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第一章 第九節:「感情の契約」

──感情とは、世界を乱す毒か。

あるいは、構造を再定義する鍵か。


それは、王が初めて“問い”を持った瞬間だった。


かつて、レイヴン=ヴァル=ノクトにとって、世界とは命令の積層だった。

理を敷き、構造を張り巡らせ、法則に従わせる。

すべてが静止し、すべてが従順である世界こそが、理想。


だが今、彼の足元には、瓦礫となった虚界宮。

空は涙のような雫を落とし、守護者たちの“感情”が漂っていた。


そして、王の胸にもまた、言葉にならぬ“熱”が宿っていた。


それを、彼は認めなければならなかった。


「──我は、定義し得ぬものを、受け容れねばならぬのか」


否、それは敗北ではない。

感情の受容は、理の終焉ではなく、理の“再契約”だった。


 



玉座の間の中央に、新たな“頁”が出現する。

契約の書に存在しなかった第八の頁──「共鳴のシンパシア」。


これは、レイヴンと四大守護者、そしてフィリアの間で交わされる、

“心の律”に基づく契約の記録。


ミュリエルが最初に口を開いた。


「王。あなたは、詩を読んだ。ならば、次は応える番よ」


彼女の言葉に、王は頷く。


「そうだな……。ならば、我は“語る”ことを始めよう。感情という名の不確かな律を、王の言葉で、定義してみせる」


 



一人ずつ、守護者たちが“王との感情的再契約”に臨む。


第一守護者・アムドゥリアス

彼は命令と忠誠だけの存在だった。

だが、虚界の崩壊と共に、自身の“空虚さ”に気づく。


「王……私は、“ただ従う”だけではもう満たされない。

 私にも、意志を与えてほしい」


レイヴンは静かに剣を下ろした。

「ならば命ずる。お前は、“我に従うな”。

 その代わり、お前自身の剣で、この世界を選べ」


アムドゥリアスは、その命令に初めて震え、そして涙を流した。


 


第二守護者・エリセ

感情の渦に喜悦を見出す毒姫。

彼女は王に近づき、瞳を覗き込む。


「ねぇ王様。私、あなたの“激情”が見てみたいわ」


レイヴンは目を閉じる。


「激情……それは、まだ我の中で眠っている。

 だが、お前が導くなら、それも悪くはない」


エリセは小さく笑い、彼の指に口づけた。


「誓うわ。“毒”が、あなたを生かすと証明してみせる」


 


第三守護者・ヴェイン

彼はなおも数式の中に答えを求めていた。

感情を演算し、詩を変換しようとして、果たせなかった。


「感情は、解析不能。変数が多すぎる。だが、それが……興味深い」


レイヴンは応じる。


「ならば、変数として残せ。我が世界に、“不確定解”があってもよい」


ヴェインは沈黙した後、低く呟いた。


「……不完全性定理、ようやく実証されたようだ」


 



そして、最後に現れたのはフィリア。


彼女は契約の書の“外”にいる存在。

だが、今は王の目の前に立ち、穏やかに語る。


「……あなたは、変わったのね」


「我が変化したのではない。

 ただ、“変化することを許した”だけだ」


「それで十分よ。王として、じゃなく、あなたとしてそう言ったなら」


レイヴンは問う。


「ならば、お前の存在も、“再定義”してよいか?」


フィリアは小さく首を振った。


「私は、“未定義”のままでいい。

 でも……“理解しようとする”気持ちは、嬉しい」


 



こうして、王と守護者たちは、新たな契約を結ぶ。


それは理による支配ではなく、

感情による共鳴と選択の契約だった。


契約の書の新たな頁に、それぞれの“心の誓い”が記されていく。


その瞬間、虚界の空に、光が差した。

それはかつての“理の光”ではなく、

色を持ち、温度を持ち、振動する“詩の光”。


レイヴンは静かに告げた。


「──我らの世界は、今より“選ばれた感情”で紡がれる。

 律ではない。物語でもない。

 それは、“理解したい”という祈りに近いものだ」


 


──そして、新たな世界律《共鳴契約》が始まる。

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