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35話 全てを利益で判断する商人

「どういうことだ!? 聞いていた話と違うぞ!? 俺を騙したのか!?」

「騙しただって!? 私は、裏が取れていないからまだ表に出すなと言ったじゃないか!」

「お前だって乗って来たじゃないか! それに、こうなったのはお前が持ってきた品物のせいだぞ!」


 ナタリーとレオディーナが立ち去った後の食堂では、さっそくルザムとブルゴによる醜い責任の擦り付け合いが行われていた。


「君こそどういうことだ!? あの男が連れ込んだ娼婦とその娘が、なんで社交界の慣習を弁えているんだ!? しかもお嬢様を立てるなんて!」

「そ、それは……ノーマンのせいだっ! ノーマンにいい加減な情報を掴まされたんだ!」


 ルザムとブルゴの思惑は、ほぼサイラスの予想通りだった。

 カタリナが急死し、アルベルトが伯爵家の実権を握ったことで、これまで通り甘い蜜が吸えなくなる公算が高まった。


 ルザムは伯爵家唯一の騎士団の長としての立場。ブルゴ達ルルモンド商会は唯一の御用商人として占有していた利権。元々癒着していた双方は、互いの利益を守るために慌てて動いた。

 庭師にされたノーマンから、彼の狭い視野と恨みで歪んだ話を聞き出し、さらにそれを自分達の都合のいい推測で繋ぎ合わせた。それを元に、娼婦とその娘を靡かせるためにブルゴが商会にあった宝飾品をかき集め、ルザムが部下の親族のメイドを使って二人を呼び出した。


 そしてこの始末である。甘い汁を吸い続けられるようにするどころか、一転して窮地に立たされてしまった。

「団長、ブルゴさん。声を――」

「おいっ! いい加減静かにしないか!」

 醜い言い争いを続ける二人を見かねた団員が制止しようとしたが、その前にこの食堂に隣接する厨房の主の堪忍袋が切れた。


「食堂を貸してくれって言うから貸したが、口喧嘩がしたいなら他でやってくれ!」

 厳めしい顔つきの老料理長、ヒギンズ・ハモンド。父の代から伯爵家に仕える彼は、ルザムがただの騎士見習いだった頃からの顔なじみだ。


「わ、分かった。騒いですまなかった」

 そんな顔なじみに怒鳴られ、ルザムの頭は一気に冷めた。このまま口論していたら、ここで口にしたら不味いことまで口走っていたかもしれない。そう思ったのはブルゴも同様だったようで、彼も我に返って佇まいを正していた。


「フンッ!」

 不機嫌そうに厨房に戻っていく料理長の背中が見えなくなると、二人も食堂を後にする。

「これからどうします?」

 頭は冷えたが、ルザム率いる騎士団とブルゴが副商会長を務めるルルモンド商会が追い詰められている現実は変わらない。


「団長、あの二人が話す前にお嬢様に会ったほうがいいのでは?」

 ナタリーとレオディーナが話す前に、ルナリアに接触する。そして『あなたを見限ってアルベルトに靡こうとしたわけではありません』と言い訳をしてはどうか? そう小声で提案する部下に、ルザムは吐き捨てるような口調で答えた。


「恥の上塗りになるだけだ」

 部下の提案をルザムはそう却下した。言い訳はできるが、それに説得力があるかは別だ。さらに、ついさっき不確かな情報を拙速に口走って、痛い目を見たばかりだ。とても上手くいくとは思えない。


(何より、お嬢様を味方につけたところで何の意味もない)

 カタリナは亡く、ライオットはアルベルトに抑えられている。今のルナリアには何の力もない。ただ書類仕事が出来るだけの小娘だ。

 だからこそ、ルザムとブルゴは彼女を見限ってナタリーとレオディーナに賄賂を渡そうとしたのだ。


(お嬢様の婚約者が、寝返り伯爵のボンボンじゃなくて俺の息子だったら何とかなった。いや、そもそも俺がカタリナの夫だったら今頃……クソっ! 王国といいアルベルトといい、俺達の邪魔ばかりしやがる!)

