20話 ラング子爵夫人に察される隠し子
白いドレスを着て、ブラウンと紫色のリボンで髪をツインテールにしたレオディーナは、馬車の座席で緊張していた。手に持っているのがシンプルな杖……いわゆる魔道士の杖でなければ、早めのデビュタントを前にした少女にしか見えない。
キノコ栽培場の時と同じく、今回も『変色』を使った変装はしていない。この国では珍しい褐色の肌とドレスの白が、お互いを鮮やかに印象付けている。
「不安そうだな。肌のことなら、私もアルベルト殿と同意見だ。そう気にする必要はないだろう」
以前起きたラドグリン王国と外国との戦争によって、人々には褐色の肌に対する差別意識が刻まれている。
そうでなくても、人間は異物を排斥したがる生き物だ。ラドグリン王国で少数派の褐色の肌は、以前から嫌厭される傾向にあった。先の戦争にほとんど関わっていないキノコ栽培場建設工事の作業員たちも、当初はレオディーナとナタリーを遠巻きにしていた。
ただ、常識的な貴族ならそうした偏見を表に出すことはない。相手が仕事を依頼した魔道士なら、猶更だ。
「それは分かってるけど……もし不敬罪で鞭打ちにされたらどうしようって思うと不安で」
しかし、彼女が緊張している理由はこれから向かうタウンハウスの主、ラング子爵家の人々に粗相をしてしまったら、とっ捕まって鞭で打たれるのではないか。……そんな心配が頭から離れないからだった。
「そっちだったか。だが、安心したまえ。王国ではよほどの無礼を働かない限り不敬罪には問われない」
向かいに座っているバンクレットは、そう言ってレオディーナを宥めようとした。彼は今まで十数人以上の貴族令嬢を教えてきたので、貴族の相手をするのは慣れている。
「よほどの失礼って、例えば?」
「確か……数年前に不敬罪で鞭打ち三回の刑に処せられた男は、美術館で貴婦人に向かって君には聞かせられない類の暴言の数々を浴びせたそうだ。謝罪するよう注意を受けた後も。君はそんな真似をしないだろう?」
「うん、それは絶対しない」
ラドグリン王国の不敬罪は、レオディーナが想像していたより平民に対して寛容に運用されていた。
「それに君は私の弟子、つまり正式な魔道士ギルドの組合員として仕事に赴くのだ。常識的な貴族なら、多少の失敗は大目に見るだろう。
そもそも君はこの一年、礼儀作法の授業を受け続けてきたじゃないか。自分の努力を信じなさい」
「う~ん、苦手科目だから自信がないんだよね。それに、ラング子爵って常識的な貴族なの?」
「少なくとも悪い噂は聞いた覚えはない。社交界では悪い噂は風のように早く広がる。それが無いということは、常識的な貴族なのだろう。もっとも、社交界に出入りしているのは私ではなく私の生徒達だが」
「実は子爵やその夫人がかつての教え子だったって事は?」
「いや、覚えが無いな。レオディーナ嬢、君こそアルベルト殿やパウル殿から何か聞いていないのかね?」
聞き返されたレオディーナは、記憶を思い返そうと視線を天井に向けた。なお、記憶を思い出す『想起』の魔法は、使いすぎると頭が痛くなるので乱用しないようにしている。
「そう言えば、最近パパから貴族の人の武勇伝を聞いたわ。家臣の人達と連携して、付与魔法で貫通力を強化した矢でスタンプラビットって魔物を射殺したって」
「それじゃないかね? アルベルト殿達も回りくどいことをするものだ」
そう話している間に、レオディーナとバンクレットを乗せた馬車は旧貴族街にあるラング子爵邸に到着した。
ラング子爵邸は旧貴族街では珍しくない広さの敷地面積に、よく言えば歴史ある佇まいの屋敷が佇んでいる。ただ、手入れはされているため寂れている様子はなかった。
「ピッタリア商会から参ったバンクレット・ギュスタンと申します。こちらは私の弟子のレオディーナ」
「ようこそおいでくださいました。私は当屋敷の執事長を務めます、クレッツェン・カソートと申します」
出迎えた執事長は、眉毛の太い壮年の男性だった。バンクレットの後ろで淑女の礼をするレオディーナの肌の色を見ても、彼は特に反応を示さなかった。
「奥様がお待ちです。どうぞこちらへ」
クレッツェン以外の使用人たちも同様で、(もしかして、あたしが自意識過剰なのかな?)と思いながらついていく。すると、侍女や従者を連れた二十歳過ぎぐらいの貴婦人が庭で待っていた。
