表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

10話 隠し子と錬金術、『ギル』と螺旋訓練法

「ただいま、ディーナ。ギュスタン先生、娘の様子はどうかな?」

 この時期に珍しく早く帰って来たアルベルトは、裏庭で木の板を彫刻刀で削る愛娘と彼女を監督している家庭教師に声をかけた。菜園が臨める場所に置かれたベンチに腰掛けて、薄い板に向かう様子は一見すると芸術を嗜んでいるようだ。


「おかえりなさい、パパ」

「アルベルト殿、ご息女は錬金術においても大変筋がよろしい。とてもユニークです」

「そうか、それは何よりだ」


 錬金術は、王立学園でも教えている。魔法を嗜む者なら、誰もが一度は教わる技術だ。アルベルトも初歩なら教わっている。ただ、それ以上進むことは出来なかった。

 それだけ錬金術は奥深い技術なのだ。


 錬金術は、二つの技術に分けられる。一つは、動植物や鉱物等の素材と魔法を掛け合わせポーションなどを創り出す『調合』。もう一つは、魔法式を物品に刻み魔道具を作る『造形』。レオディーナが今行っているのは、後者だ。


 魔法とは詠唱や動作、儀式で魔法式を構築しそこに魔力を流すことで発動する。つまり、魔法を使える者は全員魔法式を編むことが出来る。

 それを物品に刻み込むことも、難しいことではない。アルベルトも学生時代、魔力を流すと光る粘土板を作った事がある。

 だが、それは初歩。学生が授業で作るような試作品。とても魔道具とは言えない代物だ。


 プロの錬金術師は、物品に魔法式を物理的に刻むようなことはしない。何故なら、物理的に刻むには相応の大きさが必要になるからだ。

 米粒に文字を描くように細かく描いても、限界はある。例えば『履くと空を歩けるようになる靴』に魔法式をその方法で刻むと、大柄な男性しか履けないサイズになってしまう。『効果のオンオフが可能』等、機能を追加していくとさらに面積が必要になり、巨人でなければ靴として使えない代物と化す。


 どんなに便利な機能があっても、靴として使えないなら欠陥品だ。

 そのため、錬金術師は魔法式を物品に魔法で刻む。それが出来なければ錬金術師とは呼ばれない。

 当然、八歳の子供に出来る技ではない。


(筋が良いとは言っても、流石に無理ではないだろうか?)

 パウルとバンクレットはレオディーナなら出来ると断言したが、アルベルトは半信半疑だった。我が子が天才であることは疑いようがないが、それは期待しすぎではないかと思ったのだ。


「課題ならもう出来たわ。ほら」

 レオディーナはアルベルトの見ている前で、無造作に置いておいた紙を掲げて見せた。すると、幾何学模様のような魔法式が描かれた紙が白く光った。


 この時点で、王立学園の一年生……十代半ばの少年少女と同等の技術だ。


「おお、凄いじゃないか! じゃあ、それは何を書いているのかな?」

「これはね、キノコの栽培場に張り付けるための魔法式よ」

 パウルが考えた、レオディーナと組んで行うビジネス第一号は、キノコの栽培だった。

キノコは菌糸を植え付ければだいたい三か月で収穫することが可能。しかも、環境を管理した地下室で行えば季節を問わず一年中行うことが出来る。

 また、乾物に加工すれば長期保存も可能。乾物よりも設備投資や手間も増えるが、瓶詰や缶詰にすることも出来る。


 ただ、事業として行うには広い土地が必要になる。地価が高い王都ではとても採算が取れない。しかし、地価を抑えて王都の郊外や他の町に土地を用意すると、レオディーナがキノコを栽培するための魔法を維持するために通うことが難しくなる。


 そこで、錬金術の出番だ。錬金術を覚えたレオディーナが、予め建設しておいたキノコの栽培場に魔法を錬金術で付与する。これで彼女がいちいち通わなくてよくなる。何かあった時のメンテナンスや改修以外は、何年かに一度魔力を補充するだけでよくなる。


