11話 隠し子の連撃、岩をも砕く
すっかり春になったある日の深夜、レオディーナはいつものように手紙の隠し場所に来ていた。
「へえ、ギル坊ちゃんもテッドも螺旋訓練法が出来るようになったんだ」
そこにあった手紙で、ギルとテッドの成長を確認して嬉しそうに頷く。なんでも、新しく来た家庭教師がなかなか優秀で、二人とも数日で習得できたらしい。
手紙にはすぐに魔力量でも追いついてやると書かれていた。
(二人とも成長してるなぁ。……成長かぁ。まだ先だけど、そのうち女だって打ち明けないといけないよね)
今は男物の服を着てそれらしい言動するだけで誤魔化せるが、成長すれば難しくなる。本格的に変装するか、そのための魔法を編み出すかすれば別だが、そこまではしたくない。
(できれば、それまでにギル坊ちゃんの女性不信がマシになるといいんだけど。先にテッドにだけ打ち明けたほうがいいかな? ……それよりも、手紙を隠しておかないと)
悩みを棚上げしたレオディーナは、テッドの魔法で作られた隠し場所に彼ら宛の手紙を残す。
そこには、「両親と一緒に雇い主の旅行についていくので、一か月ぐらい留守にする」と書いてあった。
とある場所にパウルが建築したキノコの地下栽培場が完成間近になったので、レオディーナは仕上げをするために、師匠のバンクレットとそこに行くことになった。
「一か月も王都を留守にして大丈夫なの、先生? 他の生徒さんもいるんでしょう?」
「いるにはいるが、問題ない。今教えている生徒は皆、螺旋訓練法を習得している。……ヒルゼンから頼まれた生徒には苦戦させられたがね」
「ディーナから聞いたわ。宮廷魔道士になった学友にも教えていたなんて、バンクレット先生はやっぱり凄いのね」
「はっはっはっ! それほどでもありませんよ、奥方」
旅行も兼ねてナタリーも一緒に。
「旅行を兼ねると言っても、豪華な旅とはいかないそうだが」
「王都を出て馬車で旅をするだけでも、私にとっては十分豪華な旅行よ。ふふ、楽しみだわ」
スラム街で生まれ育ったナタリーにとって、王都を出るのは生まれて初めての経験だ。感覚としては海外旅行に近い。
それはレオディーナも同じだが、彼女の方は手放しで楽しむには微妙な心境だった。
「王都から馬車で片道七日。でも、場所は教えてくれないのよね?」
「うむ、実は私も知らされていない」
この旅の行先、キノコの地下栽培場の場所を教えられていないからだ。道中の町や村にも立ち寄らないという念の入りようである。
(パパの正妻さんと関係が深い場所なんだろうな。それ以外の理由であたし達に場所を隠す理由はないだろうし)
もしもの時のために、二人は何も知らなかったと言うためなのだろうが若干窮屈になって来た。
「でもあたしもママも変装しなくていいの? 『変色』も使わないで」
「ああ、指示にはそうあったな。ただ、レオディーナ嬢と奥方は私の弟子として振る舞ってもらうが」
バンクレットが同行するのは、現地でパウルが雇った魔道士とその弟子を装うためだ。ついでに、旅行中の魔法以外の科目の教師も兼ねている。
「まあ、それでいいならあたしは構わないけど」
若干窮屈ではあるが、今はまだレオディーナにとって許容範囲内だ。旅のために用意された馬車も豪華ではないがしっかりした造りの物だった。道中の危険……賊や魔物に備えるために護衛の傭兵も雇われている。
パウル、そして何よりアルベルトはナタリーとレオディーナのことを考えていると思えるからだ。
(ちょっとしたキャンプ兼職業体験だと思って楽しもうかな)
「奥様、お嬢様、行ってらっしゃいませ。留守の間はこのメアリーにお任せください、菜園のお世話もきちんとしておきますからね」
そしてメアリーに見送られて、レオディーナ達は旧貴族街の家から馬車で旅立った。
道中の旅は順調で、傭兵達が睨みを利かせているお蔭か賊や魔物は出現しなかった。一番の難敵は馬車の揺れだったが、それも魔法で解決した。
「魔法を使いながら螺旋訓練法を続けるのも慣れてきたようだな」
「『浮遊』みたいな簡単な魔法だけだけどね」
そう言うレオディーナの腰は、馬車の座席にしっかり着いている。では、彼女は何に『浮遊』の魔法をかけているのか?