「ようこそ、ギュスタン様。私はコルネオ・ラング子爵の妻、ルクレツィア・ラングと申します」
子爵夫人は金色の髪に青い瞳という、レオディーナが想像する貴婦人らしい容姿の美女だった。
「お会いできて光栄です、夫人。本日は師弟共々ご期待に応えられるよう尽力いたします」
その貴婦人に恭しく、しかし堂々と挨拶をするバンクレット。初対面のレオディーナとナタリーにしたように、尊大な態度ではないのは彼女が生徒ではないからだろう。
「師弟と申しますと……あら」
そのバンクレットの後ろで礼をして控えるレオディーナを見て、ルクレツィアは思わずと言った様子で目を瞬かせた。
「あらあらあら……あなた、お名前は?」
「ギュスタン師匠の弟子のレオディーナと申します」
「まあ、素敵なお名前ね。顔をよく見せて頂戴」
言われた通り顔を上げると、ルクレツィアの視線が突き刺さった。
「あらまあ、可愛らしい魔道士様だこと。そのドレスも、そしてリボンも良く似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
口元に浮かんだ笑みも口調も柔らかいが、その青い瞳は穴が開きそうなほどレオディーナの顔を見つめ続けている。
(何!? このドレスとリボン、場違いだったの!? それとも先生みたいに魔道士っぽい恰好のほうが良かった!? でも礼儀作法の先生も、貴族のお屋敷を訪ねるときは礼服でって言ってたし! ドレスもリボンもパパたちの指定だし! それともやっぱり肌の問題!?)
予期せぬ夫人の反応に平静を必死に取り繕うレオディーナだったが、内心はパニック寸前だった。
「ゴホン! 夫人。そろそろご依頼に取り掛かりたいのですが……」
それを察したバンクレットが、咳払いをしてルクレツィアにそう促す。
「そうね、私ったら失礼を。クレッツェン」
「はい、奥様。ギュスタン様、種と鉢はこちらに用意しております」
ラング子爵家からの依頼、それは、プラベリーの種を魔法で果実を収穫できる状態まで成長させることだった。
息子の誕生日パーティーで贈られた故郷の味に妻が大変喜んでいたのを見たラング子爵が、ピッタリア商会に「屋敷の庭で栽培し、毎年収穫できるようにしたい」と依頼したのだ。
そしてパウルは今後の取引の継続を狙い、「では、当商会と取引している魔道士を紹介しましょう」とレオディーナを派遣することにした。バンクレットが同行しているのは、師匠と言う名目で未成年の彼女と依頼主の子爵家の人々との間に立つためだ。
そのように、レオディーナは聞かされていた。
「この鉢でよろしかったでしょうか?」
「レオディーナ、どうかね?」
強化魔法で筋力を強化した子爵家の従僕が、運んできた大きな陶器製の鉢をバンクレットの前に三つ並べる。レオディーナは自身がすっぽり入りそうなそれを確認して頷いた。
「丁度いい大きさです、師匠。これなら問題なく施術できます」
「あら? 魔法をかけるのはお嬢さんなの?」
「その通りです、奥様。今回、私が同行したのは弟子を監督するため。施術は、主に弟子が行います。奥様が気に入ってくださったプラベリーを実らせた魔法も、彼女がかけたものです」
「まあ、そうだったの」
驚くルクレツィアに「では施術を始めます。ご覧ください」と一礼してから、レオディーナは魔法を唱えた。
(まずは、植木鉢に結界の魔法式を刻む)
レオディーナがかざした両手の間から、輝く細い帯……縮小された魔法式が伸び、蛇のように陶器製の鉢に巻き付いていく。錬金術による、魔法式の刻印だ。
今年の春の段階では魔法で刻むことは出来なかった彼女だが、修行を継続し誕生日を迎える前に習得していた。
もっとも、技術的には未熟で錬金術師としてはギリギリ半人前といった程度だ。大きな鉢に結界と、内部をプラベリーの栽培に適した気温と湿度を保つ魔法の式までしか刻めない。
(よし、三つとも出来た。次は――)
「『想起』、『転写』」
魔法式の帯を植木鉢の内部に刻み終わったレオディーナは、次に『納められている土をプラベリーに適した性質に変える魔法』の式を『想起』で思い起こす。そして、それを『転写』で植木鉢の表面に印刷した。