 アルベルトが勝手に婚約話を纏めず、自分の息子がルナリアの婚約者だったら、次期オルフェ伯爵の父としての発言力があった。

 そもそも王国政府が邪魔しなければ、アルベルトではなく自分がオルフェ伯爵だった。今頃は伯爵領を牛耳ることが出来たていただろうに。


(俺の人生には、女関係で邪魔が入ってばっかりだ。畜生め!)

 そう内心で罵りながら屋敷を出る。

「ナタリー様とレオディーナ様には、後日改めて謝罪に参りますとお伝えください」

 ブルゴはそうメイドに伝言を頼み、商会の馬車に乗る。それに同乗するルザムに、深刻な顔つきで尋ねた。


「これからどうします? 挽回は難しいですよ」

「分かっている。ノーマンがいい加減な情報ばかり寄こすからだ。いや、そもそもアルベルトは何がしたいんだ!? 伯爵家を乗っ取るつもりかと思ったら、愛人と隠し子でお嬢様を懐柔するだと!? 訳が分からん!」


 屋敷から出て義兄と部下しかいない馬車に乗ったことで、ルザムは内心の苛立ちを解放した。

「確かに、アルベルトがどんな思惑で動いているのか分かない。ピッタリア商会はどこまで絡んでいるのか……娘が魔道士だったことも関係しているのか?」

 ブルゴも自身が犯した失態から逃避したいのもあって、矛盾だらけに見えるアルベルトの思惑について考える。


 しかし、二人もまさかアルベルトが目的を短い間に何度も翻しているとは思い至らなかった。


「それはともかく、ちゃんと隠しているんでしょうね?」

「当たり前だ。それにかかりきりになったせいで、出遅れたんだぞ。お前の方こそどうなんだ?」

「我々がこうしている間も父が手を打っていますよ」

 唯一の騎士団長と御用商人というそれぞれの立場を利用した、表ざたに出来ない工作や裏取引。ナタリーとレオディーナに接触するのが今日になったのは、昨日までそれにかかりきりになっていたからだった。


 それがアルベルトにばれない限り、致命傷ではない。

「しばらくは雌伏の時だ。機を待つしかない」

「……それしかありませんか」







 とある農村に、ある雑貨店があった。

 その村には行商人が来なかった。だから村長の甥は、納税のために村で採れた麦を町まで運んだ帰りに、生活必需品を仕入れて持ち帰り、売るようになったのが始まりだ。


 その甥の息子の一人は、子供の頃から雑貨店を手伝い文字の読み書きと計算を覚えた。しかし、長男ではなかったために家も店も継げない。だから、彼は村を出て街に行き商人を志した。

 町で商会の下働きを始め、隊商に参加し、十年。経験を積んで自身の商会を起こした。


 それがピッタリア商会だ。


 初代ピッタリア商会長は、貴族やその家臣ではなく村人や町の貧困層をメインターゲットにした商売を展開。安い商品を幅広く届け、薄利多売で利益を稼ぎ信用を得て中堅商会にまでのし上った。

 しかし、後を継いだ二代目はこのままでは商売に行き詰ると考えた。現代日本に比べて人口が圧倒的に少ないラドグリン王国では、貧困層の数も限られる。何より、輸送力が違いすぎる。


 そのため二代目は、初代の商売も継続しつつ貴族や富裕層相手の商売に手を付けた。そのための足掛かりとして始めたのが、没落寸前の貴族への融資。そしてピッタリア商会が信用を築いた村や町での魔力測定だ。

