ひらがな五文字
――そのほのかな甘さは、優しさで。
『ひらがな五文字』/未来屋 環
「ねぇ、なんでそんな世界の終わりみたいな顔してんの?」
今日で三十歳になるっていうのに、どうして僕はこんなにダメなんだろう。
勢いで飛び込んだ居酒屋のカウンターで一人やけ酒をしていたら、隣で一人飲みをしていた女性に話しかけられた。
振り向くと、鮮やかなグリーンが視界を染める。
頭頂部でお団子にまとめられたその髪色はなかなかに奇抜で、びびった僕は思わず「すみません」と謝った。
すると、彼女が「いや、別に謝んなくても」と眉を寄せる。
グラスを傾け赤ワインを飲む彼女は、小皿に載ったお菓子を口に入れた。
「はぁ、やっぱ赤ワインにはコロンだよね」
――コロンって、あのお菓子の?
居酒屋にしては珍しいおつまみだ。
話を促してくる彼女に対し、酔った僕はぽつりぽつりと今日の出来事を話す。
ミスをした後輩のフォローをしたつもりが、僕の対応が甘く更に炎上させてしまったこと。
最終的には上司がその場を収めてくれたものの、終わったあとに会議室で詰められまくったこと……。
「何だそんなことか。仕事ミスったって人が死ぬわけじゃなし、次がんばればいいじゃん」
「……そうですけど」
「元気ないな。しゃーない、コロンおすそわけしてやる。甘いもの食べて元気出せ」
「……すみません」
恐らく子どもの時以来に食べるコロン。
ワッフルに巻かれたクリームの白さが目に眩しい。
チョコ味とかいちご味もあったっけ、と思いながら口に入れた。
さくりとした軽い食感のあと、ふわりと広がる控えめなミルク味。
「どうだ、うまいだろ」
「……はい、すみません」
すると、彼女は不機嫌そうに口唇を尖らせた。
「ちょっと、さっきから何なの」
「……はい?」
「何かあればすみませんすみませんって……何かこっちが悪いみたい」
「……あ」
それはすみません、とまた言いそうになって口を押さえる。
いつからだろう、気付けば謝るのが癖になっていた。
そんな僕の努力を汲んでか、攻撃の手を緩めた彼女は少しだけ優しい口調で続ける。
「――あのね、同じひらがな五文字なら『すみません』より『ありがとう』の方がよくない?」
――言われてみれば。
すとんと彼女の言葉が胸に入ってきて、僕は口を開く。
「……ありがとう」
「ん、わかればよろしい」
そう言って彼女はぐびりと赤ワインを飲み干し「マスター、同じの!」と厨房の奥に声をかけた。
「ていうか、君何歳? 見た感じまだ若いんだから、次がんばりな」
「今日で三十歳です」
「若。ていうか今日誕生日? おめでとう。あっ、これもひらがな五文字じゃん」
「本当だ。ありがとう」
「おい、目上の相手には『ありがとうございます』だろ」
「えっ」
そんなことを話している内に、いつの間にか笑い合っている。
明日からまた、がんばろう――そう思いながら、僕は手元のビールを飲み干した。
(了)