その背後でルクレツィアがクレッツェンに何事か耳打ちし、彼と従僕が一礼して下がっていく。それを横で見ていたバンクレットが、僅かに顔を顰める。
「仕上げは、『成長促進』!」
最後に植木鉢の中央に軽く種を置き、魔法をかける。すると、三つの種は即座に根を出し発芽。そのまま芽はみるみる伸びて幹になり、枝を伸ばして葉をつけ、花を咲かせた。
「凄い……凄いわ! ほんのわずかな時間でプラベリーの種が若木になるなんて。それにこんなに実を付けて!」
「樹齢三年程度に成長させました。来年からは通常通り実を付けると思います。植木鉢には年一回程魔力を充填していただければ、機能し続けるはずです」
プラベリーの若木は、樹齢三年相当にしては多くの果実をつけていた。適した環境が保たれているだけでなく、レオディーナの魔力によって作り出された栄養が豊富だったからだろう。
「ありがとう、あなたのおかげで息子にプラベリーを毎年食べさせることが出来るわ。あの子にはうちの領地のアプリコットやベリーだけじゃなく、私の故郷の味も知っていてほしかったから」
礼儀作法の先生によると、淑女はあまり感情を表に出してはいけないらしい。ギルからも、そう聞いていた。
しかし、ルクレツィアはとても嬉しそうに笑っている。
「お役に立てて光栄です」
(坊ちゃん、貴族女性もそこまで怖くないかもよ)
そう思いながら、子爵夫人からの感謝を受け取るレオディーナ。
「魔力の残りはどの程度かね? 体調に異常は?」
その彼女にバンクレットが心配するような口調で問いかけた。
「大丈夫です、師匠。問題ありません」
バンクレットの教えを受けてから一年以上。既にレオディーナの魔力は以前と比べて倍以上に増えている。今の彼女がこの程度で疲労するはずがないことは、師である彼も良く知っているはずだ。
「いや、連続で魔法を使ったのだから、自覚している以上に疲れているはず。無理はよくない。そうだろう?」
「そう、ですね?」
なのに何故そんなに自分の体調を気にするのか。バンクレットの意図が分からず困惑するレオディーナ。
「そういう訳で夫人、忙しなくて申し訳ないが我々は――」
「では、一休みしていってくださらない? 甘いものを口にすれば、疲れも吹き飛ぶはずよ」
しかし、バンクレットの言葉を遮ったルクレツィアと、彼女の背後でいつの間にかクレッツェンと数人の使用人がお茶の準備をしているのを見て色々と察した。
「奥様、お茶の支度が整いました」
「ご苦労様。さあ、席に着いて。クレッツェンが淹れる紅茶は美味しいのよ。焼き菓子も召し上がれ」
「……お心遣いに感謝いたします。さ、ありがたく頂こう」
「ありがとうございます。ルクレツィア様」
貴族からの、しかも準備済みのお茶の誘いを断るのは無作法に当たる。二人はクレッツェン達が強化魔法まで使って素早く用意した椅子に座った。
「あなたはまだ小さいのに、とても凄い魔道士なのね。歳はいくつ?」
「私なんてまだまだです。つい先日九歳になりました」
「まあ、九歳なの。その歳でマナーも身に着けているなんて、教育熱心なご両親ね。素敵だわ。やはり魔道士なの?」
「いえ、母は――」
「レオディーナのご母堂は、ピッタリア商会に身を寄せている魔法使いで、私の生徒の一人です。父君の方は最近まで忙しく飛び回っていましたよ」
「そう、ピッタリア商会ね。そう言えば、ピッタリア商会と言えば今年オルフェ伯爵領でキノコの栽培事業を始めたと聞いたけれど、もしかしてあなた達も事業に参加しているの?」
「ええ、私も彼女も魔道士として加わりました。そう言えば、旅程でラング子爵領を通りました。よく整備された道は快適で、緑豊かで恵みが多い土地を眺めながらの旅は心癒されました」
「街道の整備や警備は領主の義務ですもの。それに、豊かなのは領民達のお陰ですわ」
「それもこれもラング子爵家代々の統治によるものでしょう」
「そう言ってもらえると夫も喜びますわ」
笑顔で優雅にお茶を嗜みながら、流れるように会話を繰り広げるルクレツィアとバンクレット。そのやり取りを聞いているだけで、レオディーナは目が回りそうだった。
(ぼ、坊ちゃん。やっぱり貴族の女の人は坊ちゃんの言う通りおっかないよ!)
