7.
黒い人形は、それほど速くは移動できないようで軽いジョギング程度の速度で逃げ続けることは出来た。だが、これをいつまで続ければ良いのか、この追いかけっこに果たして終わりは来るのか、それは誰にもわからなかった。
そして、あの人形に追いつかれれば無事では済まないというのが、部員全員の共通認識であった。
いっそのこと山を下りてしまえば追ってはこないかもしれない。…という意見も出たが、もしもあの黒い人形が自分たちを追って山を下りれば無関係な人達に被害が及ぶ危険性もある為、不採用となった。
当面は黒い人形との距離を保ちつつ対策を練るという事になり話し合いは続けられたのだが、所詮はみんな普通の中学生。
皆、こっち方面の知識に乏しく、いっそ誰かが専門家を呼びに行った方が早いのではないかという意見も出たが、どこにその専門家がいるか見当もつかず、先程、黒い靄を消して見せた山田の顔が脳裏に浮かぶだけだった。
とはいえ、今、山田は皆の近くにはおらず、六花は手近なところから聞いて見る事にした。
「ねぇ、八恵ちゃん家って神社だよね。こういう時の対策ってなにか聞いていたりしない?」
「聞いてないよ!というか、こういうの取り扱ってないから!うち、地元では縁結びに定評ある神社だから!六花ちゃんと人形さんとの縁なら結んで上げれるかもだよッ!」
「さすがにアレとの縁はご遠慮願いたいな」
そして、七美も八恵に聞きたいことがあったようだ。
「そういえば八恵、小学校の時わたしに【九次切り】やってみせてくれたよね? アレで倒せたりしないかな?」
「七美ちゃん、それ、わたしの黒歴史だよッ! うち神社だから、やれば出来るかも!…って思ってた時期がわたしにもありましたッ!!」
「……な、なんかゴメン。やっぱ出来ないよね」
「出来るけどッ!! 覚えているし【九字護身法】……というか、さっき当時の記憶が鮮明に蘇ったしッ!」
「へ、へぇー、出来るんだぁ~」
七美は八恵の忘れ去りたい過去の記憶を呼び起こしてしまい、とても気まずかった。
「じゃあ、七美ちゃんに変わってわたしからお願いするけど、……八恵ちゃん、九字護身法とやら試しにやってみてくれないかな?」
「やるよッ! 効果は期待できないけどやってみるよッ!…『臨める兵、闘う者、 皆陣をはり烈をつくって、前に在り』臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前ッ!」
八恵は、半ば自棄糞だった。
本人が効果は期待できないと言うくらいだから、この場の誰一人として効果を期待していなかったのだが……
「……えッ!?や、八恵ちゃん、今、人形、動き止めたよね?…一秒くらい?」
「うんうん。倒すには程遠いけど効果あったよぉ……臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前ッ!臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前ッ!臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前ッ!」
「八恵ちゃん、今度は三秒動き止めたよッ!」
「……ねぇ、六花ちゃん、わたし気付いたんだけど走りながらこれすると、すごく疲れるんだよね」
「それは……八恵ちゃんの体力が先に尽きるのは不味いから、別の方法考えよっか。…七美ちゃん、熊谷君、なにか良い方法はないだろうか?」
「黒い人形に通用しそうな手段かぁ……ゴメン、専門外過ぎてなにもでてこない」
「オレもオカルトはちょっと……殴れば倒せそうな気はするが…」
「七美ちゃん、わたしも同じだから大丈夫だよ。で、熊谷君が言うと本当に倒しそうな気がするけど、アレは触れてはダメなやつだと思うよ」
「……だよな。普通はそうなんだよな。だが、山田は何故アレに触れて平気なんだ?」
「さ、さぁ?それはちよっと、山田くん本人に聞いて見ないとわからないかな」
その頃、山田は先程の場所に一人取り残されていた。
「狐さん、もう、アレをやろう!」
『良いのか? また失敗するかもしれんぞ』
「確かに成功したことないけど、他に思いつかないし狐さん言ってたよね? 平時よりもピンチや本当に必要としている時の方が成功しやすいって。今この瞬間が歴史探索部がピンチなわけだから、きっと成功しやすいんじゃないかな」
『項がそこまで言うなら仕方ないな。我も協力してやろう』
「狐さんありがとう。それじゃあ一度みんなと合流しようか!」