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隣の部屋は演劇部

作者: 雲川遊

『裏切ったんだね、草太!』


 確かに、僕の名前は草太だ。

 高校進学を機に田舎から上京してきた。

 でも知らない人から呼び捨てにされる覚えはない。


 引っ越しを無事済ませた夜のことだった。

 壁の向こうから顔すら分からない人に裏切りを突き付けられている。ちなみに、隣人の名前は知らない。


 え? ……もしかしてストーカーさんですか?

 僕、お巡りさんの所へ駆け込んだ方がいいですか?


 いや、待て。偶然か?


 綺麗な女の子の声だったし、もしかしたら隣の部屋が女優さんとか声優さんの可能性もある。

 このアパート壁が薄いってレビューに書いてあったし、隣の部屋の人が偶然同じ名前の登場人物を演じてるだけかもしれない。

 さすが都会、芸能人が近い。


 僕はテレビを付けた。

 バラエティ番組で、司会者の冗談にゲストが全員大袈裟に笑い始める。


『やめて、草太! 今、みんなは大事な話をしてるの! テレビなんか付けないで!』


 ……偶然、じゃない気がする。

 とりあえずテレビを消して、後回しにすることにした。放っておけば、大体のことは時間が解決してくれる。僕は、沸かしていた風呂に入ろうと扉を開けた。


『草太、行かないで! その扉を開けたら、もう二度と帰って来れなくなる!』


 あっれー? おっかしーな。

 さっきから妙に台詞と合うんだけど、この部屋監視されてるわけじゃないよね?


 しっかり内覧の時に確認したんだけど、ちょっと警戒が足りなかったか?

 僕は部屋中隅々まで探したが、盗聴器が見つかることはなかった。


『ふっふっふ、私の目から逃げようとしても無駄よ! この第三の目(サード・アイ)は、全てを見透かす!』


 マジで意味わからん。

 男で厨二病入っている奴らは中学、高校とたくさん見てきたけど、女性の厨二病患者は見たことがない。


 うん、たぶん僕の気のせいだ。

 やっぱり、演技の練習か何かだろう。


 僕は特に気にせず、風呂に入ることにした。

 引っ越し作業で、本当に疲れた。

 さっさと入って、さっさと寝よう。


『本当に、大丈夫ですか?』


 はいはい、わかりました。大丈夫です。気にしない気にしない。いつまでも付き合っていられませんよー。


『その部屋、お化け出るって有名ですよ?』


 ……気にしない。

 僕は、一度身体を拭いて風呂を出た。

 テレビの音量を大きめにしてから、湯船に浸かる。

 停電した時の為に懐中電灯も用意した。

 風呂場にスマートフォンも持ち込んでいる。


 決してお化けが怖いからではない。

 僕は目に見えるものしか信じない派だ。


 無事、風呂を終えてリビングに戻ってきた。


『え〜、さっきの怖い話信じてたんですか〜? もう先輩ってば可愛いなぁ!』


 ムカついたので、テレビの音量を大袈裟に上げた。


『この街を救えるのは、あなただけなの!』


 音量がさらに大きくなって返ってきた。


 いや、どんなドラマ展開?

 ベッドの上で思わずツッコミを入れる。


「僕そんな使命背負ってないんですけど!?」


 翌朝、僕は寝不足の目でゴミ出しに出た。

 ちょうど一緒に隣の部屋のドアが開く。

 出てきたのは、綺麗な黒髪を腰まで伸ばしたジャージ姿の女の子だった。僕と同じようにゴミを持っている。歳も同じくらい。


「おはようございます」


 彼女の凛とした声は、寝起きの頭にはきつかった。


「……おはようございます」

「目の下の隈、凄いですよ?」


 いったい、誰の所為だと思ってるんだか。

 察しが付いたようで、ジャージ女は能天気な顔で僕の後ろに付いてくる。

 

