6.
山田項は、焦っていた。
祠に到着してから周囲の温度が確実に下がりはじめている。
項は昔から体も弱く、少しの気温変化で体調を崩していた為に気温の変化には敏感だった。
祠は、うっすらと黒い靄に包まれており、山に入る前に狐さんが言っていた「よくない気」即ち、【邪気】の原因に間違いない。
こうしている間にも気温は下がり続け、このまま何事もなく山を下りれるとは到底思えなかった。
とりあえず、皆をなるべく祠から引き離したほうがいい。けど、どうすれば……
「「キャァァァァ!!」」
スマホを見ていた武田さんと住吉さんが突如、悲鳴を上げて尻餅をついた。
「わ、わたしッ……これ、知ってるッ……ホラー、……ホラーよッ!」
「……待ってッ七美ちゃん!……わたしを置いて行かないで……」
武田さんと住吉さんは腰が抜けたのか、這って祠とは逆方向へ移動していた。制服が土で汚れるのも気にせずに這ったまま武田さんが熊谷君の背後まで移動すると、住吉さんがそれに続いた。
祠を覆ってる靄は、先程よりも黒く濃くなっていた。
最初にその異変に気付いた毛利さんは顔を引きつらせながら後ずさりをしている。
突如、祠の方から一陣の風が吹いた。風には冷たさはなく過度な湿り気を帯びており、吹き抜けた後には全身、鳥肌立っていた。周囲からは温度が失われ、凍えるほどの寒さに襲われた。
同時にその場の全員が、得体のしれない何かに恐怖していた。
祠から勢いよく黒い靄が噴出してきて、祠はすぐに完全に黒い闇に包まれると、そこを中心にその闇が周囲に広がりをみせた。
「みんな祠から離れろッ!!」
熊谷雨竜の怒号が辺りに響き渡る。
…直後、僕を含め全員が熊谷君の背後に避難していた。
靄は急激に濃さを増しながら広がり、先程まで武田さんと住吉さんがいた場所を完全に黒く包み込んでいた。雨竜の声を聞いてから逃げていたのでは、おそらく二人は無事ではなかっただろう。二人が急にあの場所から逃げた理由は分からないが、とりあえず無事でよかった。
項が何もできないまま状況が変化していき、皆が無事に祠の近くから離れる事は出来た。
だが、次は…………どうする?…………
狐さんは変わらず沈黙を守り続けていた。僕が助言を求めれば答えてはくれるだろうが、皆のいる場所で聞くのは憚られる。
そして、状況は一変する。
祠を中心に広がっていた靄が、僕たちに襲ってきたのだ。
黒く蠢く形のないソレは、人の顔を形づくるとその口を大きく開けた。
……飲み込まれる。そう思った時、頭の中で狐さんの声が響いた。
『項ッ!!』
狐さんの声と同時に僕は走り出していた。
熊谷君の横をすり抜けて迫りくる靄に向かって走り、大きく開けた口の中へと迷わず飛び込んだ。
「…ちょ、山田君ッ!!」
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえたが、今は答える余裕がない。
一刻の猶予も無いのだ。
僕の事は、おそらく狐さんが守ってくれる。だけど、みんなは…………?
……皆は僕が守らなきゃ!
だから、全力で走った。
黒い闇の中を走っているが苦しくはなかった。狐さんが僕を守ってくれているからか。
目指す場所は分かる。あの最も闇の濃い場所だ。
……アレが皆を飲み込む前に僕が全て終わらせてやるッ!
そして項は、その黒い闇の中心へと手を伸ばした。
その瞬間、周囲を包み込んでいた黒い靄は一瞬にして霧散し、クリアな視界と空には青空が広がっていた。
皆の方へ顔を向けると、みんな安心した表情でこちらへ歩み寄っているようだった。僕も片手を挙げ大丈夫という合図を送る。
……僕は皆を守ることが出来たのだろうか。
突如、皆の足が止まった。…ん?いったいどうし……えッ!? なにこれッ??
『項ッ、まだだッ!!』
周囲に飛び散ったはずの靄が再び一か所に集まりはじめ、やがて空中で巨大な黒い塊となっていったのだ。やがてそれは人形を形づくり、黒い巨大な人形となった。
そして、こともあろうか人形は、近くにいる項には目もくれず、皆の方へと向かって行った。
「……ちょっと、待って!!」
慌てて項が人形の足にしがみつこうとするが、もともと靄で形成された人形だ。すり抜けるだけで掴むことが出来ず、止めることは適わなかった。
「ねぇ……これ、わたしたち、逃げたほうが良いよね? とりあえず山田君は大丈夫みたいだし……」
「そうだね……どうして山田君が平気なのか意味わからないけど、わたしたちがあれに触れられたら無事じゃ済まないよね?」
4人は互いに確認しあい、一斉に走り出した。
こうして、歴史探索部と黒い人形との追いかけっこが幕を切ったのだった。
次回から作品タイトル変更しなきゃかも??
新タイトル、『黒い人形と行く歴史探索?』