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14話 隠し子の日帰り冒険!

 お祝いの翌日。キノコ栽培場が完成し、問題なくキノコの栽培が出来ることが分かったのですぐ王都へ帰る――ということはなく、レオディーナ達はまだテント村に滞在していた。

(パウルさんがテンプラやカラアゲにあんなに興味を持つなんて、予想外だった。でも、ママに口止めするのも変な話だったし……誤魔化せたようだからいいか)

 そして、工事も続いている。


「では、今日から加工施設の工事を始めます。お嬢様もギュスタン殿も、よろしくお願いしますよ」

「はーい」

「パウル殿、私は、工事専門の魔道士ではないはずだが? むしろ、初めての経験ばかりなのだが?」

 レオディーナの師匠役兼家庭教師として同行しているはずのバンクレットも、パウルはちゃっかり労働力として活用していた。


「いやはや、初めてでここまで出来るとは流石ですね、ギュスタン殿。報酬は弾むのでお嬢様同様頼りにしていますぞ」

 もちろん、相場以上の給料は支払う予定だ。


「パウルさん、先生は午後からあたしとママの勉強を見てもらうんだから、あまり疲れさせないでね」

「くっ! パウル殿、報酬に色を付けてもらうからな!」

 王都に帰ったら、妻子と普段は行かない高級レストランに行こう。バンクレットはそれを楽しみに慣れない建築工事に勤しんだ。


 材木や石材を『浮遊』させて運び、古代コンクリートを作って作業員が施工するのを待って『全乾』をかけて固めていく。


「パウルさん、加工場だけじゃなくて村作りもするの?」

「今は栽培場の従業員用宿舎や必要な施設を建てるだけですよ。いつまでもテントや掘っ立て小屋で寝起きさせては、仕事に差し障りますから」

 しかし、パウルの工事計画は加工場の建設で終わりではなかった。栽培場や加工場で働く職員のための宿舎や輸送に使う馬を休ませる馬小屋、そして倉庫を建設予定である。


「安心してください、移動にかかる時間も含め、約一か月で王都に戻れるようスケジュールは常に調整しています」

「それってあたし達が工事を速める程、仕事が追加されるってことじゃない?」

「貧乏でもないのに暇がないとは……」

「いえ、ちゃんと休日は確保しています。過度な労働は事故の元。一週間に一日は休み、翌日からまた張り切って働いてください」


 パウルのピッタリア商会は、意外なことにこの世界ではホワイトな部類の職場だった。

「リフレッシュしろと言われても、近くの村まで行っても何もないではないか」

「それはたしかに。浴場の次は、酒場を併設した宿の工事に取り掛かりましょう」

「墓穴を掘ってしまったか!?」


「あたしは行きたいところがあるんだけど、案内と護衛の人の手配を頼みたいんだけどいい?」

 頭を抱えるバンクレットの横でレオディーナがそう言うと、パウルは真面目な顔をして聞き返した。

「どこに何をしに? それによって経費をお嬢様の報酬から差っ引くか否かが決まります」

「適当な森に植物採集に行きたいの。あたしの報酬からお願い」

「分かりました。経費は商会の予算で落とします」

「えっ? なんで?」







 そして待ちに待った休日。レオディーナは要望通り森に赴いていた。

「ここが森……う~ん、王都や馬車で通った草原や麦畑とは違う匂いがして新鮮だわ」

 王都から出たことがなかった彼女にとって、初めての分かりやすい自然だ。胸いっぱいに森の空気を吸い、感慨にふける。


「この森って何て名前?」

「俺らは『森』としか呼んでない。他の森は行かねえから。領主様達なら、知っているかもしれないが」

 問われたオランドはそう答えた。彼はこのテント村から一番近い森へ年に何度も入っているというので、パウルが彼に案内を頼んだのだ。この二人に加えた護衛の傭兵三人が、一行のメンバーである。


「へ~。昼でも奥の方はうっそうとしていて良い森ね」

「そうかい?」

 森の入り口から奥の方を眺めて、嬉しそうにしているレオディーナ。オランドはそんな彼女の様子に首をかしげていた。普通、年頃の女の子は花畑とか原っぱとか、そうしたところに行くものではないだろうか? なのに、何故こんな森に行きたがるのかと。


 しかも、格好が変わっていた。服は上着とズボンといった工事中と同じだが、昨日までそれぞれ左右に纏めていた髪を帽子にしまっている。枝に引っかからないようにするためだろうが、まるで少年のようだ。

(魔道士の先生がレオディーナ嬢なんて呼んでいるから、良いところのお嬢だと思ってたが、違うのか? 噂だと会長の愛人の連れ子らしいが)


