31話 手に手を取ってお願いに行きましょう
2月6日、当作品のタイトルを『ヒロインの異母妹に転生した気がするけど、まさかね』に変更しました。
最近ようやく、「レオディーナって義妹ではなく異母妹では?」ということに思い至りまして(汗 ご迷惑をおかけしました。
「これで、屋敷内は全部です。どうでしたか?」
「凄く部屋の数が多いのね。構造も複雑だし、お城みたい」
ルナリアの案内でオルフェ伯爵邸を見て回ったレオディーナは、そう感想を述べた。
「実はそうなんです。実はこの屋敷は、初代オルフェ伯爵が建造させた城塞を後世に改修したものです。当時はまだ隣国との国境が近かったので国防のために堅牢に建てたのだと伝わっています」
ルナリアがそう誇らしげに説明するだけあって、オルフェ伯爵の家名は歴史の教科書にも何度か登場する程有名だ。特に初代伯爵は幾度も建国王の窮地を助けている。
それだけに、この屋敷が元は城塞だったという逸話にも説得力があった。
「時代と共に国境が遠ざかり王国の治世が安定すると、砦としての機能は必要なくなったため解体されました。百年以上前には屋敷部分が残るのみとなっています」
「それでも広いですよね。私一人だけだったら迷子になってしまいそう」
実際、自分達が使っている元物置部屋とルナリアの部屋が階段の近くでなかったら、昨夜自力で帰れなかったかもしれない。
(物置や資料庫、書庫が多いけど。代わりに遊戯室とかが無い)
そして、本来とは異なる用途で使われている部屋が多いことが窺えた。
(後は、手入れが雑かな)
そして歴史ある屋敷だけに日々の手入れが欠かせないのだろうが、その跡が割と目についた。客人の目にも触れる玄関ホールや客間の前、朝食を食べた食堂も含めていくつも。
プロの職人ではなく、使用人たちが補修しているのだろう。
それらを指摘するのは小姑のようで嫌だし、ルナリアを哀しませるだけだろうから口には出さなかったが。
(何より、後ろがより殺伐としそうだし)
和やかな腹違いの姉妹の後ろには、伯爵家の青年執事ノーマンと従僕に扮している傭兵のサイラスが付いてきていた。二人が無言のまま、お互いに牽制し合っているのが背中越しに伝わってくる。
「では、これから外を案内しますね。とはいえ、大お爺様が誂えたバラ園や噴水は今は農園や鯉の養殖に使っているので、楽しめないかと――」
「そんなことありません、ルナリア様っ! ぜひお願いします!」
「そ、そうですか? 分かりました」
興味が先走ってマナーを脇に置くレオディーナに、ルナリアは驚いた様子で頷く。後ろではサイラスが苦笑いし、ノーマンが呆気にとられていた。
「では早速ご案内しますね」
そう言って玄関ホールに向かおうとしたルナリアだったが、ふらりとよろめいてしまう。背後のノーマンが「お嬢様っ」と短く叫ぶ。
「大丈夫ですか、ルナリア様」
しかし、彼が駆け寄る前に横にいたレオディーナがとっさに支えていた。
「ご、ごめんなさい。つまずいてしまって」
「気になさらないでください。あの、もしかして体調が悪いのですか?」
改めてレオディーナがルナリアを見ると、白い顔がやや赤くなっていて息が少し荒い。
(もしかして、昨日のショックが体調に悪影響を!? せ、精神的な問題に回復魔法って効果あるのかな!?)
だとすると自分にも責任の一端がある。しかし、精神的な要因に効果のある回復魔法に心当たりはあまりない。
「お嬢様、慣れないことをしてお疲れなのでしょう。お茶をご用意するので一息入れましょう」
動揺していると、ノーマンがそう提案する。
「そうね……お願いしますね、ノーマン。レオディーナ、さん。私の、いえ、こういう時は何処がいいのかしら?」
「食堂です、お嬢様」
「そうね。食堂へ行きましょう。外を案内するのは、そのあとでいいかしら?」
「はい、もちろんです」
そう頷くレオディーナと、ノーマンを見張り続けているサイラスは同じことを考えていた。
(こういう時使うのは、貴族の屋敷では食堂ではなく応接間かサロンでは?)
しかし、その疑問は口に出すまでもなく解けた。これまで案内された倉庫や物置の中に、本来は応接間やサロンだった部屋があったことを察したからだ。
朝食を食べた食堂に戻ると、ノーマンが手早く紅茶の準備を済ませる。その最中、しきりにルナリアを気にしていたがレオディーナが寄り添っているため近づけず、彼女を睨むことしかできない。
そのノーマンに睨みを利かせているサイラスもレオディーナの傍で控えている。
(執事や従僕の身分じゃ、こういう時それ以上動けないのか。いや、あたしを睨みつけるのはどうかと思うけど)
レオディーナはルナリアを椅子に座らせると、自分も隣の席に腰掛けた。
「ありがとうございます、レオディーナさん。とても体力があるのですね」
そのルナリアはノーマンの無作法に気づいていないのか、息を落ち着かせると微笑を浮かべてレオディーナを見つめる。
「お役に立てて光栄ですわ」
敵意を目つきで表現し続けるノーマンを視界から外すためにも、レオディーナはルナリアを見つめ返した。
(ドアマットヒロイン系の作品だとごく少数の味方以外使用人にも裏切られる展開が多いけど、お姉さまの場合はその心配はなさそう。めちゃくちゃ味方じゃん。あたしへの圧が強すぎるけど!)
