16話 隠し子の懐事情
王都に戻って来たレオディーナは、栽培場の工事で身に付けた古代コンクリート造りをさっそく活かし始めた。旧貴族街の家の裏庭に作った地下室を増築したのだ。
結界で上層を支えつつ地面を掘り進め、出た石を砕いて古代コンクリートを作り、柱や壁を作った。そして錬金術で『強度強化』を施し、地下二階、三階と増やしていく。
地下二階では、新たに手に入れたキノコ、キクラゲやナメコの栽培と、見つけたほかの食用キノコをエノキダケっぽくならないか試行錯誤している
そして今いる地下三階以下の階層でパウルとの実験や、過去の実験で良い成果が出せなかった植物の栽培を再度試していた。
その結果、地下五階まで増築したのに手狭になってしまった。
「色々手を出していたら、手狭になっちゃったから広げたいんだけど……やっぱり無理か」
「中古物件とはいえ、お屋敷だもの。それにどこもうちよりも大きいし」
レオディーナ達が今住んでいる庭付き一戸建ての家は、貴族の感覚では屋敷と呼ばない。そんな家の裏と両隣はしっかりお屋敷なので、購入するにはかなりの金額が必要だろう。
「でも地下室を横に拡張すると、家が傾かないか不安になるし」
「じゃあ、このまま下に掘り進めるのはダメなの? 下水道は避けているんでしょう?」
ラドグリン王国の王都には、スラム街など一部を除いて上下水道が整備されている。魔法も活用された優れもので、地球の中世よりも進んでいる分野の一つだ。
この家の裏庭の地下にはその下水道は通っていなかった。時代ある旧貴族街にあることが幸いした。
「そうなんだけど、これ以上掘ると地下水脈に当たりそうなんだよね。魔法式を刻んでコンクリートの強度を上げても限界があるし。地下三階以下は天井も高くしているから、余計に不安があるのよ。……魔法で鉄が作れたらなぁ」
そうすれば古代コンクリートを鉄筋コンクリートにして、さらなる強度アップが見込める。刻む魔法式に鉄筋の腐食を防ぐ魔法を追加すれば、問題もない。
「あら、出来ないの? 土や水やお日様は創れるじゃない」
ナタリーが言うように、魔法は無から有を創造できる。魔力を熱や電気エネルギーに変換して炎や雷を放つだけでなく、水や土等の物質を生み出すことが可能なのだ。実際、レオディーナも古代コンクリートを作る際には石灰を創っている。
「正確に言えば創ることは出来るは出来るけど……コンクリートに使える鉄を創るには魔力が足りないんだよね」
「えっ!? ディーナの魔力でも?」
「うん、創る物質やその質によって必要な魔力が違うの」
魔法で物質を創造するのに必要な魔力の量は、自然界に存在する希少さに比例する。ただの水や土は割と少ない魔力で創れる。氷や石灰、粘土はそれらに比べるとやや増える、と言うように。
対して、鉄……それも鉄鉱石や砂鉄ではなく精錬された鋼材となると莫大と言うほどではないが、大量の魔力が必要になる。
「魔法式の精度や、魔力制御の腕にもよるけどね。あたしでも鋼材を創ろうとしたら魔力を振り絞ったとしても、多く見て一キロがやっとかな」
「創れはするのね」
「まあね~。でも、それだけじゃ建材にするにはとても足りないし」
魔法で何でも思うままに創れたら鉱物資源の価値は暴落するので、上手くできているものだなとレオディーナは思っていた。
ちなみに、魔法で創るよりも既存の物質を操る方が魔力の消費量を抑えられる。そのため、多くの魔道士は土の攻撃魔法を使う場合、土を創るのではなく地面を操る方を選ぶ。
「そうなんだ。お日様は創れるのに、鉄は創れないなんて不思議ね」
ナタリーは地下室の天井で輝く、掌大の球体を指さした。一見するとただの『明り』の魔法のようだが、その球体が放っている光からは温かみが感じられる。
「あれは太陽の光を模した『日光』の魔法だからね。光と同じように、昼で空が晴れていれば世界中にあふれているからそう難しくはないのよ」
『日光』は地下室で植物を育てるため、レオディーナが即興で編み出した魔法だ。ただの『明り』ではなく、光の波長を日光に近づけている。
「お日様の光の元が太陽じゃないの?」
「ええっと……太陽って凄く熱い炎の塊でしょ」
不思議そうな顔をしたままのナタリーに、レオディーナは前世の知識を使わず彼女にどう説明したものかと少し悩んでから、そう語った。
「そんな太陽をこんな近くに創ったら、どんなに小さくても火傷しちゃう。でも、これはちょっと温かいだけ。松明と『明り』の魔法の違いみたいなものよ」
「言われてみるとそうね。なるほど~」
納得できたようで、ナタリーは頷きながら『日光』に手をかざしている。温もりが伝わってくるか、改めて試しているようだ。
