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28話 義妹曰く、「まさかね」

この話はプロローグの次の時間軸になります。ずいぶん時間がかかってしまいまい、申し訳ありません。

 時間はわずかに進み、レオディーナがルナリアと初めて対面した夜のこと。


「――という訳なんです」

 ルナリアの部屋で、レオディーナは彼女に自分達の事情を話して聞かせた。もちろん、すべて話したわけではない。ギルバート達との関係やルーセント辺境伯家で起きた事件、そして何より自分に前世の記憶と知識があることは明かしていない。


 ルナリアに話したのは、母と自分の身の上。そしてアルベルトから聞いた事情、そしてこの二年何をしていたのか。それらのあらましだ。

「そうでしたか……いえ、ちょっと待ってください。色々ありすぎて……」

 聞き終えたルナリアだったが、オルフェ伯爵家で何が起きているのか理解が進んだ様子はなかった。寧ろ困惑が深まっているようだ。


「あの、結局何が起きているのでしょう?」

 腹違いの姉に問われたレオディーナは、神妙な顔をして答えた。

「それが、私もまだ把握しきれていなくて」

 そう、実はレオディーナも実は困惑していた。


「そうなのですか? では、お父様から私を庇ってくれたのは?」

「その場でただ人として常識的な判断をしました」

 実の母親を亡くしたばかりの少女から、部屋を取り上げてもと物置部屋に追いやるなんて、人としてやっていいことじゃない。


「では、あなたのお母様も?」

「はい。とはいえ、私も自分の都合がありましたし、母もそれは同様だと思います」

 レオディーナとしても、いきなり他人の部屋を使うのは躊躇われた。それに絶望に暮れているルナリアと、明らかにこちらを非難しているライオット達使用人の見ている前で平気で部屋を奪えるほど、鈍感ではない。ナタリーにとっても、突然故人の部屋を使うのは嫌だったはずだ。


 他にも、色々と二人で物置部屋を使うのは都合がよかった。純粋にルナリアのためを思っての行動、という訳じゃない。


「私について前から聞かされていたわけではないの?」

「いいえ。お父様から正妻様がいるのは二年前に聞いていましたが、ルナリア様については何も。……正妻様が伯爵家の方だと初めて聞いたのも、数日前のことでした」

 正妻はてっきり伯爵の家臣だと思っていたら、その主君だ。驚きのあまりナタリーは失神したし、レオディーナもしばらく硬直した。


 しかも、伯爵家の屋敷に着いてみたら腹違いの姉がいたのだから驚きだ。習っていた通りカーテシーが出来た自分を褒めてやりたい。

 もっとも、正妻との間に子はいないともアルベルトは言わなかったので、ルナリアの存在を予想ぐらいはするべきだったかもしれない。


「話してくれてありがとうございます。次は私が話す番……だとは思うのですが、何をどう話せばいいのか」

 そうレオディーナが考えている間に困惑からやや立ち直った様子のルナディアだったが、話を纏めかねていた。彼女にとっては、「関係が希薄だった父が前触れもなく愛人と隠し子を連れてきて自分を蔑ろにしようとした」以上のことがないからだ。


 他の貴族令嬢から見れば変わった――はっきり言えば異常な――オルフェ伯爵家の環境も、他の貴族を知らない彼女にとってはただの日常。特に話すことではない。


「では、ルナリア様からのお話はまた後日ということで。その時は母も同席して構いませんか?」

 すぐに考えがまとまらなくても仕方がないと、レオディーナも思った。自分は馬車の旅の途中で知ったので数日の猶予があったが、ルナリアが事態を知ってからまだ一時間ほどしか過ぎていない。まだ時間が必要だろう。


「はい、それはもちろんです。私も、あなたのお母様とお話ししたいので」

 ルナリアにも戸惑いや不安も大きいが、レオディーナの母ナタリーはこれから同じ屋敷で生活する相手だ。しかも、「新しい母」と紹介したアルベルトは彼女をオルフェ伯爵夫人として迎えるつもりだろう。

