくれるだろうか?)
プライドの高い面倒な生徒を受け持つことになるかもしれないと、バンクレットは小さく嘆息を漏らした。
もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。
誤字報告ありがとうございます!