「あ、あーそうでしたかー。昨夜うるさかったですよね? ごめんなさい」

「えっと……はい。ちょっと演技っぽい声が……」

「すみません、練習してて」

「練習?」

「高校では演劇部に入る予定なんです。私、山波(やまなみ)風美(ふみ)っていいます」

水川(みずかわ)草太(そうた)です。僕も、すぐ近くの高校に入る予定……あの、それよりも昨日の台詞に僕の名前が出てきた気がするんですが」

「あっ、それボイスレコーダーです!」

「ボイスレコーダー?」

「集めた音声をテキトーに繋ぎ合わせたら、なんか主人公の名前が草太で、ヒロインが風美ばっかりになっちゃって……あ、アハハハハ」


 そうか、僕と引っ越し業者の会話が混ざったのか。

 しかし、この女子の図太さは一体なんだ。人の声を無断で録音して、練習の為の台本にしたのか?

 少しは悪びれて謝るとかしてほしいところだ。


「すみません、消してくれませんか?」


 僕はとりあえず下手に出て、穏便に事を済ませようとした。


「え? イヤですけど?」


 対する彼女は、即答だった。

 もう遠慮は要らない。


「消せ!」

「イヤ! 作り直すのめんどくさい!」


 ギャーギャー、とゴミ捨て場で争う二人の男女。

 入学前に同級生に会えたのは嬉しいけど、こんな失礼なヤツだったとは……。


「あ! でも、ツッコミどころ満載なんですよ!」

「例えば?」

「『裏切ったんだね、草太!』は、冷蔵庫のプリンを勝手に食べたからですし」

「それ裏切りっていうか、日常の喧嘩じゃ……」

「ね、笑えるでしょ?」


 確かに笑えた。眠気も少し飛んだ。


「『テレビなんか付けないで』は?」

「緊急家族会議中に主人公がテレビを付けて、ドロッドロの昼ドラを家族全員で見ている設定です」

「『この第三の目(サード・アイ)は、全てを見透かす!』は?」

「厨二病に目覚めた中学生が学校で黒歴史を量産してる設定ですね」


 両方とも考えるだけで寿命が縮む。


「じゃあ、『その部屋、お化け出るって有名ですよ?』も?」


 山波さんは、不思議そうな顔で僕を見てくる。


「……え? そんなこと昨日言ってませんよ?」


 彼女は、とても真面目な顔だった。


「……水川さん、いったい何を聞いたんですか?」


 僕の全身に鳥肌が立った。


「ど、どどどういうこと!? やっぱり昨日のはもしかして!? そ、そうだ! もう一回引っ越しすればいいんだ! よし、急いで不動産屋さんに行って別の家を探さないと!」


 僕は慌てながら、視界に入った彼女の顔を見る。

 ニヤッ、と笑っていた。


「……フフッ、ククッ、ハハッ、ダメだ。もう無理」


 山波さんが腹を抱えて笑っている。


「山波、お前まさか……」


 僕は、彼女をさん付けすることも忘れていた。


「おっ! 察しが良いね。そうだよ、私の朗読でした。うっそピョーン! ドッキリ大成功!」


 ゴミ捨て場の一回戦は、山波風美が勝った。

 朝に彼女に良いように振り回された僕は、その夜も壁越しの声にドキドキしながら挑む。


『ど、どどどういうこと!? やっぱり昨日のはもしかして!? そ、そうだ! もう一回引っ越しすればいいんだ! よし、急いで不動産屋さんに行って別の家を探さないと!』