 いつまでも目を背けていられる状況ではないのを理解できる。その程度には、彼女は立ち直っていた。


「分かりました。では、明日か明後日か出来るだけ早くお父様がいない時にお話ししましょう。……それまでにお父様が何を考えているのか、分かるといいのですけど」

「そうですね。お父様は、あなた達にも真意を話していないの?」

「はい。何を聞いても、『心配いらない。大丈夫だ』と繰り返すばかりで」


 とはいえ、今のアルベルトが考えているのはろくでもない事だろう。そうでなければ伯爵家の次期後継者のルナリアを蔑ろにし、愛人のナタリーと庶子のレオディーナを優遇しようとはしない。

 二人ともまだ口にはしていなかったが、それは察していた。


「では、そろそろ遅いので今夜は失礼いたします」

「ちょ、ちょっと待ちなさいっ」

 ため息を吐き合ったところで退室しようとしたレオディーナだったが、慌てた様子のルナリアに引き留められた。


「まさか窓から出るつもりなの!?」

「はい、早く済みますし、安全ですから」

「安全じゃありませんっ! はしたないです!」

「えーと、でもマナーの先生も空を飛んじゃダメとは――」

「そもそも淑女が空を飛ぶことは想定されていませんっ!」


 ルナリアは既に魔法で浮遊していたレオディーナの手を取って、ドアの前まで連れて行ってしまう。それから先ほどのため息よりも大きく息を吐く。

「屋敷の中は不案内でしょうから、迷ったら誰かに案内してもらって。それと……ありがとう。あなたのお母様にも、そう伝えてください」

 レオディーナとナタリーのお陰で、自分と亡き母の部屋が守られた。それ以上に、彼女と話しているうちにルナリアの不安はだいぶ薄らいでいた。


「はい、ルナリア様。おやすみなさい」

 レオディーナは笑顔で一礼すると、ドアから退室した。


「……よし、戻ろう」

 そして、浮遊したまま音を立てず、誰にも見つからないようこっそりと元物置部屋に帰った。途中使用人がいたときは、天井に張り付いて気配を消して。


「ママ、ただいま」

 ヤモリの真似までした甲斐あって、誰にも気づかれずに戻ることに成功した。張っておいた結界をいったん解いて、扉をノックする。

「お帰りなさい、ディーナ。ルナリア様はどうだった?」

「待って、先に結界を張り直さないと」


 部屋の中に入り、再び結界を張る。レオディーナとナタリーは、アルベルトと護衛の傭兵達以外の全ての人間に対して警戒していた。

 ルナリア達から見て、彼女達はアルベルトが連れてきた厄介者。伯爵家や正当な跡取り娘に対して何をするか分からない存在だ。


 レオディーナ達もその自覚がある。しかも入り婿の愛人とその隠し子。恨まれる覚えがありすぎる。

 アルベルトもその点を気にして守りやすい――扉や壁が厚く、いざという時は逃げられる隠し扉があり、隣に護衛が待機できる部屋もある――部屋を二人にあてがおうとした。それが今ルナリアとカタリナの自室だった。


 しかし、自分達で断ってしまったのでこうして自衛しているのである。

(いざとなったら魔法で壁をブチ抜いて逃げるから、ママと一緒の部屋の方が都合いいよね)

 という計算も働いていた。


「よし、再展開完了。周りに変な人達もいない。パパは自室で、傭兵さん達はその護衛についてる。ふぅ、これで一安心だわ」

 そしてレオディーナは、実は冷静でいるようでいてそうでもなかった。混乱はしていないが、アルベルトが何を考えているのか、パウルやバンクレットがどれくらい絡んでいるのか。分からなくて気持ちが悪い。


 彼女達には深い考えや作戦はなく、次々に直面する事態にその都度対応していただけだ。ルナリアやカタリナの部屋を奪わず、自分達の身の安全ではなく良識を守ることを優先してしまったのもそのためだ。