優雅な口調で世間話に興じているように見えるルクレツィアは、レオディーナに対して何か探りを入れようとしている。
それをバンクレットが防ぎ、失礼にならないように話題の矛先を逸らしているのだ。主な生徒が貴族令嬢で、その保護者の貴族との関わりもあるだけあって、彼はこういうことに慣れていた。
(流石師匠っ! 頼もしい!)
(パウル殿っ! 忙しいのは分かっているが、私にばかり任せないでくれるか!?)
愛弟子に尊敬のまなざしを向けられているバンクレットだが、内心では彼も限界ギリギリだった。貴族との会話に慣れている彼だが、今受けているのは会話というより追求。もっと言えば、尋問だ。
レオディーナの師として彼女に関わり続けることを選んだバンクレットは、パウルから彼女自身も知らない事情をある程度聞かされていた。そのため、ルクレツィアが何を聞き出そうとしているのか察することが出来てしまう。
(レオディーナ嬢とアルベルト殿との関係の手掛かりを、彼女の口から聞きたいのだろう。パウル殿、目的は達成だ!)
今回の仕事は、ラング子爵家と縁を結び今後の取引に繋げること以外にも目標があった。ラング子爵家にレオディーナの存在を認知させ、その出自を匂わせることだ。
オルフェ伯爵領は、他の貴族領との人の往来が乏しく陸の孤島に近い。ルルマンド商会も、伯爵家としか取引していないので情報の流出量は僅かだ。
しかし、そのオルフェ伯爵領でピッタリア商会はキノコの栽培事業を始めている。情報は広まり、栽培場の工事に参加した目立つ容姿の少女魔道士の存在も、そのうち知られるだろう。
どうせ知られるなら、相手と知られる情報を選びたい。それでアルベルトとパウルが選んだのがラング子爵家だった。
「得意な魔法は他にあるの? 攻撃魔法とか」
「攻撃魔法はまだ使えません。でも畑やコンクリートを作る魔法も得意です」
「畑やコンクリートを? どんな魔法なのかしら、少し見てみたいわ」
「夫人、申し訳ありませんがそれは別の機会に……」
(いかん、余計なことを考えている暇がない!)
隙を見せるとすぐ質問の矛先をレオディーナに戻すルクレツィアに、バンクレットは慌てて嘴を挟む。
「そうね。休憩のためのお茶の席で、働かせるわけにはいかないものね。
それにしてもしっかりしているのね。あなたと同じくらいの年頃の子は、派手な魔法ばかり覚えたがるものだと思っていたけど」
「幸い、攻撃魔法が必要ない環境で暮らせていますから」
「それは何よりだわ。でも当家の本領のように、王都から距離があって頼れる寄り親がいない領地は自衛しなければならないの。この前もウサギの魔物が出て、夫と家臣の皆さんが苦労して退治してくれたのよ」
「もしかして、スタンプラビットを射殺した方ですか? 父から武勇伝を聞いています。とても勇ましい弓の名手と、それを支える勇敢な家臣の方々の活躍を」
「あら、お父様からお話を。そうなの。それを聞いたらあの人もきっと喜ぶわ」
早速相手をおだてて話の矛先を逸らす話術を身に着けたかと、バンクレットは感心した。しかし、レオディーナの顔を見ると、どう見ても本気で言っているようにしか見えなかった。瞳がとても輝いている。
(そう言えば、礼儀作法の家庭教師の夫人が言っていたな。レオディーナ嬢は、読みやすいと)
そう内心苦笑いするが、ルクレツィアに対しては良い方向に働いたようだ。レオディーナが本気で夫と家臣達を誉めていることが伝わったから。そして……彼女なりの確証を得たからだろう。
(もっと積極的に止めるべきだったか? ……いや、構わんか。そうだったとしても口止めしないアルベルト殿が悪い。私は精いっぱいやった。あとはあの二人に任せよう)
「あなた達のことは夫にも伝えておくわ。またオルフェ伯爵領に行くときは、是非当家に遊びに来て頂戴。歓迎するわよ」
お茶会の帰り、そう笑顔で見送ってくれた。是非お土産にと、お茶会にも出した焼き菓子を持たせてくれたので、かなりの好印象を与えることに成功したのだろう。
「ルクレツィア様、ちょっとおっかないけどいい人だったね。仕事よりお茶の席の方が疲れたけど」
「休憩、つまり君を労うための席だったはずだが同感だ」
レオディーナとバンクレットは、ようやく一息吐けたと肩から力を抜いて座席にもたれかかっていた。