 オランド達作業員の間では、レオディーナとナタリーが何者なのか話題になっていた。会長パウルの愛人とその間に出来た隠し子。または、ピッタリア商会が借金のかたに引き取った貴族の夫人とその娘だと彼らは推測していた。


 オランドも気にはなるが――。

「ところで、こんな森に王都に無いキノコや木や草があるのかい?」

 しかし、子供に直接聞くことではない。その子供が息子の恩人ならなおさらだ。そう良識を働かせたオランドは、他のことを尋ねた。


「うん、結構あると思うわ。王都の市場には傷みやすいキノコや果物は並ばないらしいから」

 現代日本でも、傷みやすさや希少さから地元でしか消費されず、都会まで輸送されない食材が幾つもあった。

 流通網の整備や輸送や加工の技術が、現代日本と比べるとずっと劣っているこの世界なら猶更だ。


「そういう訳でオランドさん、あなた達が森で採るキノコや山菜、果物を教えて!」

「はぁ、そんなもんかね。今の季節なら――」

 オランドはレオディーナを連れ、一時間ほどでいくつかのキノコと山菜、木の実を集めて見せた。


「これはミキダケ。木の幹に生えてヌルヌルしているが、歯応えが良い。こっちはハルタケ。栽培場のシメジに似てるだろ。これはナメクダケ。ナメクジみたいにぬるつくが毒は無い。汁物に入れると美味いんだ」

 一般的にキノコと言えば秋だが、春に収穫できるキノコも多い。それはこの世界でも同じだった。


 オランドが見つけたキノコはそれぞれ、日本のキクラゲ、ハルシメジ、ナメコダケに相当するキノコだろう。

 ハルシメジはシメジに似たキノコだが、キクラゲとナメコダケは大収穫だ。前世の記憶でそれぞれ美味しかったとある。


(ありがとう、前世のあたし。知識は荷物にならない財産と言ったけど、異世界に持ち込めてよかった)

 いくら『想起』の魔法で思い出せるとは言っても、そもそも知らなければ思い出しようがない。動画や記事の流し見程度でも知っていてくれて助かった。


「王都には無かったのかい? まあ、これを態々十日以上かけて売りに行こうってやつはいないか」

「ここから馬車で七日。徒歩ならもっとかかるもんね。ねえ、このキノコの名前は正式な物?」

「いや、知らねぇ。この辺りではそう呼んでるが、学者先生がどう名付けてるかはさっぱりだ。お嬢は知らないのかい?」

「うぅん、図鑑には載ってなかったのよね」


 アルベルトが揃えてくれた教本の中には、いくつかの図鑑が含まれていた。そこに植物図鑑もあったのだが、これらのキノコについては書かれていなかった。地球には存在しないだろうサンダーマッシュルームとか、ドラゴンファングなんて名前のキノコが載っていて、面白かったのだが。


(正式な名前が分からないなら、あたしが適当に。名付けても構わないよね。キクラゲとかナメコとか)

 栽培しているシイタケやシメジ、マイタケなんかと同じように前世と同じ呼び方をしよう。そう企みながら、見つけたキノコを箱に入れるように小型の結界に梱包し、背負っている籠に放り込む。

