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4話 隠し子は魔法が大好き

申し訳ありません。投稿する話の順番を間違えていました。4話がこの「隠し子は魔法が好き」で、5話が「八歳になる隠し子の魔法の先生」になります。

 無い物ねだりは人の常。成功した人間が、過去に成功しようと足掻いていた頃のことを「あの頃は楽しかった」と思うのはよくある話だ。

「んー、働かなくていい生活って最高ね、ママ」

「まったくね、ディーナ」

 しかし、レオディーナとナタリーには当てはまらなかった。二人は、旧貴族街でアルベルトに囲われる生活を謳歌していた。






「パパに任せなさい」

 レオディーナの「勉強がしたい」というおねだりを、アルベルトは躊躇なく叶えることにした。

「しかし、家庭教師を手配するには少し時間がかかる。教本なら、すぐに手に入るが」

 ラドグリン王国では、簡単的な読み書きや初歩的な算数以上の教育を受けたければ、家庭教師を雇うか個人が開いている私塾に通うのが一般的だ。


 学校と呼ばれる教育機関は、王侯貴族の十代半ば以上になった子弟が通う王立学校。王国と魔道士ギルドが運営する、主に魔法だが様々な学問の研究機関も兼ねている通称魔道大学。そして各ギルドの構成員を育成するための職能訓練校ぐらいだ。

 そのため、家庭教師は常に求められている。


「じゃあ、先生が決まるまで本で勉強しているわね。ありがとう、パパ」

(スラム街からおばさん達を呼んでくるわけには、流石にいかないよね)

 授業のためにスラム街からここまで往復させるのは都合が悪いし、住み込ませるには費用が掛かりすぎる。時間がかかっても、アルベルトに家庭教師を捜してもらうのが良いだろうとレオディーナも理解していた。


「それじゃあ、私もディーナと一緒に勉強していいかしら?」

「え、ママも?」

 するとナタリーも勉強がしたいと言い出した。これは予想外だったので、レオディーナも驚いた。


「ほら、もう私がお店で働く必要はなくなったでしょう?」

「もちろんだよ、ナタリー。君はもう私だけの花だ。一夜と言わず、一秒だって他の誰の恋人にもさせるものか」

「私だってあなた以外の横で朝を迎えるつもりはないわ、アトリ」


 一瞬にして二人だけの世界を展開し、抱合うナタリーとアルベルト。パウルはそれを眺めながら「子供の前で何をやっているのやら」と呆れた目をしていたが、その子供のレオディーナは苦笑いをするだけで平然としている。

 前世の記憶がある以前に、彼女は母親が娼婦であることを知っていたのでこの程度では動揺しない。それに、両親の熱愛ぶりにも慣れてきた。


 ちなみに、メアリーは「そろそろお夕食の準備がありますので」と退室している。


「でも、それだと暇になってしまうじゃない。一日中アトリと一緒にいるわけにはいかないし」

「それは、そうだな。だが、やりたい事があれば……」

「そのやりたい事を見つけるためにも、勉強がしたいのよ。私、文字の読み書きもあまりできないから」

 ナタリーが娘にスラムで出来る最大限の教育を施せたのは、レオディーナが魔法を使うことで生活に余裕を作っていたからだ。だから、魔法が使えないナタリー自身は幼少時からほとんど教育を受けられなかった。


 そんなナタリーにとって、今は人生をやり直す転機だったのだ。

「それにディーナから聞いたんだけど、『新しいことを始めるのに遅すぎることはない』とか『人生日々勉強』だって昔の人も言っていたそうだし」

 その転機を活かそうという発想は、レオディーナの影響を受けたものだったようだ。


「そんな名言は聞いた覚えはないが……良い言葉だね。分かった、成人後も家庭教師の授業を受ける夫人も少なくない。レオディーナと一緒に教えられる家庭教師を捜してみよう」