「この魔法があれば雨の日でも乾物が作れるんじゃないかしら?」
「おー、確かに。キノコ栽培場でも使えるかもしれないから、パウルさんに売り込んでみよう」
干すのではなく『乾燥』の魔法で直接水分を抜いても乾物は作れるが、日光で乾かすとビタミンDが増える。
(この世界にビタミンが存在するのか、そして地球と同じように日光に当てると増えるのか。確認した訳じゃないけどね)
まあ、体に悪いということはないだろう。多分。
「パウルさんと言えば、プラベリーは収穫できるようになったのね」
ナタリーが、大きな植木鉢に植えられた数本の木を視線で指して言った。その木、プラベリーには卵と同じくらいの大きさの果実が鈴なりに実っている。
プラベリーは、パウルが実験的にレオディーナに栽培を依頼した植物の一つで、当時は花を咲かせることが出来なかった。しかし、その後もレオディーナは試行錯誤を続けていた。
「うん、土の質を変えたら実を付けてくれたわ」
そして、この地下室でやっと花を咲かせ実を付けたのだ。この辺りと王国北西部の栽培地は、気候だけでなく土の質も異なるらしく、それが原因で収穫まで至らなかったようだ。
「実ったよって連絡したら、トーラスさん達が受け取りに来たよ。どこかの貴婦人さんの好物なんだって」
プラベリーは、名前からするとベリーの仲間のようだが、分類的にはスモモ……プラムの仲間らしい。果実が平均的なプラムよりやや小さく、色と実り方がブルーベリーに似ていたのでそう名付けられたそうだ。レオディーナが読んだ植物図鑑には、そう書かれていた。
「トーラスさんが? その貴婦人さん、危ないところに住んでいるのかしら?」
「多分、あたし達の事情を知っている人が少ないから、商会の職員の代わりに働かされているんじゃないかな。傭兵なのに」
ベテラン傭兵を輸送に使うなんて高級フルーツねと、レオディーナはプラベリーの実を一つ取りながら思った。
「傷みやすいから気を付けてって言ったら、冷蔵用の魔道具があるから大丈夫なんだって。それで、あの花と一緒に持って行ったよ」
そう彼女が手で指した先にあったのは、やはり植木鉢に植えられた青いバラの木があった。
「あら、こっちも花が咲いたのね。とっても綺麗だわ」
前世の地球では自然には存在しなかった青いバラだが、こちらの世界では珍しいが存在していた。
「この青いバラ、たしかマリンローズって名前だったわね。これもその貴婦人さんの?」
「ううん、別口らしいよ。さるとても高貴なお方の奥さんの生まれ故郷の花なんだって。
土に少しだけ塩を含ませたら咲かせられたの」
青いグラデーションが美しい花をつけるそのバラは南の海辺、他の植物が育たない塩を含んだ土に生える珍種だった。
「パウルさんが『とても高貴な』なんていうぐらいだから、もしかして王族の方かしら?」
「どうかな? でも、伯爵以上なのは間違いないと思う。まあ、貴族なんてあたし達平民から見れば等しく『とても高貴な』方々だけど」
「それもそうね。でも海かぁ。きっと広くて、このバラみたいに綺麗な青なんでしょうね」
「きっとそうだと思う」
ラドグリン王国の王都は内陸にある。国土の北と南が海に面しているが、行くには馬車も片道一か月以上かかる。飛行船等を利用できる一部の王侯貴族でなければ、気軽には行けない距離だ。
パウルの客がこのマリンローズを欲しがった理由が、生まれ故郷を懐かしむためだとしたら。そう思うと、(苦労しているんだろうな)とレオディーナも同情した。
「魔法で『空間転移』でもできれば別なんだけど……習得したら国に届けないといけないらしいんだよね。魔道士ギルドの規約に書いてあった」
「空間……ねえ、ディーナ。この地下室も魔法で空間を操れば広げられるんじゃないかしら? 御伽噺に出てくる魔女の不思議な部屋や、魔法の背負い袋みたいに。それに、広げるだけなら届け出なくても平気でしょ?」
「それはそうだけど、あたしに出来るかなぁ。空間とか時間を操作する魔法って、難しいらしいのよ。でも、お屋敷をおねだりするよりは簡単かな」
バンクレットが聞いていたら、「そんな訳があるか!」と言っただろうが、レオディーナは空間を操る魔法も試していくことにした。
「あ、そう言えばプラベリーを籠一杯分持ってきてってメアリーに頼まれてたんだった。明日、パイを焼いてくれるって」
「それは美味しそうね。じゃあ、収穫したらそろそろ戻りましょうか」
夏になり、レオディーナの日課に『冷房』の魔法をかけることが加わった頃のある日。パウルから先月までの報酬を振り込んだと告げられた彼女は、預金残高を確認することにした。丁度バンクレットも預金通帳を記帳しに行くというので、ついでに。