「ママ、ルナリア様はとてもいい子だったわ。ママにもありがとうって伝えてほしいって」

 ルナリアの部屋に忍んでいったのも、彼女の人となりを確認するためでもあった。彼女が可哀そうな被害者なのは分かっていた。いたが、レオディーナ達がかつて暮らしていたスラムには可哀そうじゃない子供なんていない。彼女に石を投げた子供も含めて。

 可哀そうだから無害とは限らない。


「それは一安心ね。……アトリと話して、ルナリア様をどうするつもりなのか聞き出さないといけないわね」


 二人が聞いていた話ではアルベルトは当初、時期が来れば正妻……カタリナと離婚して平民になってから、ナタリーと結婚するつもりだったはずだ。そこに嘘はないだろう。間違っても、ナタリーを伯爵夫人にしてレオディーナを次期伯爵に、なんて考えはなかったはずだ。


 オルフェ伯爵領でキノコの栽培事業を始めたことも、単にアルベルトとパウルにとって最も都合がいい場所がここだっただけだろう。時期が来れば、ルナリアが成人すれば話通りにしたに違いない。

 しかし、カタリナが急死した今も同じ考えかは分からない。


 カタリナの死は、アルベルトにとっても予期しないものだったはずだ。しかし、これまでの彼の言動を顧みると彼女の死を好機と捉えているとしか思えない。

 それが適法、なおかつラドグリン王国の平均的な倫理観の許す範囲内ならレオディーナも構わないと思っていた。ナタリーも同じだろう。


 キノコの栽培事業のように、パウル率いるピッタリア商会と組んで利益を得る。ルナリアが成人した後のためにコネ作りに勤しむ。それなら別にいい。

 ルナリアと会って話した今では、彼女のことも考えてほしいと思っているが。


 しかし、法律と倫理から外れたことはしてほしくない。腹違いの姉であるルナリアのため、これから生まれてくる弟妹のため、そして何よりアルベルト自身のために。


「お腹の子のことも話さないと」

 ただ、前途多難である。

「ああっ、そうなのよねっ! でも打ち明けられなくてっ!」

 推定妊娠五か月前後のナタリーは、まだアルベルト本人に妊娠を打ち明けられていなかった。しかし、何時までも黙っていられるわけもない。


「この子のことを知ったアトリが、早まらなきゃいいんだけれど」

「ルナリア様に話すかどうかも迷うよね。黙っていたら信頼を失うかもしれないし、話したら伯爵家の人達に話しちゃうかもしれないし」

「ルナリア様に話すのはいいけど、アトリより先に話すのもちょっと」


 ルナリアにとってナタリーの子は二人目の腹違いの弟妹だ。法律的には伯爵家の相続権とは関係ないが、秘密にしておいていいとはならないだろう。

 しかし、ライオット達オルフェ伯爵家の家臣達には、まだ知られたくない。少なくとも、屋敷内で安全を確保するまでは。


「そうだね。はぁ、パウルさんやバンクレット先生、トーラスさんが早く来てくれたら心強いんだけどなぁ。パパには防御魔法をかけたし、傭兵さん達が近くにいるから大丈夫だと思うけど」

 やはり素直に部屋を貰っておくべきだっただろうか? ルナリア様の部屋はともかく、既に亡くなっているカタリナの私室の方ならよかったのでは? しばらくナタリーと二人でその部屋を使えばよかったのではないか。


「ディーナ。ルナリア様と良い関係が築けそうなのは、大切よ。彼女が良い子ならなおさら」

 レオディーナがそう考えているのに気付いているように、ナタリーはそう言って彼女の手を取った。

「それも、ディーナがこの部屋の方が欲しいってアトリにお願いしてくれたおかげよ。私だけだったら話に流されていたもの。これからもよろしくね、ディーナ」

「うん、任せてよ、ママ」


 やっぱりこれでよかったのだと、レオディーナは思い直した。そして夜も遅いので並んだベッドにナタリーと横になった。

(それにしても……ルナリア様ってドアマット系ヒロインみたい)