「ありがとう、アトリ。私、勉強頑張るわねっ」

「ああ、応援しているよ、ナタリー」


「ところでお嬢様、先ほど奥様が口にしていたのはどなたの名言ですか?」

「実はあたしも知らないんだよね。スラムで歴史を教えてくれた、元騎士だっていう飲んだくれのおじさんから聞いたんだけど、誰が言ったのかまでは教えてくれなかったの」

「分かりました。家庭教師の先生を捜す前に、正しい知識が身についているかテストが必要なようですね。特に歴史は念入りに」


 パウルにそう言われたレオディーナは、前世の記憶にある言葉を世間話中に口にしたことを若干後悔した。これからは気を付けよう、と。


 その日、レオディーナは両親とメアリーの手料理で夕食をとり、ナタリーと同じベッドで眠った。そして、翌日から彼女たちの新しい生活が始まった。


「よーし、じゃあさっそく畑仕事開始!」

 レオディーナがまず行ったのは、裏庭の開墾だった。そう、開墾。そう評してもいいぐらいに、この家の裏庭は放置されジャングルのように雑草が茂っていたのだ。

 客に見せる表の庭は不動産業者が整えていたが、裏庭にかける経費は節約していたようだ。


 レオディーナはその雑草のジャングルの前に、野良着代わりの男装姿で立っていた。その後ろ姿をワンピース姿のナタリー、そしてアルベルトとパウルが見守っている。


「って、パパもパウルさんも見ていてもそんな面白くないよ? ただ魔法を使うってだけで、派手な事もしないし」

「いやいや、畑仕事に魔法を使うというだけで充分珍しくて面白いことですよ、お嬢様」

「えっ、そうなの?」

 パウルのツッコミに、驚くレオディーナ。独学の自分が出来るのだから、プロの魔法使いは当然のように魔法で菜園や花の手入れをしているに違いないと思い込んでいたのだ。


「それに、私もパウルも君の魔法に興味があるのだよ」

「頑張って、ディーナ」

「オッケー、それじゃあ頑張るね!」


 両親からの応援を受けて気を取り直したレオディーナは、スラムの空きバラックの中に畑を作った時を思い出して魔法を唱える。開墾する範囲は十倍以上だが、やる工程は似たようなものだ。

「まず『防音』、『幻覚』で周囲にばれないようにしてっと」

 裏庭と隣接する屋敷を分ける塀に結界を張り巡らせる。それぞれ音を遮り、外からは何も起きていないよう偽る幻覚の写すためのものだ。


「そしたら、『大地操作』で草取りと邪魔な石を除けながら土を耕して――」

 地面がボコボコと、火にかけたシチューのように泡立つ。土を動かして邪魔な雑草や石を脇にどけていく。

「こ、これは凄まじい!」

「スラムでも、同じことをしていたのかい?」

 後ろでパウルとアルベルトが驚いているが、レオディーナには聞こえていなかった。地面が動く音で、かき消されてしまっていたのだ。


「雑草は……食べられるのもあるけど、面倒だから燃やして肥料に……そうだ、菌床にしよう。『乾燥』と『粉砕』、そして『圧縮』して、菌を着けるときに湿らせれば使えると思う。石は、何かに使うかもしれないから庭の隅に纏めておこうかな」

 そして雑草のジャングルは耕され、抜かれた雑草は水分を抜かれ、砕かれ、適当な大きさに押し固められていく。そして石も取り除かれ、作物を植えられる柔らかな土の畑に生まれ変わった。


「畑は準備完了。あとは種を植えるだけ。でも思ったより広い。食べられる草とキノコだけにするのはもったいないかも。普通の野菜も育ててみようかな。果樹なんかもいいかも。

