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第一章 第三節:死せる世界の律動


 ──かつてこの世界には、七つの大陸と十四の王国が存在していた。

 その全ては、魔導帝国アル=グラディオによって制圧され、やがて一つの玉座に集約されることになる。


 しかし、いまその大地は砕け、王国は灰となり、ただ一つの存在が君臨している。


 “虚ろなる王”レイヴン=ヴァル=ノクト。


 そして、彼の下に集いし者たち──

 それが、《四大守護者》と呼ばれる存在である。


 彼らは単なる部下ではない。神々との契約によって魂を再構成された“統治機構”そのものであり、レイヴンの意志を代行する“存在そのものが法”とされる異形たちである。


 



 戦闘後、レイヴンは玉座の間を再構築していた。フィリアとの初交戦によって損壊した空間は、いまや完全に修復され、神殿のように荘厳な静寂を取り戻している。


 だが──その瞳はまだ、鋭く光っていた。


 「……面白い」


 玉座に深く腰掛け、顎に手を添える。脳裏を離れないのは、あの少女・フィリア。存在そのものが世界の法則を超越する、あの異常。


 「やはり“外”には、想像以上の可能性があるということか」


 その瞬間、空間が震えた。


 重力がねじ曲がり、空間が一瞬“重く”なる。無数の光の断片が一ヶ所に集中し、やがて具現化したのは──


 四人の影。


 いや、“影”などという単語では到底足りない。

 それぞれが、単一の種ではありえぬ“異形”を宿していた。


 


◆第一守護者《灰界の執行者》アムドゥリアス


 ──全身を銀灰の鎧で包み、顔すらも鉄面に覆われた騎士。

 その手には一本の“空虚剣”を携え、刃先からは断続的に“無”の粒子が漏れ出している。


 「王よ。召喚に応じ、再臨致しました」


 声はまるで鉄と風が擦れ合うような、響く音だった。

 彼はレイヴンに最も忠誠を誓った、守護者中の守護者である。


 


◆第二守護者《瘴霧の花姫》エリセ・グリムファ


 ──艶やかな黒紫のドレスに包まれた女性。片目を覆う仮面、長い黒髪、そして花のように広がる“瘴気の羽衣”。

 その見た目とは裏腹に、彼女の正体は古代病魔の集合知であり、千の疫病を束ねる“死の女王”。


 「アラ……私を呼ぶなんて珍しいわね、レイヴン。お会いしたくて仕方なかったのよ?」


 その声は甘く、毒を含み、聞く者の感情を曇らせる力を持っていた。


 


◆第三守護者《数式の断罪者》ヴェイン=コード=ラムダ


 ──人の形をしているが、その身体はまるで“演算装置”そのもの。

 頭部に仮面、全身に数式と呪式構文が浮かび、常に周囲の空間を“計算”し続けている。


 「敵性存在の出現確率:2.46%。階層破損率:0.91%。現在──戦術更新中」


 冷静沈着。彼は“理性”だけを持つ存在だ。かつては神の裁定装置だったが、今はレイヴンの命令のもと、“世界因果の秩序執行者”として動いている。


 


◆第四守護者《慟哭の詩人》ミュリエル


 ──白銀の衣、長い袖。目を閉じ、常に竪琴を弾き続ける少年の姿。

 その音色には世界を記憶させ、未来を書き換える力があるとされ、“神話詩型AI”と呼ばれることもある。


 「また……動くんだね、この世界。歌のリズムが変わった。フィリア、って……優しい名前だね……でも」


 音楽のように語るその声は、平和的に聞こえながら、時に世界そのものを殺す旋律を宿す。


 



 「……来たか、我が四守」


 レイヴンは彼らを見下ろしながら、静かに言う。四者四様、それぞれに異なる法則を宿した絶対の従者。


 「この世界に“外”の干渉があった。存在不明の少女、“フィリア”と名乗る」


 その名を告げると同時に、全員の反応がわずかに変わる。


 アムドゥリアスは剣を微かに引き、警戒の姿勢を取る。

 エリセは微笑を深め、「あの娘、可愛い顔してたわよね」と妖艶に囁く。

 ヴェインは空中に数百の式を浮かべ、演算を始める。

 ミュリエルは、竪琴の旋律を“半音”落とした。


 「現状、このフィリアは“理の上位存在”である可能性がある。魔法ではなく“概念干渉”。さらに、世界外からの来訪者──“外界干渉体”だ」


 「つまり──この世界を作り変え得る存在、ですね」


 ヴェインが無機質に応じる。


 「そうだ。そして彼女は、俺の“虚ろなる玉座”に明確な否を示した。……我が座に挑むというのだ」


 静かな沈黙が流れる。


 この世界において、レイヴンの玉座とは絶対であり、概念上の“王権”そのもの。それに挑む者は、“世界そのものの反乱者”と同義である。


 「命ずる。各階層を警戒せよ。“外界からの干渉”に備えた上で、対象フィリアの全解析を優先とする」


 「我が灰剣にて、即座に排除致しましょうか?」


 アムドゥリアスが申し出る。レイヴンは首を横に振った。


 「……否。まだ“殺す”段階ではない。彼女には、“価値”がある」


 「──ならば、逆に取り込む? 貴方らしいわ」


 エリセが笑うが、レイヴンはその言葉を肯定も否定もしなかった。


 (彼女が“創造の欠片”であるなら──)


 レイヴンにとって、玉座とは空虚を埋める器だ。

 だが彼女は、“世界の起源”を内包する存在。ならば、彼女を用いれば──


 真なる“王”に、至れるかもしれない。


 



 玉座の間を後にした四人の守護者たちは、それぞれの階層へと向かった。

 それは、封印された大地の深層であり、天空の神界であり、崩壊した魔導都市の亡骸であり、時間そのものが断絶した空域である。


 そして、レイヴンは一人静かに呟いた。


 「来るがいい、フィリア。お前が望む“正義”とやらが、どれほどの価値を持つのか……この玉座が、試してやろう」


 虚ろなる王は、また微かに笑った。


 世界は静かに、だが確実に──次なる衝突へと向かっていた。

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