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15話 パパの復讐計画

 王侯貴族は事ある毎にパーティーを催し、莫大な金を浪費していると一部の平民には勘違いされている。実際、そうした浪費家もいるが多くの王侯貴族は金の使いどころを考えている。

「ようこそ、ベルメン男爵。本日は我が子ハンニバルの誕生日を祝うためによく遠いところを来てくださいました」

「お久しぶりです、ラング子爵」


 特に、そう豊かではない下位貴族なら猶更だ。使える予算は、常に限られている。しかし貴族であるなら、特に領地を治めている立場なら開かなければならないパーティーがある。

 その一つが、我が子の誕生日や婚約、そして結婚を祝うためのパーティーだ。特に、長子の場合は重要である。


 ホスト側からすると、当主に何かあった時に長子かその夫が爵位と領地を受け継ぐのだから、関係の深い他の貴族に紹介しておかねばならない。「何かあればよろしく頼む」と縁をつなぐために。

 そのため、ラング子爵は長男の満一歳の誕生日パーティーにその関係の深い家を厳選して招待した。


 会場は、ラング子爵の本邸。今は国中の貴族が王都に集まる社交シーズンではなく、子爵の領地は王都から馬車で六日以上かかる土地。招待しても応じられる貴族の数も少ないので、予算的にも優しい。


「ご子息が生まれてから一年ですか。誕生の報せを聞いた時は、我が事のように嬉しかったのを覚えています」

 ゲストにとっても、関係が深い家が後継者問題で揉めないか、次期後継者とこれまで通りやっていけるか確認するのは重要案件だ。

 特に、ベルメン男爵の領地はラング子爵の領地と境界が接している。常に笑顔で仲良くとはいかないのが世の常だが、自然災害に見舞われれば小領主同士助け合わないとやっていけない。


 権謀術数が蠢く政治の世界だが、結局は人と人。繋がりがものをいう局面も多いのだ。


「王都ではご挨拶が出来ずに申し訳ない」

「お気になさらず。領地経営の大変さは私も身に染みています」

 なお、諸事情によって招待された当人が出席できず代理を立てることはよくあることだ。また、代理ですら難しい場合は手紙で断ることも出来る。……あまりもそれが続くと失礼にあたるが。


「本日は我が領自慢のナマズ料理をご用意しました」

 そしてパーティーにはご馳走がつきものだ。ホストの経済力や自領の食糧事情をゲストに見せて、「うちは心配いりませんよ」とアピールするのである。


「子爵お抱えの料理人のナマズ料理は絶品ですからね。メインを楽しみにさせてもらいますよ」

「それが実は予定が変わりまして……」

 そう言いながら、ラング子爵は会場の奥を手で指した。そこには、一瞬牛のものと見間違える程大きなウサギの首が飾られていた。


「あれは、まさかスタンプラビット!?」

 それは魔物化した、スランプラビットと呼ばれ恐れられるウサギの首だった。元がウサギとは思えない程凶暴で、牛の大腿骨も小枝のように嚙み砕く前歯と顎を持つ。だが、最も恐ろしいのはその強靭な後ろ脚から繰り出される蹴りだ。無防備に受ければ重武装の騎士も鎧ごと蹴り潰される。

 ウサギから変化した魔物の中では、最も恐れられる種だ。


「ええ、昨日討伐に成功しました。なので、さっそく料理長に腕を振るってもらったのですよ」

「素晴らしい。ラング子爵の弓と魔法の冴えは、鋭さを増すばかりですね」

「ははは、家臣達が誘き出してくれたからですよ。彼らの活躍のおかげで、領民に犠牲を出す前に魔物を射殺すことが出来ました」


 この世界に存在する危険な魔物から領地領民を守るのも、統治者の義務だ。討伐した魔物をパーティーに饗するのは、その義務を果たすだけの武力があると示す格好の機会なのだ。