「もしかして、それも魔法ですか?」
そう聞かれて、レオディーナはすぐに意識を失礼な執事から目の前の異母姉に戻した。
「いえ、日頃の努力によるものです」
ルナリアを支えるのに魔法は使っていない。使ったのは、ノーマンが準備したお茶に何か入っていないか確かめたときぐらいだ。
「というと、もしかして何か鍛錬を?」
「そんなたいそうなものではありませんわ」
ただダンスの授業とその復習以外には、健康のために家で出来る運動やストレッチをしているぐらい。鍛錬と言えるものではない。
逆に、ルナリアは何故こんなに疲れているのだろうか? 広いとはいえ、屋敷の中をざっと歩いただけなのに。
食事は朝食で聞いた話が本当なら、必要な栄養は摂取できているはずだ。ほっそりとはしているが、不健康なほど痩せているようには見えない。
「ルナリア様はどうですか?」
「私ですか? いえ、体を動かすようなことは何も。魔法も、物心ついた頃に制御方法を習ったきりで……」
「では、普段どのようなことをして過ごしているのですか? そう言えば、朝食の席でお仕事がどうとか――」
「お嬢様はオルフェ伯爵領を将来治めるための勉強と、次期領主として必要な業務に日々邁進しておられます」
「――そうなのですか、ルナリア様?」
ノーマンに質問を遮られても、重ねて尋ねるとルナリアは少し遠い目をして頷いた。
「はい。以前はなかなか上手くできず、何度もやり直しになっていましたが、去年の今頃にはお母様やライオットも褒めてくれるまでになりました」
「では、マナーや歴史、文学を学んだりは?」
「マナーも、魔法と同じで物心ついた頃に習ったきりです。歴史や文学は、八歳まで習っていました。それで十分だとお母様とライオットが」
十分というのが社交界で通用するとか、王立学園に入学可能な学力を満たしているという意味なら、ルナリアは大天才だ。しかし、レオディーナにはとてもそうは思えなかった。
「……そう言えば、朝から書類を見ない日は初めてのような気がします」
白磁のように……不健康な白い肌。少し歩いただけで足をもつれさせる体力の低さ。そして毎日机に長時間向かっていることが窺える言葉。
(ルナリア様の状況って、パパ抜きでもちょっと……かなりヤバいのでは?)
貴族令嬢が普段から優雅で贅沢な暮らしばかりしているはずもなく、将来のための勉強や果たさなければならない仕事もあるだろう。しかし、偏った教育を受けた十歳の少女が朝から書類仕事ばかりしている生活を過ごすのは、尋常ではない。
もちろん、ルナリアの歳で領地経営に関わり書類仕事をしているなんて、凄いと思う。自分のように、前世の記憶で下駄を履いている訳でもないのに。その点は尊敬するしかない。
しかし、ルナリアが将来なるのは文官や代官ではなくオルフェ伯爵夫人だ。彼女の母親と同じ方針で伯爵領を治められるのならともかく、そうでないなら大問題だ。
「レオディーナ様は、王都ではどのようにお過ごしですか?」
「私は主に――」
嫌な予感を覚えていたレオディーナに、ルナリアはそう聞き返した。彼女もレオディーナに興味があったのだ。彼女がしているだろう、今までルナリアがさせられてこなかった、そして亡き母が最期に方針を翻してするよう言い残したことに。
「あのキノコの栽培場も、レオディーナ様が魔法で建てたのですか?」
「建てたのは作業員の人達で、私は手伝っただけですけど。でも、キノコを栽培するための魔法も私がかけました」
「では、私達が美味しいキノコを食べられるのはレオディーナ様のお陰なのですね。お母様も褒めていました」
「今朝の料理のキノコは栽培場から出荷された物だったのですか。でしたら、喜んでいただけて光栄ですわ」
そうして話しているうちに、二人は同じことを考えていた。同じ年頃の女の子とこんなに話すのは、初めてだと。
「……私も、今から勉強すればあなたのようになれるでしょうか?」
だからか、ルナリアは気が付いたらそう口に出していた。
「私のように、ですか?」
「はい、あなたのように綺麗な淑女の礼が出来て、魔法も使えるようになれますか? そして――」
今になってルナリアが礼儀作法や魔法に興味を覚えたのは、彼女にとって未知の世界から現れたレオディーナの存在も大きいが、それ以上に亡き母が残した遺言故だった。
社交界に出て友人を作る。様々なことを学ぶ。婚約者のカルナス様の心を繋ぎ止めて、それで――
「お父様に、私のことも見てもらえるようになれるでしょうか?」
「そんな必要はありません、お嬢様!」
そんなルナリアを激高したノーマンの怒鳴り声が遮った。