 魔法の素質を持つ平民の子供を見出し、従業員として採用。そして特に才能がある者には、借金で言いなりにした貴族の養子にして、王立学園に入学させ高度な教育を施す。


 そして商売を引き継いだ三代目商会長、パウル・ピッタリアは全てを利益になるか否かで判断する男だった。

 法律は破ると不利益を被る可能性が高いので、基本的には守る。節税対策は講じるが、脱税はしない。従業員に辞められると不利益なので、大切にする。


 そんなパウルが二代目の時代から引き継いだ宝は、三つある。一つは、平民相手の幅広い商売。時代が変わり、平民の中にも経済的に豊かで力を持つ者が増えたため、下手な貴族の御用商人になるよりも大きな利益を得られている。


 その次が二代目の時代に見出した魔道士、バンクレット・ギュスタンだ。魔道士としての腕は平凡だが、家庭教師としては超一流。どんな我儘で堪え性のない令嬢にでも、『螺旋訓練法』という一流の魔道士でも苦戦する高難易度の訓練法を、一年以内に習得させてきた。


 しかも、貴族の養子になって王立学園に通ったことで魔法以外の教養も身に着けており、他の科目の家庭教師も務められる。まさに万能。

 そしてバンクレットが教えた生徒たちは上流階級に嫁ぎ、ピッタリア商会のコネクションを大いに広げてくれた。


 何故か自己評価が低いのが玉に瑕だが、その程度の欠点は彼の働きともたらす利益に比べればないも同然だ。


 そして三番目の宝が、二代目が商会長だった時代から築いたアルベルト・オルフェとの強力な強固な信頼関係だ。

 パウルと彼が出会った時、アルベルトは貴族であるだけの若造だった。実家は辺境の貧しい男爵家で、遠く離れた王都ではほぼ無力。婿入り先の伯爵家は歴史ある名家だが、現当主クラハドールに代替わりしてから歴史以外の力を自ら削ぎ落しにかかっている。そのうえ、入り婿の彼を利用する気はあっても彼の力になる気はなさそうだ。


だが、その貴族としての名がピッタリア商会に大きな利益をもたらした。入り婿だろうと、実権がなかろうと、娘が成人し結婚するまでの中継ぎに過ぎなかろうと、アルベルトは次期伯爵。彼がいるだけで、パウルの取引相手は一定の配慮を強いられる。

 しかも、アルベルトは婿入り先の意向もあって社交を熱心に行っており、社交界の情報に詳しい。ピッタリア商会が融資している没落寸前の貴族では手に入らない情報を、すぐに教えてくれる。

 それに、彼のコネでトーラス達腕利きの傭兵を雇うことが出来た。


 もちろんパウルはアルベルトの目的も知っている。知ったうえで手を組んだ。

 王都に数ある中堅商会の会長と、対等なビジネスパートナーになってくれる次期伯爵なんて彼ぐらいだ。それに、当時のアルベルトの目的はカタリナ・オルフェとの離婚と、別れた娼婦との結婚だ。別に違法ではない。


 金を貯めたアルベルトがスラムに娼婦を迎えに行きたいと言い出し、協力を求められた時もパウルは躊躇わなかった。それぐらい彼は利益を商会にもたらしていたし、今後彼との結びつきをより強固にするための投資にもなると判断したからだ。


 しかし、迎えに行った先で予想外の事態が起こった。アルベルトが迎えに行った娼婦に娘がいたのだ。

(これは金になりそうな子だ)

 パウルは初めて目にしたレオディーナを、内心でそう評価した。もちろん、彼にとっては誉め言葉である。


 母親の娼婦に似て容姿に優れ、原石の段階ですでに輝いている。教養を育ませ作法を身に着けさせえれば、貴族御用達の高級娼館に勤めることも、その貴族との結婚も難しくないだろう。

 この国で珍しい褐色の肌も、相手を選べば問題ではない。特に、砂漠の国ダルナス帝国との交易を長年続けている王国北方の領を治める貴族達は気にしないだろう。


 だが、パウルはすぐにその評価を変えることになる。

(この子は素晴らしい! どれほどの価値があるのか、計り知れない!)