「おお、これはアルベルト・オルフェ伯爵。ようこそ、当家へ」

 そんなラング子爵家にアルベルトは訪れていた。

「本日はお招きいただきありがとう、コルネオ・ラング子爵」

 盛装し、控えめだが装飾品を身に着けたアルベルトは、確かに伯爵に見えた。しかし、見る者が見れば服も装飾品も、十年以上前に流行ったデザインだと気が付くだろう。


 下位貴族の場合、毎年礼服やドレスを買い替える余裕がない。それどころか、店から既製品を借りる金も惜しいため、古い服を繰り返し手直しして体裁を整えることは珍しくない。しかし、上位貴族である伯爵となると珍しい。よほど困窮でもしていない限り。


「すまないが、妻は体調が思わしくなくて領地で休ませている。夫婦でご子息の誕生を祝いたかったが、残念だ」

 そして、当主が……それも入り婿が一人で参加しているのも不自然だ。小規模なパーティーだったとしても、妻や婚約者がいないなら従者を供にするのが常識だからだ。


「そうですか。奥様にはよろしくお伝えください」

 そうした不自然な点の理由を知りつつも、ラング子爵は穏やかな笑顔でアルベルトと握手を交わした。

 ラング子爵家はベルメン男爵領だけでなく、オルフェ伯爵領とも境界を接している貴族だ。アルベルトの妻、カタリナ・オルフェが体調不良でないことも、彼が古臭い礼服を着て供を連れていない理由も、だいたい察している。


 カタリナの祖父、ビルギット・オルフェの放漫財政によって伯爵家の財政は著しく悪化した。しかも、そのビルギットは当時出現した強大なドラゴンを倒すべく家臣団を率いて突撃し、華々しく戦死してしまった。


 ビルギットは正式な妻を迎えていなかった。そのため、オルフェ伯爵家の親類縁者は次の当主を誰にするか揉めに揉めた。そして選ばれたのが、ビルギットの残した庶子の中で唯一貴族としての教育を受けていたカタリナの父、クランドール・オルフェだった。

 クランドールに期待されたのは、オルフェ伯爵家の財政の立て直し。彼はその目標に狂進した。


 そう、狂進。そう評する以外ないほど、クランドールは節約を重視した。

 母親を含めた父の愛人たち、そして自分の腹違いの兄弟達に手切れ金を押し付け、追放。以後、オルフェ伯爵家とは何の関係も無いと書類を書かせて。


 ビルギットが行った様々な事業を見境なく停止。取引していた複数の商人に入札させ、最も低価格を提示した商会に取引を一本化。神殿への布施を今後一切せず、行事にも協力しないと宣言。税金も上げに上げた。


もちろん、自身の身も切っている。王都でオークションを開催し、伯爵家に代々伝わる物以外、特にビルギットが買い集めた美術品や装飾品は全て売り払った。使用人も必要最低限な人員のみを残して解雇した。当然社交も取りやめ。出なければいけないパーティーに出席するときも、何とかして欠席できないかと頭を捻るほどだった。


 自身の妻は、他の貴族家の令嬢ではなく家臣の娘を迎えた。作った子供も「一人いれば十分。二人以上は金の無駄だ」とカタリナ一人。

 そして、そのカタリナも父からの教育によって立派な節約狂になってしまった。ビルギットが残した借金を完済し、クランドールが亡くなってからも過度な緊縮財政を維持し続けている。


 予期せぬ災害や戦火に晒されたとき、今の伯爵家の財産では耐えられないからという理由で。

 そのせいで、アルベルトは伯爵にしてはみすぼらしいしい身なりで一人、社交に出ている。オルフェ伯爵家の金ではなく、彼の私財で。


「今日は夫人への贈り物として、プラベリーを持参しました。王都のパーティーで、故郷でよく口にしていた果物が今はなかなか手に入らないと残念がっていると聞いていたので」

