23話 隠し子に捧げる傭兵の誓い
レオディーナが覚えた良い方向へ進む予感通りに、物事は進んでいた。
まず、礼儀作法の家庭教師に褒められた。彼女は自覚していなかったが、授業に対する集中力が高まり成果も出ていたらしい。
ラング子爵家からの依頼や、ギルバートの頼みでルーセント辺境伯家の屋敷に行ったのが良かったのだろう。貴婦人との交流や、彼との社交ダンスはレオディーナの緊張感と学習意欲を刺激していた。
そのラング子爵家に再び赴く機会があった。
「まだ一歳は早くない?」
「私もそう思う」
その要件は将来息子に魔法を教える家庭教師を捜しているので、バンクレットに話を聞きたいというものだった。
しかし、ラング子爵夫妻の息子は一歳の誕生日を迎えてまだ数か月。魔力量の正確な測定もまだできない時期だ。
「ただ、夫妻にとってハンニバル君は待望の第一子、しかも長男だ。ゆくゆくは子爵家を継ぎ、家臣団を率いて魔物や山賊を討伐しなければならない。魔法の教育に力が入るのも理解できる」
当主一族に武力が求められる傾向は、実は小領の領主程顕著になる。十分な練度と数の軍を維持することが難しいため、何か起きるたびに当主やその一族の者が出なければならないからだ。
「隣の伯爵家に救援を期待できないからなおさら、ってことだよね」
「まあ、そういうことだ」
しかも、ラング子爵家の場合頼れる寄親が不在であるためよりその傾向が強かった。
(もっとも、ラング子爵の真の狙いは君との顔合わせだろうがね!)
だが、本人よりもレオディーナの事情を知っているバンクレットは既に察していた。
「先生、今回ってあたしが付いていく意味あるの? 美味しいお菓子を食べる機会だから嬉しいけど」
「私の優秀な弟子である君の意見も聞きたいということだろう」
(実際には、私は君のオマケだろうから、君がいないと話にならん!)
そう思っていたバンクレットだが、実際に行ってみるとラング子爵夫妻から丁寧な対応と、指導方法や授業を受ける適切な時期について詳しい説明を求められた。
「やはり基礎的な魔力量によって適した年齢は変わるか」
「ええ、魔力量を増やすための訓練であるのに、魔力量が必要と言うのも皮肉なものですが」
馬車の中で二人が話していた通り、コルネオとルクレツィアにとって長子のハンニバルの教育は重大事。宮廷魔道士に推薦されたバンクレットは、家庭教師に雇えるなら雇いたい人材だった。
「しかし、私が得意とするのは螺旋訓練法の教授であって付与魔法や強化魔法は……」
「それはハンニバルの素質次第だが、また別の家庭教師を雇おうかと。あなたの手を煩わせないよう、取り計らうつもりだ」
それはバンクレットの拘束期間を短縮することで依頼を受けてもらいつつ授業料を抑え、節約することを狙っての提案だった。コネも資金力もルーセント辺境伯家に及ぶべくもない、ラング子爵家にとって現実的な提案である。
「ならば問題ありません。ピッタリア商会長にもその旨を伝えておきましょう」
その提案は魔法の教授の腕は普通のバンクレットにとっても都合が良く、両者は笑顔で握手を交わしたのだった。
「先生の指導はやっぱり厳しいの?」
「いえ、厳しいと言えば厳しいですが、どちらかと言うと大変というか……」
「大変?」
「はい。厳しい叱責は受けたことがありませんけど、課題が難しいです。クリアすると褒めてくれるけど、より難しい課題を出されます」
とはいえ、夫妻にとっての主目的がレオディーナであることに変わりはない。コルネオがバンクレットと話している間に、ルクレツィアが彼女から話を聞き出していた。
「そんなに大変なら、魔法以外の勉強をするのは難しいのではなくて?」
「私の場合は勉強と同時に螺旋訓練法を続けるのが課題だったので、大丈夫でした。あ、でも母は始めたばかりの頃は苦労していました」
「お母様が? お母様もギュスタンさんの生徒だとは聞いていたけど、他の勉強もしているの?」
「はい、母も私と一緒に先生たちの授業を受けています」
「あら、それは勉強熱心ね。感心だわ、私も見習わないと。魔法の勉強を再開してみようかしら。でも今更よね」
「ルクレツィア様はお若いですし、学びに遅いなんてことはありません」
