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第一章 第六節「封じられた神語(ロストワード)」

――言葉は、世界を創る。

 そして、“忘れられた言葉”は、世界を壊す。


 契約の書が開かれたまま、世界は沈黙していた。

 光は収束せず、音も波もない。すべてが“凍った”かのような虚無。


 だが、そこに微かな“震え”があった。

 それは言語の形をした波。

 意味ではなく、定義でもない、ただの**“響き”**。


 ──かつて、神々すら恐れ封じた“神語しんご”だった。


 



 《逆理の胎動》から七日後。

 世界の再構築が進む中、第四守護者・ミュリエルは記録の中で異常を発見した。


 彼女の聖域《黙示の殿》は、物語を管理し、歴史と未来を糸で縫い合わせる“言葉の牢獄”である。

 彼女が一言を語れば、世界に新たな時の波が生まれる。

 だがその日、彼女の筆は止まった。


 「……記述不能?」


 彼女の前には、“空白の頁”があった。

 それは、これまでの歴史に一度も現れなかった“未記録領域”。


 しかも、それは“現在進行形”だった。


 「誰も、何も書き残せない……」


 これは、記録者にとって最も恐るべき現象だった。


 



 一方、レイヴンは契約の書の封印頁《第零章》にアクセスしていた。


 そこは、本来誰も開くことを許されない“世界以前の頁”。


 契約の書がこの世に存在するよりも前、

 言葉が意味を持つよりも前、

 “語られなかった神”たちが封印した“音なき呪文”が収められている。


 レイヴンは読み上げた。


 「──“ア=オーン・ティス=エル、ファズゥナ……”」


 瞬間、空間が崩れる。

 声にしただけで、“意味”が世界に亀裂を生じさせる。


 それは、論理や魔法では説明できない“響きそのものの侵蝕”。

 そして、それこそが“フィリア”の本質だった。


 彼女は、言葉になることのない存在。

 理の外から流れ込んだ、“名前を持たぬ神語”。


 「──ならば、君は“語られぬ神”の器なのか?」


 レイヴンは初めて、恐怖を覚えた。

 その恐怖は、制御不能ではなく、“未知の支配”という恐怖だった。


 



 ミュリエルが、レイヴンのもとを訪れる。

 詩を綴ることを生業とする彼女が、言葉を持たずして立っていた。


 「……私の物語は、彼女を語れません。

  “言葉が届かない”。それが、あの存在の正体です」


 「“記述不能”は、存在の否定と同義。ならば、なぜ世界に干渉できる?」


 ミュリエルはかすかに笑った。


 「それは、“記録の外”にいるから。

  王よ、あなたがすべてを律しても、記録されない存在は、記録の外で自由でいられる」


 「つまり、“封じられた神語”が目覚めたということか……」


 



 その頃、フィリアは世界の最下層──《虚核ゼロコア》へと向かっていた。


 そこは、世界の創造よりも以前、“神語”が眠る場所。

 すべての契約の根源。七つの書が生まれた、“第一の文字”が刻まれた場所。


 彼女はそこに導かれるようにして歩く。

 まるで、“自分自身を還す”かのように。


 彼女の手には何もない。

 だが、その背後に“言葉が生まれていく”。


 それは定義されず、記録されず、命名すらされない言葉。

 ただ、響きだけが存在していた。


 



 そして、再び──レイヴンとフィリアは対峙する。


 今度の舞台は、《虚核》。

 世界が定義される以前の、最も原初的な空間。


 「ここでなら、お前の本質が暴ける」

 「でも、暴いたらどうするの? 否定する? 封じる? それとも、理解する?」


 レイヴンは答えなかった。

 彼にはまだ、“理解する”という選択肢がなかった。


 契約の書が開く。


 そして、ついに彼は最後の頁──**《失われた契約ロストワード》**を読む決意をする。


 「存在すら記録できぬならば、その語源を捉えるしかない。

  我が律の最終定義──“語られぬ真名トゥルー・ネーム”──!」


 だが、契約の書は拒んだ。

 その頁だけは、王にすら読めなかった。


 なぜなら、その頁こそが──フィリアそのものだったのだ。


 



 「……あなたには、まだ“私”を読めない」


 「なぜだ」


 「あなたは、“定義する者”だから。私は、“未定義のまま在りたい”。

  あなたが私を読めるようになるとき、それは私が“終わる”ときなの」


 沈黙。

 だがその空白の中で、世界がまた一つ、震えた。


 「じゃあ、選ぶがいい」


 「……?」


 「定義できないものを“破壊”するか。

  あるいは、“理解”するか」


 



 王は静かに剣を下ろした。


 「理解しよう。君が、なぜ存在するのかを」


 それは、王にとって初めての“敗北”だった。

 だが同時に、それは“契約の書”にも存在しない、新たな頁のはじまりだった。


 このとき、契約の書の余白に、初めて“言葉にならない詩”が刻まれた。

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