「おおっ、プラベリーを!? それはありがとうございます。しかし、いったいどうやって手に入れたのですか?」

 ラング子爵夫人の故郷の味の果物、プラベリーはこの辺りの土地では育たない。また、傷み易いため商人たちに取り寄せてもらうことも難しかった。


 妻の為にも出来るなら今後も手に入れたい、そう考えているだろうコルネオ・ラング子爵に、アルベルトは笑顔で答えた。

「私が以前から取引している商人の伝手です。興味があるなら、私が紹介しましょう」

「となると、ピッタリア商会ですか」

「ええ、小規模栽培なので大量には手に入らないと思いますが」

「それで十分です。ありがとうございます」


 当然、ピッタリア商会の伝手とはアルベルトの隠し子、レオディーナだ。彼が土産に持参したプラベリーは、彼女が『成長促進』の魔法で種から育てた果樹に実ったものだった。

(ディーナ、君のおかげで私は恥をかくことなく、パーティーに出席出来た。ありがとう、私の天使)

 こんな明るい気分で貴族の祝い事に参加できるようになったのは、いつ以来だろうか?


「先日領内に出た凶暴な魔物を討伐したと耳に挟みました。子爵得意の付与魔法をかけた矢で、魔物を射殺したとか。是非、武勇伝を聞かせてください」

「いやぁ、お恥ずかしい。家臣たちのおかげと、天の助けによるものですよ」

「それも子爵の指揮と、日ごろの鍛錬があったからこそ。私も見習いたいものです」


 そうアルベルトが言うと、コルネオの瞳に一瞬哀れみが浮かんだ気がした。彼が本気で言ったことが伝わったのかもしれない。


 クランドールは一人娘のカタリナの夫、次期オルフェ伯爵も自分の時のように家臣の子弟から選ぼうとした。だが、そこで王国政府から待ったがかかった。

 有象無象の下位貴族ならともかく、上位貴族で建国王の側近から続く伯爵家の当主が三代続けて非貴族との間に生まれた子になることは認められなかったのだ。


 ビルギットは、歴史ある伯爵家に相応しい魔力量の持ち主だった。しかし、彼とその愛人の間に生まれたクランドールの魔力量は格段に落ちていた。彼と家臣の娘との間に生まれたカタリナの魔力量は、さらに下だ。

 しかも、クランドールは家臣団の規模も縮小させている。このままでは貴族の義務である領地領民の守護にすら、支障が出かねない。そう王国政府は危惧したのだ。


 そしてオルフェ伯爵家に婿入りすることになったのが、伯爵家の遠縁にあたる男爵家の三男。王宮で新人文官として働く、アルベルトだった。

 そうした事情は発表されていないし、アルベルト自身が口にしたことも無い。だが、ことさら秘されているわけでもない。


 ましてやラング子爵はオルフェ伯爵のお隣さんだ。特に調べなくても大まかな事情は伝わるし、これまでのアルベルトの扱いを見ていれば察するにはあまりある。

「では、パーティーが始まりましたらお話いたしましょう」

「ありがとうございます。娘は魔法が大好きなので、良い土産話になります」

 コルネオの哀れみが心地よかったせいか、アルベルトはそう口を滑らせてしまった。


「おや、ルナリア嬢も魔法に関心を持つ年頃になりましたか」

「……ええ、魔法は貴族の嗜みですから」

「そうですか、それは何よりです。では、私は他のゲストの方々に挨拶をしなければならないので、一先ず……」

「ええ、後ほど」


 コルネオと別れ、パーティー会場で使用人から飲み物を受け取ったアルベルトは内心かいていた冷や汗を拭った。

(上手く誤魔化せたただろうか?)

 細やかな企みが上手くいっていることに気をよくし、ついやってしまった。


(大丈夫だ、コルネオとは昔からの付き合いだ。もし勘づかれたとしても、心配ない)

 アルベルトの企み。それは自分の人生を取り戻し、幸せを手に入れるためのオルフェ伯爵家への復讐計画だ。


 貴族社会の末端の男爵家の三男が、伯爵家の入り婿に。生まれた子供が成人するまでの間とはいえ、無位の文官から伯爵になった男。まるでシンデレラボーイのようだが、実態は違う。

 コルネオ達が察している通り、アルベルトのオルフェ伯爵家での扱いは酷いものだ。特に義父となったクランドールが存命だった頃は、口を利く種馬兼使用人だった。


 婿だから給料は払われないし、オルフェ伯爵家から彼のために出される予算――つまり小遣い――は、伯爵家の次期当主の体面を保つためにはとても足りない額。新人文官時代に受け取っていた給料を下回り、男爵家の三男より下の生活をしなければならなかった。


