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12話 工事系隠し子の回復魔法

 工事現場の近くには、パウルが自身や住み込みで働く作業員のために設営したキャンプ村がある。ナタリーはここで夕食の支度など家事を手伝っている。彼女は立場上働く必要はないのだが、動かないと家庭教師達から出された宿題以外やる事がなくなってしまうのだ。


「お嬢様がこんなことが出来ると知っていれば、栽培場を地上二階の地下三階に設計させたものを!」

 夕方、そのキャンプ村でレオディーナが作った古代コンクリートを見たパウルは、思わずそう叫んだ。

「あ、ありがとう?」

 褒められたのかな? そう困惑するレオディーナ。なお、今彼女達が取り掛かっているキノコ栽培場は地上一階地下二階。地下がメインの栽培施設で、地上はキノコの加工や保存する倉庫の予定。


 それが四棟完成間近となっている。


「でも、そんなに強度はないと思うの。魔法で作った以外は普通のコンクリートだから」

 現代風に言えば、中に何も入れていない無筋コンクリートだ。内部の鉄筋が錆びる心配はないが、その分強度は低い。しかし、パウルもそれは分かっている。


「お嬢様、重要なのは強度ではなく早さです。施工後、魔法で瞬く間に乾かせるのなら工期を著しく短縮できます!」

「あ、言われてみれば確かに」

 パウルが評価していたのは、古代コンクリートそのものではない。それを即座に固めたレオディーナの『乾燥』の魔法だった。


 バンクレットから聞いたが、彼女以外の魔道士が唱える『乾燥』は表面から徐々に水分を奪い乾かす魔法。そのため対象の表面はすぐ乾いても、内部まで乾かすには時間と魔力が必要になる。

 しかし、レオディーナの『乾燥』は対象の表面も内部も均一に乾かすことが出来る。


「あんまり意識してなかったけど、もしかしてあたしの『乾燥』って凄いの?」

「凄いとも。私達が唱える『乾燥』とは別物だ。完乾……いや、『全乾』とでも名称を変えてはどうかね?」

「名称はともかく、今後増やす栽培場その他の建築物の工事にはぜひ――」

「パウルさん」

 盛り上がるパウルの言葉を、いつになく強い口調で発せられたナタリーの声が遮った。


「それだと工事中ディーナがつきっきりになってしまうわ。この子はまだ八歳なんですから、無理はさせないでくださいね」

「し、失礼しました。私としたことが、年甲斐もなく興奮してしまい……」


「ディーナも、焦ってお金を稼ぐ必要はもうないのよ。魔法を楽しむのは良いけど、お勉強も、そして体を休めることも大切なの。忘れないでね」

「うん、分かったわ、ママ」


「よろしい! パウルさんの仕事を受けるときは、アトリと一緒に相談して決めましょうね」

 そしてナタリーがいつもの柔和な雰囲気に戻り、ほっと安堵するパウル。彼は「何よりまず保護者に根回しするべきだった」と反省するのだった。







 レオディーナ達が来て二日目、この日の彼女の仕事は結界に使うブロック作りだった。

「『想起』……『転写』、『転写』、『転写』」

 板を重ねて作ったブロックに、魔法式を印刷していく。その途中でふと思いつき、手を止めてバンクレットに話しかけた。


「そう言えば先生、あたしの魔法を先生や他の魔道士に覚えてもらうのって難しいんですか?」

 レオディーナと同じ魔法を使える魔道士が他に居れば、今行っているような単純作業や昨日パウルが言っていたコンクリートの施工に彼女がかかりきりになることはない。

 それはそれで仕事がなくなり収入源が減るので困るのだが、パウルたちが何故そうしないのか不思議に思い尋ねてみる。すると、バンクレットは「良い質問だ」と言って答えてくれた。