 キノコ以外にもオランドが見つけた木の実や山菜を入れているため、既に結構な大荷物になっていた。


「お嬢、持ちましょうか?」

「いや、護衛のあんた達が余計な荷物を背負う訳にはいかねぇだろう。俺が持つよ」

 それを見かねた傭兵とオランドがそう提案するが、レオディーナは大丈夫と答えた。


「強化魔法を自分にかけているから、これぐらい平気。今のあたしは、見かけより力持ちなのよ」

 そうレオディーナが言った瞬間、オランドは思わず距離を取った。

「いや、大丈夫だから。大人の男の人と同じくらいに抑えてるから、そんなに離れないでよ」

「そ、そうかい?」

 レオディーナが岩を殴り砕いたことは、オランド達現場作業員の間に知れ渡っていたのだった。


「ともかく……ありがとう、オランドさん。お陰で魔法を使わずにすんだわ」

「キノコや山菜を捜す魔法なんてものもあるのか。だったら、最初からそれを使えばよかったんじゃないか?」

 スラム街で栽培するためのキノコを捜すために編み出した魔法だったが、問題があった。


「キノコを捜す魔法はあるけど、毒キノコや毒が無くても不味いキノコにも見境なく反応しちゃうの」

 そのため、スラム街では見つけたキノコ一つ一つに魔法でさらに選別する必要があった。バラックで栽培していたのは、そうして見つけ出した貴重な食用キノコだったのだ。


「魔法を使うのは楽しいけど、あれは大変だったから。オランドさんに聞けて助かったわ」

「へへ、お嬢の案内で会長から報酬を貰えるんだから俺こそ助かるよ」

 照れくさそうに頭を掻いたオランドは、不意に視線を森の奥に向けた。


「これ以上探すなら森の奥しかないと思うが、俺は行ったことがないから案内できねぇ。それに森の奥には魔物の巣があるって噂だ」

「ここ、魔物がいるの?」

「ああ。森の外側まで出てくることは滅多にねぇし、俺達でどうにかなる程度の弱い魔物ばかりだが」


 自然界に偏在している魔力が体内に蓄積し、変化した動植物や無機物。それがこの世界における魔物だ。

「前に出たのは、俺が若造の頃だ。犬よりでかい野鼠の魔物が数匹出てきて、畑の作物や飼っている鶏を食い荒らした。村の自警団総出で追い払って、仕掛けた罠でやっと退治したんだ」


 発生した魔物の強さは、多くの場合元になる動植物の種類によって決まっている。野鼠程度なら、村人達が団結すれば追い払える。しかし毒蛇や狼、鷲が変化した魔物になると彼らではどうにもならない。

 人々はそうした魔物が出る土地から距離をとって町や村を築くことで、ある程度の安全を確保している。


 ただ、完全に離れることは出来ない。魔力の濃い土地は、その濃さの度合いや規模に違いはあるが世界中に点在している。

「あの時食った魔物の肉は旨かったなぁ」

 そして、魔物は倒す事さえできれば恵みになる。また、魔力の濃い土地には 錬金術の貴重な素材が見つかることが多い。魔道士の杖の材料になる魔木や、ポーションに使う魔草、ミスリルやオリハルコン等の魔法金属。レオディーナが図鑑で見た、サンダーマッシュルームも魔力の濃い土地にしか生えないキノコだ。


「へぇ、やっぱり美味しいんだ」

「ああ、塩をかけて焼いただけだったのに、鶏を食われた恨みも忘れる旨さだった。王都だと口にする機会はないのかい?」

「王都だと魔物の肉は高級品なんだ。周辺に魔物が出ないから」

 オランドの問いに答えたのは、傭兵達の中で最もベテランのトーラスと言う男だった。


 顔中に傷跡がある隻眼の大男で、泣く子も黙る悪党も逃げ出しそうな迫力がある。

「魔物の肉は傷み難いが、時間が経つと肉に含まれている魔力が抜けるせいで味が急に下がっちまう。王都になんて運ぼうとしたら、着くころには普通の肉と変わらなくなるんだ」


「魔力が抜ける?」

「そうとも。抜ける速さは魔物の種類にもよって変わるけどな。魔力が原因だから、解体処理を丁寧にしようが、冷やそうが関係ない。色々試したから確かですよ、お嬢」

 聞けば、トーラスはパウルと専属契約を交わす前は様々な戦場を渡り歩き、魔物退治の経験も豊富らしい。


「でも高級品って事は王都でも売ってはいるんだよね? それはどうやって味を維持しているの?」

「肉に魔力が抜けるのを防ぐ特殊な魔法をかけるか、専用の魔道具の箱に入れて運ぶんだそうだ」

 ちなみに、肉は魔力が抜けやすいのに対して骨は逆に魔力が残りやすく、ポーションや魔道具の素材に好まれるのだそうだ。


「お嬢がその魔法を使えるようになれば、パウルさんが魔物の肉を扱ってくれるかもしれないぜ」

「面白そうだけど、その魔物の肉で試してみないと無理かな~。トーラスさん達が一緒なら森の奥まで行って帰ってこれる?」

「いやぁ、無理だな。俺達の仕事はお嬢とオランドさんの護衛だ。それに、この目と脚じゃあ昔と違って無茶は出来ない」


 そう言って笑うトーラスは、左脚を軽く叩いて見せた。彼は戦傷によって片目を失うだけでなく、左脚も悪くしていた。日常生活は問題ないし、短い時間なら野山を駆け回り戦闘にも支障はない。しかし、筋力や素早さを強化する強化魔法の負荷には耐えられなくなったそうだ。


「おいおい、そんなんで大丈夫なのか?」

「心配無用だ、俺以外にも二人いる。ネズミの魔物はもちろん、ただの狼や熊ぐらいまでなら追っ払ってやるさ」

 不安そうな顔をするオランドに、トーラスはそう言って腰に下げた剣を抜いて構えて見せた。その姿には隙が無く、凄味があった。


「だが、お嬢を魔物の巣までエスコートするのは、どれだけ金を積まれても無理さ」

「分かった。ママと危ないことはしないって約束してるから、そろそろ帰りましょうか」

 レオディーナは素直に頷くと、森の外を指さした。魔物や魔力の濃い土地に生える産物に興味はそそられるが、危険を冒してまで行くつもりは無かった。


(魔法でゴリ押せるかもしれないけど、そこまでする理由は無いしね)