 アルベルトも婿入りしてから何年かは、オルフェ伯爵家に受け入れられようと必死になった。彼なりにカタリナに寄り添おうとし、伯爵家について学び、認められるために功績をあげようとした。

 しかし全て否定された。カタリナはアルベルトを夫として扱わず、伯爵家の家臣団は「媚びている」と彼に聞こえるように陰口を囁き、クランドールは「君が失敗すれば当家の負債が増える」と叱責するばかりだ。


 それでいて種馬以外に割り当てられた仕事は、伯爵家の社交担当。クランドールは貴族として最低限必要な社交を、アルベルトに押し付けたのだ。

 もちろん、アルベルトは予算の増額を求めた。だが、クランドールは「そんなに贅沢がしたいのか、この金食い虫め!」と彼を罵倒するばかりで取り合おうとしなかった。


 アルベルトにとって唯一味方になりえるのは彼の実家だが、その実家は王都から離れた辺境にある。手紙を出しても返事をもらうまで三か月はかかるし、社交シーズンでもめったに王都まで来ない。

 とても頼りにはならなかった。


 平民も普通に利用する程度の宿に滞在し、既製品の礼服に平民でも手が届く程度の装飾品を身に着け、その都度借りるため伯爵家の紋章が無い一頭立ての馬車でパーティーに出席する。アルベルトは、自分がパーティーのゲストなのか余興のために呼ばれた道化なのか、分からなくなっていった。


 精神的にボロボロになったアルベルトが酒と女に逃避したのは、当然の成り行きだった。そして使える金が限られていて、伯爵領内に味方がいない彼が選んだのは王都の貧民街にある酒場だった。治安の悪さも気にならない程、彼は自暴自棄になっていたのだ。


(ナタリー、私の女神。最愛の人)

 そこで出会ったのが、ナタリーだった。彼女はまだ少女と言っていい年齢で、初めてだった。それなのに彼女はアルベルトを慰め、慈しみ、癒してくれた。

 アルベルトは溺れた。ナタリーの美貌、体、そして何よりも愛に。


 予算をやりくりして、毎日のようにナタリーの元に通う日々が続いた。だが、幸せな時間は長くは続かなかった。クランドールに酒場に通っていることがばれたのだ。

 即刻止めるよう手紙で指示を受けたアルベルトは悩んだ。このままナタリーを連れて逃げ出すか、迎えに行くまで彼女に耐え忍んでもらうか。


 どんなにケチ臭くてもクランドールは伯爵だ。スラム街の娼婦の一人くらい、簡単に消すことが出来る。

 入り婿が入れあげている娼婦にかかる金よりも、殺し屋を雇う方が安く済む。そう判断すれば人殺しも躊躇わない冷血な男だと、アルベルトは彼のことを考えていた。


 今はまだナタリーの存在までは気づかれていないようだが、このまま彼女との関係を続けていればいずればれる。だが、ナタリーを諦める事は出来ない。

 しかし、自分一人ならともかく、ナタリーを連れて逃げてやっていくことが出来るのか。ほぼ名目だけとはいえ、貴族としての立場を捨てた自分に、全く新しい土地で彼女を養っていけるのか。自信は無かった。


 そしてアルベルトは渡せるだけの金をナタリーに渡し、必ず迎えに行くから待っていてくれと彼女と約束をして別れた。

 それからアルベルトは変わった。ただやり過ごすだけになっていた日々を、熱意をもってこなすようになった。


 オルフェ伯爵領の周辺の領地を治める貴族と積極的に交流し、王都では道化役でも何でもやった。以前はみじめに感じた哀れみや同情を買えるよう立ち回った。

 そうすることで汚れるのは自分の名誉だけではなくオルフェ伯爵家の、何より現当主のクランドールとその娘のカタリナの名誉が傷つき汚れると気が付いたからだ。

 また、伯爵領内の問題を指摘し、改善を訴え続けた。言葉だけでなく保管義務が生じる正規の書類にして。


 そうすることで、クランドールとカタリナは入り婿を冷遇した非道な義父と悪妻として周囲に印象付け孤立させる。その一方で、アルベルト自身は伯爵家のために身も心も尽くしてきた哀れな被害者を装った。