「そうか、さっそく練習しているのか」

 ただ、そのためにはレオディーナが錬金術を習得するのが必須だ。だからレオディーナは習得目指して努力しているのだとアルベルトは思っていたのだが……。


「ううん、これで完成よ」

「これでって、そんな簡単な魔法だったのかい?」

「うん、温度や湿度を一定に保つだけだから」

 それは普通、簡単な魔法ではない。アルベルトが本当かとバンクレットに視線で問うと、彼は誇らしげに頷いた。


「百聞は一見に如かず。レオディーナ嬢、御父上に披露してあげなさい」

「はい、先生。よいしょっと」

 レオディーナは画板に置いていた板を手に取ると、脇に置いていた同じような数枚の板と重ね合わせた。そして、魔力を込める。


 その途端、春の菜園にしっとりと冷えた空気が漂った。まるで洞窟の中のようだ。

「これは、うちの地下室の結界と同じ魔法か」

「魔法式を複数の板に分割して刻み、組み立てることで小型化に成功したのです。どうです、ユニークでしょう?」

「ユニークって言うか、まだ魔法式を小さく刻めないだけなんだけど」

 バンクレットに褒められ、レオディーナは照れた様子で謙遜した。アルベルトの予想通り、彼女を以てしても魔法式を魔法で、そして縮小化して物品に刻むのは難しかったのだ。


(魔法式を魔法で刻む魔法自体はすぐ出来たけど、それを正しく機能するようにするのが難しいんだよね)

 これまで思うままに魔法を唱えていたレオディーナは、魔法式を物品に刻むことを想定していなかった。

 のびのびと複雑怪奇に描かれた彼女の魔法式は、魔法で刻み込むのが難しかったのだ。物品に魔力が浸透しきらなかったり、魔力を込め過ぎてひび割れたり、魔法式が破綻したりと、散々な出来だった。


 解決するためには時間をかけて技術を向上させるしかない。バンクレットはそう判断した。しかし、それではパウルとのビジネスを始めるのが遅れてしまう。

「それでどうにかしようと編み出した、苦肉の策だから褒められても……」

 そこで、レオディーナは魔法で式を刻むのをひとまず諦めた。そして、大きさを抑えて物理的に刻む方法をひねり出したのだ。


 ヒントになったのは、前世の知識にあったミルフィーユだ。生地を何層も重ね合わせたあの菓子のように、魔法式を刻んだ板を重ね合わせて一つのブロックにすれば、大きさを抑えられる。

「それに、プロの錬金術師ならこれぐらい皆やってるんじゃない?」

 ただ、褒められるような閃きとも思えなかった。


「うむ、これ自体は見習いが時々思いつく裏技だ。ただ、皆はやっていないな。『未熟者の浅知恵』と笑われる類のものだから」

 バンクレットによると、実際評価されるようなものではないそうだ。


「錬金術の『造形』は、魔法式をどれだけ緻密に刻めるかが重要視されるのが常識だ。

 なによりこの手法で魔道具を作っても、普通なら製造コストと手間がかかりすぎて採算が取れない」


「なるほど。たしかに……地下室に結界を張るためにこのブロックをいくつも作るとなるとディーナが倒れてしまうな」

「その通り。しかし、ご息女がユニークなのはここからです。レオディーナ君、やって見せなさい」

「はい。『転写』!」


 レオディーナは、やはり横に積み重ねておいた板に手を触れると、『転写』の魔法を唱えた。すると、何枚もの板に彼女が先ほど刻み終えた魔法式が印刷される。

「はい、もう一ブロック完成。パパ、これならあたしが倒れる心配もないし、短い時間で安価に大量生産出来るわ」


 バンクレットがユニークと評したのは、『転写』の魔法とそれを使った魔法式の印刷だった。この方法は、魔法式を魔法で刻む方法だと逆に使えない。『未熟者の浅知恵』専用の量産方法だ。

「魔道具作りには使えないけど、建築物に組み込むならこの方法で充分だろうって先生も。あとはパウルさんに確認を取るだけよ」

「たしかにユニークだ! 凄いぞ、ディーナ!」

「えへへ、お祖母ちゃんに感謝だね」


 亡くなった祖母の顔を忘れないために編み出した『転写』の魔法が、こんなふうに役立つとはレオディーナも予想していなかった。それがバンクレットやアルベルトに褒められて嬉しく、誇らしい気分だった。