「まず、魔道士ギルドの規約や魔道士間の暗黙の了解、慣習などに『他人の魔法を模倣してはならない』という決まりはない。開発者を偽ることは禁止されているがね」

 ラドグリン王国を含めた多くの国々において魔法は、現代日本の武道やスポーツ競技の技の扱いと似ていた。開発者の弟子や直接許可した者以外が勝手に見て盗んでも、罰則はないし使用料を開発者に支払う必要はない。


「しかし、そもそも模倣するのは簡単ではない。君だって、社交ダンスや芸術の授業で苦戦しているだろう? 見本を見せられても、すぐにできるものではない」


 歴史や外国語の読み書きは、『想起』の魔法で繰り返し思い出していればすぐ暗記できる。しかし、ダンスや芸術、そして外国語の発音はそうはいかない。

 頭で分かっていても手足が、舌がその通りに動くとは限らない。

 それはレオディーナも分かるのだが――。


「それと魔法って同じなんですか?」

「同じなのだよ。君は他人の魔法を模倣したことが無いから分からないのだろうが」

 ピンとこないなと思ったレオディーナだが、記憶を探ると「そうかも」と思うことが一つあった。


(そう言えば、テッドの魔法を真似しようとしたけど成功したことはなかったな)

 ギル坊ちゃんのお付きの少年、テッド。彼が魔法で植物を操り小さな隠し場所を作るところを、彼女は何度か見ている。そして、それを便利だとも思って自分でも出来ない何度か試したが、すべて失敗に終わっていた。


「それに、使える魔法には個人差が大きい。魔力の量の問題だけではなく、適正による向き不向きがあるのだ。『明り』や『浄水』、『発火』などの初歩的な魔法は誰でも唱えられる。しかし、それ以上の難易度の魔法……その『転写』や『成長促進』、そして昨日の『全乾』などの魔法は人を選ぶ」

 考え込んでいるレオディーナに、バンクレットはそう語りかけた。


「このように、魔法使いは習えば誰でも身につけられる学問としての側面より、個人毎に習得の可否が分かれる特殊技能としての側面が強い技術なのだよ。

 なので、模倣できるのなら誰の魔法でも構わないから見て盗みなさい。ただ、自分と同じことが他人も出てきて当たり前、とは思わないように」

 君は天才なのだから。言葉に出さずそう教える。


(少なくとも、私には君の真似は無理だ。懇切丁寧に教えられても、出来ないかもしれん。そんなことになったら、私の師としての威厳が砕け散ってしまう!)

 天才の弟子を持った師の権威を保つのは、大変だった。


「はい、先生」

「分かればよろしい」

 もっとも、そのバンクレットも個人差が大きい魔道士に短期間で螺旋訓練法を教える指導の天才なのだが……当人は相変わらず自覚していなかった。







 それが起きたのは、レオディーナが休憩を取っていた時のことだった。

「どうした、キリム!?」

「大丈夫か!? 腰をやっちまったのか!?」

 事故か何かかと思って振り向いたら、二十代半ばぐらいの男が不自然な姿勢で硬直していた。どうやら、立ち上がった拍子にぎっくり腰にでもなってしまったらしい。


「これじゃあ今日の仕事は無理だな。テントまで連れて行ってやって」

「ま、待ってくれ……それじゃあ日当が……」

「心配するな、昼まで働いたんだから半日分は払ってやる」

「そ、それじゃあ……足りないんだ……もうすぐ、妹が……嫁入り……」


 現場監督らしい男に、弱々しく訴えるキリムと呼ばれた男。彼は、この工事現場で働く大勢の男達と同じ現地採用の日雇い作業員の一人だった。普段は村で畑仕事をし、農閑期は森で狩りや採集で家族を養っている。