 ばれることはない。ラング子爵たちはクランドールやカタリナと顔を合わせることはなく、証拠の書類は他ならぬ伯爵家に保管されている。


 そして貴族との伝手を捜していたピッタリア商会と手を結び、金を借りて事業を起こした。それも義父達の怒りを買ったが、「もし事業が失敗した場合、負債を追うのは私個人であり伯爵家には関係ない」と商会と交わした書類を見せて黙らせた。


 そこまでしてアルベルトが目指した目標は、オルフェ伯爵家で認められることでもなければ、乗っ取り実権を握ることでもない。将来ナタリーを迎えに行き人生を取り戻すことだ。

 そのためにカタリナとの間に生まれたルナリアが成人し、婿を迎えた時に瑕疵無く離婚したい。慰謝料を請求されるなんて以ての外だ。

 そして、ナタリーと余裕のある豊かな生活を送るために必要なコネと金を手に入れたかった。


 動き出したアルベルトにとって幸運は三つあった。

 一つは、いつの間にかルナリアが生まれていたこと。無責任なようだが、アルベルトはカタリナの懐妊と出産、どちらも知らされていなかったのだから仕方がない。

 春にカタリナが身ごもり、社交シーズンでアルベルトが王都に赴きナタリーと出会って別れ、伯爵領に戻ってくるまでの間に生まれたのだろう。


 二つは、義父クラハドールの早世だ。アルベルトが王都にいる間に、彼は事故死した。その知らせを聞いた時、人は嬉しい時も涙を流すのだとアルベルトは初めて知った。

 これでアルベルトはオルフェ伯爵となった。実が伴っていなくても、書類上は彼が当主だ。自由にできる権限はあまり増えなかったが、他の貴族に対する発言力は格段に増した。


 そのお陰でアルベルトはより自由に動くことが出来た。ルナリアとウェンディア伯爵家の令息との縁談をカタリナに断りなく纏められたのもそのお陰だ。

 カタリナが亡き父に倣って娘の婿を家臣の子弟から選ぼうとしたら、また王国政府から横槍が入るかもしれない。そうなれば彼女と離婚するのが先延ばしになってしまう。それを避けたかったのだ。


 ……こんな家に婿に来るカルナス少年には悪いことをしたと思うが。


 ともかく、これでアルベルトは本格的に動きを加速させた。裏では企みを進めながら、表では今までよりも熱心に社交に精を出した。


 そしてパウルと金を稼ぎ、旧貴族街に小さいが家を買うことが出来た。そしてパウルにナタリーの捜索を依頼し、家に彼女を迎えるための準備を整えた。

(ディーナ。私の天使)

 そして三つ目の転機が起きた。ナタリーとの間に娘が……レオディーナが生まれていたのだ。


 自分が生まれた事さえ知らないまま迎えに来た父親を、あの子はパパと慕ってくれている。恨まれてもおかしくないのに。なんと心優しく健気な娘だろうか。

 そんな愛娘のために、アルベルトは自分が出来る事をしようとした。自分が貴族でいられる間に、良い嫁ぎ先を見つけようとしたのだ。勉強をしたいと望むレオディーナに淑女教育を優先して受けさせたのもそのためだ。


 レオディーナの出自と肌の色はこの国ではマイナス材料だが、彼女の歳で魔法が独学で使えるなら問題ない。後はマナーさえ身に着ければ引く手数多だ。

 伯爵以上の貴族は後妻か側室でもなければ難しいが、家臣の妻ならそこに収まらない。他にも稼いでいる魔道士や商人、安定しているギルド職員等いくらでも相手は見つかるだろう。


(誰がお前をそんじょそこらの男にやるものか。君は私の宝だ)