「その簡単な魔法で馬車を二台浮かせられるなら、十分すぎる」
答えは、馬車そのものだった。お陰で、先ほどから馬車は全く揺れていない。動力源である馬は浮いていないので、蹄の音は聞こえるが車輪の音がない分静かだ。
もちろん、外からよく見れば馬車が浮いているのが分かる。だが、外からは誰が魔法を使っているのか分からないので問題はない。
「この半年でレオディーナの魔法はどんどんすごくなっているのね。改めて分かったわ」
「いや、奥方も十分努力されている。半年で螺旋訓練法を習得し、魔法も使えるようになったではないか」
レオディーナと一緒に授業を受けているナタリーの努力も、しっかり実っていた。螺旋訓練法を一日一時間行えるようになり、最初は小の下だった魔力量は小の中にまで上昇。そして何より、『明り』や『発火』、『浄水』等の生活魔法を使えるようになっていた。
他の科目でも読み書きできる言葉が増え、四則計算も習得しつつある。
「そうよ、ママは凄いわ。先生たちも褒めていたもの」
もし自分に前世の記憶がなければ……つまりチートが無ければ、頭はママの方が良い。そうレオディーナは思っていた。
「ありがとう、そう言われると嬉しいわ。レオディーナも頑張ってね」
「うんっ! パウルさんがあたしの魔法で予定より早く到着できたら、ボーナスくれるって言っていたから頑張る!」
レオディーナが馬車に『浮遊』をかけたのは、振動対策だけでなく馬の負担を軽減し長く走れるようにするためでもあった。
「それもだけど、マナーも頑張ってね」
「あはは、それはうん、努力する」
ただ、前世の記憶があっても苦手科目は存在する。もっとも、今のところは『他の科目と比べると』という程度だったが。
「ところで、今更だけど傭兵さん達の前で魔法を使ってよかったの?」
話題を逸らすためにふと気になった事を尋ねると、バンクレットは「問題ない」と答えた。
「彼らはパウル殿と専属契約を交わしている傭兵だ。傭兵ギルドには属しているが、守秘義務を負っているから彼らから情報が流れることはまずないだろう」
「そうなんだ」
(パウルさん、つまりピッタリア商会ね)
魔道士ギルドでバンクレットが元同級生に対して口にした言葉を、レオディーナは覚えていた。
(やっぱり結構大きな商会なのかな? パパがママと再婚した後、あたしの雇い主になるかもしれないから、大手だと嬉しいんだけど)
レオディーナの頑張りの結果、一行は片道七日を五日に短縮すること成功し彼女は無事ボーナスを受け取ることに成功した。
「ようこそ、奥様、お嬢様。長旅お疲れ様です」
「お久しぶり、パウルさん」
パウルがキノコの栽培場のために用意した土地は、王都の南にある閑散とした場所だった。
村と村の間にある農業に適していない荒れ地の所有権を買い取り、そこに栽培場を建設中である。今いるのはその工事現場近くに設営された、作業員が寝泊まりするためのテント村だ。
(なんだか、あんまり栄えてなさそう)
地名も、統治している貴族の家名も伏せられている。領主が暮らしているだろう領都にも寄らずに、ここまで来た。それもあるだろうが、レオディーナの目には栄えているようには見えなかった。
(この国の村を見るのは初めてだけど、なんだか活気がないのよね。ここに来るまでの道も、王都の近くと比べたら細くて荒れていたし。馬車に『浮遊』をかけていなかったら、お尻が痛くて仕方なかったかも)
ここはラドグリン王国では『辺境』ではなく、王都から割と近いとされるらしい。だが、ここは王都から遠く離れた別世界のように見えた。
「まずは長旅の疲れを癒して、と言いたいところですが工期が遅れておりまして。お嬢様とギュスタン殿にはさっそく一働きしていただきたいのですが、よろしいですか?」
「うん、いいわよ。旅の間も結構楽しかったから、あんまり疲れてないし」
「ええ、ご飯もディーナと傭兵さん達のおかげで美味しかったわ」
道中、飲み水や生活用水は全てレオディーナが魔法で出し、食事のたびに『成長促進』させた種から新鮮な野菜や野イチゴを収穫した。入浴や洗濯も『清潔』の魔法で解決している。
そうして荷物を減らせたのも、日程を二日縮められた理由の一つだ。