 もちろん、上に。


 幼くして独学で魔法を危うる才能。初めて会った父親にねだったのが、自身を高めるための勉学であったこと。用意した家の裏庭を僅かな時間で豊かな畑に変える、門外漢のパウルにも分かるほど桁外れの魔力量。どれもこれも素晴らしい。

 磨けば太陽のように輝き、将来ピッタリア商会に莫大な利益をもたらしてくれるに違いない。そう見込んでバンクレットを紹介すれば、それも良い意味で見込み違いだった。


 レオディーナは将来ではなく、すぐにピッタリア商会に利益を齎してくれた。

 植物を急成長させる魔法。それを始めて見た時、彼女は時を操る大魔法使いなのかと思ったほどパウルは驚いた。

 レオディーナはスラムで暮らしていた時から当たり前のように使っていたからか、その希少性に気づいていない。いや、確かに魔法自体は昔から知られている。種から花を咲かせる程度なら、出来る者は何人かいるだろう。


 しかし、小さいとはいえ畑一面に作物を実らせ、果実を収穫できるほど木を生育させられる魔道士は、レオディーナ以外にはいないだろう。バンクレットも聞いたことがないそうだ。

(まるで、神殿に語られる伝説。飢饉に苦しむ人々のために、荒野を一晩で黄金の稲穂が揺れる麦畑にしたという聖女のようだ。これは……金になる!)

 そこですぐにビジネスに結び付けるのが、パウルらしい。


 とはいえ、神殿に目を付けられたくはない。幸いなことに南方の国との戦争が終わってから、ラドグリン王国は平和だ。いくつかの地域では不作だが、王国全体では食料問題は例年並みには安定している。

 植物を急成長させる魔法なら、少々なら派手にやっても神殿に気づかれることはないだろう。


 手始めにレオディーナに仕事を仲介する形で始めたのが、王侯貴族の要望に応えて季節外れや王都で手に入らない植物の販売だ。夜会で人目を惹く花を飾り、他では出されない食材を使った料理を出したい。そんな需要はいくらでもある。


 さらに、レオディーナをバンクレットの弟子として魔道士ギルドに登録し、彼女に公の身分を作る。これで神殿に目をつけられても、ギルドがある程度は守るだろう。……何より、ピッタリア商会として専属契約を結んでおくことで他の商会からの引き抜きも防げる。


 この頃、アルベルトから目標を変えることを打ち明けられた。正妻との離婚とナタリーとの再婚はそのままに、オルフェ伯爵領でレオディーナのビジネスを展開し、発展させて立場を逆転させることで復讐したいそうだ。

「素晴らしい。特にレオディーナ嬢とのビジネスで我が商会に莫大な利益が入るのが最高です。協力は惜しみませんぞ」

「パウル、君ならそう言ってくれると思っていた」

 やはりパウルは進んで協力を申し出た。


 法を犯さず、結果的に領民も伯爵家の人間も得をする。損をするのはルルモンド商会ぐらいなので、手を組まない理由がない。

 何より、レオディーナと強固な関係を構築できるのがいい。


 物心ついた頃から商売を学び、利益を追求してきたパウルは理解していた。重要なのは数字に出来ないもの……信用だと。その面では、レオディーナは非常に分かり易い性格をしていた。

(今から私がレオディーナ嬢の力になれば、彼女は将来大成し引く手数多となった後も、私との繋がりを忘ればしないはず)

 とても投資しがいのある少女だ。そのためにはカタリナ・オルフェと、彼女が育てているアルベルトのもう一人の娘から恨まれることを覚悟しなければならないが……パウルにとっては些細な問題だった。


(正妻殿は、貴族の中では分かり易い相手だ)

 突然無理難題――無体を働いても構わない女や少年を用意しろとか、大金を賄賂として要求してくるとか、実在するかも疑わしい珍品を持って来いと要求するとか――を吹っ掛けてくることはない。暗殺者を差し向けてきたり、賊に扮した私兵に店や馬車を襲わせたりもしない。