 その後、家に顔を出したパウルは試作品の木製ブロックを見ると何度も頷いた。

「なるほど、興味深い。一つ確認ですが、これの表面にカビ避けの塗装をしても効果は変わりませんか?」

「うん、結界だからこのブロックを栽培場の壁に埋め込んで一周させれば大丈夫。ペンキを塗っても、上に別の板を張り付けても平気よ」


 レオディーナの答えを聞くと、パウルは満面の笑みで大きく頷いた。

「これでビジネスを始めることが出来ます。実はもう栽培場を作るための工事は進めていたので、一安心です」

「えぇ~、気が早くない? あたしが『もう無理! 出来ないっ!』って放り出していたらどうするつもりだったの?」

「その時はその時で、別のことに役立てるまで。もっとも、そうならないと確信しておりましたが」


 家の裏庭に菜園や地下室を造る程度ならともかく、広い栽培施設を建造するとなるとレオディーナの魔法だけでという訳にはいかない。そのため、パウルは何処かに用意した土地で既に工事を進めていた。

「それにしても素晴らしい。お嬢様一人で量産できるので人件費を抑えられるうえに、高価な素材を必要としないのが特に」

「あたしの報酬まで抑えないでね」

「それはもちろん。魔道士ギルドを通して適正な額の報酬をお支払いしますとも」


 そう言い合いながら、お互い笑顔で握手を交わすレオディーナとパウルだった。







 そして春本番。レオディーナの前世だったら桜が咲く季節。彼女達にはしばしの別れが訪れた。

「名残惜しいよ、ナタリー。君を置いていかなければならない私を許してくれ」

「アトリ、あなたは愛しい渡り鳥。今は飛び立っても、季節が廻れば私達の元に帰ってきてくれる。そうでしょう?」

「もちろんだよ、ナタリー。私が翼を休められるのは、君の腕の中だけだ」


 アルベルトが仕事の都合で、秋まで王都から離れるのだ。その事を以前から打ち明けられていたが……それでも二人は詩的な言葉で別れを惜しんでいる。


「……お二人を迎えに行った時を思い出します」

「ううん、結構変わったわよ」

 口から砂糖を吐きそうな顔つきのパウルに、レオディーナはそう言った。

「ママの語彙が増えているわ。勉強の成果ね」

「……それはようございました」


 アルベルトが出発したのは、見送りに出ていたメアリーがそろそろ食事の準備をしたいと考えだした頃だった。







 春になってもまだ冷える夜に、いつもの待ち合わせ場所でギルは男装したレオディーナをじっと見つめていた。

「……改めてよく見れば、確かに魔力が循環している」

「へぇ、見ただけでわかるんだ。それもギル坊ちゃんの魔法?」

「そうだ」


 手紙でレオディーナが螺旋訓練法を習得していることを知ったギルは、「それなら見せてくれ」と彼女を呼び出したのだ。

「いったいどうやって……螺旋訓練法は大人でも難しいはずだ。何か秘訣でもあるのか?」

 そう問うギルの顔には隠しきれない悔しさと羨ましさが滲んでいる。


「先生が良いんだよ。秘訣は先生の指示を素直に聞くことかな」

 バンクレットの名前を出さずにそう言うと、ギルは「素直に聞く、か」と暗い顔つきで繰り返した。

「ギル坊ちゃんの先生は?」

「前の教師は人間のクズだった」

 事情があるんだろうなと思い尋ねると、予想以上の答えが返ってきた。先生のことを『教師』と呼んでいるのも尊敬ではなく、心の距離の遠さを感じさせる。


「だが、今の先生はそう悪い教師じゃない……と思う」

「もしかして、ギル坊ちゃんの魔法の先生って女の人?」

「前の教師はな。今の先生は男だ」

 再会した時には発症していた女性不信に関係あるのかと思って聞くと、その通りだった。あの薬入りの菓子も、その前の教師が渡したのかもしれない。


 ただ、ギルの様子から察すると彼が陥っているのは女性に対してだけでなく、大人全体に対する不信感のようだ。

(他にも何されたんだろう?)