 だが、それは間違いだった。レオディーナは、アルベルトが想定していた天才の枠を遥かに超える才能の持ち主だった。


 バンクレットから告げられた彼女の魔力量は、最低でも大の下以上。彼女の歳でその魔力量なら、王立学園入学どころか、宮廷魔道士の座さえ狙える……いや、望めば成れる才能だと太鼓判を押された。

 それが真実だと証明するように、レオディーナは難しいらしい訓練法や新たな魔法を次々と習得。パウルも「お嬢様は同じ重さの黄金よりも価値がある」と断言する程だ。


 そのためアルベルトは自身の復讐計画を修正した。レオディーナの希望にも沿う形で。

 パウルと組んで行う彼女のビジネスのために、アルベルトはオルフェ伯爵の地位を利用した。当主の権限でピッタリア商会に開発の許可を出し、キノコ栽培事業を始めたのだ。

 それは手始めに過ぎない。今後もオルフェ伯爵の名を利用してレオディーナのビジネスを後押しする予定だ。今日、ラング子爵にピッタリア商会を介してレオディーナを売り込んだのもその一環。


(カタリナ、ライオット、ルルモンド商会。そして地獄に落ちているだろうクランドール! 偉そうにしていられるのも今の内だ!)

 ルナリアが成人し、カルナスを婿に迎えるまで早くても後六年。遅くとも十年。それだけ時間があれば、レオディーナとピッタリア商会は、オルフェ伯爵領にとって必要不可欠な存在になる。


 先日受け取った手紙にもあったが、レオディーナは今回もアルベルトの予想を超えた。高度な回復魔法によって、幼い子供の重度の火傷痕を綺麗に治したのだ。

(なんと優しい子だろうか。これで領民達の支持もあの子のものだ!)

 彼女は経済と食料、そして医療を牛耳り、貴族すら無視できない勢力に成長する。オルフェ伯爵領は発展するが、領民が仰ぐのはオルフェ伯爵一族ではない。レオディーナとピッタリア商会だ!


(私がどれだけみじめな思いをしていたのか、身を以て味わうがいい! だがその時になって私達を恨むのはお門違いだ。お前たちは私の……レオディーナのおかげで救われるのだろうからな!)

 出ていく金を少なくすることに血道をあげているカタリナ達は気が付いていない。オルフェ伯爵領の領民は、ずっと以前から限界だったことに。


 上がったまま下がらない税金。不作でもいっさい下りない援助。物流の便は悪く、なけなしの財産をかけても高度な医療は受けられない。それでいて魔物や山賊が出たら自力で対応するしかない。

 それでも領民達が大人しいのは、平民は貴族に従うべしというラドグリン王国の常識……文化、法律、そして価値観。何より、ルルモンド商会が伯爵領の商いを牛耳り王都や他領の情報が伝わりにくくしているからだ。


 それでもいずれ何かのきっかけで暴発し、松明や農具を持って伯爵邸を取り囲んでいただろう。そうなって初めて、カタリナ達は気が付くのだ。

 アルベルトの企みによって、レオディーナとピッタリア商会によってオルフェ伯爵領の諸々の問題が改善されないままなら、そうなるだろう。


(幸運に感謝するがいい)

 そう内心笑いながら、グラスを傾ける。視線の先では、コルネオ・ラング子爵が挨拶を始めていた。横には一歳になる息子を抱いた夫人の姿もあった。


 その姿に自分とナタリー、そしてレオディーナが重なる。いつか、彼女達と家族であることを公にしたいと。

(それに、巻き込んでしまうカルナス君と……ルナリアへの罪滅ぼしにもなるだろう)