ちなみに、大きな魔道士ギルドでは記帳やある程度の金額までの口座の現金の出し入れは、二十四時間対応している。生活リズムが不安定になりがちな魔道士のために、専用の魔道具が設置されているのだ。
(見た目もATMみたい)
『会員証を所定の位置に置いて、魔力を少量流してください』
以前と同じように男装したレオディーナは、無機質な音声ガイダンスに従って手続きを済ませた。
「では、すぐに帰るぞ。金額の確認は家に帰ってからにしなさい」
そして、何故かその場で残高の確認をせずに帰った。よほど早く帰りたかったのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「パウルさんから一万グリンも振り込まれてる!?」
残高を目にしたレオディーナが驚きのあまり騒いでしまうだろうと、バンクレットは予想していたからだ。
「まあ、凄い大金じゃない」
「レオディーナ嬢、奥方、よく見なさい。桁を一つ数え間違えている」
「あら、じゃあ千グリンぐらい?」
「じゅ、十万グリン……」
あまりの大金に、レオディーナは目を回した。
ラドグリン王国の通貨グリンは、レオディーナの感覚だと一グリンで十円ぐらいの価値に相当する。
そして、王都の平均的な肉体労働者の月給は、五千グリンだ。それで夫婦と子供二人以上の一世代が、一か月暮らすことが出来る。
つまり、十万グリンとは肉体労働者の年収を上回る大金で、それをレオディーナは春からの三か月ほどで稼いだことになる。しかも、既にギルドの方で税を引いているため、全て彼女の手取りになる。
今までもパウルからの仕事は受けていたが、以前とは文字通り桁違いの収入だ。
「ど、どうしよう、こんな大金?」
「落ち着くのよ、ディーナ。きっと何かの間違いだわ、舞い上がると後でがっかりするのよ」
「だから落ち着きたまえ、二人とも。弟子段階の魔道士が錬金術の施術や建築工事、さらに高度な回復魔法までかけたのだから、これぐらい相場通りだ」
しかし、ラドグリン王国は結構な格差社会だ。肉体労働者の収入は低く、逆に稼げる職業に就いている者の収入はかなり高い。パウルのような勢いのある商会の長や、王侯貴族にも名が知られた一流の職人、そして腕利きの魔道士の年収は、肉体労働者のそれと比べて桁が二つ以上違って当たり前の世界だ。
「実際、私は普段からそれ以上稼いでいる」
令嬢の政略結婚での価値を確実に引き上げられるバンクレットは、かなりの高給取りだった。
「「す、凄い……」」
普段金銭を使わず基本的に貯める一方のレオディーナとナタリーは、声を揃えて彼を仰ぎ見た。
「それに、これからも王都に帰ってきた後に熟した仕事の報酬や、キノコ栽培場の顧問料が毎月振り込まれるのだ。早いところ慣れなさい」
レオディーナは今後、キノコ栽培場で問題が起きた時に魔法で対応する事や、栽培場に施した錬金術の整備や保守点検、魔力の充填を定期的に行う契約になっている。その代わりピッタリア商会から毎月顧問料が支払われる。もちろん、保守点検や魔力の充填量の報酬とは別に。
キノコ栽培場が運営され続ける限り、レオディーナは定期収入を得られるのだ。まさに、彼女が望んでいた持続可能なビジネスである。
「そうだった。でもどうしよう、金銭感覚がおかしくなっちゃいそう」
「今の立場で庶民、それもかなり下の方の金銭感覚のままの方がおかしいのだよ」
それからしばらく過ぎ、もうじきアルベルトが帰ってくる時期が近付いたある夜。レオディーナはいつも通り、ギルからの手紙が来ていないか確かめに来ていた。
(最近は夜の間も傭兵さんが警備に来てくれているから、抜け出すのがちょっと手間なんだよね)
最近物騒だからと、パウルが派遣してくれた傭兵が家の門の前に昼夜交代で立っている。レオディーナの結界はあるが、「外から見て分かる警備も必要ですから」と言うことらしい。
(今日は……あった)
合言葉を言って隠し場所を開き、手紙を受けとる。
『どうしても頼みたい仕事がある。直接話したい』
そして日付が指定されていた。
(久しぶりの仕事だけど、改まって何だろう?)
アルベルトの帰還。近づいてくる九歳の誕生日。順調らしいキノコの栽培事業に、貯まっていく貯金。順風満帆だった日々だったが、ギルからのこれまでとは様子の異なる手紙を見たレオディーナはちょっとした胸騒ぎを覚えた。
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誤字報告ありがとうございます!