「そう? あなたのお母様の場合はどうかしら? 成果は出ているの?」
それからレオディーナは、迷っているように見せるルクレツィアの質問に答える形でナタリーのことを話した。彼女も、ナタリーについて直接的なことを尋ねられていたらもっと慎重になっただろう。しかし、彼女はラング子爵夫妻が自分達にそこまで強く興味を持っているとは思っていなかった。
それからレオディーナはコルネオから武勇伝を直接聞き、気を良くした彼に屋敷の裏庭で彼の弓の腕を見る機会を得た。
使ったのは鏃の無い練習用の矢だが、弓は本物。そして魔法で視力を強化したコルネオは、的の板に付けた小さな点を見事射抜いて見せた。
「わぁっ! 凄いっ! 綺麗っ!」
「素晴らしい練度だ。一連の動きと魔法の行使、全てが遅滞なく流れるように研ぎ澄まされている」
コルネオの弓は、武としての弓術と魔法の合わせ技だ。長年磨き続けてきた技と魔法は、バンクレットもお世辞抜きで称賛する領域に至っていた。
「いやはや、何とかの一つ覚えだよ。これ以外の魔法はからきしでね。それに一日数本も射れば疲労困憊になってしまう」
「特定の種類の魔法に特化するのは、使いこなせない魔法を無数に覚えるよりも凄いと思います。私も師匠から常々『器用貧乏にならないように』と戒められていますもの」
コルネオは視力の強化魔法を、一瞬で発動させていた。彼が日頃どれほど鍛錬を重ねているのか、それだけで分かるというものだ。
「将来有望な魔道士の君にそう言ってもらえると嬉しいね。弟弟子になる息子が、君のような謙虚さもギュスタン氏から学べるといいのだが」
コルネオと師弟の会談は良好だった。バンクレット、そしてパウルは将来の依頼とラング子爵家とのコネを手に入れることが出来た。キノコ栽培場があるオルフェ伯爵領に隣接し王都との間にある領地を治める子爵との関係を構築できたのは、取引上大きい。
お土産にルクレツィアの実家で良く出されていたプラベリーのタルトを貰い、レオディーナは弾む足取りで帰りの馬車に乗った。
「ルクレツィア様は相変わらずちょっと怖いけど、子爵様は良い人だったね。
それはそれとしてだけど……オルフェ伯爵領って街道の整備とかもっとしたほうが良いんじゃないかな?」
「それはした方がいいだろうな。周囲の領主からの印象も悪くなる」
道は繋がっている。オルフェ伯爵領の道が悪いため、隊商は伯爵領以外の整備された街道を選びがちになる。すると、隣接しているラング子爵領に立ち寄る商人まで減ってしまう。
「やっぱり。パウルさんがなんとか……は、法律上無理なんだよね」
キノコ栽培場やその近くで整備が進んでいる従業員のための施設、その敷地内の整備はピッタリア商会の自由にできる。しかし、その外の道の整備は領主の領分である。
「伯爵様が方針を変えてくれれば、あたしの持続可能な収入源も安泰なのに。先生、伯爵様のご子息かご息女の家庭教師になって直訴できません?」
「はっはっはっは、面白い冗談だ」
(そう言う君が伯爵の娘の一人なのだから、まったく皮肉が効いている)
そうバンクレットは顔では朗らかに、胸中ではシニカルに笑った。
一方、欠損部位の再生に関しては壁にぶつかっていた。だが、その壁の超え方も分かっている。
「虫の欠損部位を再生しても、以前と同じように動かせているのか分からないのよ。あたし、虫に詳しくないから!」
「そりゃあ、そうでしょうね」
そう訴えられたベテランの傭兵トーラスは、隻眼の強面に苦笑いを浮かべた。
レオディーナが持つ前世の記憶の中には、動植物に密着したドキュメンタリー番組や昆虫図鑑を見聞きした記憶も含まれている。しかし、虫の専門家ではない。『想起』の魔法でも、記憶にない知識を思い出すことは不可能だ。
「だから、再生した部位が以前と同じように動かせているか、教えてくれるトーラスさんが来てくれるのを待っていたの!」
「虫の次が人っていうのが、やや不安なんだが……大丈夫なんですかね?」
やっと前に進めると瞳を輝かせるレオディーナ。だが、若干の不安を覚えているトーラスは集まっている面々にそう尋ねた。
「今より悪い状態にはならないだろう」
「虫以外にも、ネズミ捕りにかかったネズミの後ろ脚を治していたわよ。すぐ逃げちゃったから、上手くいったか分からなかったみたいだけど」