 そう疑問に思ったレオディーナだが、口には出さなかった。テッドが小さく首を横に振っているのが見えたからだ。


「それにしても使用人の子供にまで魔法の授業を受けさせるとは、お前の両親の雇い主はだいぶ寛大なようだな」

「お嬢様に教えるついでだよ、ついで。もちろん感謝はしてるけどね」

 ギルも急に話題を変えた。彼にとっても口にしたい話題ではなかったのだろう。レオディーナはそれに乗って、前もって考えておいた嘘をついた。


「ついでで螺旋訓練法を習得したのなら、たいしたものだ。俺は家庭教師に加えて、螺旋訓練法を教える特別講師までついたのにまだ身につかない」

「ん~……そんなに困っているなら、俺の魔力を坊ちゃんに流してみようか?」

 嘘をついた後ろめたさもあって、レオディーナは困っている様子のギルにそう提案した。バンクレットが最初の授業でナタリーに魔力を流して感覚を覚えさせていたのを思い出したのだ。


「なんだと?」

「手をつないで、俺が坊ちゃんに魔力を流しながら螺旋訓練法をするんだよ。それで感覚がつかめるかもしれない」

「そ、それは……いいのか?」

 何故か頬を赤くするギルに、レオディーナは「何か変な事を言ったかな?」と内心首をかしげる。


「坊ちゃん、男同士なんですから恥ずかしがらずに好意に甘えたらどうですか?」

「別に恥ずかしがってなんていない!」

 その二人の様子を見たレオディーナは当時バンクレットがナタリーに、アルベルトの許可は取ったと言っていたのを思い出した。


(もしかして、男女で魔力を流しあうのには交際的な意味があるとか? だったら拙いけど、あたしから提案しちゃったし……うん、気にしないことにしよう!)

 自分もギル坊ちゃんも子供だから大丈夫だろう。


「で、では、頼む」

「分かった。じゃあ行くよ」

 躊躇いがちに伸ばしたギルの左右の手を、それぞれ握る。その状態でレオディーナは魔力を流した。ギルの右手に向かって魔力を放ち、彼の体を通って左手から帰って来た魔力を受け止めまた流す。


「も、もう少し勢いを緩めろ。魔力量はお前の方が多い、加減しろ」

「うん。これぐらい?」

 実は、レオディーナは他人に魔力を流すのは初めての経験だった。ギルに言われるままに勢いを落としていく。


「そうだ、これぐらいが丁度いい。そうか……これが魔力を循環させるということか」

 そういうギルの魔力もレオディーナの中に流れ込んできていた。最初は冷たく固い印象だった。だが、レオディーナの魔力と混じり、徐々に温かく柔らかになっていった。


(なんて言うか、一体感があるな。ハグみたい。お互いの魔力が混じるからかな? ああ、だから変なイメージが付くのか)

 そう察する程、他の誰かに魔力を流すこの体験は心地よかった。このまま時間が経つのを忘れてしまいそうになる。

「これぐらいでどうかな、坊ちゃん? コツは掴めそう?」

 なので、忘れないうちに切り上げることにした。


「ああ、何とかなりそうだ。助かった」

 ハッと我に返った様子でギルも彼女から手を離した。心地よかったのは彼も同じだったのか、余韻に浸るように自身の掌を眺める。

 その様子を見ていると妙に頬のあたりが熱くなるので、レオディーナは照れ隠しでテッドに話を振った。


「テッドもやってみる? どうせまだ出来ないんでしょ」

「何っ!?」

 すると、問われたテッドより早くギルが弾かれたように顔を上げた。それに苦笑いを浮かべた彼は、緩く首を横に振った。


「遠慮しておきます。僕の魔力は坊ちゃんよりさらに少ないので、あなたの魔力を流されたら失神してしまうかもしれません」

「えっ? 魔力量に差があるとそんなことになるの? 悪い、坊ちゃん。危ないことさせて」

 魔力が少ないナタリーにバンクレットがしていたから、危険はないと思い込んでいた。実際にはバンクレットが魔力を流す勢いを調整するのに慣れていたからこそ、安全性が担保されていたようだ。

 流石先生だと、レオディーナの中の彼の評価がまた一段上がった。


「俺も確認しなかったから気にするな。……俺の魔力量なら、普通はそんな心配は必要ないんだ」

「あと、心配しないでもテッドを取ったりしないから安心してよ」

 大人に対して強い不信感を持っているギルにとって、テッドはお付きである以上に大切な親友でもあるはずだ。心配になるのも分かるとレオディーナは考えていた。


「そっ、そんなことは考えていないっ!」

 だから、ギルのこの反応も照れ隠しだと思っていた。


もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価、いいねで応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。



誤字報告ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
知らない所で、評価が上がるバンクレット先生、レオディーナに出会わなくても、後年評価されてそうですけど、論文論文発表などもしてなかったのは魔力量だけに眼がいってしまうから? しかし8歳でもう鈍感系主人公…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