「おかげで出された紅茶の香りも菓子の味も分からなかった」
「紅茶はローズヒップティーで、お菓子はアプリコットのジャムクッキーとフィナンシェだったよ。美味しかった~」
「……思ったより余裕があるじゃないか」
「師匠のお陰でね」
ラング子爵領名産のアプリコットのジャムを載せたクッキー、そして特にバターをたっぷり使ったフィナンシェは絶品だった。
(前世ではコンビニで簡単に買えた焼き菓子だけど、この世界だと結構高級品なのよね。自分で焼くにしても、便利なミックス粉なんてないし)
それが食べられただけで、頑張った甲斐があった。
「お土産はアプリコットのパイだって。楽しみ~。
……それはそれとして、パパの正妻さんがいるオルフェ伯爵領って、めちゃくちゃ嫌われてない?」
「そこは気が付いたのか」
ルクレツィアが口にした、キノコ栽培場がある領地を治める貴族の名前。レオディーナはそれをしっかり聞き取っていた。
それに、ルクレツィア達ラング子爵家がオルフェ伯爵家を嫌っており、それを隠す気がないことが伝わって来た。
法律の授業も受けているレオディーナだが、貴族社会の慣習には詳しくない。だが、近くの領地を治める下位貴族に頼りにならないと言われる上位貴族というは……。
「正妻さんの上司、って言うか主君? ヤバくない?」
なお、レオディーナはアルベルトの正妻は伯爵夫人ではなく、伯爵家の上の方の家臣の娘だと思っていた。いわゆる貴族に準ずる立場の家で、アルベルトはそこの入り婿なのだと。
「まあ、ヤバいだろう」
「だよね。パパが正妻さんと離婚しても、キノコ栽培場があるから無関係じゃいられないから心配。しっかりしてほしいけど、あたしみたいな平民には窺知れない事情ってのがあるのかな?」
「家ごとに事情が異なるから、一概には言えんが……アルベルト殿が無事正妻と離婚できるよう、私も応援しているよ」
(流石に自分が伯爵家の庶子だとは気がついていないか。私もアルベルト『様』ではなく『殿』と呼んでいるしな。
それに、離婚が無事成立すれば彼女が平民になるのも間違いないし、そうならなくても伯爵家の相続権は無いのでその認識で問題ないが)
ラドグリン王国では女性は王にも、そして貴族家の当主にもなることは出来ない。それは諸外国や魔物から国を守るため、魔力を持つ王侯貴族が戦場に立つ必要があるからだ。そして、魔法において母親の方の素質が子に強く受け継がれる傾向にあるからでもある。
そのため、当主に成れるのは男性だがその家の血筋の本流を受け継ぐ令息か、令嬢を妻に迎えた夫にしか継承権はない。入り婿であるアルベルトは書類上の当主にはなれるが、彼とカタリナ以外の女性に生まれた子に家督を譲ることは不可能だ。
たとえ、カタリナとその娘が儚くなろうが、出家して世俗から離れようが、どうなっても。その場合、オルフェ伯爵家はカタリナの親戚が継ぐか、親戚がいなければ断絶することになる。領地は王国政府か、政府が新たな領主に任命した者が治めることになるだろう。
(ん? そう言えばこうしたケースに例外があったと聞いた覚えが……いや、例外は滅多にないから例外なので……しかし、あの様子では……)
「師匠、どうしたの? さっきから変な顔して黙り込んでるけど」
「いや、何でもない。きっと考えすぎだ。そのはずだ」
王国史上一度しか前例のない珍事がそう起きるはずがないし、カタリナは健在だ。アルベルトとパウルもそこまで企んではいないだろう。
「そう? ならいいけど」
そもそも、レオディーナ本人にやる気がない。事情を知れば心変わりする……とも考えにくい。彼女の才なら、そんな回りくどい手を使わずとも宮廷魔道士になって伯爵相当の地位を得られるだろうから。
(そうとも、考えすぎた。だが……折を見てパウル殿に確認しておこう。アルベルト殿、頼むからカタリナ夫人と離婚してくれ。本当に、頼む)
バンクレットは馬車に揺られながらそう祈った。
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誤字報告ありがとうございます!
2025年11月19日、[週間]異世界転生/転移〔恋愛〕 - 連載中 ランキング3位! ありがとうございます!