(重い税率に、領内に商業ギルドが内政で諸々の手続きに時間がかかること。そして騎士団が仕掛けてくる嫌がらせに目を……いや、つぶる必要はありませんか)

 分かり易く、対処がしやすい。それでパウルがカタリナに好感を抱く要素は一切ないが。


 そして復讐の第一歩として取り掛かったのが、伯爵領でのキノコの栽培事業だ。

 レオディーナが予想より早く錬金術を習得してくれたので、事業の開始を早められた。従業員(とその家族)を対象にした医療費補助制度の実施も前倒しすることになったが、丁度いい。

 伯爵領は半ば陸の孤島と化しており、都合のいいことに正規の聖職者がいない。レオディーナが回復魔法を使って多少有名になっても、外部にまで情報が伝わることはないだろう。


 そのキノコ栽培場の完成と稼働を祝う席で、パウルはレオディーナがただの天才ではないことに気が付いた。

(彼女は、本当に聖人の類なのでは?)

 テンプラやスアゲと名付けられた料理のレシピをレオディーナが考案したことに、パウルは違和感を覚えた。


 そこでレオディーナがスラムで暮らしていた時に勉学や裁縫を教えていた住人達を割り出し、雇用を条件に話を聞き出した。すると、彼女に料理やそれに繋がるアイディアを教えた者はいなかった。

(間違いない。あの子は聖女……神の声を聴く者だ)

 聖人や聖女の定義は様々あるが、その一つに神の声――天啓や神託、予言を受け取ることが出来ることだ。パウルはレオディーナがそれだと確信した。


 揚げ物のレシピが神の声というのは、おかしな話だと思う。しかし、伝説の聖人達は島の位置やそこに至るための航海術、建築技術、酒の醸造や砂糖の精製、さらにはコーヒーの焙煎法を天啓によって得たと記している。なら、揚げ物のレシピを神が伝えることもあるだろう。

 何せ神の思し召しだ。人には推し量れない。もしかしたら、数百年先の遥か先の未来では揚げ物のレシピによって新しい文化が花開き、それによって発展した技術で大勢の人々の命が救われることもありえる。


(それに、考えて見ればレオディーナ嬢が開発した魔法の内いくつかは、彼女の知識だけで発想するのは難しいものがあるように思えます。それが天啓によるものなら、納得できる。

 それにしては彼女自身から神を敬う言動があまりないのが不可解ですが……天啓には様々な形があるという。おそらく、彼女には天啓を受けている自覚がないのでしょう)


 パウルはレオディーナを無自覚な聖女として解釈した。そして、それが揺るぎない確信に変わったのが、彼女がトーラスの片目を再生させて見せた時だ。

(これは間違いない。そして表ざたにするのは拙い。神殿だけでなく、王国政府だろうと魔道士ギルドだろうとこのことを知れば彼女を囲い込もうと……いや、最悪の場合は暗殺もありえる!)


 欠損部位の再生は、火傷痕の治療とは与える衝撃が違う。平和な時代でも誤魔化しようがない。信心の薄いパウルでも神々しさを覚えたのだ。誰もかれもがレオディーナを聖女と崇めるだろう。

 そんな彼女の当時の身分は、『ギュスタンという無名の魔道士の弟子』でしかない。神殿や魔道士ギルド、そして王国政府が本気を出せば、ピッタリア商会との専属契約なんてどうにでもされてしまう。


(その点、毛髪再生なら誤魔化しやすい。それに富裕層からの需要もある)