魔法の師匠の答えは短く、母親からの言葉は安心材料にはならない。
「すまないが、よろしく頼む」
「条件は契約書にある通り守るので、安心してください」
個人的にも借りのある父親からは逆に頼まれ、雇用主が保証したのは事前にサイン済みの契約書についてだった。
なお、内容はトーラスの治療費は商会が負担し、万が一不具合が発生したときは金銭的補償を行う事と、守秘義務についてだ。
「じゃあ、早速再生させるから眼帯外して」
幻覚の結界を張って周囲から覗かれないようにした中庭で、トーラスはレオディーナに促されるまま眼帯を外した。
「頼みますよ、お嬢」
若干の不安は残ったままで、今の生活に納得もしている。しかし、右目や左脚が元に戻る……以前のように働けるようになるかもしれない。その期待は大きかった。
「任せて」
まずは目から。眼球と視神経、そして眼球を失ったことで使わなくなり萎縮しているはずの脳の部位を再生させる魔法式を編んでいく。
基本はオランドの孫の火傷痕を治したのと同じだ。しかし、人間の脳や神経の再生は桁違いの魔力が必要だ。
「『再生』」
火傷痕を治した時よりも強い、しかし柔らかい輝きがレオディーナの手に灯る。それは膝を突いたトーラスの頭部を優しく照らした。
暖かな心地よさにトーラスが呻くと、瞼が内側から盛り上がった。彼の失われた右の眼球が戻ったのだ。
「うっ……眩しっ……見えるのかっ?」
トーラスが閉じていた右の瞼を開くが、すぐに眼を細めた。
「見える、見えるぞ。右目が、左目と同じように見えるぞ、お嬢っ!」
立ち上がって喜びを露にするトーラスに、パウルが手鏡を手渡す。鏡面には相変わらずの強面があったが、両目が揃っていた。
「よしっ、まずは大成功! じゃあ、左脚も続けて治すね」
「頼むっ!」
そのままの勢いで、レオディーナはトーラスの左脚の治療に取り掛かった。こちらは、部位そのものはあるが神経と骨、それに筋肉も一部傷ついたまま後遺症が残っている。
(つまり、超強力な回復魔法をピンポイントに使えば治せる!)
神経と筋肉の再生を促し、骨を溶かす破骨細胞に不完全な部分を溶かさせて、骨を作る骨芽細胞に元通り治させる。やる事は通常の回復魔法と同じだ。
「治った……のか?」
再びレオディーナの手に灯った輝きが消えると、トーラスは首を傾げた。右目のように目に見えて再生してはいないので、成果がすぐに実感できなかったのだろう。
「お、おおっ、これは……!」
しかし、試しにその場でジャンプしてみたトーラスはすぐに左脚の変化を感じ取ったようだ。傷を負って以来、感じるのが日常になっていた左脚の不調が消えていたのだ。
「お嬢! ちょっと埃を立ててもいいですかね!?」
「菜園を荒らさなければいいよっ」
「了解っ! 『身体強化』!」
トーラスは、ここ数年唱えていなかった得意な強化魔法を発動して体を動かす。風のように早く駆け、家の屋根に届くほど高く飛び跳ねる。
「凄い。コルネオ様も洗練されていたけど、トーラスさんの魔法も無駄がなくて速い」
「傭兵は、数種類の魔法の精度をひたすら磨く者が多いそうだ。その方が戦場で生き残れる可能性が上がるのだと、以前彼から聞いたことがある」
トーラスが立てる土埃を避けるために彼から離れたレオディーナに、アルベルトはそう語った。
「パパ、トーラスさんと前から知り合いだったの?」
「ああ、彼をパウルに紹介したのは私だからね」
「そうだったんだ。じゃあ、パパとトーラスさんって何処で知り合ったの?」
「それはちょっと複雑で長い話になるから、話すのはまた今度にしようか」
そのアルベルトの答えでレオディーナは察した。多分、正妻さん関係の話になるから話したくないんだなと。
(そろそろ気になってくるな~。……いっそ慰謝料分あたしが稼いで、パパに早く離婚してもらうってのはどうかな?)
不意に過ったその考えは、悪くないような気がした。
キノコ栽培場から継続的に入る分を含めてピッタリア商会からの仕事で稼げる額を考えれば、離婚の慰謝料ぐらい数年で稼げる気がする。それに、将来はギルバートから受け取れる報酬、つまり就職先がある。離婚の慰謝料を払っても、普通に今の生活水準を維持できるのではないだろうか?