そして傭兵達が「お嬢様のおかげで快適だが、これじゃどっちが雇われているのか分からないな」と苦笑いし、「これぐらいやらないと、こっちが金を払う側になっちまう」と護衛だけでなく料理も熱心に行ってくれた。
普段食べているメアリーの家庭料理とは異なる傭兵達の豪快な男飯は新鮮で、アウトドア気分が盛り上がり楽しかった。
「それは何より。では、お願いいたします」
パウルの指示とバンクレットの監督の元、レオディーナは栽培場の建設工事に加わった。とはいっても、いきなり魔法で繊細な工事を行うことは出来ない。
(この世界の魔法使いの仕事のいくつかは、工事用重機代わりのような気がする)
レオディーナの担当は、工事で出た土砂の搬出が主だった。この世界だと魔法があるから、前世の中世よりも楽な作業と……と思いきや、彼女たちが来るまで人と家畜の力だけで行っていたらしい。
「魔法って、こういう工事には使われていないの?」
「場所による、としか言えないな」
大きな岩を魔法で注文通りのサイズに切断して石材にしながら、バンクレットはそう答えた。
魔道士ギルドには土魔法を得意とする土木工事を生業にする魔道士や、建築家と兼業している魔道士がいる。彼らにかかれば、強固な岩盤や岩山を掘削することも容易いのだとか。しかし、雇うにはとんでもない報酬を払う必要があり……何より、強力なコネクションが必要だ。
そうした理由もあって、王国政府や力ある貴族や大商会は、高待遇で魔道士を抱え込む。破格の待遇を約束しても、他と奪い合うことなく優秀な魔道士に仕事をさせるために。レスタト・ヒルゼンのような宮廷魔道士、そしてパウル・ピッタリアに雇われているバンクレット自身もそうだ。
「しかし、魔道士を雇っている貴族ばかりではない。もしくは、事業者……この場合はパウル殿がこの辺りを治める領主から魔道士を借りられなかったのかもしれん」
「そうなんだ。でも、それなら魔法使いの作業員はいないんですか?」
魔法使いとは、魔法を使える者。魔道士のように魔法の研究者やその助手といったプロではなく、魔法を本業や生活を助けるために使う人々を指す。
戦場で自身に強化魔法をかけて戦う騎士や傭兵から、夕方に『明り』の魔法をかけた石や棒を売り歩く灯り売りまで様々だ。魔道士ギルドに登録する前のレオディーナや、生活魔法なら使えるらしいアルベルト。そして魔法を覚えたばかりのナタリーも含まれる。
土木工事であれば、自身に強化魔法をかけて常人の倍の力で荷物を運べる作業員が複数いれば便利だろう。
「それは本当に場所、そして工事次第だ。王都のよう大都会なら魔法使いも多いが、人口の少ない地域では魔法使いの数も少ない。いても、使える魔法が作業内容と合わない場合もある。
それでも防衛設備の建設や治水事業等、国家事業なら各地から人を集められるが――」
「キノコの栽培場の建築工事じゃ、無理と」
「そういうことだ。とはいっても、待っていれば私とレオディーナ嬢が来るのが分かっているパウル殿からすると、現地採用の作業員だけで充分だったのだろう」
「そっか。でも見て見たかったなー、色々な魔法使いが魔法を使うところ」
そう話しながらも、作業は瞬く間に進んでいく。
「先生、もう運ぶ土砂がありません」
「そ、そうか。ちょっと待っていなさい」
レオディーナは自分に割り当てられた作業を既に終えたが、バンクレットの前には石材に加工する岩がまだ残っていた。彼女は攻撃魔法を使えないため、岩を切断して彼の作業を手伝うことが出来ない。
「……見様見真似で岩を切断する魔法を試していい?」
「止めなさい。私がアルベルト殿に叱責される。大人しく待って――どうしても暇なら、攻撃魔法以外で岩を加工しなさい」
止めようとしたバンクレットだが、途中でレオディーナが魔法式の天才だということを思い出した。彼女がどんな魔法を編み出すのか、好奇心を抑えられなかったのだ。
「攻撃魔法以外で岩を加工……分かりました!」
一方、レオディーナはこれをバンクレットによる突発的な授業だと解釈し、張り切って頭を使いだした。
(攻撃魔法以外……じゃあ、岩を直接切断や割る魔法はダメだよね。強化魔法であたしを強化する? ……岩を粉々に砕けるだろうけど、それじゃあ石材にならないよね)
岩の形を変える。難しい。それぐらいなら、魔法で石を創り出したほうが早い。