 壁の向こうで、また彼女の声が始まる。

 今度は、高校入学の為に引っ越してきた男子高校生の話らしい。というか、僕だ。


 ドンドン、と壁を叩いて僕は抗議する。

 彼女の部屋から笑い声が止まらない。


「山波! お前、それ僕の台詞だろうがッ!?」


 壁の向こう側から、山波の声が聞こえる。


『ボイスレコーダーが勝手に水川の声拾ったのが悪い!』

「それ盗聴だよ!? 犯罪だよ!?」

『でも面白くない?』

「ホラーじゃん! というか警察に言ってやろうか!?」

『あ、確かに。昨日の水川の怖がる様子面白かったな〜、もう一回やっていい?』

「絶対やめて!」


 翌朝、山波さんは笑いながら僕の部屋を訪ねてきた。高校入学は、まだ先だ。当分は、この暴君と隣人生活を続けなければならない。


「ほら、これ。宇宙大戦争になった!」

「うーわ、僕の生活が知らないところで壮大なスケールになっちゃってる。山波、宇宙大戦争って収集付かなくならない?」

「いっそ、二人で直そうよ。ちゃんとした台本にすれば、結構いけると思うんだよねー」

「僕が台本を書く?」

「大丈夫! 水川はツッコミセンスあるし!」

「そんな人選あるか?」


 だが楽しそうな笑顔に押されて、気づけば僕はOKしていた。


 翌日から、僕達の隣人同盟が始まった。

 集合場所は僕の部屋。

 僕にその気は無いけど、女子高生になる女の子がどうして男の部屋に簡単に入れるのか。


「草太、ここはどう言えば感情出ると思う?」

「うーん、『やめろ、そんな顔すんなよ!』とか?」

「おお、それいい!」


 風美は、無駄に格好付けてポーズを付ける。


「やめろ、そんな顔すんなよ!」


 パシャリ、と僕はスマートフォンで写真を撮る。


「撮るな! 消せ!」

「イヤだね、風美が僕の音声消すなら考えてやる」


 唸る彼女は、僕の音声を消させてくれなかった。


 僕は、彼女との掛け合いが楽しくなっていた。

 風美の声が隣の部屋から響くと、寂しさも疲れもどこかへ消えていく。初めはうるさいだけだった彼女の声も、聞いていることが心地よく思えてきた。


 週末。


「ねぇ、草太。ラジオに応募してみない?」

「は?」


 僕の部屋に集まることは、もう恒例になっている。

 

「小説投稿コーナーなんだけど、朗読したものを送ると、たまにそのまま流してくれるみたいなんだ。オリジナル作品でもオッケーなんだって」

「でも、台本なんて書いたことないんだけど?」

「いやいや、何言ってるの? もう草太は充分に書けるレベルになってるって」

「そ、そうかな?」


 照れる。


「二人の共同作品、作ってみない?」


 僕は、耳元で囁く彼女から離れた。


「おい、風美」

「今日の隣人同盟はおしまい。頑張れ、草太」


 作ってね、ってことか。

 仕方ない、風美がやりたいなら僕も付き合おう。

 数日後、僕は脚本を彼女に渡した。


 彼女は練習を何日もして、ラジオへの投稿を終えたと報告があった。

 壁越しに聞いていたから、充分に分かっている。


 入学式前夜、彼女から一緒にラジオを聴こうと連絡があった。久しぶりに僕達二人で部屋に集まる。

 番組から採用決定のメールが届いたのだ。


「どうだった? 私の居なかった一週間は。寂し過ぎて枕を濡らす夜が続いたんじゃない?」

「いや、あんまり」

「え〜、私は寂しかったな〜。草太と会えないのは」

「『練習したいから会わないで』って言ったのは風美の方だろ?」

「まぁ、そうなんだけどさ〜。あ、始まるよ!」


 タイトルコールを終えて、雑談、小説紹介、リスナーの感想コーナー、広告と続く。

 最後のラジオ朗読コーナーに入った。


 僕達二人の作品は、まだ読まれない。


『本日もご視聴ありがとうございました。名残惜しいですが、今日はこの辺で失礼します。では、最後の朗読と参りましょう』


 一呼吸置いて、パーソナリティが紙をめくる。


『音声が入っているので、投稿者の朗読ですね』


『作品名、壁越しのふたり』

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