 そうだ、キノコの栽培は地下でやろう! よし、地下室を掘るぞ~!」

「レオディーナっ!」

 夢中になっていたレオディーナは、アルベルトの声でハッと我に返って振り返った。彼女の父は心配そうな顔をそていた。


「どうしたの、パパ?」

「体調は大丈夫か? 体がふらつくとか、気分が悪いとか」

「う~ん? 言われてみる胸が――」

「胸が!? 苦しいのか!?」

「すごいドキドキしてる! とっても楽しい!」


 レオディーナは魔法が好きだった。これまで彼女が独学でいくつもの魔法を編み出し、毎日唱えていたのは必要に迫られてだった。だが、それがとても楽しかった。

 しかし、自分が魔法を使えることを隠さなければならない。そのため、魔法を使う時はいつも周囲を警戒し気を付けていた。それが堪らなく窮屈だった。


 今もそれは変わらないが、この家とスラムでは使える魔法の規模に雲泥の差がある。

「ありがとう、パパ! こんなに魔法を使えたのは初めてよ!」

 それを自覚したレオディーナは輝く笑顔でアルベルトに感謝を伝えた。


「そうか、それは良かった。喜んでもらえて、私も嬉しいよ」

「じゃあ、とりあえず地下室も作っちゃうね!」

「気を付けるんだぞ! ……すごい魔力だな。パウル、魔法使いというのは皆こうなのか?」

 魔法の行使に戻ったレオディーナの背後で、アルベルトは思わずそう腹心に等しい男に問いかけた。


「いや、私は門外漢なので他の魔法使いがどうなのかは分かりません。アルベルト様こそどうなんですか?」

「私も、魔法は嗜む程度だ。実家にも、家にも魔法使いはいなかったからな」

 囁き合うアルベルトとパウルに、ナタリーが「そう言えば」とふと思い出した事を口にした。


「さっきアトリがディーナに聞いたのは、魔力が切れたら起きる症状よね? あの子が魔法を使うようになってから三年ぐらい経つけど、そうなったことは一度もないはずよ」

 ナタリーの魔法に関する知識は、アルベルトとパウル以上に乏しい。祖母も彼女自身も魔法が唱えられる程の魔力は持っていないし、レオディーナ以外の魔法使いも知らないからだ。

 だから、レオディーナの魔力についても「とても多いらしい」という漠然とした認識しかなかった。


「そうか。……私たちの娘は天才だ」

 そう確信するアルベルトだったが、それは彼が親バカを発症したからではなかった。

 彼の視線の先では、レオディーナが裏庭から取り除いた石を組み合わせて地下室の床や壁を作っていた。


 その後、裏庭の畑とキノコ栽培のための地下室は一日で完成し、一人家の中で食事の準備をしていたメアリーを仰天させた。

 ちなみに、幻覚の結界は段階に範囲を狭めて隣家からは裏庭を一か月ほどかけて開墾したように偽装する予定だ。


 翌日には種や菌を植え、栽培を始めた。魔法で成長促進させなくても、雑草は早くて一か月。キノコは三か月もすれば収穫することが出来る。


 旧貴族街の家に引っ越して三日目には、パウルがレオディーナのための衣類や家具を調達し家に運び込んだ。

「普通の人の年収何十年分だろう……」

「そんなにしませんよ。衣服は既製品で、家具は中古品です。知り合いが抱えていた在庫を引き取ったので、だいぶ安く抑えていますよ」

 そうパウルは言うが、それでも平均的な労働者の年収数年分であることに変わりはない。


「それと、お嬢様にはこんな品が必要だろうとご用意いたしました」

 そう言ってパウルが出したのは、数着の簡素な子供向けの古着だ。普通ならとても女の子に渡すものではない。

「やったっ! ありがとう、パウルさん! 何着か野良着代わりになる服が欲しかったの!」

「ははは、需要にお応え出来て何よりです。……ワンピースより喜ばれるとは思いませんでしたが」


 そして昼過ぎには家に戻って来たアルベルトから勉強用の教本とプレゼントされ、レオディーナの学力を計るためのテストが行われた。

「すごいじゃないか、レオディーナ。数学は満点だ。建築家や学者になるつもりじゃなければ、もう数学は勉強しなくていいんじゃないか?」

「パパ、それはほめ過ぎよ。それに数学以外はそんなに良い点じゃないし」


 国語や歴史等の数学以外の科目の正解率は、六割ほどだった。しかし、アルベルトは「十分高得点だよ」と彼女を誉めて頭を撫でた。

 実は、レオディーナと同じ年頃の子供にアルベルトが用意したテストで百点を取ることは、ほぼ不可能だ。それぐらい難しい内容にしたのだから。


「ディーナは凄いのよ。五歳の頃から勉強を頑張っていたんだから」

 そう誇らしげなナタリーの正解率は、一割以下だった。

「ナタリーも頑張ったね。私と出会った頃は、自分の名前以外かけなかったじゃないか」

「恥ずかしいわ。ディーナが勉強をしているのを見て、時間がある時に教えてもらったの」

「よし、じゃあこのテストを踏まえて家庭教師を捜すから、見つかるまでの間は教本で自習をしていなさい。魔法は、派手なものや危険な攻撃魔法の練習は控えるように」


 そして引っ越して一週間後、一人目の家庭教師が決まった。彼女の授業は的確で、何よりレオディーナもナタリーも知らない事ばかりだった。唯一の疑問は――


「お二人とも姿勢は良いですね。レッスンを受けるのが初めてとは思えません。これなら基本的な礼儀作法はすぐに身に付くでしょう」

 教えてくれるのが礼儀作法やマナー、社交ダンス等。いわゆる、淑女教育だったのである。


「ありがとうございます、先生」

 そう答えつつも、(何故淑女教育なの、パパ?)と胸中で留守にしている父に問いかけていた。

 とはいえ、何が役立つか分からないのが人生だ。ひとまず、真面目に授業を受けることにした。


もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。


誤字報告ありがとうございます!

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