 攻撃魔法を知らなくても、防御魔法と強化魔法でどうにかできるかもしれない。しかし、動かない岩を砕くのと、凶暴な魔物と戦うのは違う。スラム街を出て半年以上。あの頃より魔力量も制御力も上がったレオディーナだったが、戦う術を知らないのは今も変わらなかった。


「襲ってくるのが魔物じゃなくてただの狼や熊でも、パニックで動けなくなっちゃうかも」

「安心してくださいお嬢、俺達が死ぬ気で護衛しますから。なあ、お前ら!?」

 トーラスの声に、「おうっ!」と応える傭兵達。それにレオディーナは「うん、ありがとう」と笑顔になり、オランドも安堵した様子を見せている。


 しかし、トーラスたちは真剣だった。パニックに陥った護衛対象は、時に敵より怖い。それが強大な魔力を持つ護衛対象ならなおさらである。


「お嬢、トーラスさんが逆に金を積めば目や左脚を魔法で治せたりしますかい?」

 内心の緊張を悟られないよう何か言おうとしたのか、傭兵の一人がそう尋ねた。

「おい、いくらなんでも無理を言うんじゃねぇ」

 すかさずトーラスが叱責する。


 この世界の回復魔法は、失った体の部位の再生が可能だ。しかし、それは最上級の回復魔法。宮廷魔道士や神殿の大神官でも、使えなくて当たり前という難易度だ。もちろん、消費する魔力の量も桁違い。

 オランドの孫の両手の火傷痕を治したのとはレベルが違う。


「う~ん……今は無理かなぁ」

「今はって、そのうち出来るようになるのか?」

「うん、頑張ればね」


 ただ、違うのはレベルだけだ。皮膚や肉を再生させ傷跡を消すのも、失った部位を新しく生やすのも、再生である点では同じ。なら、腕を磨けば失った部位の再生させる魔法も唱えられるようになる。その自信がレオディーナにはあった。


「この前トカゲで試したときは、新しく尻尾を生やせたの」

「お嬢、そりゃあトカゲの尻尾は生えてくるもんだからでは?」

「そうよ。だからトカゲより人にかける方が難しいから、期待せずに待っててね」

「……はははっ! 分かったよ、お嬢! せいぜい金を貯めておくよ!」

「傷跡を消すだけなら、今からでもできるけど?」

「それは止めておきますよ。俺達傭兵にとっちゃ、傷跡は勲章みたいなもんだからな」


 そうして楽しげに話しながらレオディーナ達は無事、テント村に帰還した。彼女の初めての冒険は目に見えるものも見えない物も多くを得る、大成功といえるものだった。






 テント村に帰ったレオディーナは、持ち帰ったキノコや植物を魔法で急成長させて栽培できるか試し、胞子や種の数を増やした。


(後はエノキが欲しいなぁ。似たキノコが見つかればよかったんだけど……あれ? そう言えば自然に生えているエノキって、あの白くて細長いのとは別の色と形をしてるんじゃなかったっけ? 困ったな。どう探せばいいんだろう?)

 悩んだ結果、『想起』で思い出したエノキダケの栽培方法を、見つけたキノコでエノキそっくりになるか今後試すことにした。


 それ以上にレオディーナを悩ませたのが、彼女の雇い主でもある父の『友人』パウルだ。

「では、酒を『成長促進』で熟成させることは出来ませんか?」

「うん、熟成は無理。『成長促進』は、生物の成長や活動を促しているだけで、時間の流れを速めている訳じゃないから」


 菌や酵母の活動を促進させ、発酵を進めることは出来る。だが、時間が流れることで酒に起きる変化……熟成を速めることは出来ない。

 そうしたことを、前世の知識を使わずに説明するのにかなり頭を使った。


(テンプラの件みたいなことを繰り返していたら、いつか必ずボロを出しちゃう。それまでにいい言い訳か、誤魔化し方を思いつけるといいんだけど。頑張って、未来のあたし)


 そして工事作業を進め、何人かの希望者やその家族に回復魔法をかけ、休日にまた森に赴いたり、ナタリーと一緒にピクニックに行ったりした。


 そして時は瞬く間に流れ、レオディーナ達はオランド達に見送られ王都への帰路に就いたのだった。


もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。




誤字報告ありがとうございます!

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