 ただ、去年彼の畑は病気や獣害のせいで不作。しかも、今年は歳の離れた妹の嫁入り等で急な出費がかさむことになった。


 そこに降って湧いたのが、キノコ栽培場の建設工事の仕事だ。不安定な狩りや採集と違って安定した、しかも彼から見れば割高な賃金が手に入る。

 これで去年の負債を完済し、今年の不意の出費を賄うことが出来る。キリムは張り切って働き過ぎて……腰を痛めてしまった。


「すまないが、そういう相談は暮らしている村の長にしてくれ」

 そんなキリムに対して、現場監督は気の毒そうな顔をしたがそれ以上は対応しなかった。正規の従業員ならともかく、この現場限りの日雇い作業員のために出来るのはここまで。

 それが現場監督だけでなく、ラドグリン王国の常識である。


「先生、あの人に回復魔法をかけてもいいですか?」

 キリムの事情を知っていたわけではないが、レオディーナはそう言いだした。漏れ聞こえた声から、深刻そうだなと思って。


「う~む、パウル殿は報酬を支払わないだろうし、無報酬で回復魔法を施すのはギルドや神殿が良い顔をしないが……同じ職場で働く同僚なら……いや、しかし」

 聞かれたバンクレットは百面相をしながら悩みだす。回復魔法にも色々と面倒なしがらみがあるようだ。


(人助けも出来て回復魔法の練習にもなるから一石二鳥って思ったけど、それなら仕方ないか)

 っと、レオディーナが諦めようとした時、事態を知ったらしいパウルが駆け寄って来た。

「お嬢様、たしか回復魔法が使えましたよね? 彼を治すことは出来ますか?」

 慌てて走って来たらしく、荒い息遣いでそう聞かれたレオディーナは目を白黒させながら頷いた。


「うん。ぎっくり腰なら、多分。パパの腰痛を治したこともあるから」

「午後の作業に影響は出ますか?」

「それは大丈夫。影響無し」

「ではお願いします。報酬は払います、些少ですが」

「うん、じゃあ唱えてきます!」


「いいのかね?」

 レオディーナと護衛の傭兵の背後でそう尋ねるバンクレットに、パウルは息を整えてから答えた。

「……神殿との軋轢のことを気にしているのなら、構いません。この領地には魔導士ギルドの支部はありませんし、神殿にいるのは正規の神官ではありませんから」


 良い顔をしない関係者がそもそも存在しない。そう言うパウルに、バンクレットは顔を顰めた。

「聞かなかったことにしていいかね?」

 男爵や子爵等が治める小さな領地なら、魔道士ギルドの支部は無い方が多い。しかし、そんな場所にも必ずあるのが神殿だ。


 それなのに正規の神官がいない。そんなことは、領主と神殿の関係がよほど悪くなければあり得ない。絶対、面倒な事情がある。

「ええ、是非そうしてください」

 そして、そんなことを言いながら口の片端を吊り上げて笑うパウルは、その事情にどっぷり漬かっている。それに気が付いたバンクレットは、眉間の皴をさらに深くした。


「あなたがお嬢様の家庭教師を何があっても続けるというのでしたら、お話ししますが」

「……考えておこう」

 面倒な事情に巻き込まれるのは嫌だ。嫌だが、レオディーナの師を続けると、避けられなくなる事情のようだ。彼女の才能に価値を見出しているバンクレットは、そう答えるしかなかった。


「うわっ、近づいてきたぞっ」

「な、なんだ? 何をするつもりなんだっ?」

 一方、キリクに近づいたレオディーナは彼の周囲に集まっていた作業員たちから避けられていた。


(な、何この態度? 嫌われてるって言うか、怖がられてる?)

「お前ら、魔道士先生のお弟子さんに向かって失礼だぞ!」

 現場監督が一喝すると作業員たちは黙り込んだが、それでも態度は変わらなかった。


「お兄さん、これからあなたに回復魔法をかけるから動かないでね」

 とりあえず、自分が言い出したことだしパウルから頼まれもしたのでさっさと治してしまおう。困惑は横に置いて、レオディーナはキリムに話しかけた。


「か、回復魔法……?」

「そう、怖がらないで楽にしてね」

 固まっているキリムに手をかざし、魔法を唱える。


「止めておいたほうがいいんじゃないか?」

「妙な呪いでもかけられたら――」

 また他の作業員たちが囁き始めるが、現場監督が「黙れ!」と再び一喝すると静かになった。


 その間に、『想起』で思い出した前世のぎっくり腰に関する知識を参考に、魔法式を編む。

(神経の損傷や背骨の圧迫骨折じゃない限り、これで治るはず)