高圧の水流を出して、岩を切断する。攻撃魔法と変わらなくない? 魔力の消費も大きそう。
「むむむ……」
「レオディーナ嬢、あまり根を詰めなくてもいい。しばらくすれば終わるから、それまで休憩を。何なら食事の準備をしている奥方と傭兵達の手伝いでも――」
しっくりくるアイディアが出ない。そう唸るレオディーナだったが、その時閃いた。
「そうだ! 先生、試したいことが出来たのでこの岩を貰っていいですか!?」
「う、うむ、やってみたまえ!」
「ありがとうございます!」
閃きを実行するべく、レオディーナは錬金術と同時期に倣い始めた強化魔法を唱えた。己の筋力を、そして何より頑健さを出来るだけ高める。
「やぁぁぁ!」
淑女があげるには勇ましすぎる掛け声とともに、自分と同じくらいの大きさの岩に拳を突き出す。何度も何度も、バンクレットが声をかけるのを躊躇う勢いで粉々になるまで。
「『水作成』、『土作成』、『念動』!」
そうしてできた砂利に、レオディーナは水と白い土――石灰を創り出し、混ぜ合わせブロック状に纏める。
「最後に中まで『乾燥』! どうです!?」
そして出来上がった物をバンクレットの前に並べてみせた。それは、灰色の煉瓦のように見えた。
「これは、コンクリートか」
この世界、そしてラドグリン王国にもコンクリートは存在した。ただ、現代の地球で使われているセメント製のコンクリートではない。いわゆる古代コンクリート、古代ローマで使われていたローマンコンクリートや、日本の三和土に似たものだ。
バンクレットはコンクリートのブロックを一つ手に取り、感触を確かめ魔法で調べると頷いた。
「内部まで均一に乾燥しているようだな。建材として十分使える出来だ。しかし……石材ではないな」
「あ~、言われてみれば確かに。わざわざあの岩を砕いて作らなくてもよかったですね」
閃いた勢いでついやってしまったが、コンクリートに使うならその辺の砂利で充分だった。
「とはいえ、石材への加工はついでだから構わないだろう。要は、運び出しやすくできればいいのだ。むしろ、パウル殿が知れば『建材の種類が増えた』と喜ぶかもしれん。
では、一休みしたら私が加工した石材とこのブロックを魔法で運んでくれ」
「はーい」
今度は大人しく休憩に入ろうとすると、ふと離れたところで作業している大人達の様子が目に入った。
「……」
何故か手を止めてレオディーナを見つめている。
(なんだろう? 子供の魔道士が珍しいのか、やっぱり肌の色の問題かな?)
彼らはパウルが現地採用した者達だ。バンクレットとの会話で、この辺りは魔法を使える者が少なそうなので、レオディーナ達が珍しいだけかもしれない。
しかし、レオディーナの褐色の肌に悪意や偏見を持っている可能性もある。
パウルやメアリー、そしてバンクレットを始めとした家庭教師の先生たちも彼女とナタリーの肌の色に対して、構う様子はなかった。だから、王国にはこの肌の色を嫌う人が少なくないことを忘れていた。
(そう言えば、パウルさんもママに護衛の傭兵さんから離れないようにって言ってた。あたしにも傭兵さんが一人ついているし)
作業の邪魔にならないよう、二人から少し離れたところにいる傭兵が一人立っていた。野生動物や魔物に対するものだと聞いていたが、彼らから守るためでもあるのだろう。
(最近油断していたかも。気を引き締めておこう)
そう反省するレオディーナ。彼女の予想は、ほとんど当たっていた。
現地作業員たちにとって魔道士は珍しい存在だった。それに、レオディーナやナタリーの褐色の肌に対しても若干の嫌悪があった。
「お、おっかねぇ……魔法使いってのはガキでもあんなにおっかねぇのかよ」
「変に絡んで怒らせないようにしろよ。あんなのに殴られたら、熊でも死んじまう」
しかし、近くで見れば彼らの顔に浮かんでいるのは恐怖であることが分かっただろう。
「おい、他の奴らに言っておけよ。死にたくなければ関わるんじゃねぇって」
強化魔法を使ったとはいえ素手で岩を砕く彼女は、魔法を使えない現地作業員にとって恐怖の対象でしかないのだった。
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