(あ、でもパパと正妻さんの離婚が拗れるとスキャンダルになるかも。仕事が減っちゃうし、坊ちゃん達に迷惑をかけることになるかも)
しかし、すぐにそう考えなおした。今回成功した欠損部位の再生も、神殿に目を付けられないためにも大っぴらに稼げないし。
「どうしたの、ディーナ? 疲れた?」
「ううん。なんでもないよ、ママ。ただ、やっぱり慎重に進めたほうが良いと思いなおしただけ」
パパに提案するのは、離婚の慰謝料を払える目途が立ってからにしよう。
「お疲れではないと? では、今と同じ魔法を続けて唱えることは出来ますか?」
「左脚の治療だけなら、続けて何度か出来るかな。右目の再生は、もう一度やったら少し休みたくなると思う」
「なるほど。……皆さん、分かっていると思いますがこのことは内密に。メアリー達や警備の傭兵には既に口止めしてありますが、神殿に知られるのを出来るだけ遅らせたいので」
パウルがそう念押しするとアルベルトやバンクレットは頷いたが、ナタリーは「でも残念ね」とつぶやいた。
「せっかく凄いことを出来るようになったのに、秘密にしなきゃならないなんて。髪の毛を生やす魔法もダメなのよね?」
「しかたないよ、ママ。神殿ってあたし達が思っていたより怖い……どうしたの、皆?」
ふと気が付くと、パウル達が目を見開いていた。
「ディーナ、髪の毛を生やす魔法と言うのは……?」
「うん、欠損部位の再生魔法を練習している時に、試してみたら出来た魔法だけど?」
「レオディーナ嬢、その魔法の具体的な効果は?」
「髪の毛が生えなくなった部分に、また髪の毛が生えるようにする魔法。短く言うと、ハゲ用再生魔法」
「お嬢様……その魔法なら多少は公にしてもかまいません。ピッタリア商会で治療希望者を捜しておきましょう」
どうやら、髪の再生は目や脚の再生と違い神殿に目を付けられにくいようだ。
「……なので、十年後くらいに私にもかけて貰えませんか?」
「ディーナ、パパも頼めるかな。十年、いや、二十年後頃に」
「私にも頼む。父の姿を思い出すと、不安が拭えないのだ」
そして、パウルたちは自分の父や祖父の姿を思い出して自身の頭髪に不安を覚えていたようだ。
「お嬢っ! 治してもらった脚の調子は上々だ! 右目も良く見える。この分ならすぐに勘も取り戻せそうだ!」
そして右目と左脚の具合を確かめ終わったトーラスが戻ってきて、レオディーナに嬉しそうにそう言った。
「それは良かったわ。あとで何かあったら遠慮しないで言って……って、どうしたの?」
そして、そのまま膝を突いたトーラスは、驚いた様子の彼女に告げた。
「お嬢、これは大きな恩だ。俺は金で雇われて命をかける傭兵だが、お嬢とこの恩には報いると誓う。魔物の住処でもどこにでもエスコートしてみせる。任せてくれ」
「う、うん。ありがとう、トーラスさん。改めてこれからよろしくね」
まるで騎士が忠誠を誓うような態度のトーラスに、レオディーナは「頼れる大人が増える事はいいことだよね」と気を取り直した。
「トーラスさん、ディーナ、魔物の住処ってどういうこと?」
「あ、いや、奥方様、行くときの護衛は任せてくれっていう意味でしてね」
「大丈夫よ、ママ。ママがいいよって言うまで行かないから」
そして年が明けて半月ほど過ぎたある日、ギルバートが暮らす屋敷でお茶会が催されることになった。ガラテアの回復を祝うために、彼女の親しい友人たちを招いた小規模な集まりだ。
それに乗じてガラテアを呪った犯人が動く可能性がある。そのため、彼女とギルバートが信頼できる者達が集まっていた。
侍女のタニア達はもちろん、『レオ』……レオディーナもその中に含まれている。
「ガラテア様、坊ちゃんっ!」
その中の一人、ルーセント辺境伯家のお抱え魔道士のグレンは逞しい背中をレオディーナに向けた。
「やはり私はこの者を加えるのは反対です!」
「なんで、そんないきなり?」
困惑するレオディーナに、振り返り渋面を浮かべるグレン。
物事が良い方向に向かっているとしても、それまでの道が平坦とは限らないのだった。
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