 ふと過った罪悪感は、乾杯の挨拶でかき消し、グラスに残った酒で押し流した。







「隣のお屋敷が欲しいのって、パパにおねだりするのは流石にアレだよね?」

「そうねぇ、ママもちょっと無理だと思うわ」

 その頃、地下室でレオディーナとナタリーは日光を浴びながらそんなことを話し合っていた。


 需要があるか不明ですが、こういったことを考えるのが好きなので置いておきます。


〇作中における現段階の魔力量分類


・上の大:人類のトップ層。王族や上級貴族でもここに至る者はごく少数。上の中を超えた者はここに分類される。

中以下の難易度の魔法なら、唱え続けても魔力が切れる前に喉のケアが必要になる量。一発で周辺の地形を変えるような大規模攻撃魔法を、一日に複数回唱えられる。

 存在するだけで抑止力になるし、国境に近づくだけで関係の悪い隣国との緊張が高まる。現在のレスタト・ヒルゼン。


・上の中:据え置き型の魔力量計測器が計測できる限界点。魔道士のトップ層。大国の王族や上流貴族なら複数人いる。

 大規模攻撃魔法を一日に一発以上唱えられる。

 この段階以上の魔力量の持ち主は、「これだけの力を放置することは出来ない」と判断されそれだけで宮廷魔道士への道が開かれる。

 学生時代のレスタト・ヒルゼン。未計測だが、レオディーナもこの段階だとバンクレットはみなしている。


・上の下:大国の宮廷魔道士としては平均。大国の王族なら、少し珍しい程度。魔道士ギルドの魔道士の上澄み。

 魔力切れを覚悟すれば、大規模攻撃魔法を一日一回唱えられる。


・中の上:宮廷魔道士としては平均以下、やや少ない。王族なら普通。貴族なら「多い」と評価される。魔道士ギルドの組合員なら多い方。魔法使い(本業のために魔法を活かしている人々)だと、滅多にいないくらい多い。

 学生でこの魔力量の持ち主なら、才能在りと評価され魔道士になる事を勧められる。

 大規模攻撃魔法を唱えることは出来ないが、高難易度の魔法なら唱えられる。


・中の中:宮廷魔導士にはまずなれない。王族なら少ない方で、魔力量を気にする貴族なら普通。魔道士としても平均的。携帯型魔力量測定器が測定できる上限。

 この魔力量を持つ学生が「魔道士になりたい」と言った場合、教師も気兼ねなく応援できる。

 低難易度の魔法なら気兼ねなく唱えられるが、中難易度以上の魔法は魔力の配分を考える必要がある。

 現在のバンクレットがこの段階。


・中の下:王族なら心配されるほど少ない。伯爵以上の貴族ならまだ普通。魔道士としては、やや平均をした回る。

 この魔力量の学生が魔導士になる事を望む場合、親や教師からは「お前の努力次第でなれるだろう」と応援される。


・小の上:王族なら顔を顰められる程少ない。伯爵以上の貴族としても少なめだが、いない訳じゃない。魔道士としてやっていくには心もとない。魔法使いとしてはやや多い方で、強化魔法や付与魔法を使う騎士なら平均的な量。

 また、時折平民の中にもこの魔力量を持って生まれてくるものがいる。

 幼少期から学生時代初期のバンクレットがこの魔力量。


・小の中:魔道士としてやっていくには足らない。騎士としては平均を下回る。子爵以下の貴族なら普通。

 この魔力量の学生が魔導士を目指そうとする場合、教師はやんわりと止める。

 初歩的な魔法なら使えるが、低難易度の魔法を唱えるには訓練が必要。


・小の小:騎士や魔法使いとしても少ない。子爵以下の貴族なら、この魔力量の者も珍しくない。また、十人に一人ぐらいの割合で平民の中にもこれぐらいの魔力を持っている者がいる。

 魔法を習い始めたナタリーがこの魔力量。


・無し:正確にはかすかに魔力を持っているが、全てかき集めても自力では生活魔法一つ唱えることができない程度の量。ここから魔力量を増やすのは至難の業。大多数の平民がこの段階。



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誤字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
原作?的には 伯爵家の娘として生まれた(想定ドアマット)ヒロインは、死ぬ前に(遅い)改心したお母様から生前に教育虐待を受け 父親から(母と祖父ちゃんのせいで)愛されず たぶん辺境伯の養子の黒髪の子がヒ…
タイトルからすると、ルナリアがさらにひっくり返す可能性もありそうですね。 ゲームと現実は違うとはいえ、これを覆すとなると、カタリナとルルモンド商会のやらかしを全部アルベルトにおっかぶせて断罪するしかな…
アルベルト、大層気の毒だけどルナリアには全く関係のない話ですよね。
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