 貴族令嬢に生まれついたヒロイン。しかし一族の本流である母は早世。入り婿の父はその途端愛人とその娘を家に連れ込み、部屋を奪って物置部屋に押し込めようとする。


 レオディーナが前世で見た恋愛ジャンル作品のドアマット系ヒロイン――序盤ではどんなにヒドイ扱いをされても耐えるしかない主人公の作品――で、ありがちな展開だ。


(あたしとママが部屋を貰っていたら、そのまんまだよね。

 その後はパパとママが正妻さんの遺品の伯爵家に代々伝わる装飾品を売り飛ばしたり、あたしがルナリア様の婚約者を略奪したり、ルナリア様を使用人よりもひどい扱いでこき使ったりするのが王道(?)展開ってやつよね)


 後は、ヒロインを裏切って義妹に靡く婚約者と、その後にヒロインを救うヒーローが登場し、逆転劇が始まれば完璧だ。いや、ヒーローがヒロインを救うまで誰も――ヒロインの友人や母方の親類、近隣の領主や王国政府――彼女を救わない環境も必要か。

 ヒーローが現れる前にヒロインが救われてしまっては、ストーリーが成立しない。ジャンルが変わってしまう。


(ん? なんだか揃いすぎている気がする)

 そう考えてみると、ルナリアの置かれている状況はドアマット系ヒロインの序盤の状況にかなり近い。にしては受け継ぐはずの領地の現状が既にアレだが。


(いや、そう考えるのはお姉さまの婚約者さんに失礼だよね。それにヒーローが現れるとも限らないし。

 ドアマット系ヒロインのヒーローだと、異性に対してトラウマを抱えている、側近以外に心を開かない女嫌いの青年貴族が多いかな。……あれ? 坊ちゃんじゃん)


 自分、つまりルナリアの二歳年上で女性、特に貴族令嬢が苦手で、テッドやクロエ等の側近以外に心を開かない、若き辺境伯爵(予定)のギルバート。ドアマット系ヒロインのヒーロー像として彼を思いうかべたレオディーナは胸中でため息を吐くと、彼の顔から意識を逸らして現実逃避を試みる。


(後は前世の記憶があって、もしくは婚約者に裏切られたショックで思いだせば完璧か。まあ、ないよね。あたしじゃあるまいし。

 ……もしかして、あたしってドアマット系ヒロインの義妹に転生してたとか? あはは)


 だとしたら自分はこれから腹違いの姉の婚約者に色目を使って彼女からあらゆるものを奪い虐げ、伯爵夫人の座も手に入れようとする。そして、最終的にヒーローと結ばれた腹違いの姉が幸せになる一方、断罪され破滅するのが本来の筋書き。運命だ。

(そんな、まさかね。そんな悪事したくないし、する必要もない。気のせいだよ、きっと)

 我ながらバカバカしい考えだ。現実逃避には相応しい妄想かもしれない。そう、現実……。


(どうしよう。本名と性別を打ち明けるどころか、坊ちゃんが苦手な貴族令嬢になっちゃいそうなんだけど!?)

 これまで目を逸らしてきた現実を、いよいよ直視してしまったレオディーナはベッドの中で懊悩し、眠れぬ夜を過ごすのだった。


もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。












誤字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ようやくタイトルに繋がって来た感www
ぜひ、27話の感想の部分か28話の冒頭・欄外に「プロローグ」を読むように推奨してくれれば、話のスジが通ると思います。
そもそも淑女が空を飛ぶことは想定されていませんっ! 凄く常識的なセリフだけど普通では絶対に聞けない パパさん伯爵位を奪ったら王家から罰されるのではないの その時は後妻とその娘も連座で罪に問われそうだ…
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