 その直後、レオディーナが言ったハゲ治療なら施術を受けた当人や同じ悩みを持つ者以外は奇跡だと思わない。少なくとも、それで聖人に指定されることはないだろう。


 それを利用して、パウルは将来レオディーナを守るのに役立ちそうな立場の患者を選び、「秘密厳守」を条件に彼女に斡旋した。

 それと同時に、レオディーナの血筋に関する調査にも本腰を入れた。その結果、彼女の総祖父母の話は真実で、かなり面倒な血筋を引いている可能性が高いことが判明した。


 時期も合う。レオディーナの魔力量を考えれば、その血筋のさらに先祖返りと考えるのが自然だろう。

(もし北方の領地を治める領主やその縁者との政略結婚を勧めていたら、後々面倒なことになっていたでしょう)

 偶然とは恐ろしいものだ。しかし、面倒な血筋は転じれば武器にも盾にもなる。


(レオディーナ嬢が世に出れば、どこも目にかけるはず。彼女は慎ましく平穏な暮らしを望むには、金になりすぎる。時期を見て自身のルーツを伝え、血筋を利用することを提案しましょう)

 そう考えていると、彼女の様子に変化があった。自分達について誰かが嗅ぎまわっているのではないかと、心配しているようだ。


「心配は無用です。話はつけてあります。トーラス達のお陰で実にスムーズに済みました」

 しばらく前、スラムを牛耳るギャングが彼女達の暮らす旧貴族街の家の周りを調べていた。それを感じ取ったのだろう。


 ギャング達はナタリーを迎えに行った際、乗りつけた馬車の目撃者から話を聞くなどしてここまで辿り着いたようだ。

 しかし、既に手は打っておいた。少々の口止め料を払ってギャング達のメンツを立ててやり、これ以上要求するならこっちにも考えがあるぞとトーラス達が脅しをかける。それで終わりだ。


 もちろんギャングが素直に口をつぐむとは思えない。しかし、彼らにトーラス達傭兵をどうにかできる武力はない。出来るのは他所――例えばルルモンド商会に情報を売り込むぐらいだろう。


 その後、王国騎士団の活躍で腕利きの殺し屋や呪いの品を作っていた魔導士等、危険な犯罪者が何人も捕まった。それと繋がっていたギャングの構成員も芋づる式に捕まったので、彼らの組織力は大幅に低下したとみていいだろう。


 ラング子爵にレオディーナの存在を匂わせるのも、毛髪の再生治療事業も上手くいっている。全ては順調だ。

 そんな時こそ、予期せぬことが起こる。

「ほう、カタリナ・オルフェ様が亡くなった?」

 それ自体はパウルにとって吉報だ。分かり易い相手ではあったが、彼女が亡くなったことでビジネスパートナーのアルベルトが伯爵領の実権を握れる。ピッタリア商会としてはえる者の方が大きい。


 何より、レオディーナの存在を表に出せる。


 気がかりなのはカタリナが亡くなったことで、彼女と離婚するのが不可能になったアルベルトの動向だったが――

「アルベルト様が、レオディーナ嬢とナタリー様を連れて伯爵領へとんぼ返りした? よし、我々も準備を万端にしてから向かいすよ」


「会長、急いだほうがいいのでは?」

「レオディーナ嬢がいるなら、安全面は問題ありません。商人が商品を持たずに行ってどうします」

 伯爵領にもピッタリア商会の支店はあるが、この事態で必要になる商品や人材はそこに無い。バンクレットやトーラス達と共に、時間をかけて商品を詰め込んだ馬車で、パウルはオルフェ伯爵領に向かったのだった。


(こんな事なら、レオディーナ嬢に馬車を魔道具にしてもらっておけばよかった)


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誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
前半の底抜けにゲスな2人と対比するかのようなどこまでも真っ当な商人www
毛髪再生がここまで重要だったとは思いもしませんでした。このまま目をつけられないでいてほしい。
法の範囲内で利益を追求するのは商人として正しい行い そこに従業員を大事にして小口の顧客も大事にする 人の繋がりに重きを置いて事業に役立てる 根底で何を企んでいるにせよピッタリア商会はホワイト企業だな
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