「お嬢様にはカタリナ様の意志を継ぎ、このオルフェ伯爵領を治める大事なお勤めがあります! くだらないことをしている暇はありません!」
「で、でもノーマン、お母様の遺言では……」
「カタリナ様は、病で錯乱していたのです! そうに違いありません!」
憤怒の形相で怒鳴り続けるノーマン。彼はカタリナが娘に最期の言葉を伝える場に居合わせなかったにもかかわらず、そう断言した。
「こんな! 奴と情婦の娘のようになりたいなんて、そんな世迷言を口にしないでください! それこそカタリナ様が哀しみます!」
「う~ん、こういう場合どうするのがマナーなの?」
「すみません、俺の出番でした」
人間、あまりにも信じ難い存在――自身が仕える家の令嬢を人前で怒鳴り続け、当主を奴呼ばわりする執事――を前にすると、思考が止まるものらしい。
「ぐあっ!? お前っ、何をっ!?」
「ノーマンさん、でしたっけ? 落ち着いてください」
出遅れたサイラスだったが、素早くノーマンに駆け寄って足を払い床に引き倒す。そしてそのまま押さえつけて取り押さえた。
「ぐげっ……」
「興奮すると体に障りますよ」
なおも抵抗しようとしていたノーマンの首を、サイラスが締め上げる。レオディーナはその様子がルナリアに見えないよう彼女の視界を遮った。
「大丈夫ですか、ルナリア様?」
「レオディーナ様、私……」
ルナリアはショックを受けて青ざめ、小刻みに震えていた。これはいけないと思ったレオディーナは、彼女の手を取って優しく包む。
「ルナリア様、先ほどの質問ですが授業を受ければきっとなれます。カーテシーも食事のマナーも、ダンスだって完璧に出来るようになります」
そして、そう断言した。
「魔法も、ですか?」
「なります! 私とママに魔力量を増やす訓練法を教えてくれた人を紹介します! 宮廷魔道士様にも頼りにされる大師匠なんですからっ!」
今までのルナリアが置かれていた環境は、レオディーナから見ても異常だった。非常事態でもないのに十歳の令嬢が書類仕事に毎日追われているなんて、健全な経営状態とは言えない。
「でも……良いのでしょうか? 皆、反対するのでは……」
「私は応援します! 大賛成です!」
それからルナリア自身の意思で抜け出そうとしているのだから、それを応援するべきだ。
「さっそく勉強がしたいとお話ししましょう。パ……お父様に」
ただ、相談する相手がアルベルトであるのが唯一の不安だったが。しかし、先ほどまでのノーマンの様子から考えるとライオットを始めとした伯爵家の使用人達はとても信用できなかった。
オルフェ伯爵家の使用人たちが邪魔する前にと、レオディーナは不安がるルナリアを連れてアルベルトにお願いをしに向かった。
サイラスが二人の後ろに続く。ノーマンについては、「気分が悪くなったそうで、しばらく休むそうです」とルナリアに彼が説明した。……実際には、サイラスが失神させた後彼自身の上着とベルトを使って手足を縛り、適当な物置に放り込んである。
レオディーナとルナリアのただ一人の護衛である彼は、二人から離れられない。それに他の使用人にノーマンを任せたくないので、手荒な処置だが仕方ない。
(この件に関しては、ルナリア様の味方が味方とは限らないし)
物心つく前から慣れ親しんでいる使用人たちが、先ほどのノーマンのように怒鳴りながら反対したら、気弱そうなルナリアの心が折れるかもしれない。レオディーナが心配しているのはそれだった。
「お、お父様のお仕事の邪魔にならないでしょうか? やはり、食事のために集まった時か……日を改めて相談した方がいいのでは?」
「いいえ、出来るだけ早くお願いするべきです。こういうことには勢いが大切ですから」
「そう、なのですか?」
「はい、そうです!」
具体的には、他の使用人たちが事態を把握する前に動きたい。特に、今は屋敷を留守にしているルザムという伯爵家の騎士団長が戻ってくる前に!
「それよりルナリア様、お父様の前では昨夜のようにルナリア様のことをお義姉様と呼んでよろしいですか? その方が上手くいくと思うので」
「では……私もお父様の前ではディーナさんと呼んでも?」
「もちろんです。まあ、本来ならルナリア様は私にさんをつけて呼ばなくていいのですけど」
本来なら、レオディーナと呼び捨てにするのが正しい。そう思っていると、アルベルトがいるはずのカタリナの私室に着いた。
「失礼します、おと……パパ」
そうノックをすると、部屋の中から「入りなさい」と入室を促す声がした。
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