「『治癒』」

 レオディーナの手元が暖かな光を宿し、それがキリムの腰に移っていく。


「う……あ? 痛みが、消えた? う、動けるぞ! 治った!」

 すると、動けなくなるほどのキリムの腰の痛みが消えた。彼は驚き、確かめるように腰を動かすとレオディーナの手を取った。


「ありがとうっ! おかげで午後からも働けるっ! ありがとうっ、ありがとうっ!」

「よ、喜んでもらえて、あたしも、嬉しいよっ。でもっ、また腰を痛めないよう、無理はしないでねっ」

 感激した様子で礼を言いながら上下に繰り返し腕を振られ、レオディーナは目を回しながらそう応じた。回復魔法でぎっくり腰を治せても、再発は防げないのだ。


「ああ、気を付けるよ! ありがとうっ!」

「君、それぐらいで。

 我がピッタリア商会では、皆さんを含めた従業員の怪我や病気の治療費の割引制度を実施する予定です。後日説明会を実施するので、興味のある方はぜひ参加してください」


 まだ感激しているキリムをパウルと現場監督がやんわりとレオディーナから離れさせる。それから様子を窺っていた他の作業員たちに向かって、そう発表した。

 いわゆる福利厚生だ。ラドグリン王国では、日雇いや臨時雇いの従業員まで対象になるのは珍しい。

(制度の宣伝と、商会のイメージアップのためだったのかな?)

 キノコ栽培場の工事が終われば、パウルの商会はここで継続して事業を行うことになる。そのため、ここの住民からの印象を良くしたかったのだろうとレオディーナは思った。


(回復魔法の練習が出来て、お金も貰える。それに、あたしの印象も良くなるなら良いこと尽くめだからあたしにも都合が良いな)

 キリムの治療をして見せたことで、他の作業員たちの彼女を見る目が変わったのがなんとなくわかる。現金なものだとも思うが、悪印象を持たれ続けるよりずっといい。


 心配があるとすれば、治療希望者が殺到することだったが……それはレオディーナの杞憂だった。

「その怪我ならこの軟膏を塗れば良くなるだろう。割り引いて十グリンだ。薬じゃなくて魔法がいい? 魔法だと割り引いても五十グリンだが、いいのか? 分かった、薬だな」

 回復魔法の料金の相場は、レオディーナが想像しているより高額だったからだ。


「何? キリムの時と違う? それはあいつに回復魔法をかけたのが、魔道士の先生バンクレットのお弟子さんだからだ。だったら俺も弟子にかけてもらうだと? ただの打撲が何の練習になる。魔道士の先生にかけてもらうか、薬か。どちらかだ」


 パウルが発表した制度は、あくまでも治療費の割引。そのため、治療希望者のほぼ全員がレオディーナの魔法ではなく商会が仕入れた薬――錬金術師が作るポーションではなく薬師が薬草から調合した物――購入することを選んだ。


 どうやら、パウルは前々からこの治療費の割引制度を実施するつもりだったようだ。

 その証拠にパウルに担当を任された従業員が、説明会を待たずに早速制度を利用しようと集まった人々を次々にさばいている。対応に迷いがないことから、事前にこの制度について説明を受けていたのだろう。


「お願いだっ! 孫の手を治してくれっ! 今まで働いて稼いだ給金を全て返してもいい。だから頼む!」

 そのお陰で、今日魔法の治療を選んだのはたった一人だった。


この12話で書き溜めた分を投稿し終わったので、以降は不定期更新に移行します。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 ナタリーさんも勉強してより優秀になってるみたいですね。 1話のおねだりも天然じゃ無くて、いろいろ配慮した結果かなぁ。
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