02 お付き合い
翌日、いつもの通り一番に事務所に着いてお茶の準備をしていると、部長がやって来た。
「おはよう、ベス」というとぐっと近づいて来て
「フレッドが君と交際したいと言っている。君はどうだ?」
「はい、私でよければ」
「良かった。自分でいうのもなんだけど、ほんとにいいやつなんだ。君があいつと結婚してくれると安心だし嬉しい」
部長が口に出した以上、私とフレッドの結婚はほぼ確定した。
でも結婚が確定しているのに、その約束、婚約が壊れることもある。珍しいことではない。経験者として断言できる。
ぽつぽつ、皆が出勤して来た。私が部長のお茶をいれているとミランダがやって来て部長のもとへ運んでいった。
残りのお茶をいれているとエイミーがやって来て
「お手伝いします」と言うとさっと持って行った。
私はそれからお茶の葉を取り替えると自分のお茶をいれて自分の席に着いた。つまり、部長はお茶の美味しい所。皆は少し出涸らし。わたしは新しい茶葉のお茶だ。
隣の席のライリーが
「いつもゆっくりですね」と小さな声で言った。
「遅刻じゃないけど」
「そうすね」と言うとエイミーに向かってカップをあげて
「美味しいよ」と言った。
間抜けが・・・・
ライリーに新人のエイミーが書類をみせて相談している。しっかり聞き耳をたてて内容を聞き取った。
教えているが間違っている。ちょっと迷ったがなにも言わないことにした。
昼休みに部長に呼ばれて部屋を尋ねると、次の休みに自宅へ招かれた。勿論フレッドに会うためだ。
「ベス、私はフレッドが可愛くてな。幸せにしてやりたい。もちろん、ベス、君も」部長が真剣な顔でこう言った。
部長の家というか侯爵邸の庭を散歩しながら、私は自分の事をすべて話した。
多分、部長から聞いているはずだが、フレッドは礼儀正しく初めてのような態度で、ときおり相槌を打ちながら聞いてくれた。
フレッドがハンカチで私の顔を拭いてくれたとき、泣いていることに気づいた。
「エリザベスさん、これが悲しくて泣く最後ですよ。僕がいます」
私はもう、ひとりじゃないと思うと嬉しい涙が出てきた。
次の休み南国植物園に二人で行ったが、自宅に迎えに来てくれた。
珍しい植物が並ぶ小道を並んで歩く。南国の気候の小道はとても暑かった。
「なんでも氷を使ったお菓子があるそうなんですよ。この暑さです、食べてみませんか?」
私もうわさを聞いたことがある。冷たくて、甘くて 美味しくて、とても高いと・・・・
あまり高いものはと躊躇っていると。
「いい年をして僕、おこづかいをもらったんですよ。叔父さんから。美味しいものを食べて楽しんで来いって」
「おこづかい?」
思わず声を出してしまった。
「びっくりでしょ?でもありがたくご馳走になりましょう」
フレッドが無邪気な笑顔でそう言った。大事にされている人間が持つ笑顔だ。
そして私がとうに失った笑顔。
氷はとても美味しかった。
その後順調に交際を続け、私たちは結婚の約束をした。部長への報告はまだだ。なぜなら部長が外国へ出張しているからだ。
一番に部長へ報告しないとすねてしまうから、婚約は秘密だ。
婚約してからは、玄関の中まで送ってもらうようになった。そしてフレッドは私を抱きしめて軽く口づけするようになった。
名残惜しげに帰るフレッドを見送りながら、私は幸せをかみしめた。
そんなある日、ナタリーに出会った。指輪をみようとお店に向かっていた時だった。
「エリザベス。こんにちは!!こんなところで会うなんて。素敵な人と一緒ね。紹介して」
「こんにちは、ナタリー」
「えっとこちらはフレッドさん。親しくして下さっているの。こちらはナタリー財務部勤務の才媛よ」
「エリザベス、本当の才媛はあなたでしょ。でもお世辞でも褒められるとうれしいわ」
それから、話し上手なナタリーの誘いで私たちは三人で食事をすることになった。
まぁ私も久しぶりにナタリーと話したかったし、フレッドさんを紹介して自慢したいと思ったのだ。
私とナタリーは王立学院の同級生だ。すでに婚約者がいる私は卒業後は結婚と決まっていたので、のんびりしていたが、ナタリーは文官試験を受けようと勉強していた。
ナタリーが勉強するのを見た私は自分も試験を受けたくなって受けてみたのだ。
私は合格した。首席で・・・・
「おめでとう、さすがね」と祝ってくれるナタリーの声が不自然に割れたことにお互い、気づかない振りをした。
その後、いろんな部署から誘いが来たが、結婚するつもりだったので全部断った。
それなのに、婚約者は義妹と結婚したいからと私との約束を反古にしたのだ。
「君は一人でやっていける。僕なんかには勿体無いよ」彼の最後の言葉だ。
そして婚約破棄したにもかかわらず、わたしが二人の面倒を見て婚約者が我が家の子爵位を継いだ。
そして、王都の屋敷に二人と義母と実父が残り、わたしは母方の祖母が持っていた古い屋敷に引っ越した。
その後、学院長が個人的にスミス侯爵を紹介してくれて、資材管理部でなんとか働けるようになった。
とても感謝している、職がなければ家を出られなかった。
資材管理部はどの部署とも関わりがあり、たまにナタリーと仕事で会うようになり、昔の付き合いが復活して、たまにお互いの仕事の愚痴を言い合う仲になった。
そういうことで三人で楽しく食事をした。フレッドもナタリーと礼儀正しくも話が弾んでいた。
とくにフレッドは学生時代の私の話を聞いて喜んでいた。
また日を改めて指輪を見にいくはずだったのだが、フレッドが忙しくなった。
部長が帰ってくると連絡も来たので、なんとかしたいはずだが・・・・・
なんとなく、胸がざわついた。
だが、自信があった。フレッドは絶対に私を裏切らない。いや、裏切れない。
不誠実なことをやれば部長が許さない。だから私を裏切れない。
だが、不安は日毎に膨らんだ。そんなある日、気晴らしに好きなケーキでも買って帰ろうとおもった。
普段はあまり行かない地域にあるケーキ屋まで、遠回りした私はケーキの箱を抱えて歩いた。
目の端に入った二人連れ。気がついたら声をかけていた。
「ナタリー、フレッド」名前を口にしたことで不安が現実になった。
誤字、脱字を教えていただきありがとうございます